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一日の仕事を終え、は家に戻った。ミッドナイトと酒が飲めることは楽しみだが、休み前とはいえもう一度外出するのは少し億劫だ。はそんなことを思いながら、支度を進める。
カバンはどこに置いていただろうかと、リビングに行くと、父がスーツ姿でバタバタしている。今日は非番のはずで、先ほどまで部屋着でゆっくりしていた。

「あれ、お父さん出掛けるの?」
「仕事〜」

軽い調子で言う。凄まじいバイタリティである。であれば、死にそうな思いをするに違いない。飲みに行くだけでも、ぐったりとしているくらいだ。行けば楽しいのだが、いつも家を出るまでが辛い。

「あ、」

は声を上げた。父は振り返り尋ねる。

「どうしたの」
「いやぁ、送ってもらおうかと思ってた」
「ああ、じゃあエンちゃんに送って貰いな」
「はぁ?」

エンちゃん、というのはエンデヴァーのことだ。父の高校時代のクラスメイト。友人。本人は「友人」と言うと、不本意そうな顔をする。しかし恐らくは互いに友人だと思っている、という何とも面倒くさい関係なのだ。
そしてご近所さんだ。

「いやいや、そんな」

と言っている間に父は電話を掛けていた。

「ちょっと、待って…いや、あの人ナンバー2よ?」

とか何とか言っている内にインターホンが鳴った。

「ちょっとぉぉ…」

父にしがみつく。しかし本人はどこ吹く風。
ガンガン、と窓が叩かれる。誰も出ないので、庭の方に回ったようだ。父はリビングの大窓を開けて招き入れる。

「なんか職場の飲み会なんだって、連れてったげてよ」

エンデヴァーはため息を吐いた。は恐縮してしまい、何も言えない。

「こいつの「これ」はいつものことだ。気にするな」

と、エンデヴァーはの頭に手をポンと乗せた。ナンバー2を電話一本で呼び出すって、とは肩を落とした。

「すみません…貴重なお休みを…」

はしょぼくれた声を出した。

「家にいると煩いのもいるからな」

長女はそういうことを言わなそう、次男だろうか、とはぼんやりと家族構成を思い出す。昔会ったような気もするが、覚えていない、というのが彼女の認識だ。ちゃんと会ったことを覚えているのは長男だけ。
実は数回会ったことがあるのだが、当時冬美は4才。年の近かった長男とは言葉も交わしたし、その後個人的に交流もあったので、そちらのほうが印象深いのだ。

「もう行くのか」
「は、すみません、お茶も出さずに…!あ、ええと、30分、いえ!…36分に出ます!」

は冷蔵庫に走る。

「盆、お盆無い!」
「いいよそのままで」

父は投げやりに言った。

「ん〜、うん、」

氷を入れ、お茶を注ぐ。今度はコースターが無いと騒ぐ。

「姦(かしま)しいな」

どかっとソファに座り込んで言った。
彼の家ではこういう風景はない。冬美は大人しい。男連中は寄り付かないか、怒るか。

「いつもはもっと無気力だよ」
「そうなのか」
「お前が来て浮かれてるんだ」

はコップを机に置いて、叫んで走っていく。

「すみません、バタバタして!」

それを見送り、エンデヴァーは口を開いた。

「何かあったのか」

スーツ姿を凝視した。

「あれだよ、敵連合。なんか対策会議だとか。対策って何だと思う」
「知らんな」
「何の対策かは分からないけど、この間のヒーロー殺し、から何やら動きがあったみたいだから、その話かな。どこ情報か知らんが…。馬鹿げた思想だけどね、集客力はあったらしい」

父は肩を竦める。

「馬鹿が多いからな」

の出した茶をごくごくと飲み干した。彼が持つと、随分とコップが小さく見える。

「この時期に、オールマイトが雄英の教師になったのって、どう思う?」
「俺に聞くな」

普段ならば、ライバルの動向を探るのも必要なことだぞ、と茶化すののだが。そろそろ家を出なければならない。話を進める。

「…私は動きがあると思う」
「何か知っているのか」
「まさか。あれは私に何も言わないよ。サイドキックだって取らない。私と仕事したのも数度だよ」

エンデヴァーはじっと友の顔を見つめた。

のオールマイト嫌いはお前譲りだな」
「私は別に嫌ってないよ」

あっけらかんと言う父に、エンデヴァーは鼻で笑った。
どたどたたたた、と階段を降りる音。

「お待たせしましたー!」

19時34分。

「トイレは良いのか」
「へ?」

エンデヴァーに予想外のことを尋ねられ、赤面する。

昔エンちゃんの膝の上でお漏らししたんだぞ」
「う、うそでしょおぉぉ……」

父親のスーツの袖を掴み、ぶんぶんと振る。

「4歳のときかなー」
「3歳までじゃないところが絶妙に恥ずかしい!」

2階のトイレで出してきていたが、そんなことを言われると不安になってくる。は1階のトイレで出ないものを絞り出し、エンデヴァーの車に乗った。

「最悪です…穴があったら入りたい…」
「気にするな。子供のすることに目くじらを立てたりしない」
「そのフォローが余計に恥ずかしいです…」

む、とエンデヴァーは唸った。
彼の助手席に座っているだけで緊張する。は普段の姿勢の悪さからは想像ができないくらいぴしっと背筋を伸ばした。明日は筋肉痛だろう。

「緊張するな。俺は安全運転だ。ヒーローが反則切符切られたなんて笑い話にもならん」
「そんな心配はしてないんですよ…」

そもそも親以外の車に乗るときは、いつもこんな感じだ。その上、相手が知らぬ者は居ないという有名なヒーロー。
その職に就く者の数を彼女は正確に知らないが、それでもNO.2が凄いのだということは分かる。

「緊張せずに、この席に座れるのは、肝が座っているか、貴方の気の置けない人だけですよ」
「そんなもんか」
「そうです………何考えてます?」
「いや、」
「奥さんのことですか」

エンデヴァーは無言だ。突っ込んで聞いて良いものか、は少し悩んだ。だが、いつも彼の方から相談してきているのだ。

「最近どうですか」
「花は受け取ってくれている」
「直接渡せてはいないんですよね」

と言うと、またもや黙り込んでしまった。

「会いたくないって、言われてるんですか」
「…さぁな」

看護師のところで止められているのかもしれない、はそう思った。

「手紙でも書いてみたらどうでしょう」
「俺がか」
「誰が書くんですか」
「何を書くんだ」
「ん〜…お子さんのこととか、奥さんはどう過ごしているのかを聞く、とか。あとは自分がどう過ごしているのか、を書いてはどうでしょう。あまり長いと読むのもしんどいですし、最初は便箋一枚くらいで良いんじゃないですか?エンデヴァーさんが忙しいの知っておられるでしょうから、長いと逆に気を遣わせたと気を病むかもしれません」

彼女が心を壊してしまったのだと、も父から聞いて知っている。
彼の横顔を見つめた。エンデヴァーはふむ、と頷いた。

「お前の店に便箋は売っているか」
「売ってますけど…というか私の店ってわけじゃないんですけどね」

意外だと思った。そんな労力を使ってでも関係を修復したいと考えているとは、は思っていなかった。

「娘さんに、選んでもらった方が良いですよ」
「そうなのか」
「…多分。というか家に便箋くらい置いてあるでしょうしね。学校の先生でしたっけ…」

子供やその親とのやり取りに使うだろう、と考えてから、今はメールかと思い直した。だが、今は大した問題ではない。エンデヴァーも気にした様子がないので、その話題は放置した。

「ああ、良く知ってるな」
「年賀状だけは贈り合ってるの、知らなかったでしょう」

エンデヴァーは見た目の通り筆不精だ。年賀状も途絶えるかと思われたが、娘の冬美がマメに送り返している。の両親とは数度会っただけだろうに、父親の友人夫妻だと認識しているようだ。というのはの見解である。
実は轟の顔に火傷を負わせてしまった際、心神耗弱となった冷を病院に連れて行ったのは、の父親なのだ。その時に電話で助けを求めたのは冬美なので、個人的にも切っても切れない縁なのだが、はそのことを知らない。

その後直ぐに長男のこともあり、父はに必要以上の情報を与えていない。交流のあった幼馴染のような少年の無残な死を、伝えられなかった。訓練中に事故に遭ったらしい、と伝えただけだ。そしてエンデヴァーを慕う彼女に、彼の家庭環境を事細かに説明するのも酷と思ったようだ。さらに、当時の父親の仕事が忙しくなり、疎遠になってしまったのも原因の一つだ。
が轟家とそれなりの関係にあるにもかかわらず、事情に疎いのもその為だ。

「私は、奥さんの状況を知らないので、手紙出すのも聞いてみた方が良いかもですね。取り敢えず預けておいて、体調のよさそうな時に渡してもらう、とか」

出しゃばりすぎただろうか、と顔色を窺いながら言葉を連ねていく。

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