この子はどうして毎日ここを訪れるのか。
もう、かれこれ1ヶ月が経つ。
決してあってはいけない光景がそこには広がっている。
バレたらヤバいのは分かっているが、それでもおれがこの行為を止めないのは、別に興味とかそういうことではなかった。
ただの、そう、ただの気まぐれに過ぎなかった。







一途な思いは届く。





そう、ことの始まりは一ヶ月前だ。

「ねぇ、先生」

突然後ろから話し掛けられた。ここは準備室、生徒が勝手に入っていいところではない。というか、準備室なんてのは先生にとっては自分の場所、自分の部屋に勝手に入られたみたいであまりいい気はしない。

「ん〜?」

とりあえず返事をして、自分の仕事に専念する。準備室ですることなんて一つだ。備品の準備と片付け。今日の授業で使った糸ノコ、何に使うかなんて別に言わなくても分かるだろう。おれが高校の生物の教師であることを知ってさえいれば。

「胸ってどうやったら大きくなりますかね」
「俺、今物凄くこの場から逃げたくなった。ていうかなんで俺」

突然の言葉に驚いて、俺は手を止めた。振り向くと、悪戯に成功した子供のような(実際子供ではあるが)笑顔。

「人体の事に詳しい先生だったら分かると思って!」
「いやいや、俺が詳しいのは生物のことであって、特別人体に詳しいわけじゃないからな〜」

彼氏にでも言われたか、たしかこの子といつも一緒にいる女の子は胸がでかかった気がする。それでか?若いなぁ、などと考えた俺もそれ程歳を食っているわけではなかったが、この女子生徒よりは、まぁ。

「でも、先生って、マッドサイエンティストって感じします」
「保健室の先生にバトンタッチしたい」

なんだそれ、俺初めてそんな事言われたんだけど。

「なんでですか?」

なんで、って・・・。

「人体のことなら保健室の先生の方が詳しい」

つーか、マッドサイエンティストなら胸を大きくできるのか、と突っ込みたくなった、うん、整形外科行こうな。そっちのが確実だ。

「胸ってどうやったら大きくなりますかね」
「あれ?話聞いてた?」

彼女はにっこりと笑った。染めた髪は痛んでいて、髪がかわいそうだと思った。彼女に対して思ったことはただそれだけだった。

「揉めば大きくなるんじゃね?」

面倒くさくて適当に答えた。

「じゃあ先生揉んでください」



何が「じゃあ」だ。



といいつつ、今はこの状況。女子生徒を膝の上に座らせて、後ろから胸を揉んでいる。絶対おかしい。この状況は絶対におかしいよな。

「先生」
「ん〜」

相変わらず、こいつの無い胸を揉んでやっている。やっぱりおかしいよな、この状況。女子生徒が男の教師の膝の上にちょこんと座っているなんて。

「先生はなんで俺の胸揉んでるんですか?」
「え?そんなこと言っちゃう?お前が言ったんだろ」

俺がこいつの胸を揉んでることよりも、俺に胸をも増してる自分の方が異常なんだって分かってんのか。

「じゃぁ、俺が死んでくださいって言ったら死ぬんですかぁ?」
「死なねぇけど。…こんなこと彼氏にやってもらえよ」

からからと笑うそいつに違和感を感じまくりで、しかし俺には目の前にある痛んだ髪の隙間から見える項をじっと見ているしかなかった。いつもはぽんぽんと言葉のキャッチボールが行われているのに、今はぎこちなくぽつりぽつりと交わされている状態だ。

「彼氏なんていませんよ」

あ、聞かなきゃ良かった、そう俺は思った。何故って彼女がこうした理由が分かってしまったからだ。空気が少しだけ揺らいだ。俺の胸に背を預けるように膝の上に座るこいつの表情なんて見えない。それでも何となく分かってしまった。そして、それを子供の戯れ言にできない自分が居ることも分かっていて、そんな自分に嫌気がさした。

しばらく無言だったが、彼女が突然ぽつりと呟いた。

「・・・胸、大きくなったら俺を嫁に貰ってくれる?」

俺は揉んでいた手をぴたりと止めた。

胸?嫁?

話飛び過ぎだろ。そう俺が考えていると、彼女は俺の膝からぴょんと下りて、2,3歩前進してぴたりと止まった。くるりとターンして俺に笑いかけた、その顔が痛々しくて思わず凝視してしまった。

「なぁ〜んて!本気にした?本気にした?」
「√3点」

竜ヶ峰がこいつにそういっているのを見たことがある。

「√3?!」

そういえば最初の授業で巨乳が好きだと言ったような気がする。だが、それは冗談だった。好みはどんなのかと聞かれて、適当に答えた。聞いたのはこいつだ。

こいつはどうしても冗談にしたいのだ。いままでのことも、全て。ニコニコ笑いやがって。




ねぇ、俺が先生の事セクハラだって訴えたら、どうするつもりだったんですか?騙すつもりで近づいたんだとしたら?




ある時コイツはそう言った。冗談では済まされないだろう、そんなこと聞くまでも無いし、答えるまでも無い。だから俺は冗談になんてするつもりは無かった。何故ならできないからだ。

「高校卒業したら嫁に貰ってやるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?!」

長い沈黙、その沈黙の後に大きな間抜けな声。

太腿に残る紀田の熱が空気に曝されて急激に冷えていく。別に顔は好みじゃない。体もまだガキのそれだし、髪も痛みまくりで、チャラくて、馬鹿だし、確かに胸もねぇ。
けど、


俺、一途な奴に弱いんだよな。