それなら私も共犯だ 2




 は森山を眺めていた。心の奥底に刻みつけるように、じっと。だが、しばらくしては森山の肩を揺すった。気温は低くない。ちゃんとタオルケットにくるまっているので、風邪の心配はなさそうだが、この体勢ではどこか痛めてしまう可能性は否定できない。
そのまま運んでやっても良かったが、急に不安になった。このまま目覚めないのではないかと、そんなことを考えた。

「体痛くなっちゃうよー…」

しかし反応しない。不安を振り払うように、はおどけて見せた。

「…………キスしちゃうぞぉ…なぁん…」
「どうぞ…」
「て、わっ!起きてた!」

気だるげな返事。は跳び跳ねるほど驚いた。

「んぅ…眠い…」
「こんなとこで寝て…」
「せんせぇだって、ねてんだろ。タオルケット、おいてあったし…ん」

舌足らずな様子が妙に可愛くて、思わず口づけた。普段はしゃきっとしている男がこんなにも気を許しているのだ。女心を擽られたのか、男心に訴えられたのか。

「せんせぃのスケベ」

と甘い声で言うものだから、は堪らなくなった。男心の方かな、などと考えつつ、は森山の耳朶を弄りながら再度口づけた。甘い声と水音が暗い部屋に響く。

「ちょちょちょ…」

森山は首を捻り、の胸を押した。

「何、どうしたの、」

と焦ったように、森山は言った。眠気でとろんとしていた瞳が、今はしっかりとした意思をもってを見ていた。

「いや、なんか………」

そこまで言って、は言葉に詰まった。森山が困った顔をしての頬を撫でた。

「大丈夫か?」

森山はソファに腰掛け直し、を覗き込んだ。こんなときの森山は森山さんを連想させた。

「……う、ん…大丈夫、です」
「先生って、突然落ち込むよな」
「うーん…まぁ…いや、色々とね、考えちゃうわけですよ…いつまでも思春期なんで」

にひ、と笑った。

「ふ…先生自分が一体何歳か知ってる?」
「んー…何歳だったかなぁー」

青暗い空。月を隠す雲はそれほど濃くはない。それでも今夜は雨だろう。雨の匂いがする。
人だった時より優れた五感。人でないと思い知る瞬間。すぅ、と息を吸う。少し生温い空気が、からっぽの体内に入っていく。

「自分って何だろうとか、……吹っ切れないの。生物じゃない、何者でもない私は、…訳の分からない木偶に、心が埋まったみたいな不思議な存在である私は、」

そこまで言って、口をつぐんだ。森山がを咎めるように見つめていた。怒りではない。哀しみが写る瞳は、不安げに揺れている。

「その木偶を二度も好きになった俺の立場も汲めよ」
「…そうだねぇ…」

はにこりと笑ったふりをした。

「人間に戻りたいとか、考えたことあんの?」

暗闇の中でと目を合わせようと、森山の瞳は限界まで大きく開かれている。まるで黒曜石のように黒々としたそれに、は吸い込まれそうだと思った。

「無いと言えば嘘になる、よ…。でも…今の私を否定もしたくない…だって、この出会いまで、否定したくないからね…」

は優しい声でそう言った。意識して出したのではない。自分に言い聞かせるように呟かれ、それはどこか諦めにも似た響きを持っていた。

「それは反則」

ぷぅと頬を膨らませた姿は可愛らしい。初めて′森山さん′に会った時よりも、いくらか幼い。そして目の前の男はやはり′由孝くん′なのだ。手放したくない。そう強く思うのだ。

「由孝くん…」
「ん?」
「………やっぱいい…」

はソファに腰かけている森山の膝にこてんと頭を預けた。

「なんだよ、それ。気になるんだけど…」
「……絶対言う。今は……」

は森山の膝にすがった。森山はふわりと笑んで、の頭を撫でた。その所作があまりにも優しくて、じわりと心が温かくなる。瞼が重くなり、気付けば眠りに落ちていた。
ふと、意識が落ちる直前、

      この子の隣にいるのは、きっと今日保健室に来た少女達のような者なのだろう

そんなことを思った。



**



唐突に覚醒した。は夢を見ない。夢から覚めるというような感覚はない。パソコンが起動するような目覚めである。
ふと頬だけが妙に熱いことに気付く。ばっと顔をあげた。昨晩は森山の膝に顔を預けて寝てしまったのだ。
ソファに腰かけた状態で規則正しい寝息をたてる様は絵になりそうな風体である。

「ん…」

と吐息を漏らす。よく見ると肌がしっとりと汗で濡れている。
そっと森山の唇に触れる。盛りのついた犬のように、は森山に欲情していた。痛みも熱さも、はリアルな感覚として感じているのではない。記憶がそうであると「理性的」に「感じて」いるのだ。つまり、は本能的に肉体が欲情しているのではない。理性的に森山を犯したいなどと考えているわけである。

いや、ただ自分のものにしたい、そんな独占欲といった類の感情だ。森山の何もかもを手にしたい。彼の何もかもを知っているのだという自負が欲しい。それがこの世にたった一人、自分だけだったならどれほど幸福だろうと思うのだ。

「こりゃ……」

は頭を抱えた。末期だ、そう思った。
森山が呻いた。ゆっくりと目が開かれ、ふらふらとさ迷っていた視線がを捕らえた。

「ごめん…結局ここで寝させちゃったね…」

ぱちくりと、森山は瞬いた。そしてふわりと微笑んだ。

「良いよ。甘えたな先生とかレアだし」
「……そうでもない、と思う、よ…?」
「先生のお父さん?が先生は格好つけだって言ってたんだけどさ、無防備な姿見せてくれるくらいには、俺のこと信頼してくれてるんだよな…なんか、それが嬉しい…」

と森山ははにかんだ。きゅん、とどこかで音がした。やっぱり女心だ!と辰宮は場違いに安堵を覚えた。

「そう言われると恥ずかしいな…」

は心中穏やかでなく、しかし表面には微塵も出さずに微笑んだ。可愛過ぎるんだって!と、は心の中で叫んだ。気を取り直して、はにっこりと営業スマイルをした。

「風呂、入っておいで」
「んー…先入ってきて。先生、昨日風呂入らないで寝たろ」
「うわ、ほんとだ!あ、一緒に入る?」
「遠慮する。だって昨日から先生、変だし…」

森山はにやりとした。

「えー…」

確かに昨日から森山に性的な悪戯を連想させるような雰囲気を、は出している。警戒されて当然だろう。いや、が強く望めば、森山は抵抗しないのだが。だから森山は敢えて挑発するような態度を取った。が誘いに乗らないことが分かっていて、やっているのだから質が悪い。が襲うということは今までない。人でないくせに、世間体や法律などという道徳に阻まれているのだ。

「ん、じゃあ入ってくるね」
「ああ…」

森山はそう言って、ソファに突っ伏した。よっぽど眠かったらしい。そういえば昨日から疲れて見えたな、とは何とはなしに思った。




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