「明後日は一日実力テストをやるからな。ちゃんと全教科復習しとけよ」

その教師の一言で、クラスはざわついた。
は脳みその方も良い感じにしてもらっている。もう勉強で苦労したくないという切実な望みを自称・自称神、を殺した謎の少年は叶えてくれた。復習も何にもない。つまりは普段通りだった。

はずだった。

**

その日の放課後、は美術部の活動に勤しんでいた。文化祭では、作品の展示がある。少人数ながらも、毎回個性的な作品を大量に出展し、美術部はいつも人気のブースだった。自由作品、共同製作、様々なテーマの元、美術部員はひたすらキャンバスに向かう。

「隊長、今度さ、彫刻も出さない?」
「え?今から?……まぁ、夏休みあるし…小さいのだったらできそうだけど…」
「そう!色々試してみたいお年頃なの!」
「うん、やろうか」

そんな話をしていた時だった。

「隊長、なんかバスケ部の監督さんが来てます」

そう後輩がを呼んだ。皆「隊長」呼びである。

くん、」
「ん?」

リコは真剣な顔で、を見上げた。

くんって、前回の実力テスト、成績良かったわよね?」

もう少し手を抜いておくのだった、とは後悔した。まさかこのイベントに参加するとは思ってなかったのである。

は、そう何度も言うようだが絶対行使能力を有しているので、何もしなくても満点を取れる。しかし1位などを取って、目立つのも期待されるのも嫌だった。だから適度に手を抜くのである。
この能力があれば、人間だったとき苦労しなくてもよかったのにな、と思わないこともない。毎度テスト滅べ、と思っていたのが懐かしい。

「お願い…!力を貸して!」
「あー…うん…」

はリコの必死さに思わずOKしてしまった。
こういう流されるのが悪いのだ、と何度も思い知らされている。のだが、お願いされたら断れないのが社畜なのだ。今でも彼の中に根付いている。

**

「日本の英語って、細かいしね」
「だろ!!」

の言葉に、火神はぱぁと表情を明るくした。するとリコは小金井からハリセンをひったくり、火神をぶん殴った。

くん!甘やかさない!」
「ごめんごめん」
「本当に、ほんっとうに、ヤバいの!」

リコが悲痛な声を出したので、は気を引き締めた。

「うん、とりあえず、ダメな国語に費やす時間が惜しい!」

は火神の真っ赤な答案用紙を手に取ってにっこりと笑った。その物言いに、火神は打ちひしがれた。

「うわ、直球…」

**

は、奮闘している彼らを窓際で見ていた。

さん」
「テツヤくん…」

が国語は捨てる発言をしてしまったため、黒子は手持ち無沙汰になっていた。

「あれから、……どうなったんだろうって、思って…」

黒子言いにくそうに切り出した。はすっと視線を落とした。咄嗟に返答できずに、沈黙が落ちた。

「答えたくないのなら、良いです…」

黒子は繕うように言った。

「ううん…」

は苦笑いで、黒子を見た。

「……会いに行った。話してきたよ。まぁ、緊張で一方的に捲し立てる形になったけど…自分の気持ちは、伝えられたと思う…」

いや、そんなことはない。単に挑発してしまった形になった。それはも自覚している。しかし緊張の余り、良く分からないキャラを作り出してしまった。キャラブレが激しい。違う、アレワタシチガウ、と笠松の肩を借りて後悔したのは記憶に新しい。

「そうですか…」

黒子はほっとしたように微笑んだ。

「少し待って欲しいって、言われた」
「そうですか…」

黒子はそうとしか言えなかった。

「……まだ、大輝くんは私のこと、好きだとは思うんだけど…」
「ええ。そうですね…」

相槌を打つ黒子を一瞥し、は空を見上げた。

「でも、色々あったし…前には戻れないんだって、大輝くんは思ってる」

黒子はじっと聞いていた。

「きっと、大輝くんは…バスケしか取り柄がないんだって、思ってる…」

本人は自覚無いかもしれないけど、とは付け加えた。黒子も頷いた。

「そう、かもしれませんね…だから、彼はつまらないと感じつつもバスケを捨てられない。試合にも出続ける」

「うん、でも、正直、私はバスケをしているから、彼が好きなんじゃないんだよね…まぁ、バスケは嫌いじゃないけど…別に何か特別な何かがあるって訳でもないし…」

黒子に気を遣いながら、は言葉を続けた。黒子が好きなバスケを否定したいわけではなかった。

「バスケを好きな大輝くんは輝いてるよ。バスケって、すごく楽しいんだなって、見てる方がつい思っちゃうくらい、大輝くんのプレイは輝いてるよ。でもね、私が好き、なのは……」

は気付いていた。青峰を好きな理由が、あまりにも身勝手だと言うことに。
分かっていて、それを隠して青峰が好きだという自分には嫌気が差していた。それを言葉にしてしまうことは、にとって酷く勇気のいることだった。
それを知ってか知らずか、黒子は話を元に戻した。

「青峰くんは……きっと、自分が…バスケを本気で楽しめない自分が、自分で一番嫌いなんだと思います…」
「うん…そだね…」

だから青峰はの気持ちを聞いて尚、返事に躊躇した。時間が欲しいと言った。

「………戻りたいのかな…昔の私たちに、戻りたいのかな…そうでなければ、大輝くんは、私を、」

見てはくれないのかな

はその言葉を飲み込んだ。それは先ほどが隠した本音、青峰を想う理由だった。

さん、それは…「!」
「はい!?」

日向がの名を呼んだ。

「も、もう無理だ…チェンジで」
「よ、よし、任せとけ」

日向のあまりの疲弊具合に、はぐっと拳を握った。
火神も火神で酷く疲れていた。自分のあまりの馬鹿さ加減に落ち込んでいるようだ。分かる、その気持ち分かるよ火神くん、とは心の中で全力で同意した。なぜ出来ないのか分からないが、できないのだ。

「大丈夫、火神くんが悪いんじゃない。火神くんの頭が悪いんだよ!」
「それ、全然フォローになってないっす…」

火神はがっくりと頭を垂れた。

「よし、もし追試になったら、私からの、お仕置きが待ってます!」
「えぇ…!?ちょ、え!?はぁ!?あ、あのカントク…」

の宣言に火神は一気に目が覚めたらしい。そして必死にリコに助けを求める。しかしリコの下した決断は余りにも非道なものだった。

「そうね、そうしましょう」
「火神くん、頑張ろうね」
「う、うす…」

お仕置きって何ぞ、とは思った。火神は何を想像したのか。だが良い感じで集中し始めたので、結果オーライだ。あとで何を想像したか皆に聞いてみよう、そう決めたであった。


**


「あ、そういえば、実力テスト、成績良かったんだって?」
「っす…」

学年で90位。は素直に驚いた。

「で、なんでそんな不本意そうなの?よかったじゃないかよぉ!」

が凄いぞ!と火神を褒めた。彼は突然くるりと回って廊下の壁に向かってぶつぶつと話し始めた。

「えっと…?」

何か変なことを聞いてしまっただろうか、は心配になった。勉強のしすぎで頭がおかしくなったのだろうかとおろおろとしていると、

さん、」

黒子がふっと現れた。

「わ」
「最近さん驚いてくれるので嬉しいです」
「どういう感想なんそれ…」

ほっこりと大変満足そうに言われると、にとっては文句が言いにくい。
最近色々と考えることが多く、黒子の気配を読んでいる余裕が無いのだ。元々は器用な方ではない。能力値が高くても、扱う人間がヘボではうまく回らない。

「あー、…で?」
「緑間君のあれを使ったのが悔しかったみたいです」
「ああ、あれ。凄いよね、」

アレがあればセンター試験も高得点間違いなしだ。それでも人事を尽くすと言うのだから天晴れだ。

「桐皇、勝ち進んでるみたいですね…」
「そだね」
「あの、」
「ん?」
「見に、来ます?」
「さぁ、どうだろね。俺が行ったら、うちが楽に勝てるかな。それなら行こうかな」

黒子が怒るかも知れないとは、言ってしまってから思った。だが口から出したものはもう戻らない。が見ていたからといって、青峰が調子を崩すことは無いだろう。バスケに関して、そういった外的要因を彼に求めてはいけない。だから冗談のつもりだったのだ。

「楽に、ってことは、さんが見てなくても、うちが勝つ可能性があるって思ってくれてるってことですよね」

ほっとした。気にした様子はなさそうだ。気を遣っているだけかもしれないが。

「早く負ければ良いのにって、思ってる。それがうちだったら、私も嬉しい」
「まかせておいてください」
「頼もしいね」

黒子はこくりと頷いた。

「行くかどうかは、…朝が来てから考える」
「そうですか」
「もし、何かあったら、電話して。すぐ行く」
「はい、…有難うございます」

きっと来ないのだろう、黒子はそう確信した。後姿がどこかフラフラとしている。
何かがあれば駆けつけてくれると言うのだから、それだけでも良いか、と黒子はほくほくとした気分だ。自分のチームを応援してもらえるのは嬉しい。

「あれ、来ないつもりだろ」

いつのまにか復活した火神は、あっさりと言った。

「かもしれませんね…話しに行ったって、言ってたんですけど…」
「話…」
「何話したんでしょうね。ヨリを戻すとか?ですかね?」

さらりと言ったことに、火神はぐっと息をつめた。偏見があるわけではないが。

「止めてくれ、なんか気になって試合に集中できなくなるから」
「アメリカじゃ珍しくないんじゃないですか?」
「いや、アメリカはクリスチャンだからな」
「はぁ、君からそんな頭の良さそうな話が出るとは…」
「ケンカ売ってんのか!買うぞ!」

一方はと言うと、先ほどの火神のように壁にのめり込まんと、へばり付いていた。

「私、今大輝君に会ったら、恥ずか死ぬ…!くぅぅ…」

己の黒歴史に悶えていた。


**


君」
「は、はい…?」

直と談笑していると、リコが真っ黒なオーラを背負ってやってきた。何か粗相をしただろうかと、は冷や汗が背を伝うのを感じた。直はキラキラと目を輝かせて見ている。

「君、桃井さんって知ってるわよね」
「ああ、うん、桃さん知ってる。テツヤくん大好きっ子だ」
「ええ、あの小娘」

普通の会話で小娘と言う言葉を初めて聴いたぞ、とは感心した。

「あー…あの子天然だから…あざとそうで、計算ずくそうで普通に天然だから…」

何を仕出かしたのだろうと、はにっこりと笑うピンク頭を思い出した。実はそれほど交流は無い。青峰にくっ付いているので顔は分かる。あと知っていることと言えば、敏腕マネージャーだったということくらいなのだ。

「あの子、どこの学校か知ってるかしら?」

地を這うような声音である。恐怖だ。

「…桐皇だったと思うけど…」
「あの子のことで知ってること、あったら洗いざらい吐け!!」

随分とご立腹のようだ。

「それは良いけど…何ならあそこ行ったキセキの話もいくらでもしてあげるけど」
「え!?い、いくらでも…?」

がばっとしゃがみ込み、の机に両手を揃えて置き、上目遣いでを覗き込む。びっくりするくらい可愛い声で聞き返されて、はときめいた。

「う、うん、いくらでも。相田さん可愛いね…びっくりした。心臓に悪い…」
「え?」
「え?い、今の無し…なし、いや、嘘じゃないけど、でもナシで…」

真っ赤な顔では取り繕う。ふいと視線を逸らす様は、いつもの彼からは想像できないくらいしおらしい。

「う、うん…」

思わずリコも顔を赤らめてしまった。
直は空気を呼んで少し離れた所から見ていた。

「青春だぁ」

ほわほわと、直は呟いた。
リコ相手ならきっともっと優しく出来る。はそんなことを思った。なぜ彼だったのか、それは未だに謎だ。だが彼だったのだ。
久しく笑った顔を見ていない、それを少し寂しく感じた。



くんに聞いてきたわ。あの二人の行ったのは桐皇よ!あと、聞いて無いのに、めちゃくちゃデータくれた!」

おお、と皆が歓声を上げる。そんな中、黒子は顔を顰めた。

「カントク」
「わああぁあ!!」
「すみません」
「ひ、久しぶりね、これ…」

黒子は話が終わってすぐ、リコの元へやってきた。彼女は胸を押さえて、息を整える。

「あの、さん、何か言ってましたか?」
「何か?」
「青峰くんのこと…」
「キセキの子ね。ええ、色々教えてくれたわね。プレイスタイルとか、」
「そうですか…」
「…変わった様子はなかったわ」

こくりと頷いた。

「何かあったの?」
「…いえ…えっと…」

黒子が言いかけたとき、ウィース!!と火神がやってきた。皆に襲いと責められているのをごにょごにょと言い訳をしている。突然黒子の隣に居たリコがさっと前へ出た。

「ちょいまち」

さらにずずずいと火神に近づく。そして、「バカガミがぁ!!!!」と叫んだ。

「アンタ!すぐに君のとこ行ってきなさい!」
「え゛」
さんは、応急処置上手いですよ。多分色々道具とか持ってます」
「う゛」
「早く!ダッシュ!!…は無理だから逆立ちで行け!!」




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