刀と、君
「何処まで行くんですか?」
「もう少しだよ。」
面倒くさそうに木々を手で払いながら沖田くんは私の後ろをついてくる。何故こんな藪を掻き分けてこんな辺鄙な所を歩いているかというとだ、まぁ色々と訳があるわけで。友人というほど仲が良い訳でもなく、知り合いというには付き合いの深い男の家に向かっている。
こんな所に住んでいるような奴だ。変わり者、相当変わり者。というか変人。
「そう言って、結構経ちますけど」
「若いんだかガタガタ言ってないで静かに着いて来なさい」
さすがというのか、江戸時代の人だからなのか。江戸から京まで歩いて行った男だ。足腰が強いらしく、余裕な感じで私に付いて歩いている。しかし道なき道、彼は距離というよりも、この藪に参っているらしかった。
その証拠に、「まぁ、別に疲れてるわけじゃないですよ」ということだったが、うんざりした表情は隠す気がないようだ。
「ほら、あそこ」
指を差した先、藪の隙間から建物が見えた。カン、カン、という音が回りに響く。魂の篭った重い音。開けた場所に出て、私は彼の方を振り向いた。
「懐かしい?」
彼は応えなかった。ただ佇んで音のする方を見ていた。しかしその瞳はきっとこの景色を眺めては居ないのだ。そう思った。彼の視線の向こうには、もっと遠くが写っているのだろう。
「さぁ、行こう」
そう言って彼の手を取って走り出した。その手は外気の冷たさと反して暖かかった。それだけが私と彼がこの世界に共に存在してる唯一の証のように思えた。
「ごめんください」
カンキンキン、カン、キンキンカンカン…!キン…!!
「ごめんくださーい!!」
キン…!キン…!!…カンカン…キン…キンキン…
「ごらぁぁ!!聞こえてんだろ!!そんなに大きな音じゃねぇし…!!返事くらいしろや!!」
「さんって、ガラ悪いですよね」
にっこりと沖田くんは私の方を見て言った。すみませんねこれでも海賊やってたんで。不本意ながら。それももう100年以上前なのだ。そして200年前までは普通・平凡・並の普通の、普通の女だった。はずなのだけれど。
「さん?」
「うん?何でもないよ」
それでも彼は私をじっと見ていた。じっとその澄んだ碧の目で。その視線を一度受け止めて、その後、前を見据えて、
「ばか、」
小声で、私は奥に居る人物に言う。
「はい?」
沖田くんは不思議そうに私を凝視する。
「アホマヌケ…うわ!!…っと…」
マヌケと言い終わると同時に槌が飛んできた。それを寸でのところで避ける。
「すみません、手が滑って」
スタスタとこちらへ歩いてきて何の悪びれもなくそう言い放つ初老の男。
「いや、今思いっきりこっち向いてぶん投げたよね。それ、手が滑ったの?投げたんだよね?っていうか、聞こえてたって事だよね」
彼はそれに反論せずににっこりと笑った。沖田くんが私の後ろに少し隠れて服の裾を握ってきた。
「……………僕、この人苦手です」
「え?それ本人の前で言っちゃうんだ」
沖田くんは、じーっと彼を見た。
「はい、刀持ってたら斬っちゃってたかも。あはは」
おいおい、そんな可愛い顔で……。
笑いながら人斬る宣言はダメだとおもいます。冷や汗をかいた気がする。私は苦笑いするしかなかった。
「あはは…此処に来た理由はそれですか?」
目を輝かせ、彼は頬を紅潮させて沖田くんの方を見つめる。私を挟んで見詰め合うな、ええい鬱陶しい。沖田くんを私の前に押し出して、後ろに引こうとする彼の身体を腕で押し返した。
「うん、予算は…まぁ、良いか。…彼に良い刀を」
「え?」
沖田くんは驚いた顔をして、私を振り返った。
「了解しました。じゃぁ、奥の道場の方にでも。私は岡 剣三郎と申します」
因みに私は、結構刀とか銃とか好きだ。
しかし人を殺す道具というよりも、芸術作品として好きなのであって、別に斬ったり撃ったりしたいわけではない。そういうところが岡くんにとっては嫌なのだろうと思う。彼にとって私はミーハーな奴、という風に見えてるに違いなかった。それが彼のことを友人だと断言できない理由だ。
「この世界って、銃とか刀とか持っちゃだめなんじゃ?」
私の横を歩く沖田くんは不思議そうにしていた。
「登録証っていうのが付いてる刀は所持しても大丈夫なんだって。岡くんが言ってた気がする」
こんな辺鄙な所だ、刀を所持していたって文句は言われないだろう。
「へぇ…あの、でも僕お金とか持ってないです」
今度は心配そうな声を出して、沖田くんは私の方を見る。
「ああ、良いよ。…ちょっと、岡くん。気持ち悪い顔しないでよ。彼を取って喰ったら私が貴方をぶん殴って内臓引き摺り出しちゃうんだからね!」
「さん、凄いこと言っちゃうんだなぁ」
岡くんは無言でニヤニヤしていた。そして沖田くんは楽しそうにニコニコしていた。
なんでそんなに楽しそうなの?ホント大丈夫なの?この子。というか、なんで今の発言で和やかな雰囲気になるの?
、と言いたいことはたくさんあったが、私は口を噤んだ。気にしてはいけない。気にしてはいけないと、己に暗示を掛けた。なぜなら言うだけ無駄なのだ。
岡くんなら、きっと気付いただろうな…
彼のこの手のまめ、刀を振るって生きている人の手だ。刀狂の岡くんなら分かるのだと思う。だって今日の岡剣三郎、凄く機嫌が良い。
「……彼、腕は確かだから」
彼の何が凄いって、刀の製作を全工程一人で行っているところだ。
「はい、それは分かります」
分かる人には分かるらしい。私にはあまり分からない。そりゃぁ、出来上がった物を見ればそれがどれほど良いものかということは分かる、程度には世界を見てきたつもりだ。だが、それを一目見て分かるかと言えば、そこまで私はこの手の世界に詳しくない。
「はい、刀を打っている姿を見れば」
凛としたた佇まいで、沖田くんは言った。少しだけ彼が遠い人に見えた。彼はこの世界の人じゃない。いや、私とは生きてきた場所が違う。
「手、繋いでいい?」
そう言うと、彼は無言で手を差し出してくれる。そっと、その手に自分の指を絡めて握った。繋いだ手はごつごつしていて、何度刀を握り、何度人を斬ったのか、その証のようだった。スタスタと歩んでいく岡くんの後ろを付いていく。
静かに目を閉じた。彼の手に先導されて、ゆっくりと歩を進める。
「さん、」
「ん?」
握った手にさらに力がこめられた。不思議に思っていると、沖田くんが振り返って上目遣いに私の名を呼んだ。
「あの、ありがとうございます…」
「うん。帰ったとき、腕が鈍ってたら困るからね」
ひくり、と握った手が震えた。
「そうですね」
にこりっと笑った彼の心が乱れるのが、触れた手から指から伝わってくるような気がした。
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