アナタと揺られる電車 


真っ青な空だった。見つめ続けたら、目に青が移ってしまうのではないかと思うほどの青。

「晴れて良かった…」

はそう呟いて歩き出した。室内競技なので試合には支障はない。しかし傘を持ち歩かねばならないので、何となく試合に集中できない。

(勝ちますように勝ちますように勝ちますように)

「勝ちますように」

は念じた。念じてどうかなるとは思っていない。この日はも妙な緊張感があった。そわそわとする気持ちを振り払うように、は独り言を言いながら、会場に向かった。
東京体育館、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会、通称ウィンターカップ。

「そういえば、……今日イヴイヴだな…いやいや、クリスマスイヴは流石に……………………………遊ぶ相手いねー…」

は落ち込んだ。

気を取り直して、は手帳を取り出した。ここ数日の予定はほぼ埋まっている。23日バスケ1回戦、25日2回戦、27日3回戦、28日準々決勝、29日準決勝、30日決勝。

「乙女が何しとんじゃー………」

ぶつぶつと呟きながらは改札を通った。ことことと電車が揺れる。

(つか、時間結構かかるんだよなー…金足りるかなー…)

どうせ、一回戦は勝つのだろうと踏んでいた。

黄瀬も、「え?一回戦見に来るの?別に準々決勝からで…いや、むしろ準決勝からでも良いのに」とかなんとか言っていた。
とはいえ何となく開会式を見たいという気持ちもあり、朝早くから見に行くことにしたのだ。
電車を降り、乗り換える。かつかつと靴底を鳴らし、は歩く。再び改札をくぐり、ホームをずんずんと歩く。はぴたりと立ち止まった。

(ん?)

は動体視力が良い方ではない。だが、視界の端に見知った顔が映った気がした。振り向くと、やはり知った顔があった。男の持つ鞄を見て、どこで会ったのかを思い出した。正しくは会ったのではない、見たのだ。

「あの…失礼ですが、バスケ部の方ですか?」
「え、」

男は、呆気に取られたようにを見た。

「あ、すみません。陽泉のバスケ部の方、ですよね…もし道に迷われているのなら、行き先が一緒なので、…と思いまして。東京体育館ですよね」

の言葉に、男はほっとした顔をした。

「はい、今誰かに道を聞こうと思ってたところです」
「す、すみません。差し出がましいことを…どうせなら美人の方が良かったですよね…」

は男にとん、と肩を叩かれた。顔を上げて首を傾げると、男はにっこりと笑った。試合の時とは違い、優しい笑みだ。
優しい笑みを見せて試合をしていてもおかしな話なのだが。

「You are cute!」

はびくりと体を揺らした。英語慣れしていないので、一瞬何と言われたか分からなかった。だが、すぐに簡単な英語だったと言うことに気づいた。
日本語英語ではなかった。柔らかな発音で紡がれた言葉。そういえば火神が、陽泉にアメリカで世話になった男がいると言っていた、とは思い出した。

「えと、サンキュー…?」

が礼を言うと、今度は人懐っこい笑みで、にこりと男が笑った。






と男は電車に乗った。丁度二人座れるスペースが開いていたので、座席に腰掛けた。

「チームメイトは、どうされたんですか?」

一人でいることを疑問に思い、は何とはなしに尋ねた。だが聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。男は気まずげに黙り込んでしまった。

「俺だけ誤って逆の電車に乗ってしまって…」

男は照れ笑いした。
どじっ子か、とは心の中でツッコミを入れた。

「君は?」
「私ですか?私は、開会式見てから、友人の試合の観戦です」

は男のエナメル鞄を見た。名前が書かれている。氷室辰也と書かれていた。

「観戦?応援じゃなくて?」

氷室は首を傾げた。は既に答えを持ちながら、少し考えるような仕草をした。

「…いや、まぁ勝つんで」

氷室は呆気に取られた顔をした。だが、すぐに笑みを見せた。

「凄い自信だね」
「自信、っていうか…信じてます」

そっか、と氷室は納得したように、相槌を打った。

「君の友人って、どこの学校?」
「海常です。陽泉さんとは、お互い順調に勝ち進めば、準決勝で当たります」

対戦表を取り出し、は指を指した。準備が良いと氷室は思った。海常の名には、黄色のペンでぐるぐると丸がしてあり、キラキラと星が飛んでいた。陽泉の文字は紫のマーカーでなぞってある。

「ここが、陽泉さんで、うちの学校は、この海常って学校です」
「そっか、楽しみにしてる」

氷室はあっけらかんと言った。は氷室に「凄い自信だ」と思った。誠凛が勝つか桐皇が勝つかは分からない。どちらにせよ一筋縄ではいかない。にも関わらず、氷室はこのブロックから抜ける気でいる。
勿論、黄瀬と以前試合を見に行ったので、は氷室の学校実力は知っていた。

「チェックしてある学校は、何か意味があるの?」

氷室は対戦表を指さした。は彼の顔を見て、対戦表に視線を戻した。

「ああ、はい。キセキの世代って言われる、黄瀬君、…私の友人の元チームメイトさんがいる学校です。陽泉さんは、えっと、紫原さん、ですよね。お菓子好き!」
「うん。そうだよ。いつも食べてるんだ。お菓子ばっかり食べてあの身長なんだから、凄いよね」
「そうですね…私も食べた分が身長の方に行ってくれれば、良いんですけど…」

は自分の顔をふにふにと引っ張った。氷室は苦笑するしかできなかった。

「キセくん…って、中学2年から始めた子だったかな…敦も、時々話をしてくれることがあるんだ」

氷室は、嬉しそうににっこりと笑った。は氷室は紫原と仲が良いんだな、と思った。

(黄瀬の話をしているとき、私もあんな顔をしてるのかな…)

「そうなんですか。黄瀬君は私の自慢の友人なんです」
「そっか」
「はい」

黄瀬に直接言うことは少ないが、友人としてもモデルとしても、バスケットプレイヤーとしても、は黄瀬を尊敬している。

「あ、うちとやる前に誠凛さんとの対戦がありますよね…いや、えと…誠凛が桐皇に勝てば…」

黒でチェックを入れた文字をくるくると指さす。

「ああ」
「火神さんが燃えていらっしゃいましたよ」

一瞬氷室が固まった。は気づかなかった。

「……タイガと知り合い?友達?」
「えっと、友達の友達、の友達です?まぁ、知り合いです、かね」

友達の黄瀬君の、(自称)友達の黒子さんの友達、と、は指を折りながら言った。

「そうなんだ」
「はい」

話題がそろそろ切れてきたと感じていたにとって、共通の知り合いがいるというのは有り難かった。火神についてはあまり詳しく知らなかったが、話を聞くことができる。
だが、氷室の顔を見て、その考えが吹っ飛んだ。

「勝つよ」

はぞっとした。血圧が急激に下がった気がした。
下の名で呼ぶのだから仲が良いのかと思ったが、そんな相手にする目ではない。冷めた目、内から滲み出る闘争心。

「はい…頑張ってくださいね」

は咄嗟にそう言った。氷室は先ほどの雰囲気とは一転して、きょとんと子供のような顔をした。

「どうかしましたか?」

まずいことを言ったのかと、は怯えた。の中に氷室は「恐い人」とインプットされていた。

「いや、そう言われるとは思ってなくて…」
「…そうなんですか?」
「だって、タイガと友達なんだろ?」

(友達の勝利は祈るもの?祈るもの、だよね…)

は考え込んだ。は海常の生徒で、バスケ部に友人がいる。だから、最優先は海常の勝利だった。
その他の学校にいる知り合いはどうだろうと考えたとき、は勝てば嬉しいが負けたからと言って、悔しいと言うことはないと思っていた。
実際に夏の大会で誠凛が桐皇に負けたとき、残念だとは思ったが、悔しくはなかった。

「私は、あんまり勝ち負けとか、気にしない…の、で…いえ、不謹慎ですね…」

は自分の言葉を自分で打ち切った。黄瀬が負けたときのことを思い、この考えは不誠実だったのだと思い出した。

「スポーツは戦いです。勝つことが大事なんですよね…」
「そうだね…」

が自分に言い聞かせるように呟いた声に、氷室は何と言っていいか分からず、曖昧に相槌を打った。
がたんがたんと電車が揺れる。沈黙が続く。
は先ほど言ったことをぐるぐると考え込んでいた。変なことを言ってしまった、とは後悔した。

「私…」

ぽろりと声が漏れてしまった。

「ん?」

氷室は、にこりとに笑いかけた。すっと気持ちが軽くなるような気がした。

「勝ち負けとか、ずっと、あんまりこだわりなかったんです、よ…ね。わくわくして、ドキドキして、それだけで良いって、思ってました」
「うん」
「でも、うちの学校が、友達が、仲良くしてくださった先輩方が、負けたの、見て、凄く悔しかったんです。すごく悔しくて、恥ずかしくなりました。勝ち負けに拘らないって、言ってた自分が、情けなくなりました。あんなに…みんな頑張ってたのに…」

思い出して、涙声になった。初対面の人に何を言っているのだ、とは思った。だが、氷室は全てを受け入れてくれるような気がした。

「勝ち負けは絶対だよ」
「はい…」

責められている気がした。酷く自分が情けなくなった。

「してる側はね」

は顔を上げた。

「でも、見てる人がどう思うかはその人の自由だ」
「…そうですね。勝ったら、嬉しいです。負けたら悔しいです。でも、私は、それだけじゃないって、思ってます。それで、良いんですよね…」

は、黄瀬に、言われたことを思い出していた。

『負けたら終わりで、やっぱり勝ち負けで、負けて、でも、俺、さんに、見て欲しくて、俺の、俺たちのバスケ、嫌いになって欲しくなくて、』

は心の中で再び「嫌いになんかならないよ」と言った。

「えっと、氷室さん、ありがとうございます。なんだか、ちょっとすっきりしました」
「いえいえ」

氷室は優しい笑みを見せた。はじんわりと体が熱くなるのを感じた。

(いやいや、ちょっと優しくされたからって…!されたからってぇぇ!)

「…し、試合で見るのと、みんな印象変わりますよね」

は、自分の中の考えを打ち消すように、そう言った。氷室はうーん、と考え込むように上を見た。

「そうなの?自分では分からないな…俺はどんな人だと思った?」
「こんなに気さくな人だとは思いませんでした。もっと、無口な人だと思ったんです」
「よく言われる。何でだろ」
「ミステリアスな雰囲気が漂ってる気がします」
「ミステリアス…」

氷室はの言葉を反復し、考え込んだ。

(あと、なんか高校生とは思えぬフェロモンが…)

は、帰国子女クオリティか?と思ったが、口に出さなかった。それに、火神も同じく帰国子女だったが、色気よりは食い気だ。

「あ、黄瀬君が、凄い…鮮やか?なプレイだって、驚いてました。一瞬シュートに行くの分からなかったって。残念ながら、私はまだ観戦初心者なので、よく分からなかったんですけど…」
「ありがとう」
「はい、どういたしまして?」

率直に意見を述べる氷室に、はたじろいだ。

「あ、着きましたよ」

アナウンスが到着を告げた。は鞄を持って立ち上がった。氷室もそれに続く。

「良かった、開会式間に合いそうだ」

時計を見ながら、氷室は言った。

「良かったですね。まぁ、開会式なんて、長い挨拶と選手宣誓があるくらいですよ。きっと。フェアプレイを心がけましょう、みたいな感じです」

運動会の挨拶を思い出しながら、は言った。

「確かに。インターハイの時も、俺いつ終わるんだろうって、そわそわしちゃって」
「あー…分かります。もう終わるだろうっていう話の流れで、そして〜とかって話が続いちゃうとがっかりします」

は氷室の前を歩きながら相槌を打った。

「敦なんて、お菓子食べ出しちゃって。しかも開けにくい袋だったらしくて、中身ぶちまけて、大変だったんだ」

思い出し笑いをしたのか、口元を押さえながら氷室は言った。黄瀬や黒子の話を聞いて、は紫原という人物が大層気になっていた。そこでこの会話だ。

「お菓子!?そ、それは大変でしたね…敦さんって、あれですよね、キセキの人ですよね。えっと、2mくらい身長があるんですっけ?」
「そうそう」

苦笑いをして、氷室はの後ろを着いていく。

「私より40p以上上なんですよね…どんな世界なんでしょう…色々な物が見えそうですね」
「そんなこと思ったことなかったな…」

どんな世界が見えているのだろう、その言葉は、氷室の胸にじんわりと広がった。そんなことをいうにはどんな風に世界が見えているのだろう、と氷室は思った。
氷室は上を向いた。紫原の目線の位置を思い出していた。

「椅子の上に乗って教室見回したら、見える世界が全然違って、不思議な感じがします。それが、ずっと見えてるんですよね…」

は感じ入ったような声を出した。氷室はその様子を見て、目を細めた。

「そうだね」

氷室は頷いた。

(なんか、変な雰囲気の子だ…)

と氷室は思った。は独特の世界観を持っていた。

「あ、じゃあ、私はこっちから行きますんで、お別れですね。楽しかったです。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。無事たどり着けて良かった」

氷室が出した手に、は応えた。ぎゅっと握られる。元々握手文化でないので、は握手慣れしていなかった。思ったよりも強く握りしめられ、これが握手なのか、と感心した。

「はい!頑張ってください!」
「うん、see you again!」

滑らかな英語が氷室の口からこぼれ落ちる。氷室が遠ざかっていく。完全に見えなくなり、は振っていた手を下ろした。

「よし、じゃあ行くか」





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