「で、結局どっちもにしたんだ?」
「ええ!」

合宿の要項が書かれたプリントを受け取った。こういうお知らせも彼女が書いているのだろうか。何でもできるというのも考え物だ。

君は、どう?来られそう?」
「んー…大丈夫、だと思う。おっさんの飯が心配なくらいで」
「おっさん?」
「俺の居候してるマッサージ店の店主。飯一切作れねぇからなぁ…厳つい顔して、名前静香っつーの。ウケる」

その実全くウケた様子もなく平坦に言い切った。

「へぇ…ずっとお世話になってるのよね?…記憶は、全然?」
「うん、まぁ。不自由ないんだけどね。案外俺おじさんだったりすんのかな、とかは思うけど」
「ポジティブねぇ」
「結構快適で。…おっさん暴君だけど…亭主関白これぞ正にって感じだけど。それほど苦じゃないし」
「それ、男子高校生がおじさんに言うことじゃないでしょ…」

そういう男に弱いのかなぁ、などとどうでも良いことを考えた。女の影が全く無いので、本当にソッチ系かと心配したこともある。だが猫だけが友達のただの寂しいおっさんだ。恐らくが居なければ、客が来ない限り一言も発しないような、そんな男なのである。
はリコから受け取ったしおりを見る。日程はどちらも一週間を超えない。修学旅行は海外で一週間留守にした。洗濯物は溜まっていたし、不健康そうな食生活をしていたようだが、一週間では死なない。大丈夫だ。

「大丈夫、あのおっさんがとやかく言うようなら、この地球は明日には滅んでるはずだから」
「凄い言い様ね…」



予想通り、「勝手にしろ」の一言で片付けられた。それはそれで寂しいものがある。結局居ても居なくても良いということだ。
ちらりと青峰の顔が浮かんだ。こういうことだぞ!とは、脳内に思い浮かべた青峰の顔に叱咤した。四六時中好き好きされるのは鬱陶しいが、要所要所でちゃんと好意を伝えて欲しいものだ。半年に一度くらいで良いのだ。
なんて慎ましい願いだろうか、とは自画自賛した。それを男子高校生に求めるのも酷というものだが。

「気を付けてな」
「…槍でも降らす気ですか?」

が「信じられない」という顔で言うと、静香は盛大に舌打ちした。

男には乙女心は分からない。だが乙女には男心が分からない。
笑うところだ。これを見た目男二人でやっているのだから、誤解もされる。


**


夏休み。
は美術部の活動が終わってから、バスケ部の方へやってきていた。
合宿の話、そして日向の喝も済んだ。そして部員は一斉にの方を見た。

「えぇっと、もう皆さん知ってると思いますが、です。今日から、一応部員になります。よろしくお願いします」

ぺこんちょとお辞儀をする。ぱちぱちと拍手が起こる。

「兼部だから、あんまり無理は言えないけど、試合ではベンチに入ってもらうわ。合宿もついて来てくれる。力強いわ!」
「相田さん、あんま持ち上げないで」
「ん?」
「あ、ん、ま、持 ち 上 げ な い で」

力強く言う。リコは数歩後退さった。

「え、ええ…そう?」

こくりと頷く。

「まぁ、くん居るからって、無茶だけはしないで」
「寧ろ俺は無理させないよ。わがまま言ったら、うん。楽しみだなぁ…」

と言っておけば、部員たちは最悪の事態を勝手に想像する。
皆の顔色がさっと悪くなったのを確認して、はにっこりと笑った。何を思い浮かべたのかが気になるところだ。一体何キャラにされているのか。

そういえば、と木吉を見た。同じ学年だが、あまり接点が無い。てててと木吉に歩み寄る。

「あの、よろしくお願いします」
「ん?ああ、俺の方こそ、よろしくお願いします。というか、敬語じゃなくても良いぞ。同い年なんだし」
「ん?ん。よろしく。笑顔が眩しい…」

どうかしたか?と木吉は首を傾げた。の言葉は聞こえなかったようだ。
同世代からすれば、恐ろしく落ち着いている。だから得体の知れない感じがするのだろう。だが今吉と違い、彼の場合は本当に天然のようだ。笑顔に邪気が無い。
こういう青年は可愛がりたい派である。お尻を撫でようが、腰を抱こうが、きっと彼は咎めない。邪な意図は読み取ってくれない。それが分かっていてするのは少々犯罪臭がするので、手は出さない。

「あ、木よ「集合ーぅ!」

日向のはきはきとした声が響く。何事かと皆がざっと集まる。おお、体育会系っぽい!と、妙な感動を覚えた。

「オレ達は今…重大な危機に直面している」

と、深刻そうに切り出した。もごくりと息を呑む。原作を全て把握しているわけではない。何だったかと思い出そうとするが、中々思い出せない。

「カントクがメシを作る!」

先程のの宣言のときよりも幾分も顔を青くさせて、日向は言い切った。
ああ、と納得する。はリコと同じクラス。調理実習なども勿論一緒だ。ちょっと目を離すと、何か良く分からない工程を入れるのだ。班が違ったのでは被害にあっていない。
が、顔も可愛い、勉強も運動も出来て生徒会の副会長、部活動でも監督をしている彼女が失敗するところはレアなので、ちょっとした騒ぎになった。
実際に見ると、なぜそこでそうするのだとツッコミ所満載である。

はダークマターを食べたところで死にはしないし、食べなくても大丈夫なので完全に他人事だ。皆があれやこれやと話し合っているのを遠くから見ていた。すると、急にに視線が集まった。

「へ?」
「お、お前ご飯、作れるか…?」

縋るような二年組の視線にたじろぐ。

「お、おお、作れる、けど…」
「きゅ、救世主ー」

小金井がにひしとしがみ付く。
はほぼ毎日料理をしている。朝ごはんを準備し、昼ごはんを二人分。そして帰ってから晩御飯を作る。
合宿中は食事を作らなくて済むと喜んでいたので、がっかり感が半端ない。おっさんと栄養の要らない自分の分を作るのとは訳が違う。栄養学は頭に入っているが、手間が掛かる。人に振舞うのに一汁二菜では格好が付かない。予算との兼ね合いもある。

「頑張りまーす…」

色々とやることは多い。引き受けたからには手を抜けない。は真面目なのだ。その所為で様々損をしているのは本人も気付いている。
メニュー、予算、材料の調達、どこまでの調理器具がそろっているのか、食器の貸し出しはあるか。旅館側やリコと話を詰めていく必要がある。頭の中で簡単に予定を詰める。さらに美術部の課題における自分の作業速度を計算する。作品のクオリティを下げればどうなるか分からない。

「すまんな」
「はい?」

ぶつぶつと考え事をしていると、木吉が話し掛けてきた。

はマネージャーとして入ったわけじゃないんだろ?」
「ああ、まぁ。でも相田さんの仕事、少しでも手伝えればって思ってたから。トレーナー?みたいな。栄養学とかも、ちゃんと勉強して…ふぁ!」

木吉はを抱きしめた。力強い腕に思わずきゅんとする。

「ありがとうな」
「いえいえ…」

とんとんと肩をたたくと、木吉は離れた。

「木吉くんは、天然タラシだね!」
「そうなのか?」
「女の子にはしちゃだめだよ」
「ん?ああ。?」

きっとよく分かっていないのだろう。不思議そうな顔をした。

「あ、時間に余裕があるなら、マッサージするよ。復帰して間も無いんだよね?相田さんの練習メニュー、かなりしんどいでしょ」
「お?じゃあ早速お願いしようかな」

面々は興味津々という表情を隠さず二人を見ている。天然木吉がの魔の手に掛かるところを見たいらしい。はがっくりと肩を落とした。何の期待だ、と。

「体育館、鍵閉めるでしょ。更衣室でしよっか」
「おう」

にかっと笑う笑顔がやはり眩しい。気恥ずかしく、は顔を逸らした。河原が「流石の先輩も木吉先輩の聖なるオーラの前には浄化されるのか…」などと言っている。何キャラだ。邪と言うことか、とツッコんでやりたい。



更衣室は男子高校生が使用している感がひしひしと伝わってくる。はどこからともなく消臭スプレーを取り出した。置き型も忘れず持参している。徐に消臭剤を窓際に置いて、振り返る。
ベンチの上は綺麗そうだ。は簡易のマットレスを広げた。

「お、良い匂いだな」

アロマオイルを手に出すと、木吉は覗き込んだ。

「っ!でしょ、これ気に入って使ってんの。誰も気にしてくれなくてさー」
「そうなのか?」
「そうそう。結構高いんだから。匂いだけじゃなくて、疲労回復にも効く優れもの!」

どーんと掲げてみせる。

「もうさ!みんな寝ちゃってさ!こっち必死じゃん?汗だくになってやってんのに誰も喋ってくれんの!そしたらさ、むなしく、なるんだよなぁ…。だからちょっと位のいたずらとか普通にスルーしてくれりゃ良いのにさぁ」

こぶしを握り締めて熱弁する。皆何か言いたげにを見る。確かに無償でやってもらっている割に無関心だという自覚はある。しかしその非を素直に受け入れるのも抵抗があった。

なら許してくれそうだから、みんな甘えちまってんだよ」

はふっと笑った。

「まぁ、恩着せがましいの嫌だし、別に良いんですけどね」

どうせ何度目かの人生だ。懸命に生きる若人の為に時間を割くのも悪くない。
さぁ、寝転んでと木吉を促す。日が長くなったといっても、もう遅い時分だ。施術に入る。
しかし、

「うわーん!!!ごめーん!!」

小金井がに抱きついた。

「いつもありがとうな!」
「わ、びっくりした。気にしてないって。というか言ってみただけだし」

頭を撫でようとして、手がオイルだらけなのに気付いた。危なかった、ギリギリセーフだ。

「よーし、木吉のマッサージ終わったら飯でも行くかー」
「あ、今日外食はちょっと…」

日向は気を利かせてそう言ったのだが。には飯を待っている男が居る。連絡をすれば、駄目とは言わないだろう。だが最近無理をいってばかりで心苦しい。居候をさせてもらい、身元引受人になってもらっているだけでも、かなりの恩なのだ。これ以上迷惑は掛けられない。

「親、厳しいのか?金の心配ならいらない、奢るぞ。みんなでな!」
「え、いや、えっと、んー…急にはちょっと、っていうだけなんだけどね。…明日なら、大丈夫だと思うんだけど…」

結局この後、リコに話したことを皆に話すことになってしまった。
何度も嘘を吐くのは心苦しい。それでも本当のことを話すこともできない。




その夜のことだ。

「あ?…ちょっと待てよ…」

合宿の食事のメニューを練っているときだ。

「…うん、これは無理だ…」

は頭を抱えた。そしてペンをくるくると回しながら、うんうん唸る。

、もう寝ろ。根詰めても、効率悪いだけだぞ」
「…おぅ…」

おっさんこと静香はの頭をガシガシと撫でた。仕事をする以外はとてもじゃないが外に出られない格好だ。今だってタンクトップに短パン。汚らしい天然パーマに無精ひげ。目は仄暗い。確実に通報されるだろう。元の素材は良いのに勿体無いことだ。

静香は良い所の坊ちゃんだったらしい。両親の急死によって独り身になり、税を取られても尚莫大な遺産を相続し、細々と整骨院を営んでいる。金なら余っているからと、彼はに金を掛けることを厭わない。何となく釈然としない気持ちを抱えながら、少しでも役に立とうと資格を取ったのだ。それがこんなにも生かされるとは、そのときは思ってもいなかった。その代わりに平凡な日常を捨てたような気もしているのだが。

「…いつもありがとうございます」
「あ?」
「別に、何となく思っただけ」

バスケ部には偉そうに言っておいて、自分は今の環境に胡坐をかいているのではないかと思ったのだ。

「ガキが気にすんな」

そう言って、さっさと彼は部屋に戻ってしまった。


**


「日向君」
「っおおぅ!!」
「わ」

次の日、日向の姿を見つけて、声を掛けた。予想外に驚かれ、思わずも声を上げた。

「ごめん。驚かすつもりは無かったんだけど…」
「クッソ驚いたわ…黒子かお前は…」
「今度から気を付けるね。音立てて近づく。鈴でも付けようかな」
「おいおい、勘弁してくれ。オレは既に天然を何人も相手にしてんだ。これ以上増えると手におえねぇ」
「あははは、大変だねぇ。冗談だよ。そしてこれから言うことは冗談ではない」

と言うと、日向はぐっと背筋を伸ばした。

「どうした…」
「実は、…」



ぞろぞろと先日のように皆が日向のもとに集まった。
の懸念を聞いて、日向は大変な練習の合間に皆を召集してくれたのだ。

「…確かに、の身体は一つしかない」
「そんなに凄いんですか…?カントクのご飯…」

合宿の練習メニューを見ていると、みっちりと詰め込まれている。内容が濃い上に、食事の時間ギリギリまで組まれている。練習後のマッサージをしたいのだが、食事の準備もある。とすると一人ではどうにもならない。

「考えたのが、私が作っておいて、焼くだけ、煮るだけ、揚げるだけ、よそうだけ、にしておこうかと。でもね、あれはその範疇の話だろうか…」
「そっか、クラス一緒だもんな…」
「調理実習を見ている限りだと、…ちょっと不安が…」

何も知らない1年生たちは、そんなに凄い腕前なのかと戦慄した。

「揚げ物はハードル高いかな…焼くだけなら?いや、ん…」

(((あの先輩が口ごもってる…!!そんなに凄いんだ…!!)))

と、更に下級生たちは顔色を悪くした。

「……よし、試食会をしよう…レクチャーしてやってくれ」
「え、それなら二人でやるよ?」
「流石にお前一人に背負わせられねぇよ」

木吉が遠い目をしながら言った。

「……うん、じゃあ、お願いします…」


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