デュークはもう少し、ほんの少し、毛の先ほどでも良い。私に優しくしても良いと思う。相変わらず素っ気なくあしらわれた。
一応言いたいことは伝えたので良しとしよう。端的に言うと、決意表明だ。


砂漠に嫌気がさし、マンタイクに戻ってきた。
ユーリ達は今日は宿で休むようだ。各々がまったりとしていたので、間違いないだろう。
またバッタリ会ったものなら、今度こそ根掘り葉掘り聞かれそうなので、適当に姿を隠しながら歩く。

「んえ…」

急に怖気が走った。私の視線の先にはエステルがいた。転んだ少年に回復術をかけたようだ。ぞわぞわとエアルの乱れが肌を刺激する。いや、全く肌出てないんだけど。服越しにも異様な気持ち悪さが這ったのを感じた。
そうだ、そうだった。私はようやく思い出した。

「ベリウスに忠告してくるか…」

言葉に出して、次の目的を定める。私も今日は休もうと思っていたのだが、そうも言っていられない。
ノードポリカに行って、すぐに帰ってくれば、夜には間に合うだろう。日が落ちてからは要注意だ。ユーリが動くかもしれない。一度フレンにも会いたいのだが、欲を出すと何かを取り溢しそうだ。

***

「久しぶりです」

ナッツに挨拶をすると、すっと扉の前から退いてくれる。ベリウスの姿を見ても問題ないので、新月以外でも入れてくれる。もちろん人がいない時を狙って行っている。例外を認めるのかと言われるとまずいからだ。だから門番もナッツの時にしか来ない。

「ベリウス久しぶり」
、久しいな。子育てはどうだ?」

ベリウスが揶揄うように笑う。

「もう子供じゃないよ。ベリウスからしたら赤ちゃんだけどね」
「ほう、いくつになったのじゃ」
「今年22だよ」
「そんなになるか」
「早いよね」

ゆっくり話をしたいのは山々なのだが、そうも悠長にしていられない。

「して、どうしたのじゃ」

ベリウスは私に急の用事があるのだと見抜いていた。穏やかな声で先を促される。

「お見通しか〜」

照れ照れと頭を掻く。

「いつもは土産を持ってくるからな」
「仰る通りで」

人と同じ食事は摂らないが、摂れなくもない。甘いものなんかを贈ると喜ぶので、いつもは何かしらの甘味を持ってくるのだが、今回は来る予定になかったので、何もないのだ。

「…何から話そうかな…」
「<猛きもの>が動いたのは知っておる」
「そっか、なら話は早い。満月の子のことも知ってんのかな…いま世界を旅してんだよね。魔術もばんばん使ってる」

ベリウスはもう既に知っていたようだ。そりゃそうだ。
ふかふかのしっぽをゆらりと動かした。

「うん。多分その子が近いうちここに来る。今騎士団もギルドもきな臭いでしょ?戦闘になっても、その子に近付かないでね」
「近くにいるだけで害になるほど軟ではないが…」
「回復術を使うの。忠告はするつもりだけど、その子頑固っぽくて、使っちゃうかもしれないから、気を付けてね。気を付けて、ね」

念を押すと、承知したとベリウスは深々と頷いた。

「じゃあ、私はもう行くね」
「もう行くのか、
「ああ、うん。なんか愚息が、砂漠越えするらしくてさ、参っちゃうね」

あと人を殺しそうなので。とは言えないし、言わなくても良いだろう。
べリウスが苦笑した。

「中々手が離れないな」
「そうなのよ〜。一応、一応デュークにお願いしてきたけど、怪しいわよね」
「……だけが嫌われてしまったな」

私は黙ってしまった。和やかに話してきたところから、急に深刻な話を振られると、振れ幅が大きくて対応できない。
彼女はさらに言葉を連ねた。

「私だって何もせずに傍観していた」
「それは…」

確かに、ほかの始祖の隷長だってエルシフルが死んだ時、何もしなかった。一部暴動が起きたようなことは聞いた。それでも第二次人魔戦争は起こらなかった。エルシフルやあの始祖の隷長のように統制できるほどの力を持つ者はおらず、何よりエルシフルが絶対にそれを望まないことを皆知っていた。

「まぁ、単純に私が元々嫌いなのかも。性格的にさ」

私があははと笑うと、ベリウスは私を抱きしめた。もこもことしていて気持ちが良い。それにそれだけじゃない。彼女らはこの世界の秩序を守っているからか、人よりも余程心地よかった。人は世界を壊すから。やんわりとした敵意のようなものを感じるのだ。
それは騎士団に居た時にも微かに私を刺していた。シュヴァーンのことは好きだったが、好きであればあるほど苦しかった。誰に咎められるわけでもないのに、共に居ることを後ろ指さされるような感覚に襲われることがあった。
人よりも始祖の隷長に近い存在だということは、私をチクチクと刺す。沈めた筈の怒りが顔を出すような気がした。
私はかの愛しき人を想って、ベリウスを抱きしめ返した。

「ベリウス、死んじゃだめだからね」
「ああ、わかっている。気を付けよう」

***

ベリウスと話をして、私は猛烈に思った。デュークは私にもう少し優しくしてもバチは当たらない。
客観的に見ても嫌われていたなんて、辛すぎる。ほわっとした敵意は人から常に感じていたので、そういう仕様なのだと思っていたが。
がっくりと項垂れると、エルピスが頬ずりしてきた。慰めてくれているのだ。よしよしと毛並みを撫でる。やはり哺乳類系の始祖の隷長とは触り心地が違う。ベリウスの胸毛に顔をうずめると、正直癖になる。毎日添い寝して欲しいくらいだ。

それにしても次の展開が全く分からない。<猛きもの>に会うのだか、キュモールが先だったか。ベリウスには一応は言ったが、それだけでは心配だ。エステリーゼが言って聞くような子なら、きっとここまで来ていない。フレンも大変だ。一番守りにくいのは、守られようとしてくれない人なのだ。


マンタイクに着いた頃には、周りがうっすらと暗くなってきた。静かだ。今日は騎士団に、というよりキュモールに動きがないようなので大丈夫だろう。あの趣味の悪い男を気に掛けていると、段々虚しくなってくる。別に彼を助けたいわけではないのだ。ユーリにこれ以上咎を背負ってほしくないだけ。フレンとの関係に入った亀裂が深くなるのも見ていられない。

そろそろ私も休もう。本来ならば休息は必要ないのだが、人だった頃の名残が抜けないのだ。そのせいで私をこんなにした本人、父である「ジン」にはいつも笑われてしまう。一人でいるときに服を脱ぎ着するのに手を使うのも可笑しいらしい。それだけ私が人間の感性を持っているということだ。何千年経っても、だ。
ここに来るまでも徹夜をしている。さっさと休もう。私は久しぶりに目を閉じて眠りに入った。


額が痛い。つんくつんく何かに突かれているようだ。

「はっ」

飛び起きた。日が高い。

「あああ。寝坊だ」

エルピスがきゅうんと一鳴き。滅茶苦茶ユーリたちを心配している。額の痛みは彼女が嘴でつついていたものらしい。

「大丈夫!まだユーリたち砂漠入ったとこ!」

バレないように目くらましの術を掛けて、上空を旋回する。

「あ、いた!」

見つけて、ほっとした。それはエルピスも同じだったらしい。
言いつけを守って、マントを着ている。ジュディスがそれを煩わしそうにしているのが上空からでもわかった。声は聞こえないが、身振り手振りだけでも微笑ましくて笑ってしまった。これが世界を救うパーティだなんて誰が思うだろう。

***

「やぁ、この前ぶり」

昨日会った時から彼は移動していない。何かこの街、ヨームゲンにあるのだろうか。たかが幻だ。
空を見上げる。結界魔導器のないクリアな空。確かに平和なところではある。ここに居れば安全は安全だ。

外で話すのも居心地が悪い。デュークも同じことを思ったのか、この辺りで一番良い建物に入って行った。私もそれに続く。

…」
「ああ、外ではクローディアで頼むね。私のこと嫌いでもいいから」

余りにも酷く嫌な顔をされた。別に私だってもうデュークに用はない。言うべきことは言ったし。彼の動きに注視はしているが、こんなに頻繁に会う必要はない。
見事に砂漠で倒れたユーリ達を街の人に預けてきた。あんな砂漠の上で倒れるなんて…鉄板の上で焼かれる肉だ。治癒術も掛けておいた。
その後ぶらぶら歩いていると、たまたま会っただけ。
長く生きていると、彼の態度も些末なことにも思えるが、それでも人に嫌われる落ち着かなさは感じる。元来人の目を気にして生きてきた人種だ。

「…私も悪かったけれども、なんでそんなに嫌われるのかな。そんなに?そんなにダメだった?そりゃあ、良くは無いだろうけど…」
「そういう所だ」

と言われると黙るしかない。
口煩いところだろうか。もしくは力があるのに慌てふためき立ち止まり情けないからか。

「別に嫌ってはいない。…話したくないだけだ」
「え、最上級に嫌われてるよね、それ…」

彼は感情薄くとつとつと話すが、嫌いだと再確認されただけだった。

「…私が…」

デュークが珍しく話をしようとしてくれているらしかった。私はじっと彼の言葉を待つ。
私が彼の発言を聞き逃さんと構えていると、扉が不躾に開いた。

「あれ?母さ…、」
「…ノック」

端的にすぱっと言い切った私の言葉に、ユーリは一歩後ろに退いた。

「悪い…」

自分でも声が低くきつい言い方になった自覚はあった。
デュークはもう話の続きを語らないだろう。そう思うと、気の良い大人の立場よりも苛立ちが勝った。

「…私もう行くわ」
「ああ」

デュークが私を引き留めないので、やはりもうあの話は無かったことになったのだ。もしかしたら良い方に向くかもしれなかったのに。

***

ユーリたちはここからまた砂漠に入って帰るのだろうから、見ておかないと。と、街に留まっている。
暑くは無いのだが、日差しが黒いマントに熱を溜める気がして日陰を探す。
ウッドデッキのテラスのようなところを見つけたので、勝手に椅子に腰かけてぼんやりとする。
と、ユーリ達がやってきた。

「さっきは悪かった。大事な話、してたんだろ?」

デッキの下から声を掛けられる。エステリーゼが居る手前、座りっぱなしは態度が悪かろう。私は緩慢に立ち上がった。その間にユーリ達は階段を上がってきた。

「まぁ…もう言っても仕方ないし。あんたの落ち着きのなさは昔からでしょ。フレンと合わせて綺麗に割って欲しいわ。あの子はあの子で頭固いし杓子定規だし。あんたは大雑把だし」
「それは、すみませんねぇ」
「私の育て方が駄目だったのね。自業自得よ」

ユーリは黙り込んだ。嫌味の一つや二つ、受け取れっての。

「なんか話あったの?わざわざ」
「ああ、俺たちの探してるもんのこと、あんたが知ってるって」
「デュークが?」

押し付けたな、と涼し気な顔をするデュークが脳裏に浮かんだ。あれで結構甘え上手なのだ。周りが私含め皆結構なお歳だからだろうか。ここは笑う所だ。

「知ってたんなら教えてくれてもいいだろ」
「私があんたの知りたいことなんて知ってるわけないでしょ。聞かれれば、答えられることは答えるけどさ」
「それは…」

そうだけど、と言葉が尻すぼみに小さくなる。一応は年長者ぶって引っ張っている立場なので、プライドが傷つけられたのだろう。

「…日陰入んなさい。熱いでしょ?まだ、体調も万全じゃないだろうし」

ギリギリ全員が座れそうな椅子の数だ。

「あ、母さんが助けてくれたのか?」
「他に誰がいんの」
「いや、まぁ、ありがとう」

エステリーゼが座ったのを確かめてから、席に着く。

「素人がぞろぞろと、砂漠なんて来るから…」
「改めてお礼を言います。ありがとうございます」

代表としてエステリーゼが礼を言い、続いて思い思いに口を開く。まとまりがない。

「まぁ、そう礼を言われると、…何も言えないけど…」
「着いてきてくれれば良かっただろ」
「私だって色々忙しいの。あんたらの子守りまでできるか。まぁ、用事終わったから付き合ってあげても良いけど。あんたそれでいいの?親同伴の旅ってどうなの?」
「う…」
「あら、良いんじゃない。物知りそうだし」

ジュディスは微笑んだ。興味津々で私を見る。彼女はマントを脱いでいるので、悩ましい格好だ。こちらもじろじろと見てしまう。適度に筋肉のついた肉体美。思わず涎が出そうだ。

「こんにちは。この前は挨拶もちゃんとできずにごめんなさいね。えっと、ジュディスちゃんだっけ?私はクローディア。みんなにはクロって呼ばれてるよ。よろしくね」
「ええ、よろしくお願いします」
「敬語だ」

予想外に敬語で話しかけられ、驚いた。思わず口にも出た。

「だって、ユーリのお母さまなんでしょう?年上ですもの」
「あれ、おっさんも年上よ?」
「敬語で話した方が良かったでしょうか?」

と、冗談めいてジュディスは言った。レイヴンはうーん、と悩んで首を振った。

「ううん、今までのままで良いや」
「私も敬語じゃなくても良いよ」
「あら、じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわ」

うん、と頷いた。敬語で話されると、このパーティでは浮きそうだ。年功序列ははっきりしたい派だが、郷に入っては郷に従えとも言う。ここで敬語はエステリーゼだけだろうから。

「名前知ってたのか」
「この間言い争っているときに名前覚えたよ。えっとね、レイヴン、カロルくん、リタちゃん、エステリーゼ様。合ってるでしょ?この金髪のかわい子ちゃんはこの前いなかったから知らないや」
「うちは…」

エステルが音を立てて立ち上がった。自己紹介をしようとしたパティが私とエステルを交互にきょろきょろ見ている。
私も立ち上がるべきか、いや、頭が高いか?立つタイミングを逃して、エステルを見上げる。

「あの、私のことは…エステルと、呼び捨ててください」
「…お姫様をさすがに呼び捨てはできませんよ。帝都の民ですから」
「ユーリは最初から愛称でため口だったよ?」
「この子は粗暴者だから」

カロルが告げ口をする。そのつもりは無いのだろうが。
ユーリは無言だ。言い返してこない。反論すると、もっと色々なことを暴露されかねないと悟ったのか。

「みんなとは対等でありたいんです。特別扱いは嫌なんです」

彼女の言葉がキャナリと重なる。あの子はもう少し自律していたが。こういう真っ直ぐな子を見ていると、胸が苦しい。

「……本人の希望なら、善処しますけど…え、と、エステル?」
「はい!」

元気よく返事をして、すとんと座った。彼女の何気ない一挙一動は、花のつぼみが綻ぶように華やかだ。

私は金髪少女に体を向けた。

「初めまして」

少女はにかっと笑った。

「初めましてなのじゃ。うちはパティと言うのじゃ!」
「よろしくね」
「こちらこそ、なのじゃ」

「じゃ」がきゅっと上がる発音なのが可愛い。可愛いのだが、キリキリと胃が痛い。彼女の正体を知っている私からすると、彼女にはこれから苦しい選択を迫ることになるので、心苦しい。

「じゃあ、自己紹介も終わったし、聞いていこうかな。さっさと終わらせて休んだ方が良いしね」

どうせ逃げられないので、ちゃっちゃと済ませてしまうに限る。
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