「…………なんですか…これ」

伏見はそのとき、何とも言えない顔をしたらしい。というのは日高談である。面白おかしく語るので、伏見に舌打ちされていた。

「辞令です」

伏見は無言で受け取り、かさりと開き、これまた凄まじい顔をしたそうだ。ちなみにこれは宗像が酔った勢いで陽気に語った。なんだ、仲良いじゃん、というのが私の感想だった。

「先日、いらっしゃった浜谷さんの部署ですね」

ちらりと見えたのだろう、弁財がそう言った。それを聞いて、伏見は盛大に舌打ちをした。皆はもう慣れっこである。

「そういえば、伏見さん、あのときもの凄い舌打ちの数でしたが、彼女とは何かあったんですか?」
「いや、別に…単に生理的に受け付けないだけだ」

ふて腐れたような顔で伏見は秋山に応えた。

「まぁ、彼女は良くも悪くも普通の方です。君が今まで見向きもしてこなかった人種でしょうね」
「何ですかそれ」
「ああ、年明けからは向こうでの仕事です。今のうちに挨拶してきたらどうですか」

宗像は答えるつもりがないらしい。無視をした宗像をじと目で見て、伏見は溜息を吐いた。

「……分かりました」

と棒読みで言って、仕事を再開した。宗像はそんな伏見を見て、すぐに部屋を後にした。


**


私の相談者は決まって問題を抱えているので、それが外に漏れないように、相談室が設けられている。しかしスペースが仕切り板で区切られているようなものではない。廊下からドアを潜ると、六畳ほどの玄関ホールのようなスペースがある。そしてさらにドアをくぐると、執務室兼相談室となっている。
イメージとしては、小さな医院のようである。病院は受付兼待合室になっているが、ここは大量の書籍が壁一面に積み上がっている。貴重書もあるので、私の許可なしではそこにすら入れないようになっている。

怪奇現象に悩む人を救うこと、それが私の仕事だ。呪術や生き霊などといった人為的なものから、死者・霊の問題まで幅広い。

噂になっている廃校や廃ビルなどの調査や、今日のように相談者が直接相談に来ることもある。政府機関なので、料金の負担は少ない。本物か分からない霊能者に金を注ぎ込むことを思えば、断然安い。

「どうですか」
「はい、こちらには何も無かったですね」
「そうですか…。やはりあの家に問題がありそうですね」

薄茶色の髪に、眼鏡を掛けた優しそうなこの男・山内敏志は、ダモクレスダウンの前からうちに相談に来ていた人物だ。年齢は私と同年代。穏やかな声は、いつまでも聞いていたいくらいだ。

彼ら家族は怪奇現象によって、眠れない日々を過ごしてきたそうだ。家族と言っても、奥さんに被害はない。

まずは何が問題なのかを知るため、彼ら家族には一度あの家を出て行ってもらい、私が何日か現地調査した。呪いなどの類で彼ら自身に問題があるのではなく、あの家自体に問題があることは実証済みだ。つまりあの家に泊まった私にも被害があった。首を絞められた。しばらくは跡が消えないだろう。

「引っ越せば…問題は解決、するんですよね…?」
「そうですね。それが最も簡単な方法でしょう。ですが…」

山内を見ると、彼は気まずげな表情をした。

「はい…あの家は、両親が残してくれた唯一のものです…だから、……できれば手放したくはないのですが、……でもそんなの…調子が良いですよね…」
「それは違います」
「え」

山内は顔を上げた。

「死者は死者の世界、私たちは生者の世界、つまりこの世界で生きています。領分が違うのですよ。だから、貴方が自分の家だというのに、彼らのために何かを諦める必要はありません」
「ですが…」
「山内さん、もし…」

と話し出したところで、インターフォンが鳴った。

「すみません、少々お待ちいただけますか」
「はい。大丈夫です」

会釈をして、私は部屋をあとにした。
鍵を使わなければ、内側からしか開かない。カメラで誰が来たかを確認し、インターフォンごしに話す。そこにいたのは、立ち姿からしてやる気無さげな男、伏見猿比古だった。

「はい。何かご用ですか」
「室長から辞令が渡されまして、一度ご挨拶に来ました」

と、完全に棒読みだ。

「はい。どうぞ」

ロックを外すと、伏見が入ってきた。彼は部屋を見て一瞬たじろいだ。

「ああ、今時珍しいでしょ。今は電子書籍が主流だもんね」

壁一面の書物に圧倒されたようだ。

「今、相談者が来てるの。ちょっと待っててね」

そう言って、私は部屋を開けた。

「すみません、お待たせしました。一月から私の下で働く、…伏見が挨拶に来まして。同席させてもよろしいでしょうか」
「はい。結構ですよ」

外で立ち尽くす伏見に部屋に入るように促した。

「入って」
「え、でも…」
「仕事、見ていくでしょ?ああ、舌打ちしたら給料減らしてもらうからね」

今日の相談者の山内敏志氏はたいへんおおらかな人だが、中には偏屈な人もいる。郷に入っては郷に従え、だ。慣れてもらわなければならない。

「あいさつ、」
「伏見、猿比古です…」
「お辞儀」

渋々伏見は私の言葉に従った。形式通りにしろと言っているわけではない。必要最低限の礼儀は見せろと言っているだけだ。

「すみません。仕事はできるんですけど、…」
「まだ若いですからね。私は山内敏志です。よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします…」

相変わらずの棒読み敬語である。文字表記する際にはカタカナで書きたくなるような棒読みだ。再現率の高い議事録を作成する上条は一体どのように彼の言葉を記録するのか、少し気になる。やはりカタカナだろうか。

「君には、はい、このパソコンで、相談内容、それに対する提案や解決策、まぁ、つまり後で見直して内容が分かる程度に記録をしてほしいの」
「はぁ、…………え、今ですか」

こくこくと頷くと、伏見はパソコンを渋々受け取った。

「えっと、どこまで話しましたっけ」
「諦める必要は無いという話でした、よね」
「ああ、そうでした。原因をつきとめ、その原因を絶つことで、解決する可能性もあります。しかし絶対ではありません」
「はい…でも、可能性があるのなら、……どうすれば良いのでしょうか」
「はい。まずは、えーっと、ちょっと待ってくださいね」
「……はい…」

私は引き出しから何枚かの書類を取り出した。

「まずは、一度あの家を出て貰って、あ、いや出なくても調査はできますが、生活に支障が出てますから、一年間に限り、物件を無償でお貸しすることができます。引っ越し代は申し訳ありませんが、自腹でお願いします。また、その物件に移った際に、勤務地が離れた、とか、交通費が高くなった、などの苦情はお受けしかねます」
「はい…」

山内は書類の内容にさっと目を通す。

「この件が解決し次第、家に帰っていただく、ということです。とは言っても、先ほども言いましたが、絶対に解決する保証はありませんし、どの程度の時間がかかるかも分かりません。それで、この書類です」
「はい、」
「一ヶ月、三ヶ月、半年、八ヶ月、一年。一年を上限にどの程度までなら待てるかという同意書です。その期限を過ぎた時点で、引っ越しをするか、被害が有りながらも留まるか、を選択してください」

ふむふむと、真剣な顔で書類を見ながら私の話に耳を傾ける。ふと彼が顔を上げた。

「もし、一年を過ぎても解決せず、引っ越しをした後は…」
「あの物件をこちらで買収します。次の被害が出ても困りますから。そして、私の判断で、調査を続行するか、不可能であれば立ち入り禁止、または壊すか、ですかね…」
「そう、ですか…」

彼の顔が渋く、歪められた。

「返答は急ぎません。ご家族とゆっくり考えてください。分からない点があれば、勤務中なら電話対応します。また、被害が大きくなるようなことがあれば、すぐに緊急連絡先に連絡を入れてください」
「はい…家内と相談します…」

疲れた顔をして、山内は帰りの身支度を始めた。それを見て、私は必要な書類を透明のクリアファイルに挟み、茶封筒に入れて渡す。彼はそれを受け取り、最後に鞄を肩に掛けて立ち上がった。

「はい。気を確かに、あなた方が悪いわけではありません。それだけは、確かですから」
「ありがとうございます。また連絡します」
「お気を付けて」

会釈をして、彼は部屋を出た。もう一つのドアも出たことを確認し、私はソファにばふりと腰掛けた。

「どうでした?」

傍でパソコンのキーを打っていた伏見に投げかけた。

「はぁ、どうと言われても…」

伏見は口ごもる。簡単な雑務だけで、雰囲気を掴めと言われても無理かと、私は納得した。

「まぁ、そうだよね。伏見くんはどのくらいうちの業務について聞いた?」
「いえ、全く」
「あ、そうか…」

少しくらい聞いているだろうと思っていたので、予想外の返答に私は思わず苦笑いが出た。

「時間は大丈夫?簡単に説明できるけど」
「…………はい」
「え、無理なら年明けでも良いよ?」
「大丈夫です」

妙な間が空いたので不思議に思ったが、こういう間の取り方の人間なのだろうと解釈した。

「そう。まず、セプター4との違いだけど、あっちは石版関連の案件について扱うけど、こっちは呪術、霊、まぁ、怪奇現象、オカルトって言われる分野を扱ってます」

あからさまに彼の空気が変わった。

「あ、今胡散臭いって思ったでしょ」
「いえ…」

一応否定するが、絶対にそう思ったはずである。

「一生この部署にいるわけじゃないから、大丈夫大丈夫。この部署、最短一週間で辞めた人いるし」

はははと笑うと、伏見は複雑そうな顔をした。

「最長は、道明寺くんの半年、かなぁ。まぁ、あのときはそんなにハードな仕事入ってなかったし、第一、彼廃墟マニアだし……その次は、秋山くんの五ヶ月と半月かな。ちなみにそのときは、仕事中に足と肋骨の骨折して移動になったの」

反応が返ってこないので、こちらもどう反応すれば良いのか分からない。続けて良いものかと顔色を窺うが、どうにもこうにも読めない。分からなければ聞いてくるだろうと言い聞かせ、私は話を続けた。

「で、どの案件でも、必ずあるのが、さっきみたいな雑務。大体は書類整理と、情報検索。あとの業務はその案件毎に毎回変わります。時には武力行使もあるから、サーベルと…ナイフの所有許可は取っておくね。他、武器の所持を認めて欲しい場合は私を通してください。あと、週休二日、朝九時から十七時までの実質七時間労働です。服装は自由だけど、動きやすいこと、あまり派手すぎないこと。質問は?」
「夜勤は…」
「基本的には無いです」
「…………基本的には…というのは」

よっぽど夜勤が嫌なのか、やけに突っ込んでくる。睡眠や食欲にはどん欲なイメージがなかったが、やはりセプター4は厳しいのだろう。うちの部署に来た者は、こぞって休みの多さにここは楽園だと言う。勿論最初のうちだけである。業務内容はセプター4よりもえげつない。

「泊まり込みの調査があります」
「泊まり込み…」
「まぁ、大体廃墟ですね」

嫌な顔。明らかに引いた。

「伏見くんは、そういうの苦手ですか?」
「……いえ」

彼の顔色が悪いのは気のせいではないと思う。

「いや、言っておいてもわらないと。一人でお願いするときもあるよ?」
「……確実に出るんですよね。この部署が成り立ってると言うことは…」
「……そうですね。迷信や勘違いの類ではないです」

そう言って、私はタートルネックの首元を大きく開いた。そこには絞められた痕がくっきりと残っている。夏は隠すのが大変だが、冬はその点便利である。

「山内さんの家に泊まったときに」
「すみません嫌です」

早口で捲し立てるように言うので、そういった類のものはかなり苦手らしい。八田によると、ホラー映画の類は全く平気なようだが。まぁ、あんなものは所詮作り物である。

「じゃあ、二人で頑張りましょう」
「拒否権は…」
「………あるわけないでしょ」

伏見は反論の言葉が出せずにぐぅ、と口ごもった。その様子が年相応に見えて、少し笑ってしまった。

「全部が全部こういった類のことではないから。呪いとかの場合は、基本的に身辺警護です。青のクランであれば、防御はお手の物でしょう。大丈夫。慣れれば大丈夫」

多分、とはあえて言わなかった。あまり不安にさせるのも可哀相だと思ったからだ。

「何かあったら、絶対に守るから。ただ、君もセプター4にいたのなら、死ぬかもしれないということだけは、頭に入れておいてくださいね」
「はい…」
「あ、うちの年始めは、五日からだから。年明けからよろしくお願いします」
「…………よろしくお願いします」

だからなんでそんなに棒読みなの。彼のこだわりなのかと思うと、笑いのツボになってしまいそうだ。

部屋に戻ろうとノブに手を掛けたところで、彼の携帯が鳴った。何となく気になって、彼の後ろ姿を見た。

「はい…伏見です…」

電話越しの相手にぶっきらぼうに言った。

「…みさっ…」

感極まった声を出してしまったが、それを振り払うかのように咳払いをした。

「で、美咲はどこに」

電話の相手は草薙さんかな、と見当を付けて耳をすますが、流石に彼の声は聞き取れない。

「友達?あいつ友達なんていたんですか…………ちがいます。その友達の家って…………………もう良いです。こっちで調べますから」

私の事じゃないですか。調べて乗り込んできたらどうしよう…。宗像に頼んで忙殺してもらおう。調べる余裕もないほどに。



**



風呂から上がると、八田がぼんやりと宙を見ていた。何を考えているのか、こういうときだけは全く分からない。わざと大きな音を立ててドアを閉めると、八田がこちらを見た。

「伏見くんが私の部下になります。ででーん」

両手を広げて大声で言い放つ。八田は可哀相な者を見るような顔で私を凝視して固まっている。

「無言はよろしくありません」
「お前は俺に気を遣うとかないのか」

と真顔で言われた。

「………甘やかしちゃだめかなって…」
「申し訳なさそうに言うな…!」

八田はドスを利かせた声で叫ぶ。

「もう諦めたらいいのに。君は彼が好きなんだよ!」
「好き、とかじゃねぇ…」
「そう!もっと深い愛に満ちている!」

オペラ歌手のように手を胸に当て、逆の腕は大きく広げ、演技掛かった低い声で、腹から声を張る。

「ちげぇ!」
「痛い!」

思い切り頭を叩かれた。恐らくこの地球上で彼がこんなに容易く叩ける女は私だけだろう。

「…………ずっと、傍にいたい。それだけだ」
「ふぅーん」
「にやにやすんな」
「そんなに想ってるのに、届かないのは勿体ないなぁと思ってぇ?」

伏見も八田のことを想っている、それは今日聞いた電話の内容から明白だ。両方の気持ちを多少なりと知っている私は、二の足を踏んでいる彼らにもだもだする。早よくっつけ!と叫びそうだ。

「………そんな奴、いっぱいいるだろ…」
「そだねー。うん、そうだそうだ」

よしよしと頭を撫でると、ふて腐れた顔で、しかし抵抗すること無く受け入れていた。

「あー…あんさ、美咲くん」
「え?何?」

急に変わった私の声のトーンに、八田の体が緊張した。

「………周防尊のことだけど…」
「あ、えっと…う…」

八田は胸を押さえた。一瞬にして顔が真っ青になったのを見て、私は口を噤んだ。

「…ごめん、もう少し美咲くんの心の整理ができてから言うね」
「ごめん…」
「良いよ。ゆっくり消化していこうね」

とんとんと、彼の頭を優しく撫でる。八田は何も言わずに俯いている。

が…大切な人を……亡くしたときはどうだった?」

ぽつりぽつりと涙声で、八田はそう聞いた。よくよく考えると、私はあまり人の死に関わっていない。葬式に出たのは一度だけだ。

「私、は……大切な人、亡くしたこと無いから分かんない…」
「あ…」

八田は何とも言えない顔をして俯いた。八田美咲の世界は狭い。小学生のときは母親と二人きりの世界、中学は伏見猿比古と、中学を卒業しても、彼は周防尊や吠舞羅のことに没頭していた。だからきっと分からないのだ。死を受け入れるということが。それならば何か言わなければ、と懸命に考えた。

「……おばあちゃんがね、死んだとき、お母さんが、……ああ、父方のおばあちゃんだから、お母さんにとっては義母が死んだとき、病院に行く車の中で、お母さんが泣いてね、そのとき私、ああ、こういうとき泣くんだって、思った。全然実感沸かなくて、だって、死んだ姿見てないし」

周防尊の死体は在ろうはずもない。なぜなら今も生きているからである。彼の死を目の当たりにしていない彼が、彼の死をどのように受けとめているのか、私には想像すらつかない。

「でも、やっぱ死体見たときは、泣いた。通夜ではもう涙引っ込んでたけど。それで、お見送りのとき、あ、火葬する前ね、泣いた。どんどん涙出てきて、」
「それからは……?」

八田はあどけない顔で、私を見た。縋るような目、私は彼が学校に来たときのことを思い出した。あのときもこんな目をしていた。誰か、助けて、と。

「うん、生きてるときも、時々しか会ってなかったから、もう会えないっていう実感沸かなくて。でも、無性に…無性に泣きそうになるときはあった」
「…………今は?」
「もうほとんど思い出さないし、もう、思い出しても泣けない」
「そっか…」

心ここにあらずという風に八田は頷いた。

「あんまり参考にならないでしょ」
「いや、悪い、ありがと」

そう言って、八田は寝袋に入ってしまった。彼なりに周防尊の死を必死に受け入れようとしている。がんばれ、と心の中でエールを送った。


私は前世から力を受け継いでいる。しかしその記憶は無い。
今私がいるということは、彼女は(勝手に前世は女性だったと思っている)死んだのだ。その人生の中には、大切な人との死別もあったはずだ。

誰もいない自室に入る。ベッドにダイブして、放り出してあった携帯電話を見つめる。

「大切な人との死別か…」

私は呟いた。急に夫に会いたくなり、私は電話をかけた。

『ただいま電話に出ることはできません』

無機質な女性の声。

「まぁ、分かってたけどさ…」

別に仲が良いわけではない。かといって、特別仲が悪いわけでもない。お互い仕事が忙しいから、自然と会わない。だが正月くらいは会いたいものである。そのとき、大きな着信音。

「わ、うわわわ…!」

握りしめた端末を落としそうになり、それを必死に受けとめようとするが、手が滑る。やっとのことで手の上に落ちてきた端末を受けとめ、すぐに通話ボタンを押した。

「はい、浜谷です」
「俺だけど。ってか画面見てから出なよ」

呆れ声だ。仕事柄、決まった休みはなく、今日も仕事に追われていたのだろう、声が少し疲れて聞こえる。

「お?おう…。分かった。…えっと、…久しぶり」

私は彼を何と呼んでいただろうか。

「珍しいね。君から電話なんて…」
「……うん…いや、なんか、あれだよ」
「なんだよそれ、どれ?」

と小さく吹き出した彼の声を聞いて、少しほっとした。

「ううん、何でもないの。なんだろ、声、聞きたくなったって…いうか……」

すると、ゴンという音が聞こえた。突然のことに「ひょっ」と驚く。

「君はなんで、そんな急に可愛らしいことを言ってくれるかな…」
「うん?ごめんなさい?」

とりあえず謝る。

「良いよ。それよりさ、」
「はい」
「堂々と浮気だなんて、君も大した度胸を持ってるよね」

今度こそ心臓が縮み上がった。もしかしてこの部屋に盗聴器や監視カメラがあるのでは、と思ってキョロキョロするが、分からない。どうやって知ったんだ、などという疑問はこの男相手では意味を成さない。

「う、浮気じゃないよ」
「成人した者同士が、同じ屋根の下でかい?」
「うぅ…」

正論に何も言えない。

「君のことだから、放っておけなかったんだろ」

どこまで知っているのだ、私は思わず黙り込んだ。そして彼は心の中もお見通しらしい。

「情報屋だからね。…………結構、俺はもやもやしてるんだけど?」
「ごめんなさい」

溜息が聞こえた。

「君は…ほんっとバカだね」
「うぅぅぅ…返す言葉がありません」
「良いよ。俺も仕事終わらせてそっち行くから。……クリスマスは悪かったよ」
「いや、こっちも仕事だったし、気にせんとって」

クリスマスなど、あのダモクレスダウンの件で飛んだ。会えるはずもない。恐らくそのことは彼も知っているはずだ。

「ごめん、仕事の電話だ。また正月にね」
「うん、お疲れ様」

通話を切って、ベッドにばふりと寝転がる。

「繋がるとは思わんかった……仕事頑張ろ…」



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