「じゃあ、美術部に行くわよ!」
「おー」

やる気のない掛け声で、一同は美術部の部室に向かった。

って、中学時代も全く試合出てないのか?」
「はい。中学でも彼はバスケ部ではなかったですし。それに…本人は、スポーツをするのが嫌いだそうです。見るのは好きだって言ってましたけど…」
「あれだけの体格で、美術部だもんなぁ…」

日向が右上を眺めながら言った。

「そんなにガタイ良いのか?」
「お前と同じくらいあると思うけど…なぁ、カントク」
「ええ、一度見させてもらったんだけど、もしかしたら、火神くんより凄いかも…」
「ふぅん…あ、ここっすね」

火神が美術部のドアを開けた。しかしほぼ反射のようにドアを勢いよく閉めた。

「火神?」
「………なんか、見てはいけないものを見た気がする…」

今度は日向がドアを開けた。そして固まった。

「………何やってるんだ?」
「デッサンよ!」

日向が遠い目をして聞くと、部長が自信満々に胸を張って言った。
はほぼ全裸で、机の上に立っていた。しかもよく分からないポーズだ。

「日向くん、もっと言ってやってください!さすがに足が…」
「仕方ないわね…休憩しましょう」

は部長のその声と同時にポーズをやめて、机から飛び降りた。海パンを履いただけの格好。はバスローブを纏い、日向たちの所まで来た。

「どうかしたの?珍しいですね、わた、俺に用があるんですよね?」
「ああ、それなん…」
「あ、テツヤくん、久しぶり」

は日向の言葉を遮り、黒子に声をかけた。黒子は相変わらずの無表情で応えた。

「お久しぶりです」

火神が突然隣から聞こえた声に体をびくつかせた。

「え!?お前付いて来てたのか…!」

先ほどについて話していたにもかかわらず、日向も驚いて声を上げた。

「ちょっと、待って、なんで分かったの?」

リコが焦ったような声を出した。確かに、と黒子を知っているバスケ部はを凝視した。

「彼にボクのミスディレクションは通じません」
「ああ、うん、そうなんだよね」

一同は驚きと困惑の顔でを見た。なぜか黒子は誇らしげな顔をしていた。
生きていれば気配はある。影が薄くとも。熱だってあるし、体臭も。生体反応があるならば、いることは把握できる。人ではないので分かるんですなどとは言えないので、まぁ特技みたいな、といつも誤魔化している。

「で、何の用で来たの?」
「あ、そうだ、くん、マッサージ師の資格持ってるって本当?」

は一瞬たじろいだ。黒子はそれを疑問に思いつつ何も言わない。

「あー…うん、持ってる。ちょっと脅し……いや、頼み込んで、入学資格もらったんだよね…やったね!」
「今、脅してって…」
「え、何?」

火神がの物騒な言葉を咎めたが、はにっこりと笑って火神を見返した。すると火神は押し黙ってしまった。逆らえない雰囲気を火神は感じ取っていた。

「うちの部は兼部、許してないわよ!」
「部長…」

部長が大声で、を背にリコたちに立ちふさがった。

「隊長は、うちの宝なの。譲るわけにはいかないわ!」
「ちょっと貸してくれるだけで良いわ」
「………あれ、俺の意見は?」

もっともな意見だったが、どんどんと話は監督であるリコと部長の間で進んでいく。

「隊長、出て行かない、よね?」
「行かないけど…」
「良かった…」

直が心配そうな顔での顔を覗き込んだ。彼女はの返答にほっと胸をなで下ろし、ふにゃんと笑った。ので、頭を撫で撫でしておいた。

さん、だっけ。あんたが欲しいんだよ」

火神が前に出てそう言った。真剣な眼差しには気圧される。

「おおっと、隊長………断り切れない…!」
「ああ、駄目だった…!イケメンには弱かった…!」
「ちょ…!駄目よ、!騙されないで!」

部員の一人が声を上げ、もう一人がそれに続くように声を張り上げた。部長は悪ノリして、演技がかった言い方でを止めようと声を張り上げた。の心とは裏腹に、どんどん部室の中はヒートアップしていった。

「…………あの…私の意見…いや、まぁ、火神さんはとても好みではあるんですけど…」

名を呼ばれた火神は訳が分からずハテナマークを浮かべた。それに黒子が説明を加える。

さんは、バイなんです」
「へ?バイ……?」

黒子の言葉を飲み込めずにいた火神は、黒子の言葉を反復した。そのときヒートアップして熱気冷めやらぬ美術部が口々に何かを言い出した。

「隊長、行かないでー」
「駄目だよ、隊長!」
「そうだ、俺との関係は何だったんだぁ!」
「遊びだったのねぇ」

はどうすれば良いのか分からず、もうこれはノった方が良い。馬鹿になった方が勝ちだ、と冷静な思考を捨てた。

「つまり、隊長は女性も男性もどちらもイケる口って事だぁ!」
「へ、あの…ちょ…なんで迫ってくるんだ…!ですか?」

ある部員の言葉には突き動かされるように火神に迫った。日向とリコは状況を把握して、あえて自分たちは部室の隅の方に避難していた。黒子は渦中にいたが、気づく者はおらず、いつもの無表情で眺めていた。

「いやぁ、君、全部脱げ、で、描かせて」
「へぇ!?」

壁際に追いつめられた火神は悲壮な顔をしている。そこにまさかの脱げ宣言で、火神は混乱した。裏返った声を上げた。勿論ほとんど冗談だ。ここまで本気で怖がられるとは思わず、はほんの少し傷ついている。

「それ、良いわね!よし、じゃあ、バスケ部の練習見学させて、絵を描かせてちょうだい、そしたら隊長貸してあげるわ!」

部長の一言で、皆がぴたりと止まった。うおおぉぉぉと、訳の分からないテンションで、部員達は雄叫びを上げる。

「はぁ、なんだか疲れたけど、とりあえず、くんは確保できたわね」
「……火神、許せ…」

リコは冷静だったが、日向は不運な火神を拝んでいた。

「あの、尻触ってる!…ます」

さわさわと火神の尻を触っていたはぴたりと手を止めた。まるで今気づいたというように、ぱっと手を離した。申し訳なさそうな顔をして火神を見た。

「ああ、ごめん…可愛いから、つい…」
「つい!?」

火神は白目を剥いて全身全霊でツッコミを入れた。はそんなことは意に介さず、頭を掻いてごめんごめんと長閑に謝った。

「よくみんな言ってました。大切なものを無くした気がするけど、凄く体が楽になるので、仕方ないって」

日向は俺もされんのかな、とげんなりした顔をしていた。

「ほら、タダでやってあげるんだし、それくらい許してね〜」


**


「え、練習試合海常となの?」
「そうよ〜」

リコが次の土日の予定をに聞いたことから、そういう話題になった。にこにこと嬉しそうに笑うリコに、は迫った。

「………是非!ぜひ一緒に連れて行って!」
「え?う、うん、良いけど…」

リコは一瞬驚いた様に身を引いたが、すぐに居住まいを正した。は興奮した様に拳を握った。

「うわぁ〜…間近で見れるー。あ、でも公式戦は無理か…」
「黄瀬君?」
「ううん、笠松さん!」
「へぇ……」

はキラキラとした目でリコを振り返った。リコは顔を歪め適当に相槌を打った。

の普段の様子は、普段は落ち着いたというと聞こえは良いが、単に枯れたような、一見高校生には見えないほどまったりとしていた。
そのがこれほどにテンションを上げて話しているのを、リコは見たことがなかった。美術部の面々のやりとりに、やけくその様に悪ノリしているときだけだ。

「マジファンでさー新人戦で見て、一目惚れした。変な意味でなく!」

リコの様子を気にした風もなくはなおも声を張り上げて、捲し立てるように言う。人は良いが変な人だ、というのがリコのに対する印象だった。

「そう……黄瀬君とは面識あるわよね?」
「あるよ。マッサージとか。勉強会もしたし…」

あいつバカなんだよなーと、は懐かしがるように言った。

「どうして、バスケ部に入らなかったの?」
「………俺、元々、バスケ部じゃないよ?」
「え、でも…」

リコは目をかすかに見開いた。黒子の話を聞いて、リコはがマネージャーをしていたのだと勘違いしていた。

「俺、中学も美術部だし。部長だったんだよ!」

と聞いていないことまでは答え、なぜかリコにVサインを送った。リコはこのテンション慣れないなぁと、呆れ顔をした。

「じゃあ、帝光ではマッサージって、どんな風にしてたの?」
「どんな風?」

はリコの質問に首をかしげた。リコはさらに説明を加えた。

「マッサージ屋でするようにはできないでしょ?人数的、時間的に」
「そうだね。本格的にすれば一時間は必要になるけど…そんな毎回してたわけじゃないんだ。テツヤくんは「専属」みたいに言ってたみたいだけど…いや、まぁ、あながち嘘でもないけどさ」

は気まずげに頭を掻いた。そんな大層なものじゃないんだけどなぁ、と呟いた。本人の意志とは関係なく、ことが大きくなっているような気がした。

「本人が今日は疲れたな、とか、無理したなとか感じたときに、俺の予定に合わせて、家に来たりしてたけど。あとは試合後にちょっと軽くマッサージしたり」
「ふぅん…」
「俺が試合見たときは、運動量とかを見て、適宜マッサージしてたけど…無茶しても来ないヤツとかいたし…」

(青峰君のことだけど…)

二年も経っていないというのに、思い出すのも随分と久しぶりな気がした。

「火神君とか無茶しそうだし、要注意だね」

はぽつりと呟いた。彼の面影に火神が重なったからだ。
は直感的に二人が「似てる」と感じていた。それは間違った認識ではない。黒子も同様の既視感を感じている。

「そうね…」

リコはそんなの思いも知らず、答えた。

「そういえば、この前調べてたんだけど、準決勝と決勝って同じ日にやるんだね」
「そうよ」

深刻そうな顔をして、リコは俯いた。

「……俺、ベンチには入れないしなぁ…」
「そっか…正式な部員じゃないから…あんた、部員になるつもりない?」
「残念ながら…」

が苦笑いで答えると、リコは心底残念だと机に突っ伏した。

「はぁー…一番必要な時なのにー…」

それまでに負けるかもっていう心配はないのだろうか、とは思った。その考えをすぐに打ち消した。リコは心配していないのではない。信じているのだ。勝つと。
それだけの信頼関係が、バスケ部にはあった。
はふんわりと笑った。そういうチームには好感を抱いていた。

「そういえば、マッサージするきっかけは何だったの?部員じゃなかったんでしょ?」
「きっかけ…は…征くん…赤司が、俺の居候になってたとこのマッサージ院に来て、スカウト…………みたいな感じ、かなぁ」

その当時のことを思い出していた。

「金は取らないから、体見てあげるよ」そのの言葉が始まりだった。

の居候していたマッサージ店の主人は腕は良いが、一見さんにはどう見ても胡散臭い場所だった。どういう経緯でか、赤司がその店にやってきた。そしてと赤司は出会った。

「赤司って、主将の?」
「そうそう。キセキは面倒くさい奴多いけど、そんなかでも群を抜いて面倒な男の子。二番は黄瀬か緑間だなぁ…青峰も大概バカな奴だったけど」
「そうなんだ」

リコはキセキの世代の日常を垣間見て、うちと「大差無いな〜」と笑った。

「キセキの世代なんて言われてても、ただの中学生だし、今は高校生だし」
「そうよ、ね」
「うん、そうそう」

リコは自信を持ったように拳を握った。
キセキの世代などと言っても、そう遠くない存在だ。同じ高校生。しかもリコより年下だ。

「なんか、やる気出てきたー!」
「頑張ってね」
「うん!」


**


は自分の絵と向き合っていた。だが思考は別の所にあった。

がキセキの世代と連絡を絶ったのは、いたって簡単な理由だ。連絡を絶ったというから大袈裟なのだ。自然消滅しただけの関係だ。勝つことが当たり前になった。接戦などなく、余力を残した状態で、の力など必要としなかった。それに彼らとは友人ではなかった。簡単に繋がりは途絶えた。もうあの頃のことを考えても仕方が無い。
は楽しみだった。強い五人が違う強豪校に入ったという情報はどこからか入ってきていた。だからこそ面白い。もう舐めた態度ではいられない。互いがライバル。きっと楽しいことになる、は確信していた。

「あり?隊長機嫌良いね」
「え?そう?」
「うん、なんか絵が生き生きしてるよ!」

直がひょっこりと現れた。は自分の絵を見返した。確かに鮮やかな彩りで、普段よりもキラキラして見えた。

「そっか、私、機嫌が良いんだ」
「変な隊長ー」


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