「工事を請け負った会社なんですけど、業務日記を提出して貰いました」
「ありがと。データ送っといて」
「はい。もう送っておきました」
「流石」

伏見が狙われていると言うことで、私の家でデータの収集をして貰っている。元々仕事用として借りた家だ。パソコンは何台か有能なものを揃え、史料の類もある。

「どうかした?」
「いえ、何を見ているのかと……」

伏見が私の方をじっと見ているので、何事かと思ってパソコンの画面から目を離した。

「ああ。君に運んで貰った機材、覚えてる?」
「はい…」
「マイク、好感度カメラ、あとはサーモグラフィ」

伏見は納得していないという顔をした。

「マイクは、ラップ音とか無いか調べるの。カメラは勿論撮るものだし、サーモグラフィは、室温とか、調べるんだよ。霊とかがいると、気温が一気に下がる、らしい」
「………へぇ……で、どうだったんですか?」

伏見が首を伸ばして見ようとするが、身長が足りない。腋の下に手を入れて持ち上げ、膝の上に乗せた。結構重い。

「んー…これが、無人でした場合。こっちが泊まったときの」
「………つまり、人がいなければ普通ってことですね」
「うん。みたい。はは、凄い…」
「………人ごとみたいに…」

あの時の映像だ。霊は機械と相性が悪く、他人が来ると姿を隠すというのだが。

「こうやって後から見るとちょっと恐いねー」
「いや、後から見なくても恐いんすけど………いえ、なんでもないです…」
「素直が一番よー?」

と言うと、伏見は幼子とは思えぬ顔をした。

「あー…なんだ、大丈夫だよ…」

彼は私をじと目で見る。負けてなるものかと、睨み返すが押されぎみである。

「ご飯できたぞー」

八田の声。美咲くん、ありがとうナイスタイミングだ。伏見はそんな私の心境を読み取ったのか、溜め息を吐いた。

「素直に言わないと、あいつも分からないし、まぁ…」

君も大変だなぁ、とは思ったが、伏見がどんな曲がった受け止め方をするか分からないので、私は口を開かなかった。

今の状況は良くない。決して良くないのだ。仲直りできたって、これは普通の状況などではない。伏見は幼子になり、いつ戻れるとも分からぬ身だ。素直になったのにも関わらず、彼は弱音を吐いたことはない。昔から自分の気持ちを押し殺してしまう質だったのだろう。

「いただきます」

サラダを口に入れる。美味しい。

「美咲、」
「だめだ、食べろ」

無言の攻防が行われる。伏見は野菜嫌いだ。こんなにも美味しいのに。

「この体のうちに食べられるようになれば、元に戻っても、食べられるようになるんじゃない?野菜は大切だよぉ」

私の言葉に、八田はほら見ろと言わんばかりのどや顔を決め、伏見を見た。

「はい、ブロッコリー小さくしたから、口に入れる。マヨネーズもいっぱい付けたからねぇ」

自然と小さい子供に接するような言葉遣いになった。
恐る恐る伏見はブロッコリーを口に含んだ。その瞬間、吐き出そうとしたので、私は伏見の顎を掴んだ。

「んぐ」

涙目でこちらに訴える。

「はい、咀嚼してー」

しばらくんーんー言っていたが、観念したのか、もぐもぐと顎が動き出した。涙が大きな目に溜まっている。私は彼の耳元で、追い討ちをかけるように言った。

「泣くぞ、泣くぞ泣くぞ泣くぞぉ」

みるみるうちに多量の涙が目を覆い、ついにポロリと涙が溢れ出た。八田は呆れ顔を通り越して引いている。心外である。伏見がやっとのことで飲み込んだのを見て、湯飲みを口に近づけた。湯飲みを傾けると、それを零さぬように懸命に喉を動かす。その様はまるで小動物だ。

「お前って…意地悪だよな…」
「えぇ?そう?」

まだぐしぐしと泣く伏見の頭を撫でた。

「自覚無しかよ…」

と言いながら、八田はレタスを咀嚼する。

「ほら、全部食べるまでは、食事終わらないよ」


**


やっとのことで食べ終えた伏見は八田の膝の上に頭を置いてうんうん唸っている。
その間に私は伏見の提出した例の会社の業務日誌を開いた。端末の画面に指を滑らせる。大したことは書いていない。それは喜ばしいことのはずなのだが、全く手掛かりが無いというのも困った物だ。

「ん?」

面倒くさくなってページを適当に送っていると、気になる単語が見えた。

「………祠…」
「ああ、なんか、小さな祠があったらしくて、それを移動させたみたいです」

未だに顔色が悪く、しんどそうな声で伏見が答えた。そんなに嫌いなのか、野菜。

「そういえば、今までのレポート読みました」
「んー…どうだった?」
「………被害に遭ったのって血縁者だけなんですね、」
「そうみたいね…」

日誌を読み終わり、顔を上げた。

「見た、っていうのも血縁者だけらしいんだわ。でも、私も伏見くんも見てる。私なんて、首も絞められたし…。けど、なんか引っかかるんよねぇ…」
「引っかかる?」
「うん。だって、私も山内さんも、実害が出たわけ。でも君は群がられただけ。どういう違い?それに、私も伏見くんも関係者じゃないし」

伏見が渋い顔をした。

「霊感が強いと見える、とか…」
「それは他の人でも試した。全く反応無し」

道明寺、秋山、日高にあの家に泊まってもらったのだ。だが全く何もなかった。

「とにかく、この問題は後で考えることにしようと思う。」
「祠ですか」
「うん。私は実際見てくる。その間、君は郷土資料か何かで、あの祠について調べてもらえる?」
「はい………」


**


「寝ちゃったの?」
「おう」
「そう…」

よっぽど先ほどの野菜パニックが負担だったようだ。どんだけ野菜が嫌いなんだ…。

「伏見くんが外出するときは、付いててあげてね」
「え、……おう…」
「相手の能力は、……恐らく退化。らしいから、次に攻撃を食らったら、もしかしたら、伏見くんが消滅しちゃうかもしれない…」
「……おう…」

八田は膝に頭を預けて寝ている伏見の髪をそよそよと撫でる。その穏やかな行為が、妙に浮いて見えた。

「………、」
「ん?」
「……俺、幸せなんだ。今…」
「そう…」
「恐い…」
「え…」

ぽつりと呟かれた言葉。

「恐い…恐い、こわっ、こわい…」
「美咲く…」

ぼろぼろと涙が流れ落ちる。咽び泣く。
きっかけが分からない。もうどう声をかければ良いかも分からない。私は項垂れた。

伏見が病院に運ばれたとき、彼を失ったら八田は私を恨むかもしれないと思った。本当は分かっている。彼はそんなことはしないと。恨まれたほうがマシだと自分を甘やかしたのだ。伏見がいなくなれば、もう八田は立ち直れないだろう。それを見るのが怖かった。


***


「やっぱり誰か付いてきて貰うんだった…」
《俺たちが居るじゃないか》
「そうだけど、そうだけれども!寄り添って歩いてくれないじゃん。私の中にいるし…」
《いや、寄り添って歩いてやってもいいが、……お前に危機迫ったときに対処できないぞ》
「………だから、無理じゃないですか…」

鳴神は有事の際、私の体をその電気信号で無理に動かす。鈍感な私は殺気の類は分からないし、敵が迫ってきても恐くて立ち尽くすしかない。だから、鳴神が私の体を離れることは滅多にない。

「わかった。宵姫と暁を出す」



「お前な、久々の呼び出しかと思えばこれかよ」

漆黒。髪も目も、服も靴も真っ黒。そして見えている肌だけが透き通るような白。名を宵姫という。姫と言っても、少年のような風貌である。いや、彼らに性別などありはしないのだが。

「暁を見習え!私の腕にひっついて微笑んでるチョー可愛い!」
「……………っていつ死ぬの?」
「酷い!酷すぎる!」
「……………宵姫、だめ…、悲しむ…」

ぽつりぽつりと言葉を口にするのは暁。こちらは少女のような貌をしている。名の通り、暁の空色の髪、そして白の衣装。所々真っ赤な服に、白いブーツ。顔は同じだが、性格が全く違う。

、あれじゃねぇか」

宵姫が指を指した先、小さな祠があった。しかし不思議なことに嫌な感じは無い。祟りを起こしているのなら、もっと不気味な感じがしてもよさそうだ。

「待ちくたびれたのじゃ!」
「うわっ」

思わず飛び退いて、尻餅を着いた。祠の屋根の上で足を組んでいる“それ”は、暁よりもさらに幼い少女だった。

「えっと…ここの土地神…様…?」
「いかにも!」

思っていたのと違う。もっとおどろおどろしいものが出てくると思っていたが、意外とフレンドリーだ。

、待たせよって。どういうことじゃ!」

ぷんぷんと起こる。神相手に申し訳ないが、ちょっと可愛い。

「っていうか……状況が把握できないんですけど…あの家を祟るとか、そういう…」
「無い。の家族にそんなことするわけ無いじゃろう」
「か、家族?」

また訳の分からないことを言い出した。

に気付いて欲しかったんじゃ。だから、霊たちに呼んでもらうように言ったんじゃが…」

それがあの幽霊事件というわけか。つくづく神というのは恐い。人とは感覚が違うのだ。一見祟りに見えたあれも彼女にとってはただ人を呼んだだけ。私は無意識に首を擦っていた。神はそれを一瞥した。

「しかしの、そんなことまで命じておらぬ…あの女が勝手に…あれは怨霊。いや、霊ですらない。ただの思念…儂には一時的に退けることしか…」

神は、しょんぼりと肩を落とした。好き勝手に話しており、彼女の言うことをすぐには理解できない。

《髪の長い女性の霊は実は霊でなくて、ただの思念で、この土地神の命令で動いていたわけではない、ってことだと思う。彼女にも一時的に退けるしか出来ない、つまりは彼女のおかげで首にあとが残る程度で済んだわけだ》

と鳴神が丁寧な説明をしてくれた。なるほど。ぞっとした。

「何で私たちを助けてくれたんですか?というか…私を呼ぶためって…一体…」
は儂に気付いてくれた。儂を祀ってくれた。でも最近は全く顔を見せん。怠慢じゃ」
「えっと…」

神はつんとそっぽを向いた。ご立腹のようだ。だが私は彼女を祀ったことも、存在すら知らなかった。私は例の夢を思い出した。あの神聖な木の精だろうか。

「お前が言うは、こいつじゃねぇよ」
「宵姫…そんな口の聞き方…」

今まで黙っていた宵姫がつっけんどんに言った。

「こいつは俺より格下。高々土地神に対して恭しくしてやる義理はねぇぜ。それに信仰が途絶えて、もうこいつには力は無い…」

信仰が途絶えた神。かつてという人が祀ったから神格化した、この神は信仰が無くなれば消えてしまう。

「ん、あれ、私…」

ふと、重大なことに気が付いた。この土地神が宵姫より格下なら、彼にとって私など、頭を上げて会話できる相手ではない。

「てめぇは、俺の友人だろうが」
「う、…はい…」
「申し訳ないことをした」

すると神は地に足をつけ、ひざまづいた。それを見て、私はどうしていれば良いのか。おろおろしていると、裾が引かれた。



凛とした声。私は背筋を伸ばした。しゃんとしていること、それが宵姫や暁の友人としての立ち位置。

「……そんなに違うの?」
「俺は、創成期から世界に存在する」
「は」

創世という言葉が一瞬分からなかった。それほどに驚いた。

「そして、俺が俺として貌を為したときは、闇、というものが認識されたとき」

闇、暗黒、それが宵姫。ならば、確かに創世期からいるのだろう。宵姫は私を一瞥した。すぐに視線は土地神に移った。

「お前は見たところ百年ぽっちだろう」
、百年前っつーと、何時代だ…?」
「え、えー」

頭を捻るが、歴史はあまり得意ではない。

「明治時代…」
「です」

代わりに暁が答えたので、それに同調した。

「そんなに人は生きられない。つまりは、人違いってことだ」

神の表情は寂しそうだった。

は、はいつも儂を覚えておった…は…生まれ変わっても…」
「普通は生まれ変わりってったって、記憶を持っちゃいねぇよ」
「そうだったのか…知らなんだ…」

人により添って生きてきた彼女は、人のような感情を持っている。感情を押し殺すように、彼女は目を閉じて眉を顰めた。

「…私は、確かに彼女の生まれ変わり、なんですか」
「間違いない。お前の持つ能力は…確かにのものだ」

断言した。確かにあの夢で私はと呼ばれた。あの夢の“”に同調したのだ。しかしどうにもこうにもぴんと来ない。

「……忘れてごめんなさい。今度は何かを持って、来ますね」

そういうと、神に大きな目に涙が溜まっていく。こくんこくんと頷く。

「……っ…」

唐突に、ぴくりと私の体が震えた。

「浜谷さん?」

依頼人の山内だ。
鳴神が人の気配を感じて、私の体に何か危険があればすぐに対応できるように備えていたようだ。

「ああ、山内さん。こんにちは」

どうしてここにいるのだろう。

「少し気になって来てみれば、車があったので」

顔に出ていたらしい。山内はそう答えた。

「あと、曾祖母の家を片付けていたら、……こんなものを見つけて」
「写真、ですか?今は珍しいですよね。紙の写真なんて…」
「ええ」

と言って渡された写真を見る。

「これ……」

写っていたのは、私と同じくらいの年齢の男女三人。そして小さな少女。その少女は彼の曾祖母の母だろうか。どことなく山内氏に似ている気がする。

「それ、この前お会いした…えっと、」
「伏見ですか」

私はじっと写真の中の姿を凝視した。

「はい。そっくりですよね」

真ん中の女性は夢に出てきた女性だ。そして伏見によく似ている。
神が私の体によじ登ってきた。やりたいようにやらせている。せっせと登り切り、肩口から写真を覗き見た。勿論山内には見えていない。

「これがじゃ」

嬉しそうに神が指さした先、右端に写る女。どこにでもいそうな風体だ。これが私の前世。しかし私には拍子抜けするほど似ていなかった。優しい笑顔に既視感を感じる。どこかで見た気がするがうまく思い出せない。

(………誰の…笑顔だっけ?)

「……こやつじゃ…」

神の気配が少し変わった。“”のその隣、真ん中に写る黒髪の女。白黒なので詳細は分からないが、確かに伏見に似ている。こくりと唾を飲み込んだ。実際に見た女の思念は髪で顔が見えない。あの髪の中には伏見似の顔があるのだろう。

神によると私と山内は家族だという。つまり血縁。そして伏見に似た女性。恐らく伏見の先祖なのだろう。伏見だけはあの女性の霊に襲われていない。他の霊たちに覆い被さられただけ、いや、今思えば伏見に群がった霊は、私から彼を遠ざけようとしていたのではないか。
写真の中に見える彼女らは仲が良さそうに見えるが、一体何があったのだろうか。
写真の裏を見ると、清美、ウズメ婚約、仲人と書かれていた。左端の男と、伏見似の女性が婚約し、“”が仲人をしたという意味だろう。

「これ、お借りしてもよろしいでしょうか」
「はい。結構ですよ」

ぺこりと会釈して、礼を言った。山内もまた会釈して私の横を通り過ぎていった。その姿を目で追いかけると、彼は祠の前にしゃがみ込んだ。そしてお供え物らしい和菓子を置いて、祈りだした。

「あの……」
「お供え物です。もしかしたら、祠の神様が怒ってしまわれたのかと思って…」

藁にも縋る思いだろう。山内氏の笑みはいつもどこか疲れていた。

「……ここの神様は、山内さんを守っている守り神です…山内さんの被害があれで済んでいるのは、ここの神のお陰なんです」
「そうでしたか、」

と大仰に頷いた。

!」
「え、あー…」

ペラペラと神が私に話しかけて来る。どう山内氏に伝えるべきか。唸っていると、山内氏が心配そうに私を覗き込んできた。

「どうかされましたか?」
「神様が…お供え物のリクエストしてるんですけど……」
「いらっしゃるんですか」

と感心した風だ。

「和菓子は飽きたから、えっと、山内さんたちがたべてた、……え、なんだろ。輪っか?もちもち?ぽん?」
「……ポンデリング、ですかね」

「そうじゃ!それじゃ!」と私の肩にしがみついたまま足をばたばたと降るもんだから、少し痛い。

「合ってるみたいです」
「分かりました。次からそうしますね。」

ドーナッツせびる神様なんて…

「新しく分かったことがあれば、報告しますね」
「よろしくお願いします」



車に戻り、すぐさま電話を掛けた。

「伏見くん、私浜谷ですけど、戸籍調べて欲しいの。君と血が繋がってるであろう人を明治時代まで遡って。あと、私のも。よろしく」

用件だけ言って私は電話を切った。一応の確認のためだ。それにもう一つ気になる物がある。写真のもう一人、左端の男。八田に似ている気がしたのだ。何か関係がある、そんな気がする。

山内氏と別れ、車で次の目的地に向かう。車の中には先日周防から届いたお土産が大量にある。目指すはbar HOMRA。近くのパーキングに車を停め、私は車を降りようとした。

、」
「ん?」

くいっと私の上着の裾を掴み、助手席に座る暁は遠くを見ている。ちなみに宵姫は早々に私の精神世界に戻ってしまった。彼は外の世界に全く興味が無いのだ。しかし暁は違うらしい。

「ずっと外にいても私は構わないよ」

暁はこくりと頷いた。だが、極力話さないようにしなければ、変質者になってしまう。彼女たちの姿は一般の人には見えないのだ。

「あれ、浜谷さんやない?」
「あ、草薙さん。丁度良かった」

アンナを連れてお買い物をしていたようだ。買い物袋が握られている。

「何か用でしたか?」
「ああ、これ、また友人が送ってきたんです」
「また……大量やな…」
「そうなんですよ。ははは」

吠舞羅のメンバー用なのだから多くて当たり前だ。鎌本、という男が冬の間はもの凄く食べるらしいという話を聞いた。だから、彼用なのかもしれない。

草薙と世間話をしていると、繋いでいる手が引っ張られた。周りには暁の姿は見えていないので、私は自然な視線の動きで暁を見た。

、この子見えてる…」

この子というのは恐らくアンナのことだろう。じっと暁を見ている。

「なら、どうする?」
「………挨拶、する…」
「そうだね」

草薙が不思議そうな顔でこちらを見ている。そりゃそうだ。突然何も居ない所を見て話しだしたら、私だって引く。

「…………ボクは、暁…はじめまして、よろしくお願いします…」
「櫛名アンナ…こちらこそ…よろしく」

草薙は私とアンナを交互に見る。

「あの、どういうことやろ…」
「……ああ、何と言えば良いのでしょうか…とりあえずお手を拝借」

と言って手を差し出すと、おずおずと草薙は私の手に重ねた。こうすることで一時的に、暁の姿を認識できるようになるのだ。

「これは…」
「………暁…です」
「……えっと、草薙出雲です。よろしゅう…」

驚きながらも、暁と挨拶を交わした。
それにしても大きな手だ。男の人の手。少しドキドキする。こんなことを考えていると知られてしまったらどうしよう。触れ合っていると、そこから感情が流れていってしまいそうだ。
温かい。ほっとする。そこではっとした。

「あ、手、冷たいですよね…すみません」
「ああ、かまへんよ」

とは言われたが、すぐに手を離した。いざ手が離れると、少し寂しい。

…アカツキとお話がしたい…」
「………うん。少しなら良いよ」


**


「八田ちゃんやけど…最近どない?」
「そうですね…最近は大分落ち着いてきたみたいです。でも…尊くんの名前聞いたり、吠舞羅って名前聞くと、涙が止まらなくなるみたいで…」

付け加えると、伏見までもを失ってしまうのではないかという恐怖にいつも震えている。鬱屈とした気持ちをぶつけられると、私の方も気が滅入ってしまう。
まだ勤務中なので、飲酒はできない。というか、車で来たのだった。コーヒーを入れて貰い、バーカウンターでそれを啜りながら、八田の様子を語る。

「そうですか…」

目を伏せて、草薙はそう答えた。

「………そういえば、もう一人、問題児が…」
「伏見やな…」

草薙は苦笑した。懐かしむような表情。彼のことが八田と同じくらい心配なのだろう。

「はい。仕事はできるんですけど…何分性格に難ありですね」
「連絡貰ったときは、驚いたわ」

草薙には、伏見がストレインにやられたときに連絡をしている。吠舞羅関係の事件なら、元吠舞羅のメンバーも危険だと判断したからだ。

「ははは…ところで、その件なんですけど…何かそちらに被害とかは…」
「いや、ない、と思うんやけど…うちも人数多かったからなぁ…把握できてへんところもあるさかい…」
「そうですか…」

被害が無いのなら良いが、分からないというのが不安だ。

「ごめんなぁ、役に立てんで…」
「いえ、そういう調査は一応うちの管轄なんで…こちらこそすみません…」
「そういえば、セプター4やったんやなぁ。青の知り合いとは全然雰囲気がちがうから、なんや実感わかんなぁ…浜谷さんは親しみやすいやろ」
「え、そうですか。ありがとうございます…」

にこやかにそう言われると照れる。そういえば私の関わりのある男性は皆同い年か年下だ。だから年上の余裕を見せられるところっといってしまいそうだ。決して浮気ではない。

親しみやすい、……宗像や淡島と比べると、私は一般人臭が強い。八田に言わせると、灰汁が強いのは同じ、ということだが。八田に見せている私と、草薙に見せている私とでは大分違う。草薙が格好良い男性だから気取っている、というわけではない。単に接する時間が違うから、だ。

「あ、一応セプフォとは違うんです。えっと、…姉妹機関、っていうんですかね…。立場的には、一応宗像くんと同じ権限を持ってます。セプフォが石盤関連のスペシャリストなら、私は呪術や霊など、オカルト関係の仕事をしています」
「へぇ…」

と、感心しながら、視線がアンナの方に向いた。今は見えていないだろうが、あそこには暁がいるのだ。楽しげに会話している。何も知らない人が見たら、少し恐い光景だ。

「まぁ、宗像くんみたいに、実力がある訳じゃないですから、色々大変ですよ」
「そうでしたか…」


**


愚痴ばかりを吐露してしまった気がする。草薙は嫌な顔一つせずに(勿論客商売なので、当たり前と言えば当たり前なのだが、)聞いてくれた。

「今日はありがとうございました」

アンナと暁があまりにも仲良く話していたので、晩ご飯もご一緒させて貰ってしまった。オムライスは絶品だった。
ぺこりと会釈すると、草薙は恐縮した。

「そんな、それはこっちのセリフやわ。お土産もいっぱいもろて…それに、アンナも楽しそうやったし」

アンナが私に近づいた。本当に可愛い。お洋服を一緒に買いに行きたい。赤色のゴスロリ。

、またアカツキとお話できる?」
「良いよ、また来るね」
「ありがとう…」

暁も別れを惜しんでいるようだ。しかし暁をここにおいておく訳にはいかない。だからまた来ると約束するしかないのである。

「……またね…」

暁は控えめにそう言った。その様子に私は首を傾げたが、そのときは深く追求することはなかった。


**


「ただいまー…って、あれ?喧嘩勃発?」

奥から争う声が聞こえる。物を壊してくれるなよ、と願いながら部屋にはいると、伏見がしまったという顔をした。どういうことだ。私に関することか。私の文句か。私に対する不満か。とぽんぽん思い浮かぶので、私は複雑な心境になった。

「…………どうしたの?」
「聞いてくれよ!!」
「ちょっ!本人に言う奴があるか!」

伏見が八田に手を伸ばすが、今は6歳児、全く歯が立たない。というか、この状態で喧嘩できる八田って…。いや、それよりあまりにも普通に喧嘩していることに突っ込めばよいのか。なにやらもう何がなにやら分からない。小さな子供がいるお母さんってこんな気持ちなのかな、それなら育児ノイローゼにも納得がいく。情緒不安定と情緒不安定が喧嘩して何をしているのか。

「こいつが俺がお前に騙されてるんじゃないかって…」

伏見が舌打ちした。私は予想外のことに呆気に取られた。私は彼に比べれば頭も能力も劣る。気にくわないと思われているだろうとは思っていたが、だが騙した覚えもないし、騙されたと思われるほど長い付き合いでもない。と、そこまで考えて、私はある考えに行き着いた。

「…………その話、詳しく聞かせてもらえるかな」
「…………別に、…………その………」
「責めてる訳じゃないんよ。どうしてそう思うの?」

伏見は訝しげな顔で首を傾げた。

「…………あの髪の長い女が…『だまされるな』って…」
「やっぱり…」
「やっぱり?」

伏見は眉を顰めた。

「これ見てもらえる?」

端末を取り出し、ある画像を出した。先ほど山内にもらった写真の一部だ。

「…………これって…」

覗き込んだ八田が息を呑む。

「やっぱり、伏見くんに見えるよね」
「…………見えるってレベルじゃねぇよ…」

伏見と写真の女を見比べる。確かにそっくりというか全く同じだ。伏見は無言のまま画像を凝視している。

「祠の神に聞いたら、こっちは私の前世だって言うの」

指を差したのは、その女の隣。その女は全く私に似ていないのだが。

「それでね、この女が今回の事件の原因らしい」
「それで、戸籍を調べろって…」

顎に手を添えて思案顔で言った。

「そういうこと。君が襲われなかった理由と、襲われなかったのに女性を見たって理由。恐らく君は彼女の子孫。もしかしたら生まれ変わりかも」
「生まれ変わりって…じゃああれは何なんですか…。俺は詳しいことは知らないですけど…成仏していないのに、生まれ変われるんですか」

さすが頭の回転が速い。八田は飽きたのか、リビングの机に腰掛けて、頬杖を付いてぼんやりと私たちの話を聞いている。時折あくびも。学校の授業はさぞかし眠かっただろう。彼と受けた授業は数えるほどしかないが、ここまでだっただろうか。

「………あれは、霊じゃない。怨念。思念の塊のような物らしい。まぁ、生まれ変わりかどうかは、今は良いや。とりあえず、報告聞こうかな…」
「……はい」

自分に関係あると聞いて、複雑な心境なのだろう。返事には覇気がなかった。

「美咲くん、これから仕事部屋隠るから!」
「おう、頑張れ」

と八田の見送りを受けて、部屋に入った。

「郷土資料館に行ったら、史料見せてもらえたんで、まとめておきました。ただ、元々はある神社が所有していたらしくて、」

うちの神社じゃないだろうな…。

「まだ全ての史料を移動できていないそうです。当時の日記とかもあったらしくて、近く、所蔵されるそうですけど、すぐに欲しいのなら、破魔神社というところに行くと良いと、」

ビンゴー…。私は心の中で特に嬉しくない掛け声を上げた。

「…………そう…で、行ってきたの?」
「いえ、その前に電話かかってきたんで、先にそっちの情報提供してもらいました。データ化されてたんで、思ったより集めるのは簡単でした」
「そう」

大量のデータになっていることは見るまでもない。画面も見ずに下矢印をやる気なくカタン、と打つ。溜息を吐いてしまいそうになるのを必死で抑えた。

「名前入れれば、検索できますよ」
「うわ、便利ー…。そんなんなってたんだ」

俄然やる気が出てきた。腕まくりをしてパソコン画面に向き合うと、伏見は溜息を吐いた。

「俺がプログラム組みました」
「うわ、優秀ー…助かるーありがとぉーう」

と伸びやかに礼を言うと、伏見は複雑そうな顔をした。褒められて嬉しいなら嬉しいと言えば良いのに。

「……………別に大したことじゃないです…」

唇を尖らせて、伏見はそっぽを向いたが、普段は不健康そうな(子供になっても少し青白い、のは生まれつきなのか…)頬が赤いので、バレバレである。

「いやいや、凄いよ。そういうの専門に学んでたわけじゃないでしょ?謙遜することはないよ」

回転椅子を回し、伏見に体ごと向き合った。

「…………そう、ですか…」
「うん」
「……………ありがとうございます…」

うんうん、と頷いて、私は再びパソコンに向き合った。写真の後ろには名前が書かれていた。その名をかたかたと手早く入力し、検索を掛ける。ほとんどすぐに検索結果が出た。数件のデータが表示されたが、時代を明治に絞ると、一件だけ残った。

「やっぱ、あったね。名前…」

伏見も横でほっと胸をなで下ろしたようだった。

「あ、伏見くん、今日はもう良いよ。お疲れさん。君が居てくれて良かったよ。明日はゆっくり休んで」

伏見は今子供だ。あまり労働をさせるのも問題有りと判断したのだ。

「え、でも…まだ祠のこととか…」

仕事熱心だ。いや、熱心というか、恐らく自分の仕事は自分で片づけたいと考えているのだろう。

「そっちは私が行くから」
「場所分かるんですか」
「………それ、うちの母方の実家なの」
「へ?」

間抜けな顔をした。

「だから分かるし、大丈夫。アポも必要ないだろうし。それともアポ取ってくれてた?」
「いえ、まだですけど…」
「……精神的には大人でも、今は子供の体だから、あまり酷使したくない、かな」

伏見は押し黙り、寝室に向かった。

「休息も大事だよー」
「はい…」

振り返って、伏見は返事だけして部屋を後にした。



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