君の体温でサンドウィッチ
彼の着ている袴が少し解れているのが見えた。「縫うよ、」と言って座らせた。袴はズボンと違って余裕があるので、穿いたまま縫っても大丈夫だろう。
沖田くんは私が縫っていくのを、じっと見つめている。突然彼はポツリと私に尋ねてきた。返事を必要とするような質問の仕方ではなかったが、内容はどう考えても答えを求めるようなものだった。
「さんって、一体いくつなんですか?」
無言で彼の言葉を頭の中で反復していた。真顔になっていたかもしれない。沖田くんは、はっと気付いたように早口で言った。
「あ、女の人って年齢聞かれるの嫌なんでしたっけ」
沖田君の方を見たのは一瞬。直ぐに視線を戻し、小鋏で糸を切る。
「ううん、別に気にしないよ」
裁縫道具を仕舞いながらそう答えた。
そうは言ったものの、本当の事を話すべきか。適当に誤魔化すか。
ぼんやりと木々を見た。さぁ、と風が吹く。
どのくらい時間が経ったのかは分からなかったが、彼が心配するほどには時間が経っていたらしかった。
「あの、さん?」
その心配そうな目を一瞥し、彼の質問同様ぽつりと答えた。ただ近くにいる彼には聞こえるくらいの声だった。
「242歳…多分。あー人間だった時も合わせると更に…いや、でも一度は死んだんだし…」
「は?」
沖田くんは、私の言葉に声を漏らした。
最後の方は私の独り言に過ぎなかった。もごもごと私の口の中でかろうじて音になったくらいの呟きだった。とはいえ肝心のところは聞こえたはずなのだが、もう一度私は先程より少し大きな声を出そうと息を吸った。
「だから、二百…」
「あの…聞こえ!…………ましたから…」
沖田くんは私の服の裾を持って俯いていた。
「人間じゃないって、こういうことだから」
少し突き放すような声色だったかもしれない。私もこの身体の事を話すのは、あまり気持ちの良いものではない。心と身体が噛み合わない。普通だと思っている私の心情、そして普通ではない身体。
「そう、…なんだ」
しばらくの沈黙の後、紡がれた彼の呟きは自分に言い聞かせるような響きを持っていた。
「そうだよ」
「長生きなんですね」
私の語尾と重なるくらいのタイミングで沖田くんはそう言った。今日以上に彼との言葉のキャッチボールが出来ていない日はないだろう。
「……ジンは多分私の10倍は生きてるよ」
沖田くんは無言だ。混乱しているのかもしれない。思案顔で私の口元をぼんやりと見ていた。
「さんから見たら、僕って、子供、ですよね…」
「そういう切り替えし?」
うーん、と顎に手を添えて沖田くんは戸惑いがちにそう言った。引いている感じの反応ではない。彼の考えていることは、いつも分からない。
心を覗き見ることはできるが、それをしないのは怖いからかもしれない。
私の視線も気にせず、沖田くんは再び考え込んでいる。何か言った方がいいのか、否か。
「別に長生きしてるから偉いわけじゃないし…ね」
そう言うと、下を向いて考え込んでた沖田くんのペリドット色の瞳がこちらを向いた。
なぜか、ぞっとして私はたじろいでしまう。時々彼は酷く澄んだ目をする。
何を考えているのか分からない、でも触れてはいけない、そんな気迫のようなものを感じるのだ。神聖なものにも見えた。
「私は、ね、生きてる、時間が問題なんじゃないと思う」
必死に言葉を紡ぐが、その言葉が口に出したそばから崩れていくような錯覚に陥る。滅茶苦茶だ。ちゃんと喋らないと、そう思うのに頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「どんなに短い人生だったって、その人生が死ぬ時にああ、良かったって思えるのなら、それは凄いことだと思うし、それに、長く生きてたって、知らないこといっぱいあるから。私には一生かかったって、沖田くんの生きている道は見えないよ」
何が、言いたいんだっけ。混乱している。
沖田くんの反応が思ったものと違ったからだろうか。分からない。どうして今私はこんなに乱れてるんだろう、何に乱されてるんだろう。
「、さん」
ぴくりと身体が震えた。
「手、震えてます」
彼の目が怖い。そうだ、彼の目が怖いんだ。だからこんなに、乱されてるんだ。
震えている、その手で沖田くんの目を覆う。力が入り過ぎて手が彼の肌に触れるときにぴちん、と音がした。
「…痛いんですけど。それに意味がわかんないです」
「私にも分からない…」
とりあえず目を見なければ良いんだよね、と短絡的なことを考えて、彼の目を覆ったのは良い。
ここからどうしよう。どうすれば良いんだろう。
そう考えていると、「なんですか、それ…」と沖田くんはくつくつと笑う。
ああ、そうか。
「私は、沖田くんの生き様、尊敬する。ってことが言いたかったんだと思う」
彼の目を覆う私の手を、彼の手が更に覆った。彼の手の方が大きいため、私の手はすっぽりと覆われてしまった。
掌には沖田くんの顔、手の甲には沖田くんの手の温度を感じる。
沖田くんの体温にサンドされてる、沖田サンド?それとも、スペシャル?
「さん、今どうでもいいこと考えてるでしょ」
「うん、分かる?」
「それ、多分さんの悪い癖だよ」
確かにそうかもしれない。ぐるぐる考えて、そのうち考える事に疲れて、思考がバラけて混乱して。そうして短絡的な行動で誤魔化して、結局どうでも良いことを考えて無かった事にする。
「それ、さんの生きる術なの」
確信でも、尋ねるでもない。そんな言葉だった。
咄嗟には応えられなかった。でも相当にストンと腑に落ちた。
「うん、そうかも」
「なら、仕方ないですね」
「…仕方ないって、言ってくれるんだね」
「僕はいつもさんを甘やかしてるつもりなんですけどね」
いや、それは嘘だ
「嘘じゃないんですけどね」
「私って分かりやすいのか…」
「それ今更ですよ」
私はがっくりと肩を落とした。
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