鼻血と果たし状





「え?!まじ…で?」
「うん。なんか、マジっぽい。朝ね、私は登校して、」

いつも通りに靴箱を開けた。上靴の上には、淡い桃色の花がワンポイントに描かれた白い封筒。その封筒を手にとり、

「果たし状・・・!?って感じなんだけど」

友人は一瞬動きを止めた。

「え?そこでアンタは果たし状だと思ったの?ラブレターじゃなくて?」

ラブレターとかありえないし。そんな誰かに恋されるような奴じゃないのは自分が一番良く分かっている。だから私はこの場所に行ったら絶対にボコられるのだと、またはちゃかされるのだと覚悟して、封筒をサブ鞄に乱雑に突っ込んだのだった。先ほど見たらちょっと皺が入っていた。

「え?ラブレターより確率高くない?」
「ない。絶対ない」

友人はおばさんみたいに「あらやだ」という風に手を振った。

「まじでかー」
「うん、大マジだよ」

手の中にある可愛い封筒を見つめて、私は何故か胸騒ぎがした。友人が何と言おうと、これはラブレターじゃない。
なぜなら、

「多分男の子はこんな可愛い封筒使わないと思う…」

丁度チャイムが鳴り、友人は私の呟きに気付かないまま席に戻っていった。待ち合わせの時間は今日の昼休み。

いつものホームルーム、少しおでこが広い先生が連絡事項を淡々と語る。私は封筒を適当に机の中に入れた。



チャイムが鳴ると同時に皆は筆記具を仕舞い始める。まだ、授業終わってないんだけどなぁ…と思いながら、私も教科書だけは閉めてしまった。

お腹は腹兵隊さんで、ぐぅぐぅと授業中も鳴っていた。今日は私の好きなおかずが入っているのを朝ちらっと見たので、楽しみで仕方なかった。

友人とご飯をもごもごと咀嚼する。一緒にご飯を食べているメンバーはご飯時は喋らないので、集まって食べていてもあまり会話は弾まなかった。私もその一人で、一言二言喋るくらいだ。卵焼きを口に運んだ瞬間だった。鼻の中をつぅ、と伝う何かがあった。私が勢いよく顔を上げると、友人の一人が

「また?よく出るねぇ」

と言った。
その言葉にややむっとしたが、事実なので反論ができない。鼻に手を当てると、やはり血が少しだけ付着した。慣れたもので、服に着く事はなかったが、ご飯を食べている時に出るのは本当に不快だった。

「保健室行ってくる」
「珍しいね」

私が残り少ない弁当のおかずを適当に口に放り込んで言うと、友人たちは目をくりくりにしてそう言った。確かに、普段は教室で止まるのを待つのだが、

「うん、朝も出たからティッシュのストックなくて」
「いってらー」
「おー」

数枚だけ残っていたティッシュを鼻に当て、私は皆に握り拳を掲げて保健室に旅立っていった。今回は量が多い。急がないと、当てたティッシュが真っ赤に染まり、血が滴り落ちるだろう。

駆け足で私は保健室に向かう。なぜ、私の教室はこんなにも保健室から離れているのだろう。殺意を覚えた。だが、文句を言っても仕方が無いので、私は奇異の目で見てくる輩の横を下を向いて通り過ぎ、たまに労ってくれる他クラスの友人に片手をぷらぷらと振って廊下をひたすら走った。
私が下を向いて気分悪そうにしているからか、廊下を走る私を咎める教師も居ない。

ティッシュ全体が真っ赤になってきたので、私はハンカチを更に上に重ねて階段を下りた。よかった、お気に入りのハンカチじゃなくて、と思いながら、ぱたぱたと走っていると、意外な人に声をかけられた。

「あ、来てくれたんだ。さん」

名指しで話し掛けられたので無視はできない。

「あ、手紙出したの俺なんだけど、」

ああ手紙の。手紙を出した人物を見て、やっぱり悪戯だったかと思い、私は急いでいる旨を伝えて彼の横をすり抜けて保健室に向かった。後ろからなにやら声が聞こえるが、私はそんなことを気にしている場合ではなかった。これ、絶対両穴から出てる!

鼻が両方塞がれていて鼻呼吸ができないので、仕方無しに口呼吸をするが、走っているのでかなり苦しい。そして、どうなったのか分からないが、ふご、というなんとも間抜けな声が出た瞬間口に血の塊が侵入してきた。

そりゃ、鼻ふさがれて行くとこって口だもんな、と理解はしつつもかなり不快で私は眉を顰めた。やっと保健室に着き、先生の所に行く前に備え付けの洗面台に口に溜まった血の塊を吐いた。蛇口を捻ろうと、ハンカチを当てていた手を片手にしたのが不味かったのか、ハンカチと肌の間に空間ができて、そこから血が噴出した。

「げほ…」

これまでに無い量のちが両方の鼻から吹き出て、私は思わず、すげーと思った。

「…凄い量ね…」

保健室の先生が感嘆の声を上げた。

「ティッシュください…」

首を絞めているネクタイを緩め、洗面台に顔を突き出すような形で停止。動くと服に血がつくし、それこそ惨劇だ。手を先生に突き出すと、渡されたのはトイレットペーパー。鼻セレブがよかった、と思いつつ、それを受け取って鼻に当てる。

少し冷静になったので、先ほど会ったラブレターの差出人について考えていた。名前は知らない。有名な人らしいが、私には興味ないことに割けるほどのメモリーは無い。

なんだろ、罰ゲームかな…そうだとしたらなんか可哀相なことしたな。
というか、私が相手とかマジ哀れ。哀れすぎて、彼に対して妙な気持ちになった。


「失礼します」
「あら、折原くん、」

保健室の先生が彼の名を呼んだ。折原くんって言うんだ。赤いシャツに短ラン、容姿は目立つために存在は知っていたが名前は知らなかった。クラス違うと全然だなぁ、と思っていると彼が私の前まで来た。

わぁ、すっごい美人さんだぁ…。
腰細い、睫毛長い、お尻ちっちゃぁい。
噂好きの友人から頭も良いって聞いてる。
運動神経も良いっぽいし。

天は二物を与えずって言うけど、私の方に来なかった分の「一」もきっと彼に行ってしまったんだな。と途方もない事を考え、私は彼の顔を見続けることができずに、彼の首筋を見ていた。

うわぁ…白い、かぶりついたら甘いのかな。

「ねぇ、俺君のこと好きなんだけど………………返事、欲しいな」

うん、これ言わないと罰ゲーム成立しないもんね!
つーか、超美声!
うわぁ・・めっちゃ腰にクる!
でもこの人が可哀相な人なのは変え様も無い事実だ。

「ご愁傷様です!」

私は元気よくそう言った。

これが私の悪夢の始まりだったなんて、誰が思うだろう。