乙女の夢
「暇だぁ…」
ジンは今、神社巡りに出かけている。先日は寺院巡りをしていた。
近い所を片っ端から神社も寺も一度に巡れば良いのに、と私は思うのだ。しかし、神社と寺は違う!と言って、一日のうちに神社と寺を巡ることはしない。そりゃぁ神社と寺は違うけど、それを言うなら寺も一つ一つ宗派が違うだろうに。
「はぁ…。沖田くんなんか粗相しないかなぁー」
はぁ、と溜息を吐きながら私は、片膝を立てて座り、一人ごちていた。道場で刀を振るっている沖田くん。もう見慣れた姿である。夏も、もう直ぐ終わり。そろそろ秋の装いに変えるだろう木々を何となしに眺めた。
「突然どうしたんですか?」
ひょっこりと顔を出したのはこの道場の主、岡 剣三郎。主、といっても彼がこの道場で汗を流しているのは見たことがない。この道場を使用しているのは、沖田くんと、近所の物好きなおじ様方数人だけだ。
「だって、青年のお尻ペンペンは乙女の夢でしょ」
「変態の夢ですか?」
私の話を聞いていなかったのか、というか彼が私の話を聞いた試しなど無いが、すかさず私の言葉に相槌を打った。いや、話を聞いていないのだから、相槌ではないだろう。この男と言葉のキャッチボールをするのは、一生無理だろう。しかし何故か傍から見たら漫才をするように噛み合って見えるもんだから、不思議である。
「話聞いてた?私乙女の夢って言ったよね?」
彼の方を見て、私は頬を膨らませた。
「はて、」
何を言っているのか、という風に彼は顎に手を添えて、飄々と応えた。
「おいおいおいおいおい、バッチリ聞こえてただろ。このすっとこどっこい!」
ピシッと中指を立てて見せたが、彼は壁にもたれかかり、はははと笑った。全く聞く耳を持たない。これ以上の問答も意味は無い、そう思って口をつぐんだ。
溜息を吐いた。立てた膝に肘をついて、その手で頭を支えた。そして刀を一心不乱に振るう沖田くんの姿を見ていた。
「っていうかさ、皆して私が変態って…私は変態じゃない…!!スケベよ!」
「いや、それ威張ることじゃないですから」
頭を支えている手と逆の手を握り締めて力説するが、それもスパッと斬られてしまった。しばらく私は黙っていたが、やる気の無い気だるい声で、
「刀マニア。刀フェチ。刀狂」
そうすると、彼は照れたように頭を掻き、「いやぁ、それほどでも」と言ってのけた。
「誉めてねぇよ」
両者、沖田くんから目を離さない。コイツの顔を見ているくらいなら、沖田くんを見ていたほうが有意義だからだ。それは相手も同じ事。
「それにしても、沖田さんの剣捌き、惚れ惚れしますねぇ・・・はぁはぁ」
「気持ち悪い…」
ちらりと岡さんの横顔を見てしまった。紅潮した頬、くもる眼鏡、はぁはぁと荒い息。どう見ても変質者である。すぐさま沖田くんに向き直る。口直しだ。
「気持ち悪い代表に言われたくないですね」
「それほどでも」
そう言う岡さんの言葉に先ほどの彼の言葉を冷静に反復した。
「誉めてませんから」
にっこりと、柔らかな声音で言われた。その柔らかい音が余計に気持ち悪い。
「なに漫才してるんですか?」
「あ、沖田くんお疲れ様」
汗をだらだらに流した沖田くんがこちらに歩いてきた。スポーツドリンクの入った水筒とタオルを渡した。
道場は熱が篭る。いくら猛暑は過ぎたといってもまだまだ暑い。こんな所でこんなに汗を流せば熱中症になるだろう。
ありがとうございます、と沖田くんは水筒の中のドリンクをコクリと飲み込んだ。健康的な少し日焼けした肌、汗の伝う喉が、飲み込むたびに動く。その様から目が離せずにいた。熱の篭った赤い頬、気だるげにまどろんだ瞳、
「どうかしました?」
「え?ううん、なんでもないよ?」
曖昧にそう答えたが、無いはずの心臓がドクドクと言っているような気がした。
「あ、そういえば、さんが沖田くんのお尻ペンペンしたいっていってました」
「おいぃぃぃぃぃ!!!本人に暴露ぉぉぉ?!ちょ…気は確かか!こいつだって、沖田くん見てはぁはぁしてたから!私一人じゃないからね!」
岡さんの甚平の襟元を持ってぶんぶんと振るが、あはははははと、岡さんは笑っているだけ。
ぱちくりと目を瞬かせながら沖田くんはこちらを見てくる。そんな綺麗な目で見ないで…!!
と、思っていたのも束の間。その目がすぅと細められたと同時に、口端が持ち上がり、嫌な笑顔が表れる。ああ、うん、そういう顔も嫌いじゃない、でも、でもなんか変なオーラが背後に出てる。これブラック沖田じゃね?ブラック光臨?
「覚悟は出来てるってことですか?」
「なんのぉぉぉぉ…?!なんで刀構えてるのかなぁ…?」
先ほどまで振るっていた木刀ではなく、彼の手には真剣が握られている。
しかも怪しく光る刀身が全て鞘から出ている、つまり抜刀状態な訳で。
「愚問です。変態同士仲良く葬ってあげますよ。世の中のためです。本当、変態ですよね」
『それほどでも』
意図せず、私たちは声をそろえてしまう。
「誉めてませんからね」
にっこりと笑う沖田くんは、なんでそんなに活き活きして見えるのか。
「ここで散るのも本望です」
岡さんは岡さんで、始終笑顔で、なんか悟り開いてるし。っていうか、ちょっと喜んでる。斬られるの本望っていうか、寧ろ斬ってくれ、という勢いだ。
「ちょっと…!!逃げようよ!」
岡さんの襟元を掴んで、必死に引っ張っていこうとするが、頑なに動こうとしない。カチャ、と沖田くんの刀が音を出す。ああ、それ好き。暴れん坊将軍のワンシーンを思い出す。刀を峰に返す時の音。
「まぁ、峰打ちにしますから」
彼は自分の左手にポンポン、と刀の峰を落とす。大丈夫って…吉宗公は皆峰打ちだけど人バッタバッタ倒れてるから!あれってすごい痛いんじゃないの!?
見下す、沖田くんの目は冷たい。でも端々に楽しんでいるような色が覗える。
「いや、十分痛いから。十分に威力大!」
「問答無用!!」
それ、峰じゃない!刃こっち向いてる!何時の間に返したんだぁぁぁ!!
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