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ハトモドキを見送る。フレンには申し訳ないが、彼に動いてもらうしかない。
先ほどから気配が一つ。

「別に出てきても良いですよ」
「おりょ、バレてる」

ひょっこりと出てきて、軽やかな独特のステップでこちらに駆け寄ってくる。思わず諸手を挙げて迎え入れ、抱きしめてやりたい衝動に駆られる。

「フレンに手紙をね。まさかさっきの彼の所業、上からの命令じゃないでしょ?騎士団のイメージが損なわれちゃう」
「まぁ、そうでしょうな」

視線右上。嘘かな。いや、適当に答えたのだろう。

「だからフレンに言っておこうかと。何とかするでしょう」

レイヴンは飛び立った鳩を見上げた。

「あの青年も、大変ね」
「自分で選んだ道だから」
「意外と厳しいのね」
「…私の言うことを聞かないのは、フレンの方が上なの」
「ふうん」

と、あまり興味が無いようだ。彼らしい。任務外のことまで見て居られないのだろう。キュモールにしてもそうなのだ。

「んじゃ、ま、宿に戻るかな」
「そうね、疲れたでしょ。早く休んだ方が良いよ」

レイヴンはユーリの挙動がおかしいことに気付いていて動かない。ならば彼は見捨てられたのだ。そんな男のために、可愛い息子の手を汚させるわけにはいかない。
勿論そんな事情が無くとも、あの男は助けるつもりだ。そういうやり方は良くない。フレンの意見に賛成、とまだ聞いてもいない彼の思いを推す。
だってそれを認めてしまうと、私自身の芯がズレる気がする。私こそ誰にも邪魔されずに人を殺め、存在を消し、何の証拠も残さない。なんてことができる。
例外を認めてはいけない領分と言うのは存在する。

ユーリの説得は難しいだろう。かといって無理に止めると、遺恨が残りそうだ。
それにユーリを止めたところで、騎士団、ひいてはレイヴンが彼を殺すのかもしれない。それは許容できない。たとえ彼の手が既に拭い切れないほど血で汚れていたとしても。

「どうしたもんか」
「何がじゃ?」
「ひゃっ」

無い心臓が飛び出そうになった。心臓は無いのだが、気持ちを落ち着けようと、腰を折った。

「う、うう…」
「すまんの〜」

前かがみになった私の背を撫でてくれる。金髪の少女、パティだ。

「どうかしたの?」

バタバタしていたのは聞こえていた。
ユーリ達が馬車に細工でもしたのだろう。手配がどうとか、騎士団の隊員が慌ただしく動いていた。その後皆宿に行ったのだと思っていたのだが。

「うぅむ。クロはアイフリードのことを知っておるかのう?と思ってギルドのこととか、詳しいみたいじゃし…」

パティのいつも快活な瞳が不安げに揺れる。できれば何も知らぬままいて欲しいのだけれども。こう必死に縋られると、無視できない。

「一度だけ、会ったことがある、」
「本当かの!?」

曖昧に頷いた。
本当に一度だけだ。カウフマンの紹介で。
しかし当時は、原作を追うのは止めようと思っていた頃で、彼女に会っても思い出せなかった。そして事件が起きた時は、私は自分のことで手いっぱい。いや、すべては言い訳だ。
ほっとしたような笑みで私を見つめるパティを見ると、罪悪感でいっぱいになる。思わず視線が泳ぐ。仮面をしていてよかった。

「…豪胆な、女性だった、と記憶してる」

押しに弱いのだ。
パティは驚いたようだった。

「アイフリードは女性なの。いつもは、側近?かな、の男性が渉外をしていたみたいだから、誤解してる人も多いと思うけど」
「どこにいるか、知っておるか?」
「…それは、何とも…」

目の前に居ます、とは言えまい。
このくらいの情報で勘弁してほしいのだが、いけるだろうか。

「クロは、怒らないのだな」
「怒る?」
「アイフリードは嫌われ者じゃから…」

寂し気に俯く。私は思わず顔を顰めてしまった。彼女はまだ少女だ。こんな年若い女の子に、他の者は何を言ったのだろう。もう少し諭してやることはできなかったのだろうか。孫だと名乗るこの子が、何をしたと思っているのだろうか。
カロルにしてもそうだ。あんな小さな子が旅をしているなんて。それも魔物と戦っているだなんて、この世界は子供に厳しすぎる。

「…彼女は、まっすぐな人だったから、きっと理由があったのだろう、と思ってる。彼女の正体すら、皆に知れ渡っていないのだから、きっとよく知りもしない人が言ってるのよ」
「うむ…、クロありがとう、なのじゃ…それではの!」

と手を振って行ってしまった。
泣きそうになりながら、彼女は涙を溢すことはなかった。泣いたら立ち止まってしまったら、彼女はもう前に進めないのかもしれない。小さな勇気を絞り出したような、そんな感謝の言葉だった。
泣くことは悪いことではない。と私は思っている。泣いて、流して、そうして前を向けることもあるのだから。だけど一様にそうではないのだろう。

さて、どうしたものか。
ユーリは夜の闇に紛れて事を起こすだろう。また前みたいに寝坊するとまずい。今日は徹夜になりそうだ。
シナリオ通り、蟻地獄に落とすかどうかも分からないので、キュモール自身を見張っていた方が良いか。タイミングによったら、最悪止めに入らなければならないかもしれない。憂鬱だ。
フレンが隊を率いてここに来るまでには、まだ時間が掛かる。どの程度の規模で来るのか分からないが、ノードポリカに来たのは任務なのだろうし。そこから動くのに許可の申請が必要なら、この時間からだと夜の内も厳しいかもしれない。

お母さん、ユーリ止められるかな…

不安である。

***

草木も眠る、丑三つ時。
分かっていても、衝撃的なシーンだった。げんなりする。ユーリは半分ほど体が埋まったところで去って行ってしまった。

私は屋根から飛び降りて、釣り竿を取り出した。

「えーい」

と軽快に投げ下ろす。そうでもしないと気が滅入る。人が死にゆく様を初めて見たわけでもあるまい。大切な人が誰かの命を奪うのも、何度も見てきた。この世界でだってそうだ。と、マリアの面影を思い出す。

「どりゃ!」

と、キュモールを一本釣り。意識はない。息もしていない。脈もない。まずは心臓マッサージだ。
その時、じゃりと音がした。反射的に音のした方に目を向ける。フレンだ。

「っ!…誤解です!」
「分かってます!」
「あ、そう、ですか…」

私はキュモールに回復術を掛け、それから心臓マッサージを行う。砂を呑み込んでいるようで、この状態で人工呼吸は出来ればしたくない。

「母さん、僕にできることはありますか」
「おっ…」

突然呼ばれて驚いた。

「心臓マッサージお願いできる?多分砂飲み込んでるから、私はそっちを…理論的には、大丈夫なはず…」
「はい」

フレンの心臓マッサージの少し上あたりに手を添え、術式を描く。中で水流を起こし、吐いてもらう寸法だ。大丈夫だ。いける。と言い聞かせる。
気管には入らないように術式の位置決めを綿密に行う。胃洗浄の要領だ。砂が水を吸って大惨事にならないように、水流と量を調整する。

「えい」

の掛け声とともに術が発動される。砂がどんどん出てくる。
次第に水ばかりが出てくるようになると、キュモールがせき込んだ。

「やった…!」

歓喜の声を上げ、フレンと顔を見合わせた。

「はぁ…」

フレンは安堵のため息を吐いた。私ではないと分かっていたなら、ユーリの仕業だと知っているのだろう。責任を感じているのかもしれない。

「げほ…」
「大丈夫ですか?」

仮面は外してある。助けられた後に、あの仮面を見たら、また心臓が止まってしまうかもしれない。

「ああ!お前が助けてくれたのか!褒美をやろう。くそ、あの男…」

全然反省していない。私の後ろでフレンが苛立ったのが分かった。動き出そうと構えた気配を察知して、私は手で彼を制止した。何か言いたげだったが、私に任せてくれるようだ。
私はキュモールの目の前に手を持っていき、術を発動する。ビカ、と激しい光。その後彼はばたりと後ろ向きに倒れていった。

「あの…」
「大丈夫。ただの忘却魔法よ。数時間…数十分…は記憶がぶっ飛ぶけど問題ないわ」
「はぁ…」

頻りに眠っているキュモールをフレンは気にしている。彼の生死か、ユーリのことか。後者のような気がする。ユーリは気付いていないが、いや認めたくないのか、フレンはユーリをいつも気に掛けている。互いが一番互いのことを知っているし信頼している。それは見ていれば分かる。二人とも不器用なので、衝突は絶えないが。

「というか、よく私って分かったね」

私はしっかりと仮面をかぶりなおす。

「分かりますよ。雰囲気とかで」
「そうよね。普通そうよね」
「ユーリは気付かなかったんですか?」

沈黙を肯定と受け取ったようだ。くすりと笑った。久々に笑顔を見た気がする。

「ごめんなさい」

フレンは心底申し訳なさそうに謝罪をしてきた。戸惑ってしまう。

「え、と…何が?」
「……ユーリは、…」
「君が責任を感じる必要はないよ。フレンはよくやってる。ユーリの面倒まで見られないでしょ。私も甘やかしすぎたかな…」

フレンは曖昧にほほ笑んだ。

「…話、してきます」
「これ、片しといてよね」
「ああ、…はい」
「拳で語り合っちゃだめよ」
「…はい」

即答しなかった。キュモールも何か汚いものを見るような目で一瞥して、大層面倒くさそうに引っ張って行った。
不安だ。
もう色々と考えるのは煩わしい。面倒くさい。疲れた。ベリウスの胸に飛び込みたい。なんなら一晩そこで眠らせて欲しい。

マントに着いた砂を払っていると、街の中心部がやけに騒がしい。街の外れで休憩してしまおうかとも思ったが、この騒ぎに顔を出さないのも変だ。渋々私は騒ぎの方へ進んだ。


カロルの姿を見つけ、近付く。

「何?この騒ぎ…」
「あ、クロ!どこに行ってたの!」
「どこって…」

ばっちり仕事してた。人助けしてた。子供の世話してた!

「…元気ね…」

温暖な気候に住んでいる人は皆こんな感じなのだろうか。よく踊っている気がする。
意外とリタもノリが良いのだなと、ぼんやりと思った。キャラ的には突っ込んでいった方が良いのだろうか。いや、私はこういうノリについて行けるタイプの人間ではない。それで良いじゃないか。
レイヴンははしゃいでるけれど。あれも仕事の一部なのだろうか。それともヤケクソ?何にせよ可愛いから、少し見ていよう。

「あ、クロがフレン呼んでくれたんだよね?」
「ああ、うん。まぁね」

レイヴンが告げ口したのか。話が纏まらないので話題に挙げた、が正解か。エステルはお節介だし、人の話を聞かない。ごねたのかもしれない。レイヴン、子守り大変だな。

「ありがとう、クロ」
「…君に礼を言われる事ではないと思うけど」
「いいの!ボクが言いたいんだから」
「…カロルくんはしっかり者ね」
「え?そ、そうかな」

彼の目に宿るのは、…後ろめたさ?

「どうした?ここの雰囲気に合ってない顔してる」
「…ううん、大丈夫!行ってくるね!」

私は手を振って見送った。
強がる少年の弱さをわざわざ白日の下に晒すのは、酷というものだろう。追及するのは止めだ。
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