春の日差し






春の暖かなぬくもりに負けて、私はそれ程大きくない玄関ホールのフローリングに寝転がった。程よく暖かく、風がそよそよと頬を撫でる。心地よい日差しが体全体を照らす。これは植物じゃなくても恵みだ。
何度か寝返りを打つが、一番良い体制は大の字だった。
ああ、このまま世界に溶けていったなら、なんて極上の幸せだろう。

「ただいまー…さん…?」

沖田くんの声がする。目を開けると、視線が交わった。しゃがみこんで私の顔を覗き込んでいた。

「何してるんですか?」

沖田くんの暖かな手がおでこに触れる。髪の毛をわしゃわしゃと撫でる手が少しこそばゆい。

「お昼寝」
「僕もお昼寝しようかな」

ふわりと微笑む彼の顔は穏やかだった。私よりも色素の薄い髪の毛が光に照らされていつもより色鮮やかに見えた。
俯いて私の顔を覗き込んでいるため、逆光になって、彼の端正な顔に柔らかい影が出来ていた。彫刻みたい。まるで芸術作品だ。

「うん、良いよ」

そう言うと、沖田くんは大の字に寝転がった私の腕に頭を乗せて、目を閉じた。あったかい、なぁ。

あったかい。微睡みの中思った。


***


どれくらいの時間が経ったのか、意識が一気に浮上する。少し肌寒い。外は暗かった。

昼は日差しが暖かいが、日が落ちるとまだまだ寒い。沖田くんは私の身体にぴったりとくっついていた。私は風邪を引かないが、彼は生身の人間なのだ。頬に触れるとひんやりと冷たかった。

「沖田くん、起きて、」

くっついている沖田くんの身体を揺さぶる。

「ん…ぅ…」

声が漏れる。先程より強く声を発する。

「起きて、」
「くしゅ…」

私の声に反応するように彼はくしゃみをする。

「部屋、入ろう。ご飯にしようか」
「はぃ…」

まだ意識がはっきりしていないのか、反応が鈍い。フローリングの床に座り込んで目を擦っている。目が傷つくからと、彼の手を目からどかす。一瞬彼の碧の目と視線がかち合う。

「目薬さしてあげるから」

立ち上がって、部屋に入ろうと廊下を歩き出すと、背後から衝撃が加わった。

「どうかした?」

後ろから腰周りに手を回される。

「別に、なんか、さんの傍って落ち着くから」

彼を背中にくっつけたままドアを開く。手探りで電気をつける。

「何かあったの?」

しばらく間が空いて、沖田くんはぽつりと呟いた。

「岡さんが…」

首筋に沖田くんの息がかかる。彼との距離がこんなに近くなったのはいつからだっただろうか。彼がここに来てから一年が経っている。帰れないかもしれないという思いが、根づき始めているのかもしれない。

「あんまりさんのことを無条件に信じるなって」

面白くないと、玩具を取り上げられた子供みたいな、声音。

「あはは…岡さんって、なんで私のこと目の敵にするんだろう…」

私のお腹の前で結ばれた手に少し力が入る。茶化して欲しくない、そんな感情が彼と触れ合ったところから伝わってくるようだった。
そっと、彼のその手に触れた。少しだけ冷たかった。暖かいお茶を入れてあげよう。

「僕自身、分からないんですよね」

彼のおでこが、肩に擦りつけられる。彼の髪の毛が、首筋にチクチクとささるのが、くすぐったくて身をよじった。

「突然知らない所にいて、目の前にいる人は、敵かもしれないのに…それなのに、信じられると思ったんです」
「そっか」

彼の熱を背に感じながら、また眠気が襲ってくるのを感じた。

「うん、だって、信じられないでしょ。僕が生きてたのは、もう140年も前の話で、それ以前に、この世界は僕の生きていた世界とは違うんだって」
「うん」

懐かしむような声。帰れなかった一年。

「この世界の沖田総司と、僕の世界の沖田総司は違うなんて、そんなこと、信じられないでしょ?」
「そうだね」

目を閉じた。
彼の心音がトクトクと規則正しく静かに聞こえた。

「不思議ですよね、なんでかな…さんの言う事なら信じられるんです」
「そっか」

彼の不安な気持ちを、もどかしい気持ちを、私は少しでも和らげてあげられているのだろうか。そうだとしたら、私がこの世界に来た意味も少なからずあるのだと、そう思えた。

私は少し疲れていたのだ。海賊をしたり、敵と戦ったり、少ししんどかった。だから逃げるように、この世界にやってきたのだ。

「僕が、この世界に来たのは…意味があるのかな…」
「私は、きっとあるんだと思う。…あるんだと思いたい」

沖田くんは、「僕もそう思いたい」と小さな声で言った。





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