はじめまして!
「あーもやもやする………!!あ、ジン」
ジンが襖を開けて和室に入ってきた。この部屋はこの家唯一の和室だ。物が全く配置されておらず殺風景な部屋。私もジンも、美術品を部屋に飾るという習慣が無いのだ。
「はい、ちゃんの分のパン」
「有難う」
皿には食べやすいように一口サイズに切られたパンが乗せてあった。一生懸命考えたところで分からないものは分からない。何気なく過ごしているうちにふっと思い出すかもしれない。などと言い聞かせ、パンを食べることにした。
「その子、安心して眠っちゃったんだね」
ジンはしゃがみこんで青年の顔を覗き込んだ。青年は私に身を任せて、ぐっすりと眠り込んでいる。よっぽど疲れていたのだろう。とはいえ、アレだけ警戒していたのに、この状況だ。
「さっきまで凄い警戒してたのにさ。なんか不思議」
明太子の乗ったフランスパンをかじる。安心しきった表情で眠る青年の顔を見つめながら、私はどうしてだろうとずっと考えていた。
「それは多分ちゃんが『神』だからだよ」
「そなの?」
私たちは『神』と言われる存在なのだそうだ。神と言っても天地創造の神、という訳ではない。呼ばれ方は様々だ。人より多くの記憶を持ち、知識を持ち、力を持っている。それは途方も無いくらい。例えばそれがただの人から見れば神にも見えただけのこと。
簡単に言えば、私たちは、風でもあり風ではなく、木々であり木々ではなく、人でもあり人ではない。それぞれの要素を持っているが、だからこそ、その要素そのものではない。ライオンと虎のハーフは、二つの要素を持ちながら、ライオンでも虎でもないのと同じことだ。そんな人知を超えた存在なのだそうだ。
この身は経験を蓄積し、いずれ私の自我が無くなった時に、世界へと昇華するのだという。その世界が発展して行くかどうかは、私たちがどれだけの経験と知識を得たかに因るらしい。
そんな大それた存在になってしまっても、精神は所詮ただの人間の女だ。
この自称・自称神、ジンに、
「手違いで殺しちゃった。テヘ。100%僕の過失だけど、かわいいから許してねv」って言われて?
一応悪いとは思っているんだ。お詫びといっちゃ何だけど、君に僕の知識と力をあげよう。ただ、この知識は人間の身体じゃ収納しきれない。だから、君を僕の子として生き返らせよう。
などと言われても、「丁度この世界に飽き飽きしていたところだ」と喜ぶわけでも、「その力で世界を統一してやる」みたいな野望を持つわけでもなく、私は単に絶望的な気持ちになった。先は見えない。頼れる人も居ない。途方にくれて、死んだ事実に驚き悲しみ、吹っ切れるまでにそれなりの時間を要した。
今ではそれなりに消化して、「こんな可愛い子に寄っかかられて、役得」と開き直ってしまった。もう戻れないなら受け入れるしかないのだ。
「僕たちは世界だ。世界は人を包み込む。苦しみも悲しみも憎しみも、そして優しさも。全てを」
やさしい顔でジンはそう言った。明太フランスを銜えたまま、その表情をじっと見つめ、私はこくりと頷いた。彼は優しくて暖かくて、普段は本当に破天荒なのだが、誰よりも大きな懐をもっていると思う。彼のこの表情を見ていると、心が洗われる気がする。実際の彼の心の内は分からないが。
「って訳」
にっこりと私の方に笑いかけてきた。「え、説明終わり?」と思った私は悪くない。
「うん?あんまり分かんないけど、私がこういう体質だから彼も安心して寝てるって事、だよね」
と言うと、ジンは私の頭を子供にするみたいにぽんぽんと撫でた。
「それだけ分かってればいいよ。あとは、これから長い旅の中でちゃんが見つければ良いから」
「うん、そうする……」
**
私たちは彼を布団に寝かせて買い物に行くことにした。只今我が家には米もパンも牛乳も、お茶も、何もかも無い。なんだかんだとやっているうちに店の開く時間になったので、直ぐに着替えて家を出た。青年は直ぐには起きないだろうということで、ほったらかしだが大丈夫だろう。
「ちゃん!本見てきていい?」
「うん、あ、私も行こうかな」
ジンは、今時代小説にハマっているらしい。最近は鬼兵犯科帖を集めているようだ。確かにあれは面白い。私も時代小説は好きだ。歴史小説はあまり好きではないが、刀を振るう男は格好良いと思う。
(私も買おうかなぁ…続き読みたい本あるし)
本を探していると、ふと目に入った本。
「あ……」
思わず声が漏れた。騒がしい店内ではそれを気にする者は居ない。
目に留まった本を手に取る。
「これ見て思い出すとか、ないわぁ…」
ぼそりと独り言。手に取ったのは新撰組の本だ。
彼は新選組の沖田総司。沖田総司と一口に言っても、色んな沖田総司がいる。実際の沖田総司(と言っても、私の人間として生活していた世界での実際だが)、小説でもマンガでもそれぞれの作品でそれぞれの沖田総司がいる。ゲシュタルトが崩壊してきそうだ。
私が以前行っていたワンピの世界というのも、私が人間として生きていた世界の漫画の世界とはまた違う世界の世界。つまり、漫画の世界のパラレルワールド。「漫画」というのもひとつの世界の形態というわけだ。漫画の内容が完璧に頭に入っていたとしても、その世界ではその通りには進まない。誰も分からない、まだ未定の未来がその世界には存在する。
事実、私が行った世界では海賊王になったのはルフィではなかったのだから。
無限の未来が存在する。世界は一方方向に流れているわけではないのだ。
「薄桜鬼、かぁ…っていうか、新選組かぁ…」
新撰組の話は苦手だ。皆がバラバラになり、最後は死んでいくのだから。いや、生きている者はそのうちに皆死ぬのは死ぬのだ。だが報われない印象が強い新撰組話はどうにも好きになれそうになかった。
好きな人はそういう波乱万丈なところに惹かれるのかもしれないが、私はもっと気楽な感じで生きて欲しいと思う。平和ボケした考えかもしれないが、それでもそう願うのだ。
恐らく彼らは自らの意思で自らの意思を貫くために懸命に生きて、そして新だ。だからこういう感情を抱くのは失礼なのかもしれない。それでも私はそう思ってしまう。
「新選組かぁ……」
静かに、もう一度呟いた。ずっしりと現実が突きつけられた気がした。
「今回は気楽に行くつもりだったんだけどなぁ……」
今回の世界でもまた、私自身が波乱万丈な生活を送ることになるのだと思うと、思っただけで少しげんなりした。
まだ決まったわけではない。彼がずっとこの世界にいることも考えられるのだし。
「はぁ……」
しかし彼が帰るのだとしたら、私は追いかけるだろう。彼の人生のあらましを知っていて、放ってはおけない。
溜息を吐いて、私はジンの元に向かった。結局本は買わずに、ジンと合流した。
「ちゃん、今日は豚汁が飲みたい!」
「豚バラ買って、後大根と、にんじんと、ねぎ…」
今日豚のマリネしようと思ってたのだが、豚、豚で被るのが気になる。メインはどうしよう。ここのところ肉ばっかりだったので、魚にしよう。「彼」も和食の方が口に合うだろう。
(炊き込み御飯食べたい……)
これから、少しだけ私たちの生活が変わる。ほんの少しだけ彩りを以って。
そのことに希望だけを持っておこう。悩むのは、行き詰ったときにすれば良いのだ。
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