「と、いうことなんですよ」
「はぁ…なるほど」
その日突然話があると、岡さんから連絡があった。事のあらましを聞いて、私は頷いた。
沖田くんはそんなに悩んでいたのか。私は机の上にある刀を見た。
「これを、」
持ち上げた刀はずっしりと重かった。レプリカではない。本物の刀だ。一際時間を掛けて研いだらしいので、それはもう凄い切れ味なのだろう。生唾を呑んだ。
「うん…。それにしても、よく刀私にくれる気になったね」
差し出された刀を手にとって、顔を上げた。にっこりと笑う彼の顔を見て、私は自分の言った事を訂正しなければならないだろう、と直感的に感じ取った。
なぜならその表情は、決して私を認めたものではなかったからだ。
「有料ですよ?」
「えぇぇ…」
やっぱり!
「あ、貸すだけですから。沖田さんの力になりたいだけなんで」
「待遇が違いすぎる…」
死合おう
岡さんが、「貴女が相手になって差し上げれば良いでしょう」と言った。確かにこの世界に来る前は、多少危険…相当かなり生死に関わる!危険な世界にいて、刀を振るった事もあった。それをジンがポロリと彼に零したのだった。
私は、彼がそれで元気になるのであれば、戦うことも吝かではない。好きではないが、致し方ない。死ぬわけでもない。ただ嫌い、好きではないというだけなので。
それでも緊張して、私は道場に向かった。
「あ、沖田くん、大丈夫?身体」
丁度、水飲み場で休憩していたようだ。
「はい」
そういいながら彼の視線は私の持つ刀に移された。目敏い。
「岡さんに、沖田くんの相手をしてやって欲しいと頼まれて」
「さんと?」
彼は不思議そうな顔で私と刀を交互に見る。
「うん。まぁ…前刀振ったとこ見せたら散々岡さんに笑われたけど。滅茶苦茶笑われたけど」
「なんでですか?」
いつもの嫌な笑顔ではなく、純粋に疑問に思っているような表情だった。
「なってない!って。抜き方も、何もかも滅茶苦茶過ぎる!って腹を抱えて笑うし、あいつ」
「想像できませんね」
確かに岡さんがあれほど感情を露にしたのはあれが最初で最後かもしれない。
「いや、これマジな話だから」
「あはは、でも岡さんが言うんだから、」
強いんですよね?、と彼の顔が笑顔から、真剣な面構えに変化していく。ぞっとした。安請負したつもりはない。しかし同意したことを早速後悔した。
「うん…まぁ、」
「随分と曖昧な返答ですね」
「…できるけど、苦手なんだ」
「そんな感じします。さん、今だって全然変わんないから」
変わらない、という言葉に少し疑問を感じたが、それを聞く空気でもなさそうだ。
「…やると言ったからには、やりますよ…」
大丈夫、死ぬわけではない。そう言い聞かせる。言い出した事を引っ込めるのは、良くない。特に沖田くんは、切実なのだ。
彼の顔を見ると、少し不貞腐れたような、そして申し訳なさそうな顔をした。きっと気遣ってくれているのだ。
「刀、抜くとこ見せてよ。見たら、私出来るから」
「え?あ、はい、別にいいですけど、」
すぅ、と鞘に収まった刀を抜いていく。確かに私の抜き方は滅茶苦茶かもしれない。でも、あんなに笑う必要は無いだろう。
だって、こんなにも綺麗なのは、彼だからだ。あまりにも静かに、あまりにも自然に、抜かれた刀身。何の引っ掛かりも、戸惑いも無く。
「うん、有難う」
「…はい」
沖田くんは、ぐっと身を引き締めた。空気が変わったのを感じ取ったのだろう。いつまでもいじいじしていたのでは、彼の相手にならない。
「さぁ、始めよう。…本気で来てくれて良いから」
彼はこくりと頷く。そしてそれを皮切りに、死合いが始まった。
沖田くんが踏み込むのが見えた、刃をいなしながら避ける。
更に突き上げるように迫る切っ先を首を傾けて寸でのところでかわす。私の髪の毛が数本、宙に舞った。触れただけだ。くっと触れただけで弾ける様に切れた。
ガチで研いで来やがった!あの刀オタク眼鏡!
身を翻して体制を落とし、彼の刀の根元に強く打ち込む。彼の身体が後ろに下がる、一応攻撃は当たったが、彼の反射神経は思ったよりも早く、鋭い。
あまり効果はないようだった。
一応、ワンピの世界に落とされた時は、真面目に戦うこともあったけど、私あくまで一般ピープルだから!一般、ピーポー!こんな、戦いとか無縁で、のほほんと暮らしてたんだから!
泣き言が一気に溢れ出す。それでも身体の方は剣戟を的確に避け、攻撃に転ずる。不思議な感覚だ。
ぎぃん!
彼の攻撃を刀で受ける。そして払っていく。
私に戦闘狂の気はない!
楽しそうに向かってこられても困るから!
今度は真っ向から向かってきた彼の刀を己の刀で受け止める。押し込んでいく。
彼は苦しげな表情で必死に押し返そうとするが、それをぐいぐいと更に押し返す。
「く…ぅ…」
彼の口から声が漏れる。カチカチと、かち合った刃が音を鳴らす。刀を返して、彼の剣撃を反らす。
体制を崩した彼は、後ろに下がるしかなかった。
そこに容赦なく打ち込んでいく。キン!キン!と小気味良い音が道場に響く。彼は必死に私の剣撃を受け止める。後ろへ後ろへ下がっていく。
彼の身体はみるみるうちに血だらけになった。だが彼だからこそ、これで済んでいる。並みの人ならば、血だらけどころか、腕の一本や二本無くなっていても不思議ではない。
引くな、前へ出ろ、!!
言い聞かせる。彼が元の世界に戻った時、実戦の勘が鈍っていては困る、だから本気で彼に対峙せねば。
「ふっ…ふ…」
彼の息が上がる。引き結んだ口から漏れ出る。ぶるぶると腕が震えるが、刀はしっかりと握られている。離せば死ぬのだ、彼が生きているのは、そんな世界!
「っりゃぁぁ!!」
私は渾身の力を込めた剣撃で薙ぎ払う。ずずずと沖田くんの身体が横へ振られる。みしり、嫌な音が聞こえた。沖田くんの刀が宙を舞い、そして道場の床にとす、と刺さった。
その衝撃に耐えられなかったのは、私の方の刀も同じ。真ん中で真っ二つになっている。
がくり、と彼は膝を付いた。汗が噴出し、息は絶え絶えだ。それほど長い時間ではなかった。しかし命のやりとりをしていたのだから、こんなものだ。
「…はっ…僕が…負けた?女に、押し負けるなんて…」
搾り出すように出た言葉には絶望感が滲んでいた。
私は彼は演じられる人間だと思った。きっと、裏や表というのではない。確固たる表があって、いろんな皮を外側に纏えるだけだ。彼は向こうの世界の人だ。ここでだって生きていける。でも、帰してあげないといけない。
「…別に、沖田くんの腕が鈍ってる訳じゃないよ」
はっとしたように、沖田くんは私を見た。
「私は、人間じゃないから…君より頑丈に、身体がそう出来てるから」
彼を見下ろして、私はそんなことを言っていた。
彼を単純な言葉で慰めるのは、してはいけないような気がした。彼が毎日刀を振るっている姿を見ていたら、この刀に懸ける想いが計り知れないものだと分かる。これは彼の命だ。
だから私には、彼が全力を出し、それを負かした責任がある。
見ただけで、経験として私の中に蓄積され、そして私の能力として、発現する。それが私たちの能力。
彼の努力も才も何もかも無にする、そんな力なのだと。私は告げねばならない。
「怪我、治すよ」
手を翳すと、みるみるうちに傷がふさがっていく。沖田くんは、その様子を驚きもせず見ている。
「はい、終わったよ」
「さんは、人じゃないんだ」
彼は事も無げにそう言った。そう切り込んでくるか。もしかしたら、彼にはそんな予感があったのかもしれない。
「うん、そうだよ。腕力とか、脚力とか、人間より優れてる。私は、人間のつもりなんだけど…」
と言っても、理解できないかもしれない。どれほどの力を持っても、私はただのちっぽけな人間なのだと思う。そうでなければ私は私で無くなってしまうような気もして、未だに受け入れられないでいる。
彼の治った怪我の跡をなぞった。大人しく、されるがままになっている沖田くんが、くすりと笑う。
「ふぅん。それでも負けたの悔しいな」
「そういう感想なの?」
人間じゃないって、そんなに簡単に受け入れられる話だったけ?別に怖がられたっていいんだけど。
私が変な顔をしていたからかもしれない、彼は苦笑して言った。
「どう言って欲しかったのさ…別に、怖くないよ?」
彼の身体に触れていた手に、そっと彼の手が重ねられる。そっと握られた手から彼の温もりがじんわりと伝わってくる。大丈夫だと言われているようで、酷く安心した。こんな青年に慰められるようじゃ、やっぱり私はまだまだなのだ。
「不思議だよね」
柔らかく微笑んだ彼はポツリと呟いた。
「なにが?」
「さんになら負けてもいいかな、なんて、思ってる自分もいるんだよね」
真面目な顔、でも優しい表情で彼は言った。
「また、相手してくれる?」
「うん、君が帰れるまで、何度でも」
彼の右手を取って握った。それは約束の証だ。
「楽しかったなー」
はふ、と一息ついて、彼は和やかな表情でそう言う。
「…そ、そっか…」
やっぱりこの子はこの世界の住民ではない。いや、もしかしたら本人の世界でもういている方かもしれない。
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