注意!





「ひょっ!」

とマヌケな声を出してしまった。その隙に沖田くんの鋭い一撃が喉元すれすれで止まっていた。

「ちょっと…手抜きしないでよ!」

沖田くんは凄い剣幕で本気で怒鳴る。しかし手を抜いたのでは決してない。

「違う、…手抜きじゃない。なんか、足に刺さった」
「大丈夫なんですか」

私の情けない顔を訝しげな表情で見ていた沖田くんは、私の言葉を聞いて刀を引っ込めた。

「う〜ん…多分大丈夫?なんていうか、トゲトゲしてる」

沖田くんの刀を避けるために身体を反らせようと、後ろに引いた右足に体重をかけた時だった。”ぶさ”、とも”ぐさ”ともいえる感覚で、足にトゲトゲしたもの、しかも結構でかくて鋭いものが足に食い込んだ。というか私の足の裏の皮膚を裂いた。

「とげとげ…?」
「うん、これ絶対マキビシ的何かだと思う!」

刺さった時と同じ体制のまま、そこから動けない。とげとげ?と首を傾げて私の言葉を反復する姿はとても可愛いが、それを気にしている余裕も無かった。別に痛くないのだが、身体を人間に模しているため、感覚と実際の傷は厳密に再現されている。

「いや、マキビシ的何かって何ですか、マキビシじゃないんですか」
「わかんない!」

この殺傷力、この形状、それは間違いなくマキビシだった。足に刺さった感じからするとそうなのだが、何故ここにそんなものがあるのかを考えると、断定は出来なかった。

「っていうか、凄い血が……足、上げてください。抜きますから」

そう言って、沖田君は私の前に片膝をついてしゃがみこむ。凄い血だと言いながらも冷静なのは流石だ。
確かに血が大量に出ていて、道場の床に染みていく。貧血になりもしないし、前述どおり痛みも無いが、自分でも信じられないくらいに驚いてしまった。

「いや、大丈夫。ほら、私人間じゃないから痛みは無い!でも視覚的に見ちゃったら痛くなる!絶対痛くなる!」
「じゃぁ目瞑って、足上げてください」

冷静に、というか呆れた風に笑って沖田君はそっと私の足に触れる。

「りょ…了解した!」

ぎゅっと目を瞑り、彼の手に誘導されてゆっくりと足を上げる。

「マキビシ的何かでした、というか、マキビシですね、これは」

すっと、抜かれるような感覚があって、ぞわっとした。

「本当に大丈夫なんですね」

と念を押すように沖田くんは言うが、精神的には相当私はダメージを受けている。肉体的には大丈夫なのだ、心配させてはいけないと思い、私は大丈夫だと笑って見せた。
この道場に出入りするのは、私と沖田くん、そして近所のオジサン4人くらいである。この心配の様子から言って沖田くんではないだろう、おじさん衆も平日のこんな時間にわざわざこんなものを置いていく理由も無ければ時間も無い。
とすると、一人しか残らない。そう。この道場の主、岡剣三郎である。

「岡ぁぁぁぁ!!てめぇ!」

剣撃の音が聞こえなくなって大分経つので様子を身に来たのだろう、岡がそこに立っていた。

「私じゃないですよ。沖田さんが踏んでたかもしれないのに…」

涼しげな顔で、しかし汗を拭いながら彼は頭を振った。

「それは、そうか、うん」
「あれ?そこ納得しちゃうんだ」

沖田くんは楽しそうな、愉快そうな声を出した。

「まぁ、作ったのは私ですが」

眼鏡を上げながら、岡さんは事も無げに言い放った。

「なんで作っちゃったの?!凶器なんだけど!用途は?やっぱり私をハメるためじゃねぇか!!」

涼しげな岡さんの胸倉を掴む。ガクガクと彼の身体を揺さぶるが、あはははははと、笑うだけだった。

「いえ、風太くんがマキビシって何?と聞いてきたもので」

ぱっと手を離して、岡さんを解放すると、彼は襟元を整えて私に向き直った。

「それで本物作っちゃうの?銃ってなぁに?ッて聞かれたら銃を作って渡しちゃうわけか!」
「銃は作れません。刀なら渡します。あ、手裏剣とかも作れますよ」

岡さんの目はキラキラしていた。

「おいいいぃぃぃぃ!!教育的に悪すぎだろ。あ、手裏剣欲しいなぁ」

血圧が上がったのか、足の裏から勢いよく血が噴出す。

「あの、さん、滅茶苦茶血が…」

冷静な声音で沖田くんは私を心配したが、私はそれどころではなかった。

「大丈夫、舐めときゃ治る」

ぐっと、拳を握って言うと、岡さんは蔑むような表情で「誰が舐めるんですか、そんなとこ」と言った。
え?沖田くんとか?
って言えるかぁぁぁ!!生憎こちとらチキンなんだよ!

「あ、」
「え?」

沖田くんの声に私が反応したときには沖田くんは既にそこには居なかった。本当にあっという間に沖田くんは道場の外に出て行った。
帰ってきた沖田くんの手には、小さな男の子が猫のように摘まれていた。

「あ、風太くん」
「お前かぁぁぁ!!クソガキィィィ!!!!!」

岡さんが呼ぶ名前に私ははっとして、大股で少年に詰め寄った。少年はひぃ、と短い悲鳴を上げた。沖田くんは楽しそうに笑っている。
般若のような顔をしているに違いない私に沖田くんは何の戸惑いも無く少年を引き渡した。恐ろしい男だと改めて思う。

「おまえ!これは立派な傷害罪だぞ!しょっぴかれるよ!見ろ!この削げた肉!」

すると、少年はぶすっとした顔でぷいっとそっぽを向いた。

「オレはまだガキだからけーむしょにはおくられないんだぜ!そんなこともしらねぇのかよ!」

少年は舌をベーと出して、そして再びそっぽを向いた。
          いっちょまえ
「そういう事だけ一丁前に知ってんのか、腹経つな!私はお前のようなガキが一番嫌いだ!」

紐でぐるぐる巻きにして(跡がつかないように簀巻き状態の上から)、ぱんぱんと、お尻を叩く。

「はは、さんは子供相手でも本気だなぁ」

沖田くんはその様子を見て腹を抱えて笑っている。

「ヘンタイ!さいてい!セクハラ!うったえるぞー!母ちゃんに言いつけてやる!しょたこん!」

少年はわーわー喚いていたが、その声が耳障りだった。先程よりも強くお尻をたたく。「ぎゃー」と喚き散らすが、少年は涙を流して泣き喚くことは無かった。

「小学生は眼中になし!沖田くん位になってから出直して来い!」

最後にぱん!と思い切りお尻を叩いて、少年を開放してやった。

「ほら、飴ちゃんあげるから。寂しいんだったら何時でもここに来い。マキビシは無しな」

そう言って頭を撫でてやると、少年はぼろぼろと大粒の涙を流した。

「バカヤローショタコンのくせに!!飴一つとかしけてるな!」

そう言って少年は走っていってしまった。

「知り合いだったんですか?」
「ううん、でもいっつも一人だったみたい。家近いんだけど…まぁ、寂しかったんだろ。刺さったのが沖田君だったら確実に斬られてたな」
「あはは、僕だって流石に子供の悪戯に、あそこまで本気で相手してやりませんよ」

嘘だ。絶対嘘だ…。峰打ちでも何でも打ち込んでいたに違いない、と私は直感的に思った。

さんって守備範囲広いですね。それとも低いんですか?ショタコンって言われてましたけど」
「ん?いや、広いんだと思う」

岡さんの質問に律儀に答えてしまう。ガキは嫌いだけど、青年からおじさんまで、結構幅広くイケる口だと思う。

「まぁ、さん、変態ですもんね。貴方の歳で沖田さんが守備範囲って、十分ショタコンでしょ」
「失礼な!私は変態じゃない!スケベだ!」

私は拳を握り締めて力いっぱいそう言った。

「あ」

     言っちゃったー!!!!!!

岡さんの言葉にいつものように返してしまった。もうこれは習慣と言うか、反射に近かった。

さんって変態なんですか?」
「いえ、助平です。助平です」

しょもーんと、落ち込んだ私の顔を沖田くんは優しい表情で見ていた。

「…どうかした?」
「いいえ、なんだ、そうなんだ」

にっこりと満足したように笑う沖田くんに私は首をかしげた。なんだか嬉しそうにしているから、私も笑った。

まぁ、いいか。

「あ、床綺麗にしといてくださいよ」
「労りとかないんか、おい岡首傾げんな」



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