や他の部員たちも尽力した。漢前を見せた男二人の尊い犠牲もあった。
しかし相田リコの頭脳は料理方面には一切合財適用されず、進んでは振り出しに戻るを繰り返した。そのことに一番落ち込んだのは本人である。

君、お願い」

嫌な予感がする。

「家来て、マンツーマンで教えて!お願い!」
「え、家?相田さん女の子じゃないですか、無理無理、無理だよ。お父さんに怒られるよ」

大丈夫大丈夫などと全く当てにならない言葉に、結局頷いてしまうのがだ。



家の近くまで行くと、彼女の父親が仁王立ちで待っていた。もう引き返せない。は悟った。

「お前がか」
「あ、はい…はじめまして…です…相田さんに頼まれて来ました…」

相田景虎はおっかない、というのが一番しっくり来る。堅気では無いだろう雰囲気が漂っている。とはいえ、居候先の静香も大概こんな感じである。あちらは刀が似合う。こちらは銃が似合う、そんな違いくらいしかない。それでも敵意があるのと無いのとでは受ける印象は全く違う。何だかんだ大事にされているのだなぁと、は大層心打たれたのである。因みに今日のおっさんの晩御飯は用意してから来ている。そう何度も待たせるわけにもいかない。

「あんた、娘のことはどう思っているんだ」
「え、どう?あー…愛らしい方だとは思いますね。頭も良くて、愛想もいい。でも私には心に決めた人が居るので、心配なされているようなやましい気持ちはありません」

納得してくれたのか分からないが、殺気のようなピリピリした空気は無くなった。と、タイミングよくリコが現れた。

「よろしくね!くん!」
「はい。よろしく…」

かくして、二人の長い夜は始まった。


**


「栄養はこれで問題ないから!三食しっかり食べたら良い感じになるように組んだから、絶対に何も入れないでね!絶妙な味付けにしてあるから、絶対に、絶対にだよ!約束できるかな!?」

オブラートに包んだ言葉では何も響かない。傷付けるか付けないかのギリギリのところでしっかりと言い聞かせる。リコはコクコクと頷いているが、本当に分かっているのか定かではない。

少し休憩、とはダイニングの机に腰掛けた。リコは席を外している。
前途多難だ。頭を抱える。頭は良いのに何故できないのか。料理は作るだけなら科学と一緒だ。精神論は大事だが一番最後だ。

「お疲れさん」

そういって景虎がの座る机にことりとコップを置いた。

「あ、りがとうございます…」

手に取って匂いを嗅ぐ。毒を飲んでも死なないが、不味いのは嫌だ。

「俺特製の美味しいジュースだ」
「すみません。疑心暗鬼になってます」

こくりと飲むと、自分で言うだけあって美味しい。

「凄い良い塩梅ですね…たとえば…」

と、果物や野菜の配合や処理の仕方をつらつらと述べていく。

「よく分かったな…」
「え、あ、…すみません。舌結構敏感で」

他人の手品のネタばらしを本人の前でしたようなものだ。精神的な疲れで、周りに気を配るのを忘れている。

「構わねぇよ。これで飯食ってるわけじゃないからな」
「…はい…」

しばし沈黙が続く。それを破ったのは景虎だった。

「アンタから見て、うちの娘のチームはどうだ」

即答はできない。彼の目が真剣だからだ。良し悪しを単純に求められているわけではなさそうだ。

「…そうですね。部の空気は悪くない。絶対的な指導者が居ないから、何でも自分たちで考えてやる、っていうのが結束にもつながっているし、臨機応変に動けている、とも言えます、が…カントクはともかくとしても、コーチは専門の人が居たほうが良いと思います。マネージャーでも良いんですけど」

そこで言葉を区切り、はコップの中身を飲み干した。

「相田…リコさんが力不足、というのでなく。抱え込む仕事が多すぎる。相談できる人間がいない。もしかしたら貴方がアドバイスをしているのかもしれませんが、ずっと一緒にチームを見ているわけではないですし、」
「で、お前が入部したってか」

ふむ、とは納得した。こうやって自分の時間を潰してまで手伝う理由が知りたいのだ。父親として。都合の良い善い人間と言うのは、そうそう居ないのだから。

「力になりたいと思ったのもそうですが、まぁ、それは後付ですかね。私自身負かしたい相手が居るので」
「それ、心に決めたやつだったりしねぇよな?」

はきょとんとした。そしてにやりと笑った。
景虎はため息を吐いた。

「娘をよろしく頼む。助けてやってくれ」

景虎は何かを確信した様子で、手を差し出した。はそれに応える。

「はい、頑張ります。あ、相田さん。そろそろ再開しようか」
「ええ、お願いするわ!」



景虎は二人の様子を後ろから見ていた。そして先程のの様子を思い出した。

(そんな慈しむ様な表情で、負かしたいなんて言うか?)

底知れない狂気を見た気がして、再び深く息を吐いた。


**

合宿当日、景虎の車でリコが到着した。

「あれ、先輩は一緒じゃなかったんですね」

降旗がきょろきょろと見回すが姿が見えない。

「ああ、荷物多いから別行動よ…ガソリン代は流石に請求されたわ…」
「ああ、それで…はっ「伊月黙れ」
「まだ何も言ってない!」

皆が荷物を置いて、さぁ出掛けようというときだ。ぎゅぎゅ、と車の止まる音がした。

「あ、ごめん、遅かった?道混んでてさぁ」

と、は何食わぬ顔で運転席から降りた。

「まさか無免許ってことはないわよね?」
「本当にまさかだね。持ってるって」

どこまでも疑われるな、とは苦笑した。財布から免許証を取り出して見せた。皆が興味津々で覗き込む。

「おま、年誤魔化してんじゃねぇか」
「誤魔化してなーい。言ってないだけー」

日向がを見上げ、眉を顰めた。
は免許証に集まった彼らを散らすために右手をしっしっ、と振った。釈然としない、という表情をしたのが分かったので、は苦笑した。

「まぁ、ほら、実際何歳か分かんないしね」

そう言ってしまえば、皆何も言えない。

「何してんのー!時間無いわよ!」

の一喝で、皆は背筋を伸ばした。

「じゃあ、君、お願いね」
「はい、承りました」
「…ありがとね」
「いえいえ」

リコは何かを言おうとするように口を開いたが、そのまま何も言わずに踵を返した。はあることを思い出し、呼び止める。

「相田さん」
「ん?」
「女の子があんまり肌焼いちゃ駄目だよ」

そう言って、は帽子と薄手の上着を渡した。

「こう日差しが強いと、こういうの羽織ってるほうが、案外暑くないんだ。景虎さんにもパラソル頼んどいたから」
「え、でも…選手たちが頑張ってるのに…」
「俺から日向君には言っておいたからね」
「でも」
「甘えられるところは、甘えときなさい」

そう言って、は彼女の頭を撫でた。

「あ、ごめん、つい」
「子ども扱いしないで頂戴」
「子ども扱い、ね」
「何よ。アンタ好きな人いるんでしょ。なら、」
「いるけど、付きあって無いし…いや、うん、まぁ、そうだよね。ごめん、軽率だった」

取り繕うように、は首を振った。

「じゃあ、頑張ってね」
「ええ!勿論よ!…ありがとうね」

リコの後姿を見送って、は旅館の敷居を跨いだ。

「ごめんくださーい」

***

「やっと、できたなー…」

バイト代が出るわけでも無いのに何をしているのか。とは思った。自ら言い出した事とはいえ、几帳面に並べられた人数分の弁当を見ると、は我ながらここまでするか、と考えてしまう。
手を抜けないのは悪い癖だ。人間だった頃は能力値が高くなかったので、妥協が出来た。それが人外になって出来ることが増えると、どこまででも出来てしまう。

「っと、もう昼か…」

腹を空かせて待っているだろう。いや、もしかしたら屍のようになっていて、それどころではないかもしれない。練習メニューを見たが、かなり鬼畜な内容だった。

レジャーシートと弁当、ウォーターサーバー。氷、代えのタオル等々を荷室に詰め、車を出発させる。
普段はおっさんこと静香の仕事用の車である。
彼がに対して、ここまでしてくれる理由を、自身掴めずにいる。見ず知らずの記憶喪失などと言う胡散臭い男だ。財布、通帳印鑑、その他諸々の書類全てを、に預けている。家政婦を雇ったとでも思っているのだろうか。
ふぅと、はため息を吐く。車と言う密室で一人でいると、ぐるぐると考えてしまう。

「うわ、凄いところでやってんな…」

あっという間にリコの指定した場所へ着いた。徒歩圏内というのもあるが、人も信号も車もほとんど無いことが主な理由だ。旅館の人や、ぽつぽつとある民家の住民は普段どうやって生活をしているのか。
適当な場所に車を止め、荷物を運び出す。
太陽がさんさんと降り注いでいる。しかも砂浜に光が反射して、余計にじりじりと肌を焼く。

「お疲れ〜」
「あれ、せんぱ…」

は跪く降旗の前にしゃがみ込んだ。

「随分しごかれたねー」

ぅぷ、とえずいたのを尻目に立ち上がった。顔めがけて吐かれては困る。

「おっ昼だよー」

おおおぉぉぉと歓声が上がる。やっと休憩だと、

「悪いわね」
「いえいえ」

そう何度も言われると、反応に困る。

「栄養考えて、量も考えて作ってるから、戻すなよー。心配な奴は、スープとか飲み物から、徐々に入れてけー」

おー、と辛うじて返事が返って来る。

「相田さんはこれね」
「…別で作ってくれたの?」
「私の分と同じだから、大丈夫だよ」
「…なんか、本当に有難う」
「…まぁ、…私にも色々思うところがあって、やってる。だから気にしないで」

勝ってもらわないと困るから、そういうと、リコは溜息を吐いた。

「どっちもwinwinなら良いんだけど、…それでも感謝するわ」

は応えなかった。答えられなかった。

***

夜。リコからそろそろ帰ると連絡があった。はロビーまで迎えに行く。荷物などは引き受けて、先に風呂に入らせたかった。クールダウンは済んでいると聞いている。

「お、おう、お疲れ〜」

が声を掛けても、誰も返事をしない。二年組が手を上げたくらいだ。

「じゃあ、まぁ、とりあえず風呂なー。荷物は片しとくから。そのあとは、飯組とマッサージ組に分かれて貰うから。なんせ俺の身体は一つで、腕も二本しか無いからなー」

と言うと、流石に「はいっ」と返事が返ってきた。

「風呂行ってる間に、私がご飯の準備するわ。…どう、誰行っとく?」

と、リコがに尋ねた。の施術の順番である。流石に全員と言うわけにはいかない。
彼女のよく見える目も彼らの身体を見極めているようだ。だが疲労の蓄積などはそう変わらない。過酷な特訓だったのだろう。

「ん〜そうだなぁ、病み上がりだから、木吉君最初行っとくか。次は火神君。なんか一番変なガタついてそう。飛んだり跳ねたり多いからかなー」
「うぇ!?」
「確かにね。じゃあ、鉄平と一年組はストレッチ、マッサージから。くんの指示に従ってしてね」

二年は、各自でストレッチの後ご飯だ。

「んじゃ、まぁ睡眠、休む時間も大切だし、さくっとやっていこう」

これが済めば、やっと長い一日が終わる。
まだまだ合宿は始まったばかりだ。




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