お届け物です
黄瀬がノートを写し終え、急いだ様子で部活に行った。
「ん?」
も部活に行こうと立ち上がった。そのとき、机の脚の所に何かが見えた。しゃがみ込んで見ると、それは鍵だった。
鍵に付いているキーホルダーはよく分からないものだった。だが、それがなぜか黄瀬を彷彿させた。
黄瀬のものかは分からないが、もしかしたら無くて困っているかもしれないと思い、は体育館に向かった。もし違ったら、忘れ物や落とし物を管理する生徒指導部に持っていけばいい。
「あの人、よく物落とすな…」
そういえば、話すきっかけも、彼の落とした絵筆だった、とは思い出していた。
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「すみません、遅れまし…ぎゃんっ!」
「なんか、今凄い声した。具体的に言うと、しっぽ踏まれた犬みたいな…」
笠松が、入ってきた黄瀬に蹴りを入れた。黄瀬は突然のことに対応できず、思い切り声を上げた。その声を森山がいつもの調子で茶化した。
「今日は理由があります!ほんと、ほんとにあります!」
黄瀬は必死に笠松のコブラツイストから逃れようとする。が、それは無意味に終わっている。
「理由?」
「クラスの子に、ノート写させてもらってたス!」
その言葉に笠松は力を抜いた。黄瀬は体育館の床にぐったりと膝をついた。
「お前…仲良い奴いたんだな…」
「いるっスよ!」
笠松は、珍しいこともあったもんだ、と黄瀬を見下ろした。黄瀬はムキになって、きゃんきゃん吠えている。しかし黄瀬は突然ぴたりと止まった。笠松は不審に思い、黄瀬を見た。
「…………先輩は、人の未来の心配とかします?」
「人の?」
「はい」
「ん〜…どうだろうなぁ、分かんね」
黄瀬の質問に、自分はどうだろうと記憶を辿ったが、ぴったりくる思い出はなかった。笠松は素っ気ない返事をした。
「なんか、さっき、その、ノートかしてくれた人に、バスケ選手の選手生命は短いから、引退後のこと考えて勉強もしといた方が良いって、言われて…」
「それくらいの話ならするんじゃない?」
「そうなんスか?」
森山が、話に入ってきた。黄瀬は振り向いて、森山を見た。森山はうん、と頷いた。
『お前、友達いなかったんだな…』
「えー………」
笠松と森山の綺麗にハモった言葉に、文句の声を上げながら、黄瀬は、そういえば、そんな話をする友人は居なかったと、実感していた。
修学旅行などの、グループ分けは大抵人数あわせだった。特別仲の良い友人が居なかったからだ。
「主将、一通り、終わりました」
「じゃあ、休憩ー。黄瀬は俺らが今までやってたの、な」
「ぅいス」
部員の一人が、笠松に今までやっていた練習が終わったことを告げに来た。笠松は休憩を告げ、自分自身も外に出た。
初夏とはいえ、締め切られた体育館は凄い熱気だった。
**
体育館は、思ったよりも遠かった。運動部でないにとっては、オリエンテーションとスポーツテストをしに行ったくらいで、あまり馴染みのない場所だった。
「ここかぁ…」
は体育館の前にいた。周りには女子が多くいた。おそらく黄瀬目当ての女子だ。今日ばかりはも黄瀬目当てだったので、溜息を吐いた。
中から激しい声がしない。休憩中だとすぐに分かった。ちらほら、部員らしき人が歩いている。
「あの、すみません、バスケ部の方ですよね」
「え?ああ、そうですけど」
はしっかりしてそうな上級生らしき人物に話しかけた。笠松だ。のその認識は間違いでなかった。確かに彼はしっかり者だった。
「黄瀬君いますか?」
「黄瀬?ファンの子?」
笠松はまたかと、うんざりした顔をした。は笠松の表情を見て、まずいと思った。すぐさま訂正する。
「え、いえ、クラスメイトです。これ、黄瀬君の席の近くで拾ったんですけど、もしかしたら、黄瀬君のかもしれないと思って…持ってきたんですけど、いや、違うかもしれないんですけど!」
「あ、ああ…」
反応が薄いことに、は緊張した。もしかしたら、黄瀬のファンで、接点を持ちたがっている女子のように見えているかもしれない、そう思うと釈然としなかった。
あくまで、にとって黄瀬はクラスメイトであり、モデル、バスケ、というブランド付きの黄瀬涼太が、は苦手だった。
地味な人生を送ってきたには、華やかな黄瀬はどうしても好きになれないタイプの人間だ。
「聞いてみるわ」
「はい、お願いします。もし違ったら、生徒指導部に持っていきます。持ってきて頂ければ、指導部に用事あるんで、私が持っていきます」
「ああ、分かった」
その男が人見知りをするタイプの人なのだと理解し、の緊張はほぐれた。も場合によっては人見知りをすることがあるので、笠松の態度には覚えがあった。
しばらくすると、体育館から黄瀬が出てきた。普段と違い、どこかしっかりとしたイメージがあった。汗を掻いていて、汗くさいのでは、とは引いたが、黄瀬は気にする様子もなく、に近づいた。
女子が、こちらを見ている。はさっさと帰ろうと思ったのだが、黄瀬が、大きな声で、「拾ってくれて、ありがとうっス」と言ったので、台無しになった。は再び溜息を吐いた。
「これなかったら、俺今日家帰れなかったっスよ!」
「あ、うん、それは…………良かった…」
は上から下まで、黄瀬を見た。黄瀬は普段のだらしない制服でなく、見るからにスポーツしてます、というような練習着だった。
「どうかした?」
「え?」
の挙動不審に、黄瀬がの顔を覗き込んだ。
「ああ、なんか、いつもと違うから、驚いた?かな。スポーツしてます!って感じでなんか格好良いね」
「へ?そ、そうスか?」
「うん、」
の言葉が予想外で、黄瀬は照れた。
「あ、そういえば、さっきの人って、だれ?先輩?」
「笠松先輩、キャプテンスよ」
「へぇ、」
はキャプテンが人見知りってどうなのだろう、と思った。しかし、ここはバスケットボールでは有名は学校だ。それに、ちゃんと回っているのだから、心配する必要もないか、とはその件は忘れることにした。
「じゃあ、部活頑張ってね」
「ありがとうス」
黄瀬はに手を振って、体育館に戻っていった。女子が、誰アレ、と言っているのが聞こえ、はさっさと退散しようと、そそくさと部活に向かった。
心の中で、「ただのクラスメイトですよ〜」と言いながら、はもう絶対に拾わないと決めた。
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「お前、大事な物落とすなよな」
「はい、気をつけます」
笠松が注意すると、黄瀬は素直に頷いた。
「つーか、黄瀬に落とし物届けられて、その子も嬉しかったんじゃないか?なぁ、」
小堀が黄瀬の頭を撫でながら、言った。
「いや、そういう感じの子じゃないっスよ。多分もう二度と届けないって思ったと思います…女の子睨んでたし…」
「え、そうなの?じゃあ、俺にもチャンスあるかなぁ」
誰でも良いのか!と笠松は森山にツッコミを入れた。
「あの子が、さっき言ってたノート貸してくれた子なんですけど、……凄いさばさばっていうか…」
黄瀬はの率直なイメージを述べた。
「でも、ちょっと落として良かったかも…普段、言われない人に格好良いって言われるとときめきますね」
「ちょ…なんで蹴るんスか!」
森山は、反射的に黄瀬に蹴りを入れていた。
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