貴方に恋をしたんです





木漏れ日が心地良い。の意識は穏やかに浮上した。

「ん……」
「おう、起きたか」

ハツラツとした低い声だ。目を開けると、そこには堅気ではないような風体の男がいた。胸には刺青がある。頭がぼんやりして、には何故自分がこの場にいるのか分からなかった。

「…おはようございます?」
「ん?おはよう」
「おれ…」

黒羽丸を庇った場面がフラッシュバックし、は飛び起きた。頭がぐらりと揺れて、吐き気を催す。声がかさついていて、自分のものではないようだ。

「う…」
「やめとけ、熱が出てる」
「…はい…」

には昨日のことが夢か現か、まったく判断がつかなかった。

「俺は鴆という」
「鴆さん…」

鴆の名を反復し、は目の前の男を認識した。

「黒羽丸の奴は大丈夫だ」

はほっとした。急に体が脱力する。

「良かった…」
「お前は、奴の毒にやられて熱が出ているが、今は薬で中和されている。寝てればそのうち収まるはずだ」

の意識は急激に沈んでいった。鴆の言葉も、には届いていなかった。あの後どうなったのだろう、は熱に侵された思考でぼんやりとそんな事を思った。だが、疲労を訴える体には勝てない。すぅ、と眠りに落ちていった。

「寝ちまったか…」



「すみません」

が寝たところに、障子の向こうから声が聞こえる。

「おう、いいぞ」

鴆の声に、障子がゆっくりと開いた。

「お前も、今日は休んどけ」
「リクオ様にも言われて、この有様です」

黒羽丸は普段身に付けている甲冑姿ではなく、着流しを一枚着て、その上に羽織をゆったりと羽織っていた。

「お前のそんな姿、見たことねぇな」
「久々に、楽をさせてもらっております」
「お前は普段が働きすぎだ。いい機会だから、ゆっくり休むんだぞ」
「…はい」


***


黒羽丸は、の傍らに腰を下ろした。

「本当にお前はバカだな…」

黒羽丸はの掛け布団を首までしっかりとかけてやる。そっと頬に触れた。何度かの肌に触れたことがあった。えらく冷たいものだと思っていたが、熱に侵されたの体温は黒羽丸によく馴染んだ。三羽「烏」というのだから、準じているのだろう。黒羽丸の平温は40度と高かった。冬になると、よくリクオが暖を取りに来る。

(いつもより熱い……人は、弱いのだな…)

黒羽丸はぼんやりとそう思い、ふっと微笑んだ。先ほど閉めた障子をそっと開けた。天気がよい。ぽかぽかとした日差しが部屋に入ってきた。今は昼時分。大体の妖怪はこの時間寝ていて、屋敷は静かだ。人と関わりの深い鴆や、リクオの側に付いている雪女や青田坊などは起きているが、単体で騒ぐような連中ではない。いつになく長閑な気持ちで黒羽丸は空を見上げた。真っ青な空が心地良い。暖かい風が黒羽丸の髪を撫でた。

「こんなにも長閑なんだな…」

普段気を張りすぎている黒羽丸には、とても新鮮だった。のんびりと過ごすのも悪くない。そう思い、黒羽丸はそののいる部屋で一日を過ごした。


***


「う〜」

月がはっきりと見えるようになり、皆が置き初めて来た頃。うめき声が聞こえた。夜目が利く黒羽丸には、の頬に汗の玉が浮かんでいるのが見えた。の額に乗っている手ぬぐいを取った。先ほど雪女が持ってきた桶には水が並々と入っている。手ぬぐいを水につけると、月明かりに照らされた黒羽丸の顔が映っていた水面に、波紋が浮かぶ。

「黒羽丸…さん?」
…起きたか」
「あのね…俺、黒羽丸さんが、やっぱり好きだ」
「…そ、うか…」

の言葉に手が震えて水がぴちゃんと跳ねた。

「黒羽丸さん、あのとき、何を言いかけたの?」
「え?」
「…黒羽丸さんが連れてかれる前、」

鴆が言った「何年も前から」という言葉が、黒羽丸には引っかかっていた。鴆の言葉が正しいとするなら、黒羽丸がを知るよりずっと前から、は黒羽丸のことを知っていたことになる。そして、黒羽丸が思っていたよりもずっと長く、が黒羽丸を想っていたということになる。

「…おまえ、は…俺のことを…」

黒羽丸は口ごもった。どう聞いていいのか分からないのだ。いつから好きなのか、いつからは黒羽丸の存在を知っているのか、結局のところ何が聞きたいのか、黒羽丸の中には答えが無かった。黒羽丸が黙ったままでいると、さら、との手が黒羽丸の前髪を横に流した。しっかりとを目が合う。触れたところが熱を持つ。

…?」
「おれ、ずっと探してた。初めて黒羽丸さんを見たとき、ちょっと怖いって思った。でも、それと同時に、なんか、すごい憧れって、いうか、なんか、すごい、胸が熱くなって、もう、駄目だった。黒羽丸さんの姿が、頭から離れてくれなくて…」

どくりと、黒羽丸の心臓が高鳴った。

「おれ、黒羽丸さんに恋をしたんだ、って気づいた」

色素の薄い茶色の目が、黒羽丸を捉える。黒羽丸は、胸を押さえた。

「黒羽丸さん、」
「ん?」
「俺、期待しても良いのかな…」

はか細い声で、呟いた。シーツを握りしめた手は白くなっていた。
黒羽丸はふっと、苦笑した。

「…それくらい察しろ」
「…良いように、取るよ?いい?」

は黒羽丸を真っ直ぐと見据える。その真剣な眼差しに、黒羽丸はじんわりと熱が生まれるのを感じた。

「………ああ」

の白くなるほど握りしめられた手に、黒羽丸は自分の手を重ねた。二人の熱が混じり合う。

「黒羽丸さん、」
「ん?」
「俺が生きてる間は俺のことだけ特別好きでいて。俺が死んだら、俺のことなんか忘れて、幸せになって」

黒羽丸は咄嗟に答えられなかった。誤魔化せる雰囲気ではなかった。真剣な目が黒羽丸を射る。重ねた手に、さらにの手が置かれる。

「黒羽丸さん、」

催促するように、は黒羽丸の名を呼んだ。声は切羽詰っていた。黒羽丸はきっと約束を果たすことができないと知りながらも、こくりと頷いた。

「ああ、分かった、約束する」
「うん、…」

挟まれた手が熱く熱を帯びていく。じわじわと、暖かくなって、熱が体中を駆けめぐる。それは、どこか心地良い感覚だった。

……今日はもう寝ろ…」
「えー…もう寝疲れた!」
「ダメだ」
「黒羽丸さんは、真面目すぎる」
「傍にいてやるから、早く寝ろ」
「…はぁい…」

言ったそばから、は眠りに落ちた。

「…………………寝疲れたという割には、寝るの早いな…」

黒羽丸も呆れて、溜息を吐いた。

(それ程、昨日の事はを疲労させたんだな…)

それが、黒羽丸には愛しかった。黒羽丸はの桃色の髪を撫でた。存外にふんわりとしていて、の髪は手に馴染んだ。

「おれも…」

(お前が好きだよ…)

黒羽丸はそっと、の唇に、己のものを添えた。



END……


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