はじめまして!
「ホント、どっかで見たことあるんだけどなぁ……」
私は何故か家にあった立派な桶にお湯をためて患部を暖めながら、首をひねった。この凍死寸前の青年のことがどうしても思い出せない。もやもやして気持ち悪い。脱人間をした後の記憶なら、パソコンで検索をかけるようにして思い出せるというのに。人間だった頃の記憶は人間の私の記憶力に依存するので、かなり曖昧だ。
じゃぼ、と彼の足を桶の湯に浸ける。一般家庭にこんな立派な桶はないだろうとツッコミを入れたい。物置には何故こんなところにこんなものがあるのだろうというものが沢山あった。考えたところで答えは出ないので、思考を放棄した。
お湯から足を出し、タオルで拭いた後、マッサージをする。保温とマッサージ、この二つが「凍瘡」、所謂「霜焼け」の治療法なのだそうだ。
右足のマッサージを終え、左足に取り掛かろうと足を持ち上げた瞬間、眠っていた彼の目がカッと見開かれた。思わず私は足を落とした。
彼は一瞬で私から距離を取り、右手を左脇に素早く移動させるが、何かに気付いたように彼は左脇を凝視した。
パシャンと、畳に桶のお湯が零れる。青年から目を離して、慌てて用意していたタオルで水を吸い取った。ポンポンと畳を何度かタオルで叩いていると、
「僕の刀をどうしたの」
低い声で青年は私を睨んでそう言った。このご時世に刀などと、と思った。しかし青年の目を見れば、それが冗談ではないことはすぐに分かった。
「刀なんて持ち歩いてたの?」
(……ちょ、ちょっと、勘弁してよ……)
自称・自称神に殺されて転生トリップしてしまった私はこれまでに3つの世界を巡った。一つ目はワンピの世界、二つ目はハガレン、3つ目は見知らぬ未来都市だった。そして今回はまだ私が人間だった頃に住んでいた世界と変わらぬ世界を選択し、こうして暮らしている。
もしかしてこの世界は私が知らないだけでそういう『特別な』世界だったのだろうか、そこまで思いをめぐらしたが、思い直した。
この世界は、平和な(といっても戦争が無いわけではないが)、平成の世だ。
(銃刀法違反って知ってるかな……この子)
もしかして逆トリだろうか。いや私はこの世界の住民じゃないんだから逆トリって言ってもいいのかよく分からないジャンルな訳だが。
「私は知らない。見て無いよ。……君を拾った人に聞いてきたげるよ」
そう言って立ち上がろうとすると、青年は一瞬狼狽したような顔になった。それが気にかかり、私はその場に留まった。
「拾………は?君頭おかしいの?それとも、僕を油断させるための演技かな?」
にっこりと嫌な笑みを浮かべた青年に、もう少しで「お前の方が変だ」と言ってしまうところだった。いやはや危ない、危ない。そして彼は私の返事を聞かずに捲くし立てるように次の言葉を紡いだ。
「僕は屯所にいたはずだ。君たちが連れてきたんだろう」
「あ、それより霜焼け大丈夫?」
ずいっと前に踏み出して顔を覗き込むと、左脇に添えられていた右腕が私を払うようにぶん、と振られた。後ろにステップし、寸でのところで避けた。当たっていたら、吹っ飛んだもしれない。容赦ない攻撃だった。
「近づくな、それ以上近づいたら……」
どうするというのだろう。彼の頼りにしているらしい刀も今は不在だ。
相手がムキになると、逆に此方は冷静になった。マウントは私が持っている。そもそもこの身体は傷つかないし、死なないのだから、何も恐れる事は無いのだ。そういう突飛な存在になったのだ。
と言い聞かせる。いくら最強の存在に生まれ変わったとは言え、元が平凡女子だと、怖い物は怖い。
「ねぇ、君さ、どっから来たの?」
声が震えそうになるのをぐっと堪えて、私は冷静ですと言う風に尋ねる。彼が暴れることを想定して、いつでも逃げられるような体勢を取る。
そのことが気に食わなかったのか彼は眉を顰め、不機嫌そうな表情になった。
「僕の話聞いてる?」
一応聞いてたのだが、私の反応がお気に召さなかったらしい。私だって今一生懸命状況を把握している段階なのだ。
「聞いてる、よ…。近づいちゃだめなんだよね」
「馬鹿にしてるの?」
叫ぶわけではなかったが、すこし大き目の声で、語尾を跳ね上げさせながら彼はそう言った。
私には、からかうつもりは毛頭ない。が私の冷静な対応が彼を怒らせていることは分かった。思い切って本当のことを言おうと決意をした。
「してないよ。でもね、別に私は君がここにいることを良く思っていない。それでこんな仕打ちってどうよ?って思ってるわけ。拾ったって言っても私の父が勝手に拾ってきただけで、何があったか、とか全く知らないわけで、あとさ、そんなにここにいるのが嫌なら出ていってくれてもいいから」
こんな美形を逃がすのは惜しい気もするが、いや、気ではない。惜しい。それに本当に逆トリップだったなら、この世界で彼は生きていけないだろう。
とはいえ面倒なのも確かだ。今更厄介事抱えたって問題はないのだけれど、今回は自由気まま、戦いの無い世界で過ごしたかったのだ。それなのに、刀どうこう言うような子を抱え込んでしまえば、私の平穏が崩れる。そう思って、彼を見捨ててもバチは当たらないと思う。
「本当に何も知らないの?」
急にペラペラ喋った私に驚いたのか、彼は静かに私の様子を窺うように聞いた。
「そうだよ」
しばらくじっと私の目を見詰めてきたが、ふぃっと視線を逸らした。彼は息を吐いてその場に崩れ落ちてしまった。緊張していたらしい。
「わわ…大丈夫?」
「…………大丈夫」
ぶっきらぼうにそう答えたが、彼は本当に気を許してくれたらしく、私が触れても拒むことはなかった。どうして信じる気になったのかよく分からないが、これ以上面倒なことにならなくてほっとしている。
「状況を把握するのは、とりあえずちょっと休んでからにしよう」
そう言うと同時に彼は眠ってしまった。
「えぇ?急に気許しすぎじゃない…?」
彼の体を抱え込んで私はそう呟いた。
彼は人に命を狙われるような人なのだろうか。やはり面倒くさい拾い物をしたらしい。
顔を見ることもできた、声も聞けた。しかし思い出せない。絶対に何かのキャラだ。刀、美形、ツンデレ、で懸命に思い出そうとするが、だめだった。
思い出せないのが、とてつもなくもやもやする。
「うぅん…」
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