コンクリートジャングル



ここは何処私は誰、そんなお馴染みの呪文を唱え、私は立っていた。何度目の体験か定かではないが、何度も経験した異世界トリップ。というよりも、voyageと言った様子だ。

時間が交錯する亜空間、そこにある無数の扉。私はその扉を開けて、幾度となく異世界にトリップしてきた。因みにその亜空間に人間は入り込めない。入り込めない、というと語弊がある。そこに人が行ったならば、数秒もしない内に精神が崩壊する。そんな場所だ。


私は比較的新しい扉に手をかけ、回した。現代風、つまり私が人間として生きていた時代と同じように見えるその場所は、それでも確かに異質だった。町に漂う異様さにこの街の人間は気づいているのだろうか。ジンが付いてこないのも頷ける。私が何か手を出したくなるような、そんな事件が待っているような気がした。

ジンというのは、私を手違いで殺してくれちゃって、更に私を自分の子どもとして転生させちゃった自称・『自称神』である。まぁ、もう今更憎むと言う事もない。彼のお陰で私はあのまま生きていたなら絶対に会うことの出来なかった人たちに会うことができるのだ。

自称に、更に自称を重ねた神は、確かに神ではない。この体に死はなく、傷つくことも無い。世界を見渡す目、全ての音を拾う耳、そしてそれらの膨大な情報を整理して理解する脳を持った存在。そして、私たちは世界に成り得る。炎であり、風であり、人であり、そして何者でもない。そう、私たちは世界だ。


世界そのものだ。






適当にぶらぶら歩いていると、大きな音がした。ビルとビルの間から見える僅かな空を見上げると、狭い空に何かが舞っている。いや、「何か」と表現したのは、頂けない。何故ならそれは確かに自動販売機だった。そうして私はこの時はじめてこの異様な街が「あの」池袋だと気がついた。

段々声が近付いて来ている。いやいやいやいや、彼らにはこの街である程度地を固めてから会いたい!そう思い、私は一歩踏み出した。黒い影が見え、私は急がねばならぬことを悟り、更に歩を進めようとした。しかし一歩が出ない。ハイヒール、そう、ヒールが溝にすっぽりと嵌まっていた。

      えぇぇぇぇ!

ちょ…え?このタイミングで!?嵌まった後ろ足を見つめ、更に私は視線を上げた。黒い物体、折原臨也が私の姿を捉え、一瞬にやりと笑ったのが見えた。あ、巻き込まれた、そう思った時には折原臨也の姿はなく、怒り狂った平和島静雄が角を曲がり、道路標識を振りかぶった。どうでもいいが、槍投げの選手になれば良いと思う。

「いぃぃぃざぁぁぁやぁぁぁ!」という声と共に長い棒が迫り来る。

生憎今日は全身真っ黒で、身長も折原臨也と変わり無いように見える。冷静さを欠いた彼が見分けられる筈もなかった、と状況を冷静に受け止め、私は空を見上げた。すると、ビルの上には折原臨也の姿があった。一瞬目が合ったので、先程の彼と同じく笑った。クソ、美人め、尻揉みたいゼ。


丁度標識は私の胸辺りに刺さらんと迫ったが、私はそれを体を左に傾けて避け、
横を真っ直ぐに通り抜けていく標識の棒部分の真ん中程を右手の甲で払い、軌道をずらし、円の動きで棒の力を殺した。くるくると標識を回しながら力を殺しきり、ぱし、と棒を掴んだ。そしてその棒をとん、と地に着けた。


平和島静雄は私の行動に驚き、呆然としていたが、私は上を仰ぎ見た。勿論そこには誰もいない。少し淀んだ空があるだけだ。私が標識を避けた時点で彼はビルからビルへと飛び移り、逃げていった。


まぁ、調べるなら調べれば良い。どんなに調べたって、たった今湧いて出てきたものを調べられるとは思わない。
にやりと笑い、私はその場を去ろうとした。

「あの」

控えめな低い声が背後から聞こえる。誰のものかは言うまでもない。信じられない光景を見た彼は、もう先程の様な怒り狂った顔はしていない。戸惑いだろうか、少し俯き気味な彼の表情は読み取りにくいが、確かに戸惑いの色が見えた。

「怪我とかありませんから、大丈夫ですよ」

出来る限り優しい声音で私は彼にそう言った。すると、相変わらず俯き気味だが、視線だけは合わせてくれた。上目遣いばんざーい、なんて思っていることは、まさか表には出せないが。

「はじめまして、です。」

これが彼らとの出会いだった。