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「お疲れ様です」
相澤だ。見事な手刀だった。
普段のマイクだかスピーカーの付いた首元はすっきりとしており、一見誰か分からない。口を開けば、すぐに分かるが。
相澤も髪を一つでまとめており、捕縛布は外されている。
「お疲れ様です。場所、すぐ分かりましたか」
「はい、大丈夫でした。直ぐにミッドナイトさんに声掛けてもらったので」
こくりと頷き、相澤は席に着いた。
「ひでぇぜぇ…」
「ヒーローがビビらせてどうする」
と、冷たい視線を向ける。仲が良いのだなと感心していると、隣からミッドナイトが声を上げた。
「二人は同期なのよ」
「あ、はい。存じております」
「ああ、卒業生だもんね」
「そうですね」
の両親は雄英の卒業生だ。
「2人のこれは、スキンシップだから」
「はい、仲が宜しいなと思ってました」
ミッドナイトは目を瞬かせた。
「それなら良いんだけど」
と、少し意外そうな声だ。は首をかしげる。
父とエンデヴァーも大概こんな感じなので、慣れたものだ。
「これで全員?」
とミッドナイトが言うので、は彼女が幹事ではなかったのかと、何とはなしに思った。
「ああ、あとブラドキングと校長だな」
マイクの話に、は少し体を強ばらせた。校長こんなところで酒飲むんか、という驚きと、組織のトップと会食をする緊張だ。気さくな人、いや気さくなネズミではあるが、は実はげっ歯類が苦手なのだ。ハムスターですらあまり見たいと思わない。知性も知能もある彼に対して相当失礼な話だが、苦手なものは仕方がない。あの前歯がなんとも言えず恐怖だ。それも、相当に体が大きいネズミなのだ。
「そんな気負わなくても大丈夫よ。気さくな人だから。いや、ネズミだから」
「はい、存じております」
「ブラドキングは顔は怖いが、気の良い奴だぜ」
と、ミッドナイトに続いてマイクもフォローを入れる。
まぁ、教師してるくらいだから、とは思ったが、「そうなんですね」と適当に答えた。
「もしかしてさん、こういう席苦手だった?」
「いえ、…人見知りの気があるだけです。酒が入れば気にならなくなるので、大丈夫です」
仕事なので、と素っ気ない返事をしかけて、思い直す。
じゃあ、先に頼んじゃおう、とミッドナイトが注文をしていく。最初から熱燗というのも問題か、と周りに合わせてビールを頼む。
「意外だったなぁ。人見知りって、」
「意外でした?」
「心操と仲が良いと聞いた」
ブラドの言葉にに最初に話題を振ったマイクも頷く。
どこ情報だ?と疑問に思うが、学校内でのことなので、誰かしらの目に映っていたのだろう、と解釈する。峰田事件のこともある。
「彼、優しいから…よく話しかけてくれます」
「あと轟が懐いてる」
と、マイクが付け足す。本当にどこから漏れてるんだ、と今度は心配になる。
「懐いてる、かは分からないですけど、彼もたまに声掛けてくれます」
「そういえばこの間物間くんに絡まれてたでしょ」
「へ?あ、はい。ぁ、いえ、別に絡まれていたわけでは…」
見られていたのかと思うと、恥ずかしい。そして気を遣って話題を振って貰っているのが心苦しい。
「見られてたんですね。恥ずかしいです」
顔が熱くなる。
「ううん。ブラドから聞いた」
は息を詰めた。
「いえ、いや、本当に絡まれていたわけでは!ないので!」
「悪い、遅くなった」
「お喋りしてたから大丈夫よ」
「いらっしゃいませ〜ご注「絡まれてたわけじゃないです!」
ブラドの顔を見て、お疲れ様ですよりも先にそんな言葉が出た。
そして店員の言葉を見事に遮った。
「すみません、お疲れ様です…あ、お酒ありがとうございますぅ〜、は、はは」
火が出るのではないかと思うくらい、顔が熱くなる。
店員は、にかっと笑って「お構い無く!またご注文がありましたらお呼びください!」と元気よく戻っていった。
「お疲れ様です。物間のことですか?」
「あ、え、うぅ、はい…」
「妖精に見えたんだっけ?」
思わず、喉から悲鳴が漏れた。
ミッドナイトはどこまで聞いたのだろうか、と戦々恐々とする。誤魔化すように酒をこくりと飲む。飲んでから、乾杯がまだだと気づく。
「あ、かんぱい…」
「大丈夫よ!ブラドのは勝手に注文したわよ!」
「おう、助かる。校長はなんだ、急な会議が入ってな」
「そう。まぁ、ソフトドリンクだし、私飲んじゃうわね」
然り気無い気遣いだ。
会議、と聞いて父との会話を思い出す。同じ会議だろうか、そう思うと、水面下で何かが迫り来ている気がしてぞっとする。
「さん?」
「あ、えと、何でもないです…すみません」
曖昧に返す。
疑問に思い始めると、気になって仕方がない。そわそわと落ち着かない。ヒーロー殺しのあの一件から、街全体が妙な空気になっているのだ。"個性"の特性上、そういう機微には敏感だ。
「じゃあ、乾杯っ!」
ミッドナイトの音頭で乾杯を終え、話が戻る。
答えないわけにもいかない。
「いや、え〜…すみません…随分綺麗な顔した子がいるなぁと…たまたま見掛けて…見すぎてたのか、何か用かと言われただけです…」
何とはなしに見ていただけなのに、どえらい事件になってしまった、とは慄いた。
「ま、まぁ、顔だけ見れば、」
「黙っていれば」
この言われようである。
「あはは…まぁ、心操くんが助けてくれたので…大丈夫、です」
と言ってから、昼の気まずい気持ちを思い出してしまい、再び落ち込む。
「心操くん?」
ミッドナイトが首をかしげる。
「ええ…私がドジなのか、よく助けてもらってます」
ははは、と苦笑い。居たたまれなくて、頭を掻く。
「ああいうタイプに懐かれるのかぁ?」
「は」
マイクの言う「ああいうタイプ」の意味を図りかねて、は固まる。
「イレイザーと普通に話してるどころか、何やら餌付けしているらしいと、噂になっている」
ブラドの言葉に周りが頷く。
「餌付け…の、つもりはなかったです、ね…父関係で見慣れたヒーローなので、すみません、なんというか、すみません」
「いえ、気にしないでください。こいつらが勝手に言っているだけです」
噂というのだから、このメンバーだけの話でもなさそうで、は戸惑う。これからは控えようと、心に決める。
「あの、ああいうタイプ、というのは…」
「心操とこいつ似てるだろ」
「ああ、え、あ、そうなんですかね」
「あと轟」
轟もそのカテゴリなのか、と皆が口々に言うのをキョロキョロしながら聞く。
確かにある意味清潔感のある感じは似ているのかもしれないと納得する。見た目でなく、異性関係の話だ。
「何と言いますか、相談に来てくれる生徒さんが結構居てくれて、嬉しい、のは嬉しいのですが…、」
早速二杯目の酒をマドラーでくるくると無意味にかき混ぜながら言葉を紡ぐ。
「私は別に教員免許も持ってないし、カウンセラーの講習とかは受けましたけど、大丈夫かいつも心配になります。せんぱ、犬山先輩には大丈夫だって、言ってもらってますが…思春期の子は、難しいと聞きますし…」
ミッドナイトは目を瞬かせた。
「犬山ちゃんが言った通り、真面目なのねぇ。そういうの好きよ」
「私もミッドナイトさん好きです、あ、」
「ありがとう」
ふふ、と彼女は微笑んだ。
「あ、あの、迷惑かとは思ったのですが…サ、サインとか、お願いしても…」
「勿論大歓迎!」
は鞄から袋を取り出す。
そこからさらに取り出す。一枚、二枚剥いて。皆が興味津々に見ている。
最後のプチプチの袋から出てきたのは彼女の写真集だ。
「あら、それ限定品ね」
「はいっ!どうしても付属のフィギュアが欲しくて…!あのフィギュア滅茶苦茶出来良くて…美しさと可愛さが…っ…」
視線がに集まり、言葉が止まる。
「はい、………凄かったです……すみません…滅茶苦茶ファンです…」
「嬉しいっ!話には聞いてたけど、さん会ってもフラットだから」
そっと写真集とペンを差し出す。さらさらとよく見るサインが目の前で形作られた。
「教師として在職しておられるのに、こういうの持ち込むのってどうかと思ってまして。でも…飲みの席ならと……」
「あらあら、本当に真面目ねぇ。職員室、結構来るわよ?」
「そうなんですね」
はい、と差し出されて、はそれを両手で受け取った。そして暫く近づけては遠ざけて、じっくりと見る。
「あ、りがとうございます」
ぎゅっと腕に抱いてから、プチプチに包み、袋をまた一枚ずつ入れていく。
「…厳重だな…」
と呟いたのはマイクだ。思わず小声になった。
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