「なんか悪いねぇ」
「良いよ、お前が居なかったら、足腰ガタガタだっただろうし」

日向は明るい表情で言った。王者との二連戦を制した余裕が窺えた。

「そうです。さんには、いつも世話になってますから」
「まぁ、そうだよな。今だってこの状態だし…」

伊月は、に背負われた火神を仰ぎ見た。

「ありがとうございます…」
「良いよ、良いよ。…またあとで念入りにしないとね」

火神はおずおずとに礼を言った。彼はその様子に苦笑した。

「あら、雨強くなってきたわね」
「通り雨だと思うよ。あの辺の空明るいし…」
「じゃあ、この辺で、どっか探すか」
「だな。お、あそことかどう?」

小金井が指を指した先には、お好み焼き屋があった。こうやって原作に繋がるのかと、は思った。その店の近辺には黄瀬のつけていた香水の残り香があった。勿論人には分からないようなかすかなものだ。

「さっきぶりです」

が言うと、笠松が顔を上げた。黄瀬も気付いて振り返った。「席足りるかなぁ」と店主らしき男が言った。

「相席でも良いっすよ」

笠松がそう言うと、日向は恐縮そうに頭を下げた。は奥の席に向かった。笠松が一瞬目を見開いた。近くに居た水戸部も意外そうにを見た。

「えっと、…笠松さんと一緒にいると、緊張で喉を通らないので」

照れ笑いをして、は奥に進んだ。
笠松は短く息を吐いた。の言う「ファン」を信じていなかった。笠松には飄々とした様子で何だってできるだろうが、自分をファンだと言っているのが不思議だった。からかっているのではないかとすら思っていた。

「じゃあ、僕たちが座らせていただきましょうか」

黒子はそう言って火神を誘った。火神は怪訝な顔をした。

「黄瀬君は、意外と繊細なんですよ」

と黒子が言った。火神は首を傾げながらも席に着いた。

「良かったのか?」
「ん?」

日向がに尋ねた。は微笑んだ。

「まぁ、色々とね、」

はこの店に向かってくる気配を感じていた。原作通りであれば、大事な話をするはずだ。常に原作通りに事が進むとは限らない世界だが、は可能性に賭けた。とする話よりも、バスケをする者同士で為になる話をした方が良い。それに喉を通らないは言いすぎだが、緊張はする。

「おじちゃーん」

が腰を下ろしたとき、丁度高尾と緑間が入ってきた。一瞬空気が固まった。はそれを気にせず、注文した。

「…と豚たま、と…あとは…」

注文を終え、はメニューを置いた。そのとき、

「隣良いっすか?」

高尾はに言った。返事を聞く前に、高尾は既に座り込む体制になった。

「どうぞぉ…」

は適当に応えた。

「ひ」

高尾が座り込む手前で、飛び上がった。

「どうした?」

笠松が高尾を心配した。

「悪いねぇ、手、置いたままだった」

はあっけらかんと言い放った。高尾の尻が下りてくる位置に、は手を置いた。体重がかかるところで、は高尾の尻をきゅっと揉んだ。最早そのタイミングたるや、職人技である。

「わ、わざと…」
「え?」

高尾が涙目でを睨んだ。はとぼけた声を出した。

「ん?」

が短く聞き返す。高尾は葛藤の末、押し黙った。

「適当に注文したけど、良かった?」

は何事もなかったように、皆に言った。

「う〜何なんすか、あの人…」
「誠凛のマッサージ師、らしい。中学は帝光だと」
「真ちゃんの同中…?」
「お前らの一個上だけどな。俺らと同い」
「ふぅん…」

高尾は、緑間からそんな話聞いたことが無いなとの横顔を見た。

「気を付けた方が良いわよぉ」
「え?」

リコが、を見る高尾に忠告した。

「この子、どっちもいけるからねぇ」
「やだな、ただのスキンシップですよ。ス キ ン シ ッ プ」

がにっこりと笑うと、高尾はひきつった笑みを見せた。は涼しげな顔で、注文したドリンクを口に含んだ。
女子同士の少し過激な触れ合い。の認識はその程度だ。今は男同士だが。
すでにそういったキャラで通っている。キャラブレはNGだ。それに意外とは普通の人なので、突飛なキャラ付けがないと没個性になってしまうのである。そんなことをいえば、皆「いや、そのキャラである必要は無いし、十分キャラ立ってるから大丈夫」と言うだろう。




黒子は黄瀬と火神が話しているのを聞きながら、を見た。すぐには会話の輪から外れる。

は黒子同様、渦中に在るよりは外から見ているのを好んだ。今だって、少し後ろに下がって壁にもたれ掛かり、ジュースを一人ちびちび飲んでいた。そしてさりげなく注文の品を受け取り、さりげなく焼き始めた。
ふとが顔を上げた。黒子はうっと息を詰めた。視線が合うとはふりふりと手を振った。黒子はぺこりと会釈した。

(あの人は、いつも僕に気付く…)

黒子は、ぼんやりとそう思った。

ーどーん!」

黒子の思考をよそに、小金井がの膝にダイブした。そして、「よっこいしょ」と言って小金井は、の膝の上に座り直した。

「うわ、凄い安定感!」

小金井ー!?

と、皆が小金井の行動に絶句した。

「わ、ビックリした」

はそう言って、小金井の体を支えた。

「大地に支えられてる感じぃ」

的を射ている、は思った。は世界だ。大地であり、木々であり、人々を包み込む大気でもあった。
は小金井を膝に乗せたまま、コテを持った。そして、いとも簡単にお好み焼きをひっくり返してしまった。

すげー」
「そう?ありがとう」
は、こんなに体格良いのに、バスケしないの」

はびくりと体を揺らした。小金井は一瞬ふわりと浮遊感を感じた。ぎゅっとの腕を掴み、小金井はを振り返った。

?」

はすぐに普段通りの笑みを見せた。

「あー…俺、スポーツするのあんまり好きじゃなくて…」
「けどって、体育とか見てても、スポーツ得意そうだよな」
「う、ん…まぁ、できるのと、好きは違うから」

(ってか昔苦手すぎて、違和感があるんだよなぁ…できる自分って、不思議な感じ…)

「そういうもんなのか?」
「うん、そういうもん」

伊月の疑問に、はそうそうと頷いた。

「あ、確かに。が運動部に所属してたら、うちのマッサージなんかしてないよなー。そう思うと良かったー」

水戸部の無言の言葉を受けて、小金井はカラカラと笑った。


**


「ふぅ…」

がトイレから出て店に入ると、そこは戦場だった。思わず固まってしまった。

は排泄行為をする必要はない。少し一人になりたくて席を立った。ほんの数分だったはずだ。しかしそこはお好み焼きが宙を舞う無法地帯になっていた。

「やめなさい!食べ物で遊ばない!」

ぴたりと皆の動きが止まった。普段声を荒げることのないが、大声で叱咤したことに、皆は驚いた。

「笠松さんも年長なんですから、ちゃんと止めてくださいね」
「あ…ああ、すまん悪ノリした…」

笠松はの尤もな注意にたじろいだ。はばつの悪い顔をして、笠松から視線を外した。

「すみません、お騒がせしました」

はぺこりと会釈して、店の客に謝罪した。

「緑間くん大丈夫?」
「大丈夫ではないのだよ…」

緑間は項垂れた。やっと収まった騒ぎにほっとしたようだ。は緑間の髪にそっと触れた。髪についたお好み焼きの残骸を取り、おしぼりで表面を撫でた。

「すみません」
「良いよ、良いよ。緑間くんの綺麗な髪が台無しになったくらいのもので、私には何の害もないからね」
「はぁ…ありがとうございます」
「いえいえ」

は何でもないように言って、席に戻った。

「日向くんも、ちゃんと注意!」
「ああ、悪い…」
って、結構常識人なんだな…」
「意外ー」
「意外ってなんですか!常識くらい備えてますよ」

は溜息を吐いた。

(そういや、こいつら男子高校生だったな…)

馬鹿をするのが仕事みたいな人種、それが男子高校生だ。やはり女子と居たほうが静かで良い。そう密かに思った。



「さぁ、帰るか」

日向が先ほどの雨が嘘のように穏やかな空を見て、そう言った。それに同意し、ぞろぞろと外に出る。会計は伊月に任せておけば問題ない。駅までは皆同じ方向だ。と笠松だけは、誠凛メンバーと逆方向の電車。

「緑間っちは、さんに連絡先聞かないんスか?」

黄瀬がふとそう聞いた。緑間は黄瀬を一瞥し、そしてを見た。

「……あれからまたアドレスを変えたんですか?」
「ん?変えてないよ?」
「え?」
「え?何?」

緑間とのやりとりに、黄瀬は意外そうな声を出した。
黄瀬は緑間とを交互に見て狼狽えた。緑間も緑間で困惑の表情だ。

「緑間くんは、さんの連絡先知ってたんですね…」

沈黙を破ったのは黒子だ。

「ああ…寧ろお前達が知らなかったことに驚いているのだよ」
「緑間くんは、うちの常連さんだから、連絡先知ってるよね」
「えー…なんで教えてくれなかったんスかぁ!」
「口止めはしてないよ」

黄瀬が恨めしい顔でを見るので、はすかさず弁明した。

「………お前が聞かなかったからだろう」
「緑間っちが知ってるなんて思わなかったっスもん」

ぷんぷんと可愛らしい怒り方で、緑間に文句をたれる。それを微笑ましそうには見つめた。

「まぁ、確かに緑間くんが知ってたなんて意外でしたね」
「他の人は…」
「………さぁ、知らないんじゃない?かな?征くんと敦くんなんて、県外だから全く関わり合い無いし?」

は何でもないように言った。黄瀬はまだショックから立ち直れていない。うぅ、と唸っている。

「…僕は、バスケ部と関わりを一切拒んでいたので、知らなかったのは分かるんですけど…」

と言って、黒子は黄瀬を見た。

「…俺は…その、遠慮、して…だって、青峰っち、が連絡取ってないのに、俺が取るのも変かなって、思って…」

黄瀬がぼそぼそと言った。緑間と黒子は顔を見合わせて溜息を吐いた。

「それは…悪いことをしたねぇ…ごめん…」

は黄瀬に気まずげに謝った。

「黄瀬君って、意外とそういうこと気にしますよね」
「確かに、お前はバカな割に、変なところで気を遣うのだよ」
「うぅ…」

黒子と緑間の言葉に、黄瀬はさらに唸った。

「まぁ、涼太君は、キセキの中で一番普通だよね。性格的に」
「そうですね…」
「黄瀬だけ見てると、全然普通じゃねぇけど…」

笠松は普段の苦労を思い出して顔を顰めた。

「いや、他のメンバーが、海常みたいな常識人……割と常識人が集まったチームに入れるわけ無いですよ。いや、本当に」

森山の顔を思い出し、は「割と」と言い直した。笠松もそれに気づき、居たたまれずに視線を逸らした。

「……そう、ですね…多分笠松さん、他のキセキだったら、今頃過労で死んでます」
「死んでます………!?倒れるとか、じゃなくて……?」

黒子の辛辣な物言いに、笠松は声を上げつつ、ぐっと引いた。黄瀬でこれなら他はどうなのだろうと想像すると、面倒をかけられっぱなしの黄瀬にも愛着が沸く。

「まぁ…赤司っちは暴君だし…」
「青峰君は狂犬ですし」
「紫原は、図体ばかり大きくて、中身は子供なのだよ」
「真ちゃんは、ツンデレだし…いて!ちょ…事実だろ!」
「煩いのだよ」

お前もキセキの世代だろうと、高尾が最後に緑間を付け加えた。緑間は高尾の足を蹴り飛ばした。

「確かに、ちょっと甘えたな部分はありますが、……黄瀬君は割と普通な部類ですね。まぁ、あくまでも『割と』ですけど」
「俺、貶されてるっスか?褒められてるっスか?」

黒子はきっぱりと「割と」を強調して黄瀬を表した。黄瀬は苦笑いでを見た。

「褒められてるんじゃない?」
「それなら良いっスけど…」

多分良くはない、とは思ったが口には出さなかった。こういう素直なところは彼の美点なのだ。多少スレてはいても彼の本質はこうだ。末っ子気質なのだろう。



「じゃあ、お疲れさん、本当に助かったよ」
「うん、じゃあ、また学校でね」

笠松と以外は、違うホームだ。手を振って別れ、は笠松と二人きりになった。

「ってか、お前こっちなんだな」
「ああ、はい、まぁ」
「ふぅん…」

曖昧な返事に笠松は眉を顰めた。

「お前さ、」
「はい?」
「なんで俺なんだよ」

笠松のつっけんどんな物言いに、はふにゃんと照れた。

「笠松さんに恋した理由ですか?」
「ちげぇ!」
「げふん!」
「あ、悪ぃ、つい癖で…」
「まぁ、良いですけど、」

笠松は黄瀬にするようにに蹴りを入れた。は気分を害した様子もなく笠松を見ずに言った。

「去年のインターハイ見てました」

笠松の表情が歪んだ。

「なおさら、なんでだよ」

笠松は溜息混じりにに尋ね、頭を掻いた。

「あのあと、キャプテン、になるって話聞いて、よく、続けられるなって、思いました」
「そりゃそうだろうな」

笠松は相変わらず厳しい口調だ。

「けど、ウィンターカップ、新人戦、凄い気迫でした。私、あの頃色々あったんで、なんか勇気づけられたんです」

は素直に答えた。青峰の才能の開花とともに、キセキの世代と距離を置くようになった。そして全中の優勝の後は、連絡を取り合うこともなくなった。青峰とも音信不通になり、自然消滅。そんなときに、笠松に会った。

「つまんない理由でしょ?」
「つまんなくなんかねぇよ」

笠松は相変わらず厳しい表情だったが、怒っているようではない。

「よく、インタビューとかで、誰かを勇気づけたいっつーコメントする奴いるだろ」
「そうですね」

(割と嫌いなセリフだ…)

は心の中でそう思った。口にはしなかった。

「俺、あんまりそういの好きじゃなくってさ、勇気づけたいとか、与えたいとか、そういうの、やってる方が言うことじゃねぇだろ」
「そうですね」

笠松も同じ意見のようで、はほっと胸をなで下ろした。

「けど、自分のプレイ見て、そう感じてくれる奴が居るのって、やっぱ嬉しくて、ついああいうこと言っちまうんだと思うんだよな」
「遠回しすぎて何とも言えないんですけど、つまり嬉しいってことでいいですか?」
「……………そういう事だけど…!」

笠松は絞り出すように言った。照れているようだ。はそんな笠松の様子に笑みを零した。

「笠松さんって、素直じゃないんですね」
「お前は、察しが良すぎて、……困る」

何百年生きて来ていたって、どうしたって追いつけない何かを笠松は持っているのだ。はそう心から思っている。力があったって、の性格は生前の人間だった頃のままなのだ。

「笠松さんって、やっぱり凄いです」
「ぐ…」

笠松は率直すぎる物言いに頬を染めた。

「そうやって、真面目に言われるとどう反応して良いか分かんねぇよ」
「そうですか?それは……すみません」

笠松は目を手で覆い、溜息を吐いた。

「別に謝んなくていいけど…」

笠松は黄瀬が言っていた、「真面目で繊細」という言葉を実感した。壊れそうというわけではない。図太いところがあって、傍若無人で、しかし弱さを持つ普通の人間だ。そう笠松は思った。

(なんか、放っておけない…いやいやいや、こいつの面倒見る義理はねぇよ!黄瀬で手一杯だ!)

笠松はに対する苦手意識の消失と同時に、加護心のような物を感じ、複雑な心境になった。



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