お勉強の時間



第一回目の席替えがあった。何歳になってもワクワクするものだ。

「お」
どこー?」

席表を確認していると、友人が話しかけてきた。は表を指さした。

「いっちゃん(一番)後ろ」
「良いなぁ…」
「良いもんかい…真ん中だし、先生からよく見える、見える…」
「まぁ、授業中真面目だから、どこでも良いよね」
「あー…うん、そりゃそうだ」

休み時間の内に席を変える。10分しかないので、急がなければならない。は番号の席に荷物を持って向かった。その席はまだ荷物が出されていなかった。人がいる様子もない。トイレだろうか。そんなに切羽詰まっていたのなら、文句は言えない。はそんなことを思いながら、近くにいた男子に聞いた。

「ここだれだっけ?」
「あ、そこ黄瀬」

隣の席から移動しようとする男子が教えてくれた。黄瀬は仕事で休みだ。朝一の出席確認で、担任がそんな話をしていた。モデルをしていても、黄瀬が学校を休むことは珍しい。休みの日か、放課後に仕事を入れるようにしているようだ。
この日は相手の子との予定が合わず、やむを得ず仕事に行ったらしい。
という話は、昨日黄瀬はにしていたのだが、男子に言われるまで忘れていた。

「黄瀬君、次何処ー?」
「次は〜…その前の席みたい」
「ありがとぉ!」

大声を張り上げると、前で席を確かめていた数人のクラスメイトが答えた。はそれに再び声を張り上げて礼を言う。

「あれ……………」

は黄瀬の荷物に手をかけたところで、ぴたりと動きを止めた。

「席交換って有りかな…?」

近くにいた女子に話しかける。

さん、どうかした?」
「黄瀬君の後ろの席になったんだけど、…前見えないかもしれなくて、交換しちゃっても良いかな…」
「……そっか、それは…仕方ないんじゃない?変えちゃっても大丈夫だと思う」
「ですよね」

の身長は、高校生女子の標準身長だ。つまり、は黄瀬と比べて三〇p以上低い。座ってしまえば、黄瀬は足が長く、は胴が長いので、三〇pもの差は無かったが、それでも黒板が見にくいことに変わりはない。

「ふぅ…」

は、荷物を運び終え、(主に返ってきた漫画が重かった)一息吐いた。
時計を見ると、もう次の授業が始まりそうだ。机の中からノートと教科書と参考書を取り出して並べる。はふと思った、黄瀬は休んだ分の授業ノートを借りる当てはあるのかと。それなりに話す相手はいるようだが、ノートを借りるという行動を彼がするのか疑問だった。
黄瀬は、どうやらに好意を寄せているようで、よく話しかけてくる。邪険にするわけにもいかないので、一緒にいることも増えた。「好意」と言っても、男女関係のようなものではなく、完全に友情の方向に向いている。それはも同じ。そして周りの黄瀬狂の女子も、と黄瀬が恋愛感情で一緒にいるのではないことは分かっているようだ。

「おはよう、ってかこんにちは?」

と言いながら、黄瀬が教室に入ってきた。一瞬ざわついた。

「あれ?席替え?俺の席どこ?」
「前と同じ」
「え〜…」

また一番後ろかー、と黄瀬は落ち込んだ。

が小さいから、お前の席は前と同じ席になったんだよ」
「私が小さいのか…!?平均、平均、」

女子との会話を聞いていたらしく、男子が茶化すように言った。はその男子にツッコミを入れ、黄瀬を見た。

「えー…じゃあ、さん、俺の前?」
「そうだけど」

黄瀬はにっこりと笑った。その笑みが何の笑みなのか、は考えたくなかった。
周りの黄瀬狂は、の性格上黄瀬に興味が無いことを知っている。しかし他のクラス、もしくは中学が違った黄瀬狂にとって、は「何あいつ」という類の物なのだ。だから、としてはできるだけ黄瀬と離れたかったのだが。

「つーか、社長出勤だな、黄瀬」
「ってか、あと一時間しか残されてねぇよ」

クラスの男子は、軽口を叩いた。
きっと、部活するために来たのだ。はそう思った。でなければ、わざわざこんな時間に学校になんか来ない。
黄瀬には意外とできないことが多い。勉強はいまいちだし、器用に思えた人付き合いも、同年代との仲となると急にぎこちなくなる。美術に関しては普通の男子レベルだ。それにノートの字はあまり綺麗でない。

彼にできるのは、運動と笑顔くらいだ。(とは思っている)
黄瀬は鞄を置いて、席に着いた。そうすると長い足は机に押し込められて、きつそうだ。足を伸ばして座らなければならず、だらしなく見える。
部活用と兼用しているエナメルの鞄は、大きいが、授業に関する物は余り入っていない。筆箱くらいだ。全て置き勉している。先ほど移動させようと中身を見たが、ぎっちり詰まっていた。
予習はどうしているのだろう、と疑問に思った。も予習という予習はしていないが、最低限出された課題はやっている。

「はい、ノート」
「ぅえ?」

が黄瀬の机に今日の授業ノートを置くと、彼は変な声を出した。それからげんなりした顔になった。

「今日の分のノート。古文は、すぐに返してね。予習あるから」
「………えっと、」
「黄瀬君、高校の勉強はノートさえあればなんとかなるから」

黄瀬はノートをすすすとの方に押し返す。

「別に、いらない…」
「ごめん、聞こえなかった」
「あ、りがとうございます」

黄瀬は視線をそらして、のノートを机に仕舞った。

「古文は、今日中に返してね」
「………じゃあ、ノート貸してくれんの明日でも…」
「明日も古文あるよ。今日はあんまり進んでないし、すぐ終わるって」

黄瀬は古文のノートを返そうとしたが、はそれを黄瀬の方に押し返した。

「十分くらいでできるから」

**

「………さん、」
「ん?」
「どうやったらこんなに分かりやすいノート作れんの?」

黄瀬は教室に残って、古文のノートを開いた。心底驚愕した、という顔をしたので、は構えていたのだが、存外つまらない話だった。

「………普通に授業受けてれば」

の返答に黄瀬は無言だ。それができれば苦労しないのだ、と黄瀬は目で訴えていた。はそれを無視した。
黄瀬もそれ以上聞いたところで自分のノートが良くなるわけでもない、と諦めたようだ。黄瀬は自分のノートも開いて、ペンをくるりと回した。さっさと終わらそうと思ったのだろう。部には怒ると恐い先輩がいる。

「てーか、黄瀬君、字汚い…イケメンなのに字が汚い」
「イケメン関係ないスよ…」
「否定せんし…」
「事実だもん」

いつもより平坦な声音だった。気分を害したかもしれないとは焦った。しかし普通に返事を返してくるので、それが素なのだと解釈した。

「だもんじゃねぇよ、かわいこぶんな………サインとかどうしてんの?」
「え?こー…こんな感じ」

のノートを指でなぞって板書の場所を確かめながら、黄瀬はノートの端に小さくサインをして見せた。

「そっか、ふにゃふにゃだから、別に良いのか…」
「ふにゃふにゃって…」

何と描いてあるのか分からないサインがそこにはあった。テレビで見るサインもこんな感じだった、とは納得した。

「バスケって……いや、いい…」
「なんスか、気になる!」

集中が切れたのか、黄瀬は手を止めて言った。

「………いや、良いんだって」
「………むー」

黄瀬はペンをくるくると回し、唇を突き出した。は、別に隠す必要もないと話し始めた。

「バスケット選手の選手生命って短いし、怪我も多いだろうから、引退して、んで試合の解説とか、他の道探すにしても、勉強できた方が良いんじゃない?と思ったけど、モデル業あるもんね、俳優とかもできそう、演技とか、誰かを演じるのとか巧そうだな、って思ったから、まぁ、勉強はできなくても良いのか?と思ったの」

がぺらぺらと話すと、黄瀬は唖然としていた。

「………なんか、ごめん…」

黄瀬が呆然としているので、もしかしたら踏み込みすぎたのかもしれないと、は謝罪した。だが、黄瀬は慌てた風に否定した。

「え?あ、違くて…その…………俺の未来のこととか、心配してくれてんの、嬉しいって言うか…なんか、新鮮、っていうか…」
「ふぅん」

友達居なかったんだな、とは真剣に思った。自然とそういう話になることがある。それが無いなんて、どんな友好関係を築いてきたのか、はほんの少し心配になった。

「……そうスね…勉強も、頑張ろうかな…」
「学生の本分だから…普通に頑張って…」

は呆れた。



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