炬燵と蜜柑
「この日が来ると、1年経ったなぁって思います…」
「そうだね…」
ぼんやりと沖田くんはコタツの上のみかんを見ていた。私は彼のペリドット色の瞳を見ていた。睫毛が彼の緑色に影を落とす。
睫毛長いな…
「なんか、もう帰れないんじゃないかって思います」
ぽつりと言われた言葉に咄嗟に反応できなかった。
「う…うん、え?!いや、まだ分かんないよ」
つい最近そんな話をしたばかりだ。あれから妙に気にした風だったので、こちらとしても気まずかった。
彼は私の方を一瞥し、視線を離したかと思うと、おでこをコタツの上にゴツンと落とした。痛くないのかなと、おろおろしていると、「大丈夫ですよ」と聞こえた。いつにも増して今日の沖田くんはナーヴァスだ。
「あのね、沖田く…」
「もし帰れたとして、僕が一番恋しくなるのは…コタツですね」
私が良い終わる前に言った。
コタツかよ。まぁ、コタツは気持ち良いけど。
「いやいや、そこは嘘でもさん、って言っとこう」
「じゃあさん」
コタツの上のみかんをぺしぺしとたたきながら彼は適当に答えた。
「じゃあって何だ。“じゃあ”って」
「それなら、さん」
ぺしぺしと叩いていたみかんを、今度は手のひらで机の上で回し始めた。
「いや、意味聞いてるんじゃないから」
沖田くんの頭をぽんぽんと撫でる。彼は、ばつが悪そうに唇を突き出した。
「僕はもう子供じゃないんですけどね」
「そうだね、今年で21歳だもんね堂々と酒が飲めるねぇ」
そうは言っても、彼は時々酷くあどけない表情をするし、幼い行動に出る。心が子供のまま大きくなったみたいだ。身体は大人、頭脳は子供ってか?
「心配しなくて良いよ。もし一生元の世界に帰れなくても私が最後まで面倒見てやるから。お墓までは一緒に入ってあげられないけど。下手したらお墓参りも出来ないかもしれないけど」
私は簡単には死なない身体だし、違う世界行ってしまったらお墓参りは出来ないよね。
「あ、でも岡さんに頼んだら岡さんの末代までちゃんと世話してくれそうだよね。ん?岡さんって結婚してないから末代もクソもないか…」
「そういう心配してるんじゃないんですけどね」
と彼は苦笑した。
「そういえばさぁ、江戸時代にもコタツってあったんじゃないの?」
確かコタツはあったはずだ。熱源は電気ではなかっただろうが。
「貧乏浪士集団がそんなの持ってるわけ無いでしょ。それに武士はそういうの使わないんですよ」
「なるほど」
会話の最中も、彼の手の中のみかんがぐいぐいと机に押さえつけられていた。
…あのみかん、食べるのかな…?
私は、みかんの行く末がかなり気になっていた。
いや、違うことを考えよう。3年か、あと3日で正月。今年も彼と初詣するのかな。今年も彼と花見をして、今年も二人で花より団子だねって笑いあうのかな。それで、梅雨に入る時期になったら縣さん行ってカキ氷食べて、本格的な夏になったらコンクリートのバカヤロウって言って、秋になったら焼き芋して、冬になったら、また初詣に行くのかな。
黙ったままの私の顔を沖田くんが覗き込んでくる。
「さん、」
「なぁに?」
彼はすっと、手の中のみかんを差し出した。
「あげる」
「はぁ…どうも」
と彼の手からみかんを受け取る。これってさっきからずっと散々沖田くんの手によって温められ、捏ね繰り回されていたものではないだろうか。
生ぬるくて、これの中身がおいしいとはとても思えなかった。
「甘くなってると思いますよ」
「え、ああ、うん」
じっと手の中にあるみかんを凝視していると、沖田くんが別のみかんを手に取ってそう言った。私、酸っぱいみかんの方が好きなんだけどな。まぁ、いいか。
そのみかんの皮をむく。実が潰れてる。口に含むと、生ぬるい嗚咽を起こしかねない甘さが口の中に広がった。甘い、というよりも気持ち悪い。というか、生ぬるい。
「まずい…ゲロ甘…生ぬるい、最悪」
沖田くんは私が全て食べきるのをお利口さんに見ていた。にこにこと笑う彼の無邪気な顔が何となく寂しげに見えた。
結局、諦めているのか帰りたいのかは聞けていない。どうせどちらを願っても、その通りになるとは限らないのだ。
「さん、みかん無くなっちゃった。取ってきてー」
「取ってきてー」
今の今までコタツでぐーすか寝ていたジンが、むくりと起き上がった。
「えー、寒いからやだよー」
「寒く無いでしょ感じて無いんですよね僕生身なんで」
「いや、ここはじゃんけんでしょ。ほら、手ぇ出して」
この家も静かになるのだろうな。
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