12

ほくほくしていると、ミッドナイトが先ほどの悩みに応える。

「単に年の近いお姉さんに話しに行ってるだけだと考えても良いんじゃない?雄英生は結構進路が決まってる子多いし、そこまで気にしなくて大丈夫よ!」
「なら、まぁ良いんです。あ、いや、年近くないですけど…というか10歳違うと本当に…………同じ世界に生きてるかも疑問です。あの、異世界人かな、と思うことが……あの、テンションが、異次元です」

両の手で30cmほどの空間を作り、それをあっちとこっちと移動して見せる。
相澤が、分かる、という仕草をしたのが、の視線の端に映った。

「正直、物間のことは違う世界の人間だと思って接している」

ブラドが絞り出すように言う。肩を落とし、心なしか小さく見える。
そこまで、とは驚愕する。

「そうだな、…俺も峰田に関しては、そんな感じ、だな…本当にあのときはご迷惑を…」
「あ、いえ、あ、あの時も心操くんに助けてもらって…えっと、そう、あの時は発目さんも居たので…彼だけのせいでは…」

図書室で峰田を確保し、その後発目のロボットが突入してきた地獄絵図事件だ。

「あのあと、轟が落ち込んでいたのですが、何かありましたか?」

相澤に聞かれ、何だっただろうかとは首を捻る。すると、頭の中にこそこそと声が囁かれる。
の"個性"だ。

「ああ、峰田くんが誤解だと轟くんに同意を求めたのを、えー、人違いだと言って…多分直ぐに助けに入らなかったのを悔いたのかと…多分…まぁ、他人のふりしたかったのは理解できます」
「ヒーローとしてはダメだな」

間髪入れずに告げられたマイクの何気ない否定の言葉に、の心臓がひゅんと縮こまる。
自分のことをダメ出しされたような気持ちになり、心苦しい。

「落ち込んでいたなら、きっと次は大丈夫です、よ…」

なぜ自分が弁明してんだ、と思いながらも口に出さずには居られなかった。

「確かに。そうやって自覚を持っていくのよね。まだまだ彼らは青いわ」

ミッドナイトのフォローに、の心も救われた。

「マイクはこれで結構厳しいのよ。厳しくしないと、後々困るのはあの子達だけどね。でも飴も必要よ」
「そう、ですよね、危険と隣り合わせ…」

じくりと頭が痛む。

さん」
「はい?」
「体調、悪いですか?」

一瞬にして視線が再びに集まる。

「いえ、ちょっと熱気が…飲みすぎたのかも…しれません。さっき、いつになく興奮したせいかもしれません。少し夜風に当たってきます」

頬が火照っているのは事実だ。
テンションを上げた分下がった所に、真面目な話が来たので、心に普段より厳しい言葉が刺さった。
ファンでいられる内は良いのだが。

ふらふら、というほどではないが、やりたいことも明確でなく、何となく生きているからすると、彼らの生き方は、自分を責め立てられているようにも感じる。
会社の面接でいうところの、「うちの会社で何がしたいの?君を雇ってうちの会社に利益ってある?」といったような問いを常に投げかけられているような感じだ。
はいつもこう思っている。「そんなものは何もない。ある筈もない。こちらが知りたい。教えてくれ、なぜ私は生きているのだ」と。
こんな人間だって、働かなきゃ死ぬし、死ぬのは嫌だ。でも生きていたくない。だから働くけれども。それをそんな風に言われると、好きで生まれてきたわけでも、好きで生きているわけでも、好きで働くわけでもないのに、何故そんなことを言われなくてはいけないのか、位の反発心は湧くし、悲しくなる。

さん」
「相澤先生…」
「実はあまりああいう席は得意ではなくて、俺も抜けて来ちゃいました」

にかっと笑う。
きっと気を効かせてくれたのだろうと、は思った。彼にとっては変わり映えのないいつものメンバーだろうし。

「普段は、大丈夫なんですけど、少し、…何でしょう、変な感じがします…"個性"のせいかも…」
「"個性"の?」

相澤に尋ねられて初めて失言に気づいた。そして、そこで自分が外界の刺激によってナイーブになっていたことにも気づいた。
いつもひどい劣等感に苛まれている事実に変わりはないが、ほんの少しだけ理由が分かって、ほっとする。しかしそう楽観的にもなっていられない。失言の弁解をしなければならない。
人の精神世界に干渉できる個性、それが彼女の本当の"個性"だ。常に発動しているわけではない。だが大きな事件の前には、発動に関わらず、心がざわつくことがある。

「…自然由来の"個性"だからか、妙に……空気がざわつくような感じがしてしまって…大きな事件が…無ければ良いのですが、」

必ず察知できるものでもない。実際にステインの事件の時には何もなかったのだ。逆に必ず事が起こることもない。
だが現状、だからこそ寧ろ不安にもなる。彼女の"個性"の感度は、との関わりの度合いに関係している。知人が巻き込まれていなければ良いか、と心の中で祈る。

「今日は、そろそろお開きにしましょう」
「……すみません…何だか、空気を悪くしただけ、みたいになってしまって…」
「いえ、こちらこそ、俺のせいかもしれません」

咄嗟に返答できなかった。

「色々貰ってばかりで、それがマイクの目に入ってしまったんです。一度話をしてみたいと言ってましたから」
「ああ、こちらこそ、不躾にすみませんでした。正直、覚えてもらっているとは、思ってはいなくて、新しい職場で、それも雄英、なんて知らない人は居ないような大きな所で、働くのは…少し不安があって、…知ってるヒーロー少ないので…そういう下心がありました…」
「少しは、不安の解消になってましたか」
「え、あ、はいっ」
「それなら良いんです」
「あ、りがとう、ございます…」

いつも不健康そうな彼の助けになりたいと思ったのも事実だ。そして今言ったことも本当だ。
は自分に自信がない。雄英で働くなんて、今でも不安でいっぱいだ。特に生徒たちは自信に溢れていて、彼女からしたら贅沢な悩みばかりで、相談を受ける度に不安で押し潰されそうになる。
バイタリティに溢れていて、目標があって、そして雄英に入れるようなエリートばかり。ぽつんと一人、とにかく孤独に苛まれることも多い。

「お手洗い、行ってから戻りますね」

相澤は頷いた。それを見て、は足早に中に戻った。
その後ろ姿を見送り、彼は少し思案した。
何故この時期には雄英高校に入職したのか。オールマイトが入って来る、このタイミングで。
危険過ぎるのだ。今の雄英は。
そしての父親のことを思えば、尚いっそう不可解だ。状況を理解しているあの男が、大切な娘をそんな危険に晒すようなことをするだろうか、と。

実のところ、相澤はのことを気に掛けていた。だからこそ毎朝出くわし、挨拶をして、普段なら断る差し入れを受け取り続けた。
接すれば接するほど、彼女は普通だった。どちらかといえば、おっとりしていて、"個性"が特別強いこともなく、人柄に関しても敵と対峙できるとは思えなかった。ストレス耐性があるようにも見えない。
ぐるぐると考えが纏まらない。相澤はため息を吐いた。



結局全額を皆に負担してもらい、益々いたたまれない気持ちになった。
歓迎会代わりだから、とは言うものの。しかし突っぱねるのも失礼かと思い、受け入れた。

「送ります」

相澤は静かにそう言った。

「あ、いえ、大丈夫です…多分父が迎えに来てくれるかと…」
「…それなら安心です」

気を悪くした様子も無く、相澤は一礼した。とは逆の方へ歩きだす。
も家の最寄りの駅くらいには自力で辿り着こうと、駅を目指す。エンデヴァーは、わざわざ店まで送ってくれたのだが、夜も遅い。父を呼び出すにしても、少し申し訳ない。
はたと気付いた。
急な会議。急に呼び出すのだから、全員が集まるまでに時間が掛かるだろうし、重要な案件なので会議自体も長いだろう。恐らく父親は家にはまだ帰っていない。
相澤にああ言った手前、自力で家まで帰ると、少し決まりが悪い。母にお願いしても良いが、それこそ店に一度戻り、社用車で迎えをお願いすることになる。
こそこそ、とまた脳裏に言葉が掛けられる。

《それでも呼んでおいたほうが良いよ》

と。
の精神世界に住む"カミサマ"の助言だ。
確かには未だにぞわぞわと差し迫る何かを察知している。それが収まらないにも関わらず、危険を犯すのは得策ではない。それにそれこそ相澤に事情も話したのだ。後日「大丈夫でしたか」などと聞かれた日には、テンパるに違いない。嘘は吐けないタイプだ。
何も言われないかもしれないが、ヒーローは人の心配をするものだ。お節介すぎるほどに。
決して自分が特別ではない。決して、自分が、特別では、ない。と言い聞かせる。
少し年上の男性に優しくされると、期待してしまう。それは致し方ない。しかし本当に期待してはいけない。そうなると痛い女だ。勘違いはよくない。心が期待に胸を膨らませるのは生理現象。そこからどう思うかは、個人の脳みそが考えることだ。

《考えすぎ》

わかってる

《別に期待しても良いと思う》

それはダメだ

《夢がない》

後で恥かくのは、私

《人は失敗して強くなるんだよ》

失敗して立ち直れなくなる人間もいるんだよ

そう心の中で唱えると、声が消えた。納得したらしい。
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