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エンデヴァーはの話を静かに聞いていた。不器用で真っ直ぐ過ぎるだけなのだ。真っ直ぐ過ぎる、が常人のそれを逸しているのが問題なのだが。
彼自身とてつもなく追い詰められていたのだろう、とは考えている。だからこそ、はオールマイトが苦手だ。
どうして後ろにいる彼のことをほんの少しでも気に掛けなかったのか。オールマイト自身余裕が無かったのなら、助力を求めれば良かったのだ。互いに一人ぼっちで戦おうとしたから、事が拗れたのだ。
「着いたぞ」
「わ、有難うございます。本当に。本当に…」
「気にするな。あいつのあれには慣れてる」
頷いては車を降りた。
どれほど呆れられても、の父親が離れて行かないのだから、エンデヴァーも父との関係を良く思っているのだろう。はそう思った。エンデヴァーが離れる、ではなく。
の父親はその辺りの線引きが上手いのだ。本当に嫌がっている相手に押し付けたりしない。自分でした方が楽で、後腐れもない、そんな考え方の男だ。だからこの二人はこれで良い塩梅なのだろう、そう結論付けた。
「…いつも悪いな」
「え?」
エンデヴァーは窓を開けてそう呟き、そしてすぐに走り去った。
首を傾げ、何だっただろうかと悩む。しかし巡らそうとした思考はすぐに切られた。
「さん」
「ミッドナイトさん!お疲れ様です」
私服だぁ〜!と、一人テンションが上がる。
犬山が居れば「爆上がりね」と言っただろうが、今のかすかな変化に気付ける者は居ない。
「私はクラス持ってないから、早めに上がれたの」
「そうなんですね」
きょろきょろと彼女の後ろを見る。担任をしていないのは彼女だけではない。
「ああ、マイクは授業が最後まで入ってたみたい」
「そうでしたか」
緊張する。
「ふふ、緊張しないで」
エンデヴァーと一緒に居るよりも緊張する、とは身を縮こまらせた。何だかんだ言っても、彼とは旧知の仲なのだ。
再会してから暫くは気まずくもあったが、今では元通りだ。
「送って貰ったの?」
「はい。自転車じゃ飲酒運転になっちゃうんで」
「そうよね」
ミッドナイトはじっとを見た。美人に見つめられると、どぎまぎする。
「さっきのって、お父様じゃないわよね」
「え」
「車」
彼女はにっこりと笑った。
どこから見ていたのだろうか。は口ごもった。
「知り合いのおじさんです」
「もしかしてエンデヴァー?」
は心臓が飛び出るかというほど、驚いた。しかし直ぐに冷静になる。
父親も、勿論エンデヴァーも、有名なのだ。父親が彼を親友と言って憚らないのは、周知の事実。しかしそれを他人に言われると否定する。
実は学生時代には関係を噂されていたというのだから、恐ろしい。確かにの父親は整った顔をしている。エンデヴァーにしても、性格はあれだが、顔は整っている。ずっと一緒に居たのだから噂もされるだろう。
の母親もタイプが違うが、かなり可愛らしい女性だ。美男美女からでも平穏な顔は生まれるらしい、というのはの実体験だ。
「あははは、そう、なんです…私がお願いしたのではないのですが…父が勝手に…呼び出してしまって、ですね…」
「仲良いわよね」
「そう、ですね…お互い忙しくて、疎遠な時期もあったんですけど、また仲良くさせて頂いています」
ミッドナイトは、一瞬表情を曇らせた。ように見えた。轟の家の事情を知っているのだろうか、は勘繰ってしまう。父と疎遠になっている期間が無ければ、彼の家は壊れなかったのかもしれない。そんな「もしも」を考えてしまうのだ。
当時を思い出して、じくりと頭が痛んだ。一番上の男の子は年が近く、相手がマメな性格だったため、文通をしていた。その後携帯を持つようになり、文通が電話に代わり、長く顔を見ない交流は続いた。
あれが彼なりのSOSだったのではないかと思うと、酷くやるせない気持ちになる。
あの頃、の家は貧乏で両親は忙しなく働いていた。だからこそ衣食住が保証されており、それなりに高水準の生活をしている彼が、捨てられた、失敗作だと言われている、と言っても、にはその状況の深刻性が理解できなかった。
「…エンデヴァーも断らないのが凄いよね」
「…そうですね、慣れているそうです」
「へぇ〜、そこが意外なのよね」
「あの二人は…何だか入り込めない何かがある様な気がします」
「男の友情って、私たちには分からないのよね〜」
「その感覚分かります」
ミッドナイトは誰を思い浮かべて言ったのだろう、は彼女の端正な横顔を眺めた。
「そろそろ入っちゃおっか。犬山ちゃんから、いける口だって聞いて楽しみにしてたのよ。やっぱり男所帯だから、女の子居ると嬉しい」
「私もご一緒出来て嬉しいです」
飲まされ過ぎてヘマしないようにしよう、そう心に決めては彼女のあとを追って店に入った。
稼ぎの良さそうなヒーローも普通の居酒屋で飲むのだな、と妙に感心する。初めて来た店だが、壁に掛かっているメニューの値段を見るに、敷居の高さはない。
半個室になるように衝立が立っている、至って普通の内装だ。
もしかしたら自分に合わせたのだろうか、という考えに至り、勝手に申し訳ない気持ちになる。
は推しのヒーローとお近づきになれて手放しに喜べるような人間ではない。とはいえ、会社の飲み会はある意味仕事なのだ。断るという選択肢は初めから無い。予定が入っていなかった時点で、は此処に来るしかなかったのだが、心中では足掻いてみるべきだったという支離滅裂なことを考える。
「此処居酒屋なのに禁煙なの」
「へぇ、珍しいですね。煙苦手なので有り難いです」
「私も苦手。ヒーローって体資本だから、苦手な人多いのよ」
「成る程。よく来られるんですか」
よし、自然に聞き出せたぞ、と心のなかでガッツポーズをする。
「そうね。ヒーロー御用達、ってところかしら。よく他のヒーローとも会うわ」
はげんなりした。
勿論表情には出さないように極力気を付けはしたが。プラスの感情は読み取りにくいと言われる彼女だが、逆にそもそもの顔が無表情寄りの為、ほんの少しの負の感情でも顔に出やすい。
「ヒーロー苦手?」
ひゅん、と心臓が縮み上がる。
「え」
「あ、いや、何となく…そうなのかなって、」
「いえ!あ、えっと、あんまり詳しくなくて…ミッドナイト先生とか、マイク先生とか、あとは父とよく取引のある方は分かるんですけど、……他の人が当たり前に分かる人でも分からなかったりで、ちょっと気まずいんです…」
「成る程ねぇ。じゃあイレイザーとか知らなかったんじゃない?」
「…顔は、知ってました。名前、は、…うーん、って感じです」
「そっかー。じゃあ今三位のヒーローは?」
は口ごもる。
「そっか、そっか!でも興味ない人だっているわよねぇ!」
と、気にした様子もない。
「顔分かっても、名前、分からない人多いです…」
「例えば?」
「ミッドナイトさんと、この前テレビ出てた人…とか、竜の人」
「Mt.レディとリューキューね」
口のなかで反復する。
「次聞かれたら忘れてそうです」
「あはは。本当に興味ないんだね」
その職の人にそれを知られることの、なんという情けなさ。
「すみません…」
「ぜーんぜん。そんな中知ってて貰えて嬉しい」
可愛すぎか、とミッドナイトの笑顔を間近で見て、少し興奮する。甘い香りは彼女の個性ゆえなのだろう。女性には効きにくいとは言われてはいても、うっかり誘惑されそうである。
とはいえはそういう干渉を受けないので、(心操の“個性”しかり)完全に気のせいだ。若しくは彼女本人の魅力にやられているだけだ。
もうこのまま二人で飲みたい、とすら思い始める。どうせ酒が入れば、有名ヒーローの傍も気にならなくなるのだ。
「おー待たせたな」
とプレゼント・マイクの声が店内に響く。
急激にアウェー感に苛まれ、小さくなる。しかし無視はよくない。
「お疲れ様です」
と声をかけ、会釈。
「やー、ずっと気になってたんだよ!」
何が!?そして声がでかい!とは反応に困る。曖昧に笑顔を作るが、マスクをしていて、彼には見えないだろう。
「消太に餌付けしてるってえ!?」
彼の語尾には全てエクスクラメーションマークが付く。
の両親は基本的に穏やかで、もおとなしい方なので、こういうテンションには慣れていない。気圧されてしまう。
「へぶ!」
と、突然マイクが崩れ落ちる。その様子をは目で追って地面まで降ろした視線を次は上に向け、彼の後ろの人物を見る。
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