「お前って、本当に分かっやすいなっ!」
「え?」
分かりやすい先輩に、分かりやすいと言われた。
キミが隣にいてくれるから
『お前って、本当に分かりやすいな』
言われたことがなかった。実際には言われたことはある。だが、それは黄瀬が作り上げた偶像。勿論、意図して演じていたわけではない。ただ酷く黄瀬から分離した存在だった。
大きなリアクションを取って、感情豊かに振る舞って、それはほぼ条件反射的に行われたことだった。苦と思うこともない。それでも時々浮かれている自分を、内側からぼんやりと眺めているような感覚を覚えることがあった。
「何で黄瀬君はそんな花を飛ばしてんの?イケメン度が上がってるんだが…道行く女の子が顔真っ赤にしてるし…」
「え?」
黄瀬はの言葉が一瞬分からなかった。
「いや、え?じゃなく、るんるん、っていうか…いつもより上機嫌っていうか…」
(そんなに?)
黄瀬は自分の今日の今までの自分を振り返った。確かに浮かれていたかもしれない。だが、それは今気づいたことだ。昨日も早川にそう言われたところだった。
「…………だって、さんとこうやって遊ぶの楽しいもん」
黄瀬は咄嗟に答えた。
「ふぅん…」
「ふぅん、って!もっと喜んでよぉ!」
「ふぅん」
「さんん〜」
(もん言うな、語尾伸ばすな。様になってるところが腹立たしい…)
とは心の中で悪態を付いた。黄瀬は口を尖らせて、の数歩前を彼女の方を向いて後ろ向きに歩く。
「前向いて歩かないと、人に当たるよ」
大丈夫大丈夫と、黄瀬は根拠なく言った。ははぁと溜息を吐いた。
「…うわっぷ…」
「ほらー」
誰かにぶつかり、黄瀬は前に倒れそうになった。
「わっ、ごめんなさ…青峰っち!?」
褐色の肌、青みがかった黒い髪。も見たことのある顔だ。は記憶を遡らせ、該当する人物を見つけた。青峰、インターハイの最後の試合。
はどう反応すれば良いのか分からなかった。青峰はを値踏みするように上から下まで視線を沿わせた。は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
「…………………彼女か?」
「違います」
黄瀬は平坦な声ではっきりと言った。
「即答か。しかもバッサリ切った…!」
「じゃあ、なんて言えばいいんスか」
そう言われ、は黄瀬を殴ってやろうと上げた手を彷徨わせた。実際事実なのだ。だがあまりにもあっさりと言うものだから少し傷ついた。
「………………言い方ー」
頭で整理がつかないまま、は口先だけでそう言った。
「え?『違うっスよぉ、もー』……とか?そういう感じ?」
「うわ、わざとらし!」
黄瀬はぷんぷんと怒ったマネをして、感情のこもらない言葉を言う。はすかさずツッコミを入れた。
「で、誰?」
「えっ…と、親、友、っス…」
黄瀬ははにかんだ。頬が少し赤い。は「乙女か!」と蹴りを入れてやりたくなったが、ぐっと堪えた。青峰とは初対面だ。
「よね?」
黄瀬はに確認するようにを見た。甘い声。は言葉に詰まった。
「きゃ…うおー…!」
の恥ずかしさのバロメーターが振り切れる。一瞬、キャーと声を上げるところだった。それを言い直して低い声を出した。
「なんで言い直したし!キャーって恥ずかしがれば良いっしょ!?なんでうおぉー?」
「だって、キャーとか…ってか、黄瀬君の「うおー」の言い方…」
「なんスか!」
が言いにくそうに口ごもった。黄瀬は噛みつく。が口に手を当てながら、「…いや、可愛くて」と言うと、黄瀬は顔を両手で隠した。
「キャー」
黄瀬はか細い声で悲鳴を上げた。まるで生まれたての猫がかすれた声で鳴いているようだ。
青峰はそれを見て、呆れ声を出した。
「仲良いな…お前ら」
そう言うと、黄瀬はぱっと表情を明るくした。青峰は一瞬ぎょっとした。
「そうなんスよ。まぁ、この人ヘンタ…ぅぐっ」
が黄瀬の言葉を遮る様に脇腹に指を突き刺した。
「何を言おうとした!あかんやろ!変なイメージもたれたらどないすんねん!!」
「肋骨と肋骨の間に指埋めるのやめて!ホント、ガードのしようないから!肋骨の役目を全否定してあげないで!」
脇腹を押さえながら、黄瀬は呻いた。ふふんと笑ったに黄瀬は飛びかかった。
「がおー」
「や、ちょ!髪!髪髪髪!今日ちゃんとセットしてきたんだけど…!?」
黄瀬はの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。最初は口を尖らせていたが、今は楽しそうな笑みを見せて、の髪をぐしゃぐしゃにする。
青峰は、じくりと胸の辺りがうずくのを感じた。
-----そんな風に笑い合うの、俺だけだったじゃねぇか
(何考えてんだ…)
ぽつりと浮かんだ考えを振り払うように青峰は首を振った。
黄瀬がこんな風に誰かにちょっかいをかけるのを見るのは、青峰は初めてだった。いつもされるのは黄瀬の方だった。いつも敬語で下っ端のように接していた黄瀬。唯一バカを言い合うのは青峰だけだった、はずだ。
『憧れるのは、もう…やめる』
青峰の脳裏に黄瀬の言葉が蘇る。
青峰はあの時うろたえたのだ。憧れていたのかと、お前は俺と対等じゃなかったのかと、胸を焦がしたのだ。
青峰にとって、黄瀬は一緒にバスケして本気でぶつかり合える数少ない奴だった。寂寞感に駆られたのだ。一緒に帰って、一緒にできない勉強頑張って、一緒にバカして、対等な友達だったんじゃなかったのかと。
-----ああ、お前も、俺のことを、遠くに見ていたんだな
と。
「青峰っち!今度は勝つっス!俺、この人に格好良いとこ見せたいんで」
青峰ははっとした。黄瀬は、にっと好戦的な目で笑った。
自分のために勝ちたい。でもそれだけでないことに、黄瀬は気づいていた。
「尊敬してる」「凄いと思う」「格好良い」そんなこれまで数え切れないくらいの人に言われてきたその言葉達が、から発せられるというだけで、どうしようもなく温かかった。
「あ、そういえば、この人もおっぱい好きなんで、気が合うんじゃないスか?」
何とはなしに、黄瀬は青峰にそう言った。は初対面の男子に何て事を、と黄瀬の背中を叩いた。笠松のそれとは違い、全く痛くない。
「なんで、そういうこと言うの!」
「良いんスよ。この人に遠慮とかするだけバカっスから」
「なんだそれ、貶してんのか」
青峰は黄瀬の額を小突いた。
「だって、青峰っちって、バスケ以外はホント馬鹿」
「バスケ馬鹿ではないんですね、青峰さんは」
「…………青峰っちって、馬鹿じゃないときあるんスか?」
黄瀬は、はっとしたような顔をした。そしてあろうことか、真剣に青峰に尋ねた。彼は黄瀬の頭を掴んだ。
「って、あれ?……………いででででででででででででででで!!!青、青峰、っち、頭いだいっス!」
黄瀬の頭に、まるでボールを掴む様にぎりぎりと力を入れる。黄瀬は涙目で「止めてくださいっス」と言う。
「仲、良いですね」
は笑いを堪えるように言った。
「……………そうだな…」
青峰はの少しくしゃくしゃになった頭をぽんぽんと撫でた。は何の反応もせずに、じっとしていた。
彼はを見た。と黄瀬のやりとりを見て、黄瀬はいつも一歩引いていたのだとはっきりと思った。
(今更気づくとか…)
「お前って、変わったな」
「ほぇ?」
は彼の言葉がしんと心に波紋を描くのを感じた。桃井も言っていた。変わった、と。
「ってか、こんなことしてる場合じゃなかった。じゃあな」
「…はいっス」
中学の時の彼はどんなだったのか。想像が出来ずにはもやもやした。知りたいかと言えば、それほど知りたいというわけでもない。だが黄瀬のバスケを始める前の話は聞いたことがなく、そして全中と言われる大会が終わった後の話も聞いたことがなかった。
その彼の語らない期間にこそ彼の本質がある気がして、はいつもこうやって考え込む。
「さん?」
黄瀬は青峰の後ろ姿を見つめるの名を呼んだ。は何事もなかったかのように黄瀬を見た。
「青峰さんって、黄瀬君より身長高いの?」
「数cmっスよ!すぐに追いつくし、俺まだ伸びてっし!」
黄瀬は屈んでに目線の位置を合わせ、話題に食い付く。
「なんでそんなにムキになるの?」
「…………だって、」
黄瀬は唇を尖らせる。その様子が子供っぽかったので、は黄瀬の頭を撫でた。
「190近くあったら、もうどれだけ高くても良くない?それより、お腹空いたよー」
「それよりって…」
(黄瀬君って、青峰さんの前では乙女だなぁ…)
の前で黄瀬は気取らない、構えない。それが嬉しくもあり、悔しい様な気もした。複雑な心境だった。
(私も黄瀬君に影響を与えられているんだろうか…)
**
「黄瀬君って、ラーメンとか食べるんだ」
と黄瀬はラーメン屋に入った。ボックス席に向かい合わせでメニューを見る。
「何食べてると思ってたんスか…普通に食べるっスよ。女の子と来たことはないけど。女の子はお洒落なの食べたがるし。俺はもっとガッツリいきたいっスよ」
「そうなんだ?まぁ、食べ盛りだもんね。今日は朝からラーメンの口でさー」
確かに黄瀬と付き合いたいなどと思って付き合ってしまった女子など、洒落た奴に違いない、とは思った。
女子は可愛い物と美しい物が好きだ。それを自分の傍に置いておきたいと思う人がいて、あまつさえ周りにアピールしたい人種がいる。黄瀬はきっとそんなものに分類されている。
はというと、いくら黄瀬を格好良いと思っても、恋人になど決してしたくないと思っているのだが。
はメニューに目を落とす、黄瀬を見た。まつげが瞳に影を落とす。
(綺麗な顔だよなー…タイプじゃないけど…目、美味しそう…)
「あれ?君、黄瀬君じゃない?」
元気な声が、店の入り口付近で聞こえた。黄瀬は顔を上げ、振り返った。そこには、も見たことのある顔があった。
「え?あ、秀徳の、…高尾くん」
「そうそう、名前知っててくれたんだー嬉しー」
「勿論っスよ。いつ当たるか分かんないし…」
何度か試合を見に行っていた。凄い頭の良い試合をする人だ、というのがの高尾に対する印象だった。キョロキョロと店内を見回すと、どこもいっぱいだ。
「あ、相席でも大丈夫ですよ。ね、黄瀬君」
「そうっスね」
メニューを置いて、黄瀬も頷いた。
「ありがとう!真ちゃぁーん!黄瀬君だよー」
「うるさいのだよ、見えてる」
高尾は緑間に手を大きく振ってアピールした。緑間は呆れ顔で席に近づく。高尾は遠慮無くの隣に座った。緑間は黄瀬の隣に、少し離れて座った。
「もしかして君って、黄瀬君の彼「違います」
は高尾の言葉を遮って即答した。黄瀬は目をぱちくりさせた。
「………いや、まだ言い切ってなかったっスよね!?」
「いや、今度こそ私から言おうと思って…構えてたから…」
は黄瀬があまりに大きくリアクションを取ったことにビビった。黄瀬が身を乗り出したので、は少し身を引いた。
「無口だったのはそういうこと!?ってか、確かにこれは傷つくわ…」
すとんと元の位置に戻り、黄瀬は溜息混じりに言った。
「でしょー!!言ってることは全然その通りなんだけど、改めて言われるとなんかちょっとあれ?って思うの!」
「今度からは同時に言おう、そうしよう、ね!」
「うん、じゃあ今度練習だね」
今度はが少し身を乗り出した。とは言ってもは黄瀬より小さいので迫力はない。黄瀬もに合わせて身を乗り出し、まるで、秘密の話をしているような形になった。
その間に手短に高尾は注文をした。そしてすぐに話に入った。
「仲良いっすねー…俺らも負けずにいちゃいちゃしないとなー」
「しないのだよ」
「うっわ、即答」
メニューを戻しながら、高尾が苦笑いした。
「そっちは、仲良くて良いね。もう、真ちゃんツンデレでさ、困るの」
「そうですね、仲は良いと思います」
は普通に答えた。だが黄瀬が奇声を上げた。
「キャー」
黄瀬が恥ずかしがると、急に自分の言ったことが恥ずかしくなった。負けじとも「うおー」と低い声で恥ずかしがった。
緑間には黄瀬がこんな風に馬鹿をしているのが不思議だった。
青峰とは、それなりにこんなやりとりをしていた。それでも黄瀬の中にはどうしようもなく「憧れ」があったのも、緑間は知っていた。
緑間は視線を感じて視線を上げた。と目が合った。
「な、何なのだよ…」
「え?あ、…ごめんなさい…可愛いの持ってるなって…思って…」
緑間の携帯電話には某可愛い猫のストラップが着いていた。
「これはおは朝のラッキーアイテムなのだよ」
「へー…」
(あれ、どこの県のだろ…欲しいな…)
はストラップを見るのに必死で相槌が適当になった。それを高尾は勘違いした。
「真ちゃん、引かれてるよ」
「なっ…」
にやにやと高尾は緑間を見る。緑間は気まずそうに眼鏡を上げた。は手を振って、違うんですと主張する。
「あ、いえ、私そのキャラ好きなんです…あと、ちょっと意外だったんです。男の子が信じてるのって…」
しどろもどろになりながら、はそう言った。
「まぁ、そうだよな。俺も占いとか信じないもん、えっと、…」
高尾が途中で口ごもった。
「………です。はじめましてよろしくお願いします。私もあまり信じないタイプです」
深々とがお辞儀をして自己紹介をし、それに高尾も応える。
「ご丁寧にどうも。高尾和成、真ちゃんの相棒です」
「違うのだよ」
間髪入れずに高尾の言葉を否定した。あまりにも鮮やかな否定だったので、はたじろいだ。
「…そうなんですか?」
「でも、結構仲良いっスよね」
黄瀬がコップを置いて、そう言った。喉が渇いていたのか、コップに入った水はもう残り少ない。
「でしょー!ほらー。言われてんじゃん、真ちゃん」
「全く不本意なのだよ。お前が寄ってくるから仕方なく相手をしてやっている。勘違いをするな」
高尾が緑間を指さし、得意げに言う言葉を華麗に否定した。
その様子が満更でもないような感じだったので、は素直でない人なのだと解釈した。
「緑間さんって、ツンデレなんですね」
「………………………違う」
「違うんですか?」
緑間はを睨むが、もう恐くなかった。
「違わないっスよ」
黄瀬が代わりに応えた。それに高尾も同意する。緑間はぷりぷりと怒るが、やはり恐くない。
「うん。っていうか、黄瀬君ツンデレとか知ってるんだ意外ー」
「あ、はい。昨日早川先輩と森山先輩に、ツンデレとは何かを語られちゃって。マスターしたっス!」
黄瀬は高尾の言葉にキラキラした目で応えた。それに高尾は目を白黒させた。
「黄瀬君って、真ちゃんに負けず劣らず変な子だね」
「全くです」
「あれ!?そういう方向に話行っちゃう!?」
私の感覚がおかしかったんじゃないんだ、とは一人心の中で喜んでいた。
「俺は変ではない。人事を尽くしているだけなのだよ」
ずばっと、緑間が会話に入ってきた。
「………………変人かどうかを決めるのは、その人自身ではなく、周りです。変人とは、周りの人との比較、なのだよ?です」
が緑間の口調を真似て言うと、緑間の眉がぴくりと上がった。高尾と黄瀬は口に手を当てて、笑いを堪えている。
「君も大概変人なのだよ、こいつと友達の時点で」
心なしか強い口調で緑間はきっぱりと言った。黄瀬は心外っスと泣き真似をしたが、誰も取り合わなかった。拗ねたように黄瀬は最後の水を飲み干した。
「私は変人ですよ。変人に誇りを持った変人なのです!」
(誇り持っちゃった…………!)
が胸に手を当てて、高らかに宣言する。皆が心の中でツッコミを入れた。
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