皆が顔を見合わせる。誰から聞こうかという目くばせらしい。
「えっと、私から良いです?」
おずおずとエステルが手を挙げる。
「はいどうぞ。私が答えられることなら答えますよ」
「よろしくお願いします…えっと、フェローに世界の毒って言われて、…あ、フェローっていうのは、」
説明しようとするエステルを手で制する。
「彼のことは知ってます。名前は知らなかったけど」
そうだ、そんな名前だったと朧げな記憶の中、納得する。そういえば誰がフェローと言い出したのだったか。
「彼は始祖の隷長、世界の調整者、いや、守り人、というかな、そういう存在です。所謂魔物と違って、知性があります。言葉を操る者もいるし、話ができない個体もいる」
その話題から入るということは、始祖の隷長や聖核のことなど大まかなところは聞いたのだろうか。私の言葉に、考え込むような仕草をしたので、詳しくは聞いていないようだ。
「調整…」
「ええ。エアルの暴走を止めたり、まぁ、厳密にはちょっと違うんだけど…この世界の秩序を整えてるのね」
ぺらぺらと知識が私の口から零れ出す。不思議な感覚だ。
彼らは間違っていない、この世界に必要な存在、始祖の隷長。言い聞かせる。
リタがぶつぶつと考えを整理しているのが地味に怖い。ジュディスは黙ったまま。私がどこまで話すのか見極めているようだ。他の面子はあまり理解できていないのか、理解する気がないのか、ふんふんと聞いているのか分からないような反応だ。
レイヴンは何を考えているのか掴めない。
「そう、なんですね…あ、えっと、毒は…」
「…エステルは毒を飲んだらどうなりますか?」
「えっと、苦しいです?」
「毒によっては死にますよね。世界にとっての貴女が、そういう存在ということですよ」
途端にエステルの顔が真っ青になる。口を押えてわなわなと震える。
「あんた!言い方ってものが…!」
「リタ…!」
エステルは私に掴みかかろうとしたリタを制止する。
「でも…」
「良いんです。ちゃんと、知りたいんです…」
言い聞かせるように、エステルは言った。無理に決意表明したような、感情の伴わない虚ろな声に聞こえた。
ぎゅっと彼女は自身を抱きしめる。その姿を見て、私は思った。こんな少女に背負わせるようなことではない。それでも先送りにはできないのだとも理解していた。何故なら、もうすでに始祖の隷長たちに満月の子なのだと知られてしまっている。彼女の意思に関わらず、もう彼女の運命は動き始めている。
リタは大人しく席に戻った。心配そうにエステルをチラ見している。
根は優しいのだろうけど。なんでそんなにツンなんだろう。情緒不安定だ。思春期?残念ながらツンデレ属性は無い。
普通に傷ついている。
「満月の子、その子が宿す特殊な術式はエアルを乱す。それが貴女、ってわけ」
「そん、な……」
「それって凛々の明星の話に出てくるやつだろ?」
「あら、知ってたの?驚いちゃった」
重い空気を和ませようと明るい声を出すが、そう簡単にはいかなかったらしい。
「で、」
と厳しい声音でユーリは続きを促す。あんまり深刻にすると、エステルの心的負担が大きいと思うのだが…と、私は続きを言うのを躊躇してしまう。
しかしエステルを見て、さっさと言った方が良いと判断する。ぎゅっと手を握って、死刑宣告でも待っているようだ。
「火のないところに煙は立たない。童話として残ったのでしょうね。その子孫が、まぁ皇室ってことになるのかな」
「でも、その力持ってんの、エステルだけなんだろ?」
「血は薄まってるだろうから、皆が皆その力を持ってるわけじゃないと思うけど、隔世遺伝かな」
そんなもんか、とユーリは納得したようなしていないような様子だ。興味がないことにはとことん興味がないらしい。
「あの、私は、どうすれば…」
「知らないですよ」
しまった、つっけんどんに言ってしまった。エステルもぽかんとしている。
「…私があなたの運命を決めることはできません。それはあなた自身が考えなさい」
挽回できたか?心優しいおばさんではないので、ついぽろっと鋭い言葉になってしまった。反省だ。余裕を持ってこ。
「…少なくとも、回復術は使わないことをお勧めしますよ」
「なんで回復術限定なの?」
「…カロルくんはさっきから中々良いところに気づくね。若いのにしっかり者だ」
「え?えへへ」
優しさ全開だ。大安売りしていこう。
カロルは顔を緩めて照れている。微笑ましい限りだ。優しさは世界をも救う。間違いない。
ユーリが怪訝な顔で私を見ているのが気になるところだ。失礼過ぎる。私だって少年少女に優しくすることもできる。嘘は言っていないのだ。
「補助系の魔術、とりわけ回復術は、他の攻撃系魔術と違って、回路、っていうのかな、術式の系統が違うのね。エアルをよく消費するわけ。始祖の隷長に間違っても使っちゃだめよ」
「それは…」
「何ですか?」
エステルは狼狽える。手を祈るように組んでいる。体の前で手を結ぶのは、不安や自信の無さの表れだ。
「回復が使えないんじゃ…」
「私の価値はありませんって?」
「ちょっと、さっきからあんた!」
「待て待て、」
「あんたの親だからって、容赦しないわよ」
ユーリの制止を聞かず、机に乗り上げて私に掴みかかってきそうな雰囲気だ。
「貴女じゃ私に勝てないと思うけど…」
「母さんも!そうやって喧嘩腰になるの、…あー、もう!俺が喧嘩っ早いの絶対あんたのせいだからな!」
「私はそんなに手早くないんだけどー」
「そういう話じゃなくてだな」
「人の話は最後まで聞いたら?ってことよね」
「そう、それだよ。母さんが話の腰を折るから」
ジュディスが助け舟を出す。
腰を折ったのはリタなのに。いや、私も分かってて言ってるけれども。
「…私はそうは思わないですよ、と続けるつもりではいたけど」
エステルは顔を歪めた。今にも泣きそうだ。
「先に言いなさいよ!ややこしいわね!」
私は黙った。言い返すことはできるけれど。私が口開くと、ついつい揶揄ってしまうから駄目だ。これもユーリに引き継がれてしまったのだろうか。いや、たぶん元からこんな性格だ。ようはユーリとは気が合うのだ。
私が何も言わなくても、皆の視線がリタを刺す。多分話を途中で切ったのはリタなのだからその言い分は通らないだろう、という訴えだ。
「な、なによ」
「リタっちのツンは本当にツンツンだね」
「はぁ!?馬鹿にしてんの!?」
恐らくしていると思う。結構レイヴンは心の中ではシビアだ。それでも場の空気を和ませようとしているのだから、気遣いはよく出来る方なのだ。
リタを見ると、今にもファイアボールを放ちそうな剣幕になっている。
「話を続けてくださる?」
「…ありがとね」
「礼を言われることじゃないわ」
私は頷いて、続きを話す。
「もし、あなたが本当に回復術をとってしまえば何も残らないのだとしたら、あなたが過ごしてきた18年間は、全くの無駄だったのでしょう。世界を毒すためだけの人生だったのでしょう」
はい、と言うエステルは意気消沈してしまっている。こんな運命を背負わされているこの子も可哀想なんだよなぁと、少し同情する。
「でもね。普通次期皇帝候補が、子供が転んだくらいで、服が汚れるのも気にせず跪いて回復術をかけてあげたりしないですよ」
エステルは何か言いたげだ。しかし周りを見てみろ。皆頷いている。いくらお人よしでも、会って間もない人間をこんなに助けようなんて思えない。
「そんなの普通だ、っていうのなら、それがあなたの強さです。今は自分を誇れないのかもしれません。確かにあなたは箱入り娘で、知らないことも多い」
彼女はじっと聞いている。今はもう手は結ばれていないし、姿勢はしゃんとしている。本当に強い子だ。
「人を巻き込んで、迷惑を掛けている。でも、それでもこの旅を続けていくというのなら、そうしなさい。たくさん学びなさい。貴女の誇れるものを、たくさん見つけていきなさい。だから、よく知りもしない力に依存するのは、止めなさい。良いですね」
「…はい…クロ、ありがとうございます」
「どういたしまして?別に礼言われるようなことでもないんだけど」
完全に納得はしていない、そんな風に見えた。やはりベリウスに伝えておいて良かった。
「でも、私が言いたかったんです」
「…そうですか」
他所事を考えていて、少し反応が遅れた。
エステルはこくりと頷いた。
「これで質問終わりなら、私も休みたいんだけど」
寝坊して焦って動いたので、気持ちを落ち着けたいのだ。言っていいことと悪いことの選別をしながら話すのは疲れる。
「リタ姉は良いのかの?」
パティに促されるが、リタはそっぽを向いた。
「リタっち強気に出ちゃったから、言い出しにくいんでしょぉ」
「うっさい!」
レイヴンの助け舟を突っぱねる。思春期だろうか。私の思春期はもっと悶々と鬱屈とした長い中二病だったから分からない。反抗したいお年頃なのかもしれない。
「生理中?イライラに効く薬出そうか?」
「余計なお世話よ!」
リタは地団太を踏む。レイヴンタイプが一人増えて、彼女はうまく消化できないのだろう。
「話がないなら、休むけど」
こういうタイプは突き放すのが良いだろう。根が構ってちゃんが多いのは、人生経験上よく知っている。突き放すか、エステルのように空気を読まずにぐいぐい心の中に踏み入るか、それがツンデレを堕とす極意だ。ぐいぐいは性に合わない。私自身が踏み入られることを嫌うからだ。
「あるわ…」
「ふうん?」
長考の後、リタは絞り出すように言った。そんなことをされると、ついちょっかいを掛けたくなる。
「母さん」
ユーリに釘を刺されてしまった。前のめりになっていた姿勢を元に戻す。
「…冗談じゃない。そんなに目くじら立てないで。ツンツンされるとこっちもツンツンしちゃうの」
「さいで」
とユーリは呆れ顔だ。
「一端別れたら?どうせリタちゃんが聞いてくるようなこと、ユーリが聞いても分かんないでしょ」
「まぁ、そりゃそうだろう、な」
「私も良いかしら」
「おっさんもー」
「じゃあ、別行動だね」
「じゃの」
「はい、では、また後で」
手を振って見送る。完全に姿が見えなくなってから、私は徐に話し始めた。
「リタちゃん、人は鏡よ。貴女が優しくすれば優しさを返してくれる。悪意を持った人もいるけどね。それはそうとして、人を遠ざけていると、いつか独りぼっちになる。一人と独りぼっちは違うわ」
「偉そうに説教しないで」
先ほどよりも、平たんな物言いだ。きゃんきゃん言うのに疲れたのかもしれない。
「そうね、確かに私は誰かに説教ができるような、立派な…人ではないね。むしろ後悔ばかりだし、掬ったものより取りこぼしてきたものの方が多い。何一つも儘ならず、辛酸を嘗め、泥の中で泳いでるみたいに苦しくて、足を取られて前には進めないし後ろなんかもっと戻れない、綺麗な人生じゃなかった。でも貴女はこれからなんだから、お節介は焼きたいじゃない?」
「…物好き」
「まぁ、先人の言うことは聞いておきなさいな。大切なもの、守れるといいね」
私は俯いた。取りこぼしてきた。なんて簡単に言えるようなものではない。未だに一人一人の顔が思い出せる。私の悲壮感に気づいたのか、リタは何も言わずに鼻を鳴らした。
「ふん」
***
端話
***
星空を見上げると、やはり結界魔導器が無い分綺麗に見えた。
幻とはいえ、夜は冷える。
「あら、何をしてるの」
「空を見ているよ」
くるりと振り返ると、ジュディスが驚いた顔をしている。近付いてきたのが彼女以外の人ならマントと仮面を着けなおすのだが。今は軽装だ。
「ああ、思ったより若い?」
「……そうね。若さを保つ秘訣を知りたいわ」
「分かってて言ってるよね」
始祖の隷長が人に擬態するのを知っている彼女だ。優れた感覚器官であるナギーグで、始祖の隷長ではないが似たようなものなのだと気付いた筈。そこまでは隠していない。大抵のクリティア族はそんな些末なことは気にしないからだ。
「…ええ」
「長寿の血筋で、血の繋がった家族はいない。僻地に生きていたが、今は滅んだ一族、」
「って設定?」
「そうそう」
適当に返事する。多分ジュディスは気にしていない。
「どうして私には見せてくれたのかしら」
「お願いがあるんだよね。顔も見せないで失礼かと思って」
「私、脅されちゃうの?」
「なんでよ」
今の返しはおかしかっただろう、私はジュディスの真意を探るために、彼女の目を見た。
「…だって、貴女私のしていること知っているのでしょう?」
ふらっと現れたように見えたが、そもそも私にお願いに来たのかもしれない。
「リタとさっきお話をしたときに、貴女に聞いたって言ってたから…だけど、黙っていてくれたのね」
リタには「竜使い」の目的を掻い摘んで話した。特別エアルを乱す魔導器を壊しているようだ、とだけ。さらに追及されたので、10年以上前に同じような事件が多発したと言っておいた。嘘は言っていない。
事情は全て知っていても、それがジュディスとは明確に繋がっていなかった。
「うーん、理由と大まかな経緯は知ってるけど、はっきりと貴女だという確信は無かったし。9割9分9厘くらいはそうかとも思ったけど」
ジュディスはにっこりと笑った。ぞっとした。
この子はレイヴンと気が合いそうだ。
「このタイミングで言って、拗れたら嫌じゃない?明日また砂漠よ?心当たりはあるかって聞かれたから、理由の方で心当たり言っといた。それで良かったでしょ?」
「ええ、助かるわ」
「それに、ずっとは隠し通せないし、どうせバレるのに私を発端にしたくない、というのもあるよね。私別に当事者じゃないし」
「でも、ありがとう」
本当に言っているらしかった。
彼女なりにユーリたちといるのには理由があるのだろう。もちろんエステルの監視が最優先だろうが。それだけではなくなっている。
皆といると彼女は偽りなく楽しそうだもの。
ベリウスの話によると、ずっと幼い始祖の隷長としか関わりを持っていないということだった。生い立ちを聞けば他人に対して頑なになるのも分かる。だからこそ「輪」に入っていないのだろうし。
この子が人の輪の中に居るのは、良い傾向なのだ。邪魔をしたくない。
「で、何だったかしら。お願い」
「これから、このメンバーで戦うときに、私の魔術がおかしいって、気付かれたくないんだよね。かといって普通に魔術を使っちゃうと、エアルが乱れるから」
「分かったわ。そんなことなら、お安い御用よ」
ジュディスはなおも私を見つめる。美人にそう凝視されると、緊張する。
「貴女は、」
「うん?」
「…始祖の隷長の仲間なのかしら」
「違う、…よ」
強く否定してしまった。
ベリウスとは仲が良い。仲が良いと思う。一度は離れた縁だったが。蟠りは残っていようとも。
それは彼女が人間にとって良い隣人だから。勿論人とは違う感性を持っているが、近しい人が死ねば悲しめる程度には、ちゃんと人を認知している。
「人が人類すべての仲間でないのと同じだよ。仲の良い人もいれば、相容れない人もいるじゃない?そんな感じ」
ジュディスは何かを見極めようとしている。私は観念した。
「彼らのやっていることは間違ってない。だから貴女がしていることも、そう。だけど、…あの戦争を正当化している彼らを、少し軽蔑もしているの。いや、言葉が強すぎたね…ううん、軽蔑、ね、そう、そうね…」
ジュディスは目を伏せた。
「バウル、…」
「バウル?ああ、貴女と一緒に居る始祖の隷長?」
「ええ、ずっと、呼びかけているのだけど、…」
成程、と納得した。彼女の質問は、バウルとジュディスをどう思うか、ということだったのだ。始祖の隷長はジュディスたちを良く思っていないようだから。
でも、バウルの話題を出したということは、お眼鏡にかなったということだろう。良かった。
「…この街は…少し特殊だから。繋がりにくいんだと思う」
「特殊…バウルに何かあったわけではないのね?」
「うん。そこは断言できる」
「そう…ありがとう」
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