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彼の父とは最近よく話をするが、息子の方とちゃんと話をするのは初めてだ。
ボロを出さないようにしないとな、と心の中で言い聞かせる。二人はかなり険悪だと聞いていた。人に嫌われるよりは好かれている方が良いに決まっている。親子関係に巻き込まれたくない。

「はい。何かご用ですか?」
「え、…と、」

轟は口篭った。
人と話すのは苦手なのかもしれない。はそう思った。
最近は表情が明るくなってきて居るように思うが、推薦入試のときなどは人でも殺しそうな雰囲気さえあった。それがすぐに快活で話しやすいキャラにはならないだろう。

「…先輩は今日はお休みですよ」
「あ」

轟はあからさまに安堵の顔を見せた。

「…外に返却ポストあるので、そこに放り込んでいただければ、中まで入ってこなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうなんですね」
「はい」

気まずいような顔になったので、は少し居心地が悪かった。図書室は人がいても賑やかな場所ではない。しんとした雰囲気に、しかし人の気配はあるという空間は落ち着かない。
轟を見るが、何かを言い出す風でもない。は意を決して声を上げた。

「…あの、」
「え」
「私、ヒーローのことは凄く疎くて、あまり詳しくないんです、…先輩はいつも色々教えてくれます。先輩…轟君のこと、凄く、応援してます。色々教えてくれて、でも、エンデ、ヴァー、さ…の息子だって、教えてくれたことなくて、あの、つ、まりですね、彼女は、純粋に貴方の、ファン、なんです」
「っ…」

轟の頬が赤くなった。

「えと、前、凄く失礼なことをしてしまったと、落ち込んでて、先輩、私を助けようと、“個性”を解放してしまって、制御が、うまくいかなかったみたいで、でも、その、普段は凄く優しくて、あ、と、仕事できて、冷静で、すごく良い人なんです。だから、あの、えっと…嫌いにならないで、くだ、さい…?」

轟はいっそう気まずそうに視線を移動させた。

「すみません、ごめんなさい、あの、変なこと言いました」
「違う!…います」

は突然の大声に驚いた。はきょろきょろと周りを見回した。気にした様子の人はいない。安堵する。恥ずかしそうに、轟は頬を掻いた。

「自分の、…ことをそう思ってる人がいるとは思わなくて…」

轟の花がほころぶような柔らかな笑みに、ドキッとする。彼の顔はとても整っている。気がなくとも思わずたじろぐ。

「ん、はい、」
「ちょっと怖かったけど、色々、俺の話聞いてくれて、本も選んでくれて、凄く助かりました」
「そ、れは良かった、です…多分先輩めちゃくちゃ喜びます」

というか狂喜乱舞する、とは思ったが、何も言わなかった。顔にも出さなかった。

「これ、返却お願いします」
「はい、あ、役に、立ちましたか」

うっすらと彼の要望は覚えている。

「…はい、まぁ…」
「私、皆さんの質問内容とか、打ち込みの作業してるんで、一応把握してます」

指先を動かして、キーボードを打つ仕草をする。

「…、あまり例がないみたいで、」
「そう、ですよね。“個性”自体が、それほど長い歴史を持ってるわけではないですから…もし、参考になりそうな書籍があれば、情報お持ちしますね」

轟はこくりと頷いた。
そして思い出したように「ありがとうございます」と言った。
も特別人と話すことが得意な方ではないので、互いに窺がいながらの手探り状態だ。これならば心操の方が余程話しやすい。意外にも心操はよく話すのだ。

「体育祭、見てました。応援、しています」
「あ、」

轟は少し挙動不審になった。

「え、と、俺のこと運んで、くれた、人…」
「ああ!はい、当日スタッフで入ってました」
「匂いが…」
「え!?く、臭かったです!?」

思わず身を引いた。
互いに汗だくであった。それに密着していたのだ。一応女として匂いには気を付けていたはずなのにと、は絶望に打ちひしがれていた。

「ち、ちが、あ!の、!忘れてください」
「は…はい…」

轟の顔は真っ赤だ。赤面しやすいのだろうか。意外に思った。それ以上に体臭が気になって仕方ない。思わずシャツの裾を嗅ぐ。

「…甘い、匂いが、したので、…」

印象に残っていて、とか細い声で轟は呟いた。

「あ、ああ!柔軟剤、かな。いや、えっと、これ、かも」

と、はポケットに入れている匂い袋を取り出した。

「女の、人ってこういうの好き、ですか」
「そう、ですね。好きと思います。これ、うちの母のお店に置いてるものなんですけど、結構好評みたいですよ」

言ってから、母親のネタはまずかったかと気付いた。しかし轟はの持つ匂い袋を凝視したまま、気にした様子はない。ほっと胸を撫で下ろした。

「へ、ぇ…あ、の、」
「はい?」

腰を折って覗き込んでいた轟が上を向いた。丁度上目遣いになる。まん丸な目がキラキラと西日に照らされている。
綺麗だと思ってつい見つめ返してしまった。

「お店、教えて、ください」
「っ…良いですよ。名刺あったような…これ宣伝行為ですかね、学校で、まずいかな…」
「大丈夫です!」
「は」
「誰にも、言わないし…」
「ん、じゃあ、」

母か姉にでもやるのだろう。一人で何も知らない小物屋に入るのは男子高校生には厳しかろうが。がんばれ!と心の中でエールを送った。

「気軽に店員に話しかけてやってください。色々教えてくれると思います」

こくりと照れたように俯く。が彼の口下手を察したのだと、分かったのだ。

「ありがとうございます…」
「はい、どういたしまして、です」

轟の背を見送って、は肩の力を抜いた。

「…思春期怖ぇ…」

色々気を遣わなければならない。どっと疲れた。
あと明日一日頑張れば休みだし、明日は犬山も来る一人じゃないからまだ大丈夫、と奮い立たせた。


***


「あ、おはようございます!」

のなけなしの元気を込めた挨拶である。相手は相澤だ。

「おはようございます…」

お疲れのようである、はすぐにそう思った。テンションが低いのはいつものこと。しかし今日は特に歯切れが悪い。出動でもあったのかもしれない。ここの教師は先生をしながら、やはりヒーローの仕事もこなしているのである。物臭のもミッドナイトの新聞の切り抜きの保存だけはしているので、両立していることを知っていた。

「あの、」
「はい?」

は相澤の餌付けのブツを鞄から出そうとごそごそとしている手を止めた。は餌付けのつもりはなかったのだが、父にからかわれたのだ。
今日こそ断られるだろうかと思っていると、合理性を説く相澤にしては言いにくそうにもたついている。
よほど体調が悪いのかと、は「栄養補助!」と書かれたゼリーを相澤の前に出した。

「…いつもすみません」
「いえいえ」

何だかんだで彼が断わったのは最初の一度だけだ。が「いや、返されても、」という顔をしたからかもしれない。もしかしたら、ヒーローは物を貰うことに慣れているのかもしれなかった。

「…今日、夜空いてますか」

ぎゅっと心臓が締め付けられる。そして早打った。しかしすぐに邪念を振り払う。期待してはいけない。は自分が乙女ゲームのヒロインのように愛される星の元に生まれたわけではないと理解している。さらに相澤にそういう恋愛事について望むのは間違っている。さらにさらにはそういうことを相澤に求めているわけでもない。という期待と落胆と見当違いを瞬時に脳裏によぎらせ、結局は素っ気なく返答した。

「…たぶん、空いてますけど、」

これが最適解だと、は確信した。
年の近い男に誘われる予兆があれば、彼氏がいない女なら少しの期待をする。それが特別に思っている人ではなくとも。自分の女としての価値をほんの少し、ミジンコ程度ほど認めるくらいには、気分が上がる。そういうものである。と、言い訳をする。

「教師陣で飲み会をするんですが、どうですか」
「私ですか?」

言外に何で呼ばれたのかという非難を込めた。はあまりわいわいするのが得意ではない。飲むならどちらかと言われれば宅飲みが好きなタイプだ。

「…今年入ってこられたですし、それに、…さんの、会社にはお世話になってますし…興味があるのでしょう」
「なるほど、父に確認しますね。え、…と、連絡先教えていただければ、昼までには連絡入れます、あ、無理なら大丈夫です」
「え、ああ、全然大丈夫ですよ」

さりげなく男性の連絡先を聞いてしまったことに、なんとなく後ろめたさを感じながら、スマホを出す。

「あ、因みにだれが来られるのでしょうか」
「一年のヒーロー科の教師は来ると思いますけど」

あまり把握してなさそうだ。特定の名を出すのは止めた方が良いだろうかと思いながら、しかし一人だけ気になっている人物がいる。

「ああ、でもオールマイトは来ないみたいです」

思い描いた人物の名を出され、心臓が跳ねた。極力何も考えないように意識をそらす。変な間が開いたかもしれない。何か言おうと口を開いた。

「へぇ、そうなんですね、忙しそうですもんね」

可笑しくなかっただろうかとは心配になった。目をそらすと怪しいかと思い、相澤の顔を少し見て、そしてスマホに目を落とした。

「今、送ったんですけど、これでよかったですか?」
「はい、確認しました。では、よろしくお願いします」
「はい」

相澤と別れ、違う道に入った。姿が見えないことを確認して、は走った。心臓がとととと速い。走っているからではない。図書室の前まで来て、立ち止まった。ドアに手をかけたまま息を整える。
オールマイトが来ると聞けば何かしらの理由を付けて断っただろうか、とは思った。恐らくは結局誘われたら断れないのだ。飲み会と言っても、仕事だ。だから来ないと聞いてあからさまにほっとしてしまった。
自身に何か彼に遺恨があるわけではない。しかし父親の姿を思い浮かべ、やはり好きにはなれないなと思った。

「あら、ちゃん?開いてない?」
「へ!?あ、はい、いえ、開いてます!おはよう!ございます、」
「はい、おはよう」

トイレに行っていたのか、タオルで手をふきながら犬山がやってきた。

「どうかしたの?」
「いえ、大丈夫です」
「ちょっと走ってきたら、息が上がったんで、落ち着いてから入ろうと思って。どうぞ」
「ありがとう」

嘘ではない。犬山もあまり気にした風でもなく、が開けたドアから入って行った。

「なんだか最近賑やかになったわねぇ」

と春の長閑な日差しのような声で犬山は言った。確かに4月から比べると、人が増えたような気がした。

「そうですね。例年はヒーロー科の生徒はあまりここを利用しないとか」

轟が来るようになってからは、ほかの生徒もちらほら見るようになった。自分の“個性”について突詰めて考える参考にするようだ。
第5世代とも言えるこの世代の“個性”は様々な特性が交わり、種類も威力も増していると聞く。一般人は“個性”の使用を著しく制限されるが、ヒーローは違う。己の“個性”の理解度は、そのまま実力に繋がる。その重要性を轟を通して、実感したようなのだ。

「ええ、そうね。図書館で調べ物をするような課題は出ないし、来たとしても貸し出しだけで、ほぼロボットがその役を担ってるしね」

犬山は勿論若いながらもベテランなので、仕事はほぼレファレンス業務である。生徒も彼女を信頼して、よく相談に来ている。一方はというと、ほとんどが人生相談だ。
学校図書館の役割として、やはりそういう一端を担ってはいるのだろうが、はただの職員で教師ではない。犬山はちゃんと教員免許と司書免許を持った学校司書なのだが。
だからはいつも大丈夫だろうかと思いながら、生徒の話に耳を傾ける。一応犬山にお相談してあるので、問題があればお達しが来ているはずで。だから大丈夫なのだろうと言い聞かせて、は今日も生徒の話を聞く。

「あ」

という声を聞いて、は振り返った。紅白の髪を見て、ぺこりとお辞儀をした。声をかけても良かったが、図書館内で声を上げるにしては少し距離が離れている。近付くべきか去るべきか悩んでいるうちに、轟が小走りで駆けてきた。とはいえ、足が長いので、にとってはすごい勢いで目の前までやってきたように見えた。

「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「……えっと、有難うございます。喜んでもらえました」

匂い袋か、とはすぐに納得した。エンデヴァーの家は、の家からそれほど遠くないのだ。直ぐに買いに行ったのだろう。その礼をわざわざ朝から言いに来たのだろうか。

「ああ、お買い上げ有難うございます、は私が言っても変か…」

と言うと、轟は首を傾げた。

「喜んでもらえて良かった。私も好きな商品だし、母が作ってるものだから、そう言って貰えると嬉しいです」

照れて少し俯いた。さらに照れくさくなって、頭を掻いて顔を上げると、絶妙に微妙な顔をした轟が居心地悪そうにしている。

「それを伝えに来てくれたんですかね、わざわざ有難うございます」
「え、あぁ、はい」

がんばれ私の顔面筋!とは笑顔が引きつりそうになるのを我慢する。前職の接客業で培った営業スマイルだ。元々あまり笑顔を作るのは得意ではない。毎朝鏡の前で練習した成果が試されている。

「あの、先生は、……」

と言ったところで予冷が鳴った。

「あ、チャイム…もう授業だね」
「すみません、行きます」
「がんばってね」

会釈をして、走って行った。

「あの…先輩…」

きらきらとした目で、犬山がこちらを見ていた。ずっと物陰から見ていたのを、は知っている。犬山のことについては、既に誤解を解いているし、それを本人にも伝えたので解決済みだ。

「私、同担オーケーよ!」

イイねのポーズのサムズアップ、笑顔ウィンク付き。可愛い!
は顔を緩めた。しかし轟の語りが始まったので、は手で制して言った。

「……A組なら爆豪くん派です…」
「あら!」

というよりも爆豪と轟、峰田くらいしか知らないのだが。B組に至っては誰がいるのか全く知らない。体育祭の映像は犬山にダビングして貰ったが、ミッドナイトはそれほど出ていないので、殆ど画面を見ずにイヤホンで音声を聞き流しただけだった。心操の試合だけは後でしっかり見たが。

「爆豪くんかぁ。彼も格好良いよねぇ。でもなんだか意外ねぇ」
「そうですかね?まぁ、あんましヒーロー科知らないんですけどね」

顔、性格、個性その他諸々の恐らくは女子が重視するようなことは重要ではない。

(爆豪くん、めっちゃ良い匂いするんだよなぁ…)

ヒーロー名を考えるときにミッドナイトに頼まれて貸し出した本を、返しに持ってきたのが爆豪だったのだ。最後まで決まらなかった為らしい。
高校生の匂いが無理すぎる!とマスクを常に付けているとしては匂いは死活問題である。
無論顔も好みであるし、あの筋肉質な体躯は子供といえども魅力的である。将来有望だなという意味だ。さすがに恋愛対象としては見られない。ので、アイドルを愛でるようなものだ。いや、アイドルをそういう目で見ている人もいるのだろうが。のそれは応援したいな、くらいのものだ。
そして何より、

「あ」
「はい?」

犬山が声を上げた。

ちゃん、ごめんだけど備品とってきてもらえないかな…?」
「全然大丈夫ですよ」
「ごめぇん」



備品室から、コピー用紙と文具を少々を運び出す。用紙に持ち出した備品と部署名を記入し、は図書室へ戻る。備品室は職員証と静脈、虹彩を読み取り開く。あとはオートロックなので、荷物を持ったまま扉が閉まるのを確認するだけだ。

「ロック、良し、と」

一応指差し確認して、踵を返す。
意外とこうやって図書室以外のところを歩くのが好きだったりする。特に授業中に動くと、何だか悪いことをしているようでドキドキするのだ。授業中に抜けだしたりするヤンチャでは無かったので、なおさら背徳的で楽しい。

授業をしている風景は見られないが、気配だけは感じる。レベルが高いので、正直授業を見たって何を言っているのか分からない。この学校の最底辺だって、よりは余程頭が良い。彼女も頭の悪い方ではないが、それでもこの学校の水準からすれば低底辺。
だからこの職場での生活は決して居心地は良くない。心操と話していたって、馬鹿だと思われているのだろうなと勘ぐってしまうのだ。恐らくそんなことは考えていない、とも分かっている。心操の周りの空気は柔らかいのだ。そういう人を見下すような感情を持っている人間ではない。
はそういう空気感が、己の“個性”ゆえに高度に分かる。彼女の能力は常に発動しているものではない。一際大きい心の声を拾ってしまうことはあれど、無意識化で人の精神に干渉してしまうことはない。しかしそういった空気感は、感じ取れてしまう。目から漏れ出ていることもあれば、全身からオーラのように出ていることもある。

先ほど犬山の言った、「意外だ」ということへ対しての答えがこれだ。
爆豪勝己という男は、冬の朝の澄み切った空気みたいな気配がする。山頂の空気と言い換えても良い。その気配は、温度は違えど、エンデヴァーによく似たものだった。
彼も澄んだ感じがする。この炎になら焼かれても清々しいのだろうと思ったことさえある。勿論気配や空気の話であって、本当の彼の炎にはトラウマを抱えることになってしまっている。
それと同様に爆豪も実際に対峙すると、怯んでしまうほどに恐ろしい。あの形相に爆発音に淀みなく溢れ出る罵倒の言葉。
体育祭を思い出して思わず立ち止まってしまった。
彼の実の息子以上によく似たそのなじみ深い空気を持つ爆豪が気になってしまうのは仕方のないことだ。
昔、本当の昔には「エンデヴァーさんと結婚する」などと言っていたのだから、仕方がない。
恥ずかしい過去まで思い出してしまい、このままの心持で犬山と一緒に仕事をするのは憚られ、少し頭を冷やそうと、窓の外を見た。

「うわ」

思わず声を出してしまった。
グラウンドで走り込みをしている集団。恐らくはヒーロー科。独特な服を着ているので、ヒーロースーツだろう。その中に一際目立つ青年。

「なんだあれ…」


***


「ぶふぉ」
「ちょ、なんですかもー。そんなに笑うとこありました?」
「設定モリモリだから、ふ、ふふ」

犬山に先ほど見た光景を伝えただけのつもりだったが、彼女のツボにハマってしまったらしい。

「なんだっけ?え?」
「『妖精族の王子様』ですよ!そんな笑うことでした!?」
「妖精じゃだめだった、の、ふ、ふふ」
「なんか、妖精ってお爺さんか年若い女、もしくは少女って感じじゃないですか?そういうんじゃないんですよー。なんか妖精王の息子?みたいな?って感じ?です。こう、オーラが。悪気なく人に悪戯したり、いたぶって楽しんじゃう感じの」
「くっ…」
「もー、いや、笑いを提供できて?良かったですけど!?」

本格的に犬山が笑い出したので、も何だかどうでも良くなってきた。

「はー、久々に笑ったわぁ」
「そりゃ良かったですね」

犬山は復活して、事務作業の続きを始めた。の持って帰ってきたコピー用紙が大活躍中だ。

「たぶんそれ物間くんじゃないかなぁ。この時期に走り込みなんかするの一年だろうし」
「そうなんですか?」
「ほんとに興味ないのねぇ」
「まぁ、無いすね、」
「見目綺麗よね、彼」
「ですよねぇ。私漫画のキャラとかって、ああいう腹黒そうな金髪イケメン好きなんですよねぇ。キャラとして。キャラとして」

大事なことなので二度言った。

「腹黒?」
「そこ重要ですね。いや、別に彼の本当の性格知らんですけど」

データベースに打ち込むレファレンスの用紙を捲りながら、適当に答える。

「ヒーロー科の推し物間くんになっちゃった?」

どうだろうと考えて、手を止めた。

「ん〜…いや、そもそも爆豪君めっちゃ推してるわけじゃないんですけど。敢えて言うならっていうか。知ってる子少ないですし。まぁ、別に爆豪くんで良いですよ」
「ふふ、ちゃん面白いよね」
「?有難うございます?」
「褒めてるわよ」
「どうも」

ああ、そうだ相澤先生に連絡しないと。とはふと思い出した。
父にその旨を伝えるメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。それを見て、はため息を一つ零した。

行けそうです。店、集合場所と開始時間を教えてください。

と打ち込み、しかし一部を消す。「参加でお願いします。会場と集合場所、時間等教えてください」に打ち換えて、相澤に送る。既読はつかない。まだ授業中なので、昼休みには返事が来るだろうと、スマホの画面を切った。時間によっては仕事着のままだなぁと、汗をかかないように気をつけねばと思った。

汗。先ほど見たヒーロー科の授業は、ヒーロースーツを着ての走り込みで。暑そうだなぁとぼんやりながらもじっと見すぎていたのか、物間という青年と目が合った気がした。遠かったので、気のせいだとも思ったが、あのブルーがかった灰色がはっきりと見えたようだった。それこそかなりの距離があったのに、その色が分かったので、不思議な感覚だった。

この学び舎に敵が入り込んだことがあったが、早々あることでもない。職員が体育の様子を見ていたって不思議ではないのだ。だから不審者だと思われはしなかったろうが、何となく居心地が悪かった。


***


昼休みになり、相澤はスマホを開けた。
端的なメッセーシに目を通し、今朝に貰ったゼリーを啜る。餌付けだと同僚に揶揄されるが、本人にそんな気はないだろう、と相澤は思っている。
雄英は名だたるヒーローが教師として在職している。そんな中、新人の職員はやはり色めき立つのだ。しかし彼女は境遇のせいか、誰を前にしても平坦な対応で、相澤はそんなところに好感を持っている。

「相澤君、またそんな…」

オールマイトが心配そうに言った。ひょろりとした体躯で言われても説得力がない。

「…オールマイトはさんに嫌われてるんですか」
「へ?」
「いえ、なんでもありません。では私は寝ますんで」

と一方的に言い切って、愛用の寝袋に入って目を閉じた。オールマイトが来ないといったとき、ほっとしたように見えたのだ。

「…そう、かもしれない」

とぽつりと呟いたオールマイトの言葉を、相澤はしっかりと聞いていた。

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