君を呼ぶと。



季節の変わり目だからか、雨の日が続いている。太陽が隠れるとまだまだ寒い。部屋には暖房がまだ点いていた。昨日容れた灯油が役立った。もう要らないだろうという私に、ジンがあともう一回買っておこうと言ったのだ。私たちは凍える事は無いが、沖田くんは生身だ。

「雨止まないねぇ」
「明日も雨みたいですよ」
「まじかー…」

窓の外を見ると、確かにすぐには止みそうにない。
雨の日は洗濯物も乾かないし、何となくフローリングが湿っぽくて嫌いだ。

「ちょっと冷えますね、コッタツー」

窓際が寒かったのだろう、沖田くんはコタツの傍に駆けて行った。

「あんまりぬくぬくしてたら、後が辛いよ」
「若いんですぐにまた慣れますよ」
「またそんなこと」

コタツ布団を捲ったところで、

「総ちゃーん」
「うわ…!!」

後ろからジンが飛びついた。その衝撃に耐え切れずに、沖田くんの体が前に傾く。このままだと机とごっつんこだ。

「よいしょ!」

寸での所で沖田くんの身体を抱き寄せた。

「すみません…」

申し訳なさそうに沖田くんは謝るが、私はそれよりも彼の首に回されたジンの腕が首を締めているように見えて心配だった。

「大丈夫ですよ、」

私の視線で分かったのだろう。少しバランス崩しただけです、と彼は苦笑いした。しかし首だけではなく、しがみ付かれている腹も苦しそうだ。

「大丈夫ですって。さんは心配性だなぁ…」
「それなら良いんだけどね」

本人が良いと言うのだから、大丈夫なのだろう。意地っ張りなところがあるので、安心は出来ないのだが。

さんって力持ちですよね」

少し不満げに彼はそう零した。彼が私の方に倒れてきた時に、それを軽々支えたことを言っているのだろう。

「そうかな?」

そうですよ、と先ほどより更に不機嫌な声で沖田くんは言う。僕も鍛えてるんだけどなぁ、と独り言のように呟く。年相応に見えて、少し笑ってしまった。

「そうだね、良い筋肉してる」
「そういうことじゃなくて…っていうか、そんなに見ないで下さい」

淡い青色のシャツを着ている沖田くんの胸元は、ボタンが3つ開いている。これを見るな、と言う方が無理なお願いだ。

「えーそんな事言われると余計見たくなるよ」
「変態!」

沖田くんはシャツを、胸を隠すように握り締めた。

「やだなぁ」
「誉めてないんだけどなぁ」

テレ、と私が頭を掻くと、沖田くんは呆れた。そして眉を下げて笑った。この笑顔も何度見ただろうか。きっと私は彼が笑った顔が好きなんだろうな、と顔が緩んだ。
そんな顔をいつも沖田くんに見られている。でも今日は何故かとても気恥ずかしくなって、沖田くんの身体に抱きついた。

「沖田くん、がばー」
「うわっ…」

私が抱きつくと、彼は驚いて体制を崩した。

「総ちゃん、がばー」
「お?」
「ちょっ…」

いつの間にか沖田くんから離れていたジンが、私の後ろから突進してきた。いよいよ支えきれなくなって、彼を押しつぶすように3人揃ってソファの上にダイヴした。
ソファの上で3人折り重なってじゃれているのはとても奇妙な状況だ。とはいえこの家に私たち以外の住民がいるとすれば猫だけなので、気にすることはない。野次馬な猫たちは、ソファの下で何してるの?とまん丸な大きな目で見ていた。

「もぅ…二人して何なんですか」
「えへへ」
「えへへ」

ソファはキシキシと悲鳴を上げている。沖田くんは今度こそ心底呆れたような顔をしたが、胸にくっついている私たちを沖田くんは引き離そうとせず受け止めていた。

「えへへ、じゃないですよ…重いです」

そう言いながら沖田くんは左手で私の頭を、右手でジンの頭を撫でた。

「大丈夫、沖田くんはちゃんと鍛えてあるから大丈夫〜」
「もう…」

沖田くんは諦めた、と言うように両手を彼の頭の上に投げ出した。

「総ちゃんは、あったかいねー」
「沖田くん子供体温」

沖田くんの人肌は温かくて、ぽかぽかしていて眠くなってくる。

「そうですか?平助君の方が子供体温ですよ。さんたちが触れたら火傷しちゃうかもしれませんね」
「あはは、確かに」

私の言葉に重なる声が無い。隣を見ると、ジンがスピーと寝息を立てていた。

「ねぇ…、さん、」

静かな声音。右耳からは沖田くんの身体の中から聞こえる音、左耳からは空気の振動によって聞こえる音。

「ん?」
「なんでさんは下の名前で呼んでくれないんですか?」

特別な理由があるわけではない。筈だ。元々気安く人の名を呼ぶ方でもない。癖のようなもの。
だが、家族同然に生活しているにも関わらず、ずっと名で呼ばないのも不自然だ。

「ん〜?そうだね。別れが辛くなるから、かな」

私にも分からなかったが、口を付いて出た言葉を私自身信じていた。これ以上の問答をしても仕方が無い。私の中には、これ以上聞かれても答えられる答えがない。

「私も、眠くなっちゃったな…寝てもいい?」

睡眠は必要の無い身体だ。それでもこうやって眠くなるのは、単なる思考停止だろうか。

「いいですよ。おやすみなさい」

彼の大きな手で頭を撫でられると、意識が段々薄れていく。それは眠りに落ちると言うよりはコンピュータのシャットダウンに近い。

「僕は、もう寂しいですよ…」

その呟きはしっかりと私の耳に届いていた。
でもきっと聞いて欲しかったわけではないのだろう。だから私は聞かなかったことにした。

「おやすみなさい…さん」






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