見上げるのは
「あ、先輩!」
黄瀬が声を上げた。お前は犬か、とは心の中でツッコんだ。飼い主を見つけた犬の様に、黄瀬は駈けていった。はマイペースにその後を追う。
「おはようございます。笠松先輩、森山先輩」
「おはよう」
「お、おはよう…」
ゆっくりと追いつき、は笠松と森山にあいさつをした。笠松が無愛想なのはいつものことだ。すっかり慣れてしまった。小堀が、「笠松は女の子が苦手なんだ」とに教えたこともあり、全く不快には思わない。
「選択か?つーか、美術って、似合わねー」
「書道と音楽選んだ人滅茶苦茶多くて、あぶれちゃったんスよ」
「そりゃ災難だったな」
「ほんとっスよー」
談笑しているのをはじっと待っていた。待っている必要は無かったが、先に行ってしまうと、後で泣きついてくるのが目に見えていたので、はぼんやりと窓の外を見た。
「先輩達も移動なんだって、行こ」
「ん?うん」
そう言われ、はちょこちょこと後ろを付いて行った。
すると、森山が急に振り返った。あまりに素早い動きには驚いた。
「この前気づいたんだけど、ちゃんって階段上がるとき、上見てるよね。なんで?」
森山の質問に、は答えて良いものか悩んだ。質問に対する返答は下世話な話だった。森山は友達の先輩。相談に乗ってもらうことはあるが、特別仲が良いわけではなかった。
悩んでいると、黄瀬が助け船を出した。
「それ、聞かない方が良いっスよ」
「なんで、」
黄瀬が、げんなりした顔で森山を止めた。黄瀬も同じ事を聞き、そして後悔した。
「すっげーつまんない上にげんなりするっス」
「そんなこと言われたら余計知りたいし」
「森山…」
森山はなおもに迫った。笠松はやんわりと制止するが、森山は聞こうとしない。いつもなら怒鳴るところだが、がいるので、できない。笠松にとっては、この場にとどまっているだけでも大した進歩なのだ。
「………………別に、意味はないです」
「えー……」
の答えに不服だったらしく、森山はがっかりした声を出した。
「あれ、笠松、どうかしたか?」
笠松は居たたまれない、という表情をしていた。笠松はあからさまに狼狽した。顔は赤く、凄い汗だった。
「な!……………んでもない」
という声も普段の威厳のある声ではない。
「経験あるんスか?」
「いや、別にわざとじゃない、あれはわざとじゃなかった………!」
黄瀬が興味なさそうに言うと、笠松はさらに焦った風に弁解する。だが、その狼狽ぶりが物語っていた。
「まぁ、確かに女子は無防備ですよね。笠松先輩が悪いんじゃないと思いますよ」
「へぁ!?いや、俺は、別にその!」
のフォローが余計笠松の羞恥を煽った。
「まぁまぁ、落ち着いてください。手繋いであげますから」
「黄瀬君…」
笠松は訳分からない言葉を吐いている。黄瀬は笠松を完全に子供扱いして、手を握っている。黄瀬は上辺だけの関係なら、部内で一番、いや学校で一番女子の扱いを知っていた。
(バスケしてるときは格好良いのに…)
はそんなことを思いながら、は森山に視線を移した。
「まぁ、分かったと思いますけど、………上見てたら、たまにパンツ見えるから、です…」
「ちゃん、女の子って良いな…見放題か…」
森山とは、何となく気が合うとは思っていただが、こんな形で思い知らされると複雑な心境だ。
「いや、女でも見過ぎると、ちょっと、警戒されます…この前、可愛い女の子が自転車で向かってきたんですけど、ガン見してたら、その子に睨まれました…」
「あんたね…!」
黄瀬がの頭にチョップを入れる。は頭を押さえながら、反発する。
「だって…!スカートでチャリ乗るなんて…期待してくれと言っている様なもんだろ!見えなかったけど…!残念無念!」
「最低っス」
引いた顔で黄瀬は一言そう言った。
「違う…!私は純粋に可愛い者が好きなだけで、断じて変態じゃない!」
「そうだそうだ!健全すぎるだろ!俺たち」
森山が参戦し、収拾がつかなくなってきた。
「変態っスよ。断言してもいいっス…!っていうか、ツッコミが追いつかない!笠松先輩!しっかりしてくださいっス!」
身長170cm越えの男子と190cm近い男子が手を繋いでいるなんて異様な光景だ。だが、どちらも、顔は整っているので、あまり違和感はない。仲の良い兄弟のようにも見える。どちらがどちらとは言及しない。
「違うよ、私は変態じゃなくてスケベなんですー健全なスケベなのー」
「本当に、アンタは気持ち悪いっスね」
は流石に傷ついた。調子に乗りすぎたのは反省するが、気持ち悪いと言われ、顔を歪めた。
「…………言い過ぎた、ゴメン」
「いいけど、良いけどさ、私だって女の子なのに…黄瀬君なんてインポになって死んじゃえ…」
「俺は傷つかないんスか!」
が吐き捨てる様に言うと、黄瀬はの頬をつねった。は、顔の汗が黄瀬の手に付いたことを気にしていた。涼しくなってきたが、自転車で学校に着くと、少し汗ばむ。
「弔ってあげるね」
「いらねー!」
梓が親指をぐっと立てると、その指を黄瀬は、ぐきっと折った。
「いたたたたたたたたたたた。おい黄瀬やめろ!」
「やめないっスよ!」
黄瀬はの悲鳴を気にとめず、の親指を反らせた。
「女の子だったら、更衣室とか見放題なんだよね………」
「あー、私そういうのは別に…………ラッキー見えた、くらいが好きですね。風とか」
あー分かる、と森山と意気投合した。
「あんた、生まれる性別間違ったんじゃないスか?」
「…………いや、私は普通に男の人が好きですから、別に異常性癖とか持ってないですから。でも、」
は、黄瀬が女の子だったなら、と思った。それならもっと簡単に友好関係を築けただろうに、と思った。
「でも?」
黄瀬が続きを催促したので、は言葉を続けた。
「黄瀬君が女の子だったら、可愛いだろうな…いじめたいな、可愛がりたいな、とは思うかも」
「想像しないで!すぐに消せ!」
あからさまに嫌な顔をして、声を荒げた。
「やだよ!絶対美人だもん!あ、でも」
「でもなんスか!」
黄瀬は自棄になって叫ぶ。
「胸は小さそう」
気の毒そうな顔をして、は黄瀬を見た。黄瀬は心外だ、と胸を張って抗議した。
「なんで!ぜったい大きいっスよ!Dはあるっスね!」
笠松と繋いだ手と逆の手で胸の形を作りながら主張する。その様は少し間抜けだった。森山は完全に傍観を決め込んでおり、黄瀬のその態度に肩を揺らしていた。
「えー…そこはGくらいいっとこうよ」
「大きけりゃいいってもんでもないスよ」
黄瀬はDカップが好き、とはインプットした。
「……………私が個人的に揉みたいから」
「揉むな!手がやらしい!」
わきわきと手を揉む形にすると、黄瀬はの手を叩き落とした。
「黄瀬って、さんと話してると、たまに「っス」が消えるよな…」
と森山は一人呟いた。その呟きに気づく者はいなかった。
「つーか、俺は男っスよ!」
「………………知ってるけど…じゃあお尻揉むね。えーい手が滑ったー」
「だから揉むなー!」
ぎゃーと、黄瀬は叫ぶ。すると、階段を上ってきたクラスメイトと目があった。
「相変わらず仲良いな、お前ら」
「あ、山川君おはようございます」
「ちょ!今見たことは、記憶から消してくださいっス!」
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