君色イエロー





「俺って、何色っスかね」

は図書館で借りてきた色見本の本を見ていた。それを黄瀬が横から覗き込んでいた。そんな黄瀬が唐突にそう言った。顔を上げて黄瀬を見ると、黄瀬はにっこりと笑った。

「イメージカラーっスよ」
「黄色」

即答だった。

「安易すぎるっス…」
「えー…だって、黄色イメージ強いよ…」

黄瀬はげんなりした顔をした。だが、は何も考えずに言ったのではなく、それなりに考えていったつもりだった。だから、そんな黄瀬の態度に心外だと思った。

「じゃあ、…………笠松先輩のカラーは?」
「スカイブルー。夏の空のてっぺんの色、この天色っていうのよりもっと鮮やかな青」

は窓の外を見て、今日の空の色は違うな、と思いながら答えた。

「森山先輩」
「青紫………これ、紺青…ちょっと違うかなぁ…こう、落ち着いた感じの紫なんだけど…」
「小堀先輩」
「うーん……緑っぽいよね…優しいし、気配りできるし、このアイビーグリーンかな」
「早川先輩」
「うーん、赤…茶色…赤茶かな……蒲茶いや、この団十郎茶?っていうのも結構…」

色見本を捲りながら、黄瀬の上げる先輩達のカラーを探す。
色々な名前があり、は覚えたいと思いながらも、どれほどの時間がかかるだろうと考え、早々に諦めた。

「俺は?」
「黄色」

黄瀬が自分を指して、再び聞く。そしては再び即答した。

「もっと、こう…なんかあるでしょ!」
「えー…」

が面倒くさそうな声を出すと、黄瀬は本を奪った。黄色のページを捲り、に見せる。

「ほら、見て、黄色にだって色々あるんスよ!これとか?」

は黄瀬の指した色と、黄瀬を見比べる。そして顔を歪めた。

「なんで渋い顔するんスか!?酷い…」

そんな鮮やかな黄色では無い、黄瀬が指さした色見本を見て、はそう思った。

言うなれば、月明かりの黄色。薄く淡く、それでも夜道を照らしてくれるそんな仄かな光だ。黄色、というよりは漆黒の闇夜に輝く月そのものだ。

と、そこまで考えてはとても恥ずかしいことを考えたのではないかと思った。

「………………いや、べつに…」
「なんスかもー」

黄瀬は本を乱暴に机に置き、ぶーたれた。

「…………何でもないって、別に」
「教えてくださいっス」

黄瀬は引かない。試合中の様な表情だ。何をそんなにムキになっているのか。

「なんでよ」
「だって、他の人は結構ノリノリでいろ探してたのに、俺だけそんなんだと、傷つくっス」

には黄瀬の頭に犬の耳が見えた。しょんぼりと項垂れている。それを可哀相だと思いながらも、はあくまでも突っぱねた。

「本当に何でもないんだってば」
「………………さては、またエロいこと考えてたんでしょ」

黄瀬は恨み言の様に言った。唇を突き出して、拗ねモードだ。は、お前は女か、と言いたくなった。だが、それも様になっているのだから、腹が立つ。

「違うし」
「じゃあ何!」

黄瀬は食い下がる。何をそこまで、と再び思った。が、これ以上問答を繰り返すのも面倒だ。は本を閉じた。

「…………………笑わない?」
「笑わないっスよ?」
「照れない?」
「…………照れる様なこと考えたんスか?」

言おうと思った決心が揺らぐ。

「……………いや、やっぱ内緒」
「既に今照れました、何言われるのか想像して」

黄瀬は頬を両手で挟んだ。もうマジイケメン滅べ何しても様になるな、と思い、は結局言う決心を再びしてしまった。

「………………月明かり」

ぼそりと呟く。黄瀬は首を傾げた。

「え?」
「月明かりの黄色……………」

黄瀬は頬を両手で押さえて、にへ、とはにかんだ。

「えっと…」
「照れないって言ったのに…!」

はどん、と机を叩いた。黄瀬を見ると、黄瀬はにやけ顔でを見ていた。

「だって、さんロマンチストなんだもん…」
「うるさい!もんとかいうな気持ち悪い」



**



「俺って、月明かりの黄色らしいんスよ」
「はぁ?」

笠松は練習が終わり、やっと帰れると思った。そんなときに黄瀬がそう言ったので、笠松はげんなりした。だが、無視をしないところが彼らしい。

「いや、昼休み、さんが図書室で借りてきた色見本を見てたんスよ。それで、イメージカラーの話になって…」
「ふぅん…お前ってもっとどぎつい感じするけどな」

と言って、笠松は黄瀬の色鮮やかな髪を見た。

「俺もそんな感じで黄色って言ったんだと思ってたんスけど…」

黄瀬は緩んだ表情だ。何がそんなに嬉しいんだか、と思いながら、笠松はシャツに腕を通した。

「あ、先輩は空色らしいですよ」
「…………………ふぅん…」

ぴたりと笠松は手を止めた。何となく居たたまれないような気がして、曖昧に応えた。

「夏の空のてっぺんの色、って言ってました」
「そう、か…」

追い打ちをかけるように黄瀬は笠松に言った。笠松は女子にそんな風に見られているのかと思うと、何となく心がむずがゆかった。

「俺はー?」

森山がネクタイを締めながら、ひょっこりと顔を出した。森山はズボンを最後に履く派らしく、下はまだ練習着だった。

「えっと、……青紫……だったっスかね…」
「それだけー?」

森山は笠松の時のようにもっと具体的なイメージは無いのかと催促した。黄瀬はペラペラと話すの話を何となく聞いていたので、なんと言っていたか、必死に思い出した。

「たしか…落ち着いた青紫って言ってたっス」

その黄瀬の言葉に、小堀が反応した。

「森山は赤紫ってイメージだったなぁ俺は」
「あ、お(れ)もっす!!」

早川も小堀の意見に同意した。

「何それエロいってこと?」
「よく自分のこと分かってんな」

笠松が面倒くさそうに言い放つと、森山はにっこりと笑った。

「それほどでも」
「褒めてねぇし」

笠松は森山に蹴りを入れた。慣れたもので、森山はそれを意に介さず、黄瀬に続きを促した。

「他の人は?」
「えっと、小堀先輩が緑で、早川先輩がえー…茶色?だったかな…」
「小堀は、まぁ癒し系だしな…で、早川が茶色、だと………?」

森山は目を見開き、心底驚いたように言った。それに、黄瀬は「そうですけど」、と応えた。

「ウソだろ、オレンジとか赤とかだろ、こいつは!」

がし、と森山は早川と肩を組んだ。

「どういう意味っすかっ!?」
「このうるさい感じ!」

うーん、と黄瀬は考え込んだ。が示したのはどんな色だったか、と黄瀬は沢山の色を思い出した。

「あ、結構鮮やかな感じの茶色でしたよ。朱色っぽいって言ってたし」

それなら納得だな、と森山は頷いた。なんすかもー、と早川は文句を言った。

「色にも色々あるんだな」
「そうっスね」

小堀の言葉に黄瀬は応えた。

「っていうか、月明かりの黄色、かぁ…ちゃんはお前のことどういう目で見てるんだろうな…」

森山はにやにやと笑いながら、言った。

(俺、言われて、何となく納得…しちゃったんだよな…)

黄瀬は胸を押さえた。すとんと、落ちる感覚を覚えた。

「まぁ、言われてみると、黄瀬は夜が似合うよな」
「へ?なんでスか?」

黄瀬が意外そうな声を出すと、皆が顔を見合わせた。

『ホストっぽい』

皆の声が揃ってそう言った。

「なんスか!それ!笠松先輩まで!」

黄瀬は心外っスと、叫んだ。

「いや、だって、なぁ」
「そうそう」
「そうだっ!」

笠松が森山を見て、森山が早川を見て、早川も同意した。

「まぁ、良いじゃないか」
「小堀先輩も全然フォローしてくれないし…」



**



「なんで、月明かりなんスか?」

次の日、黄瀬はに聞いた。ホストっぽい、が引っかかっていた。

「え、まだその話するの?」
「いや、気になって……っていうか、先輩達にホストみたいって言われたんス!」

ふむ、とは頷いた。

さんもそんな風に思っていったんスか?」
「…………………………うーん…」

そういう思いで言ったのではなかったが、なかなか的を射ていると思った。夜のイメージだ。どうにか黄瀬を傷つけず、かつこの話をなかったことにできるか、は頭をひねった。

「言葉と感情はイコールだと思う?」
「?……お勉強っスか?」

黄瀬は首を傾げた。よくするポーズだ。こうやって色々乗り切ってきたに違いない、はそう思った。

「いや、純粋に聞いてみただけ」
「うーん…分かんないスね」

黄瀬はそう言った。思った通りの答えで、はがっかりした。

「………それって俺の話に関係あるっスか?」
「あるある」

黄瀬は不服そうな顔をした。

「言葉って無力だなって、思ったりしない?」
「まぁ…」

黄瀬は曖昧に答えた。

「世界の物を全て名付けようとしても無理なんだよ」
「うーん…」

どう繋がりがあるのか分からない、黄瀬は口を尖らせた。

「例えば白、スイスでは白には沢山の白がある、でも日本では白は白」
「そうなんスか?」
「そうなんだよ。じゃあ、虹は何色?」
「バカにしてんスか?7色でしょ?」

黄瀬は放り出したように言った。

「3色だっていうところもあるんだよ。同じ物を見てるつもりで、全く違う解釈をするの」
「へぇ…」

その事実には少し興味があったのか、黄瀬はすこし表情を明るくした。

「つまり、言葉で表そうとしたって、限界があるんだよ。何が言いたいのかというと、何を思って君を月明かりだと言ったかなんて、私にも分からないってこと」
「日本語喋って貰って良いっスか?」

ここまで話してそれか、とは肩を落とした。




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