猛暑日
「暑い」
「そうだねぇ」
フローリングにあられもない格好でぐったりとしている沖田くん。パンツ一丁はいかがなものかと思うのだが、この人江戸時代の人だからと訳の分からない解釈で自分自身を納得させた。
「室温、35度なんですけど」
「そうだねぇ」
部屋に何故か掛かっている温度計は確かに35度を示していた。(多分ジンが掛けたのだと思われる。桶もあったし…家には不思議なものが結構ある。そういえば、誰が着るのかセーラー服もクローゼットの中にある)
因みに家には猫が3匹いるのだが、沖田君と全く同じ格好をして、(パンツ一丁という意味ではなく)ぐったりと寝ていた。猫は涼しいところを知っていると言うが、沖田くんも大概よく知っている。
というか彼は猫だと思う。猫共がその場所を嗅ぎ付ける前に沖田くんは既にそこで寝ていた、なんて事がしょっちゅうあるし、髪の毛を撫でると、気持ちよさそうに目を細めるのも、そう思わせる一因だろうと思う。
「今日もどこかでじじばばが室内で熱中症起こして運ばれてるんですよ…もぅ、明日どころか今日は我が身ですよ…」
じじばば…確かに連日ニュースではそんなような事を言っているが。実際沖田くんは一度熱中症になっている。心底暑そうに項垂れている彼を見ていると、彼があの沖田総司だとは到底思えない。江戸時代に戻った時、腕というか、感覚が鈍ってなければいいが…
「若者が何言ってんの。それでも、武士なの?」
「関係ないですよね?武士とか。京はなんだか暑いなぁ…って思ってましたけど、本当に、この時代は暑すぎです」
と言ってもここは京都市内よりは少しは涼しいと思う。山の上だし。
氷水を準備して、彼の頬につけると、それに縋るように近づいてきた。この家に唯一ある夏のお供は扇風機だけだが、それも今や沖田くんに占領されている。
沖田くんに近づくことで風を肌に浴びることが出来たが、如何せん生温い。先ほどから扇風機がビーと音を立てながら風を送っているが、生温い風を闇雲にかき回しているだけだった。
「そうだねぇ。温暖化してるから。きっと沖田くんが生きてた時代はもう少し涼しかっただろうね〜」
「何と言うか、コンクリート…って言うんでしたっけ?あれが駄目だと思います」
京都は盆地故に、夏は暑いし冬は寒い。きっと江戸時代でも、他の場所よりは暑かっただろうと思うが、恐らく今よりはかなり涼しかったに違いない。
「そうだねぇ。でも車通るのにはああじゃないと…パンクするし」
「それはっ…そうですけど…。でも…」
最後の方はもごもごと、何を言っているのか分からなかった。口を尖らせてもごもごしているのは年相応というよりも、彼をさらに幼く見せた。
「クーラー買いましょうよ。こんなに暑いのに扇風機だけっておかしいですよ!」
はっ、と思い出したように沖田くんは上半身だけ起こしてそう言った。猫がその声に対して、怪訝な顔をして去って行った。
まぁ、確かに扇風機もあんまり役に立ってないしね。
そういえば沖田くんは最近横文字を使えるようになった。江戸時代の人が横文字使ってるのって少しシュールというか、何と言いますか、違和感があるのだが。ここは現代、平成の世。
こんなイケイケの青年が横文字使わないで会話しているのも、それはそれで違和感がある訳で。
そんな事を考えながら、私はカレンダーを見た。最初からクーラーが付いていなかったわけではない。去年壊れたのだ。買ってすぐだった。多分不良品だったのだろう。
でも私もジンも人間じゃないから暑さも寒さもそれほど感じないのでそのままだったが、生身の人間がこれほどまでにクーラーを欲しているのだ。
「…じゃぁ、買ってくるかな」
ということになるのは自然なことで。面倒くさいのも事実なのだが、買って来てやるか、と1年越しに決意したのだった。
「どったのー?どっか行くのー?電車乗るー?」
「ああ、クーラー買いに行こうかなって」
ジンは電車に揺られるのが好きなのだそうだ。景色も楽しめるし。
「寺町に行くの?」
「うん。そうだよ」
首を傾げて聞いてくるジンの頭を撫でながら私は頷いた。寺町は電気店街だ。別にそこまで行かなくても良いのだが、寺町に行けば色々と歩いて回れるのが良い。寺とかもあるし。観光兼買い物が出来る。
「じゃぁ、僕が買ってくるよ。久々に電車乗りたいし」
「え〜…ついでに新刊買おうと思ってたのに…」
と、言うジンの申し出は有り難かったが、電気屋さんのほかにも目的があったのだ。
「僕が買ってくるよ」
「ほんと?!ありがと〜。メイトで買うと特別特典ついてるからさ!」
とまぁ、そんなこんなでジンに頼むことにした。神様だって(自称だけど)、特別特典が欲しいのだ。
「まかせてよ!そんなに暑いんだったら図書館でも行ってたら?僕は寺巡りもしてくるつもりだから。晩御飯までには帰ってくるねぇ」
「うん、じゃぁそうしようかな」
ジンはそう言うと直ぐに準備しに部屋へ戻った。
「寺町…」
私がジンの背中を見送っていると、隣からポツリと声がした。
「沖田くんは京に住んでたんだよね。今もそれなりに残ってるよ」
彼はそのまま通り名が残っているのか、と納得したようだった。
「通りの名前多くて、住んでるところ近辺しか分からないんですよね」
「だよねぇ」
汗を流しながら、彼は力無く笑った。本来居るべき時代、世界のことを思い出しているのかもしれない。そう考えていると、準備を終えたジンがひょっこり顔を出した。
「ちゃんは京阪の三条・四条の付近と美術館・博物館の付近しか詳しくないよね。」
「それだけ知ってれば私は十分なの!」
京都府南部の田舎に住んでいる私にとっては、そこまで馴染みのある街ではない。大抵は電車や地下鉄、バスで目的地に向かうので、市内の地理には詳しくないのだ。
有名な寺などは真ん前まで運んでくれるバスがある。市内の地理を覚えることは私にとって余り重要なことではなかった。
「でも、映画村行く時相当大変な思いしたよね」
にっこりと無垢な顔で私の服の裾をつかみながらジンは言った。
「あれは!…だって思ったより道が狭かったから…」
先ほどの沖田くんのようにもごもごと口の中で言葉を濁した。神様(自称だけど!)が方向音痴とか訳が分からない。だが、実際によく道に迷うのだ。駅から徒歩5分とか嘘だろ!
「さんって結構方向音痴だったりするんですか?」
「…そうだよ…」
別に隠すことではない。事実だったが何故か釈然としなかった。
「へぇ、意外…だなぁ」
心底可笑しそうな笑みに、玩具を見つけた子供のような目をして、彼はそう言った。この二人に遊ばれているような気がして、私は溜息を吐いた。
「あ、もうバス来る時間だよ」
とジンが言ったので、掛け時計を見ると、確かに後2、3分でバスの来る時間だった。
「ホントだ。これ逃すと一時間後なんだよねぇ。急ごう沖田くん」
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