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「ただいまでーす」
「大丈夫だった?」
「あ〜…はい、まぁ…あとでお話しします、ね〜」
と言うと、犬山はくすくすと笑った。
昼食は終わったが、昼休みはまだある。バックに戻り、はスマホを取り出す。
返事が来ている。スマホを凝視した。彼はヒーローで、は一般人。父の仕事柄珍しい存在というわけではないが、それほど近い存在ではない。そんな人から自分のスマホに連絡が入る、というのは、いかにヒーロー関連の興味の薄いと言えども、なんとも嬉しいものだった。
「素っ気無…」
と呟いた声は思いのほか部屋に響いて、悪いことをしたわけではないのに、きょろきょろと周りを見回した。
逆に華美な文面であったら、驚いただろう。予想通りの必要事項のみが書かれたラインに思わず笑みがこぼれた。
『20時駅前居酒屋〇〇〇現地集合です』
スペースもない、の質問に対する回答のみが簡潔に書いてあった。
はこの時間なら一度帰れると安堵し、スマホを置いた。そろそろ時間だ。いつもは10分程度仮眠をとるが、食堂にいた時間が思いのほか長かった。
昼からの仕事は眠気との戦いだと、思いながら、はカウンターに出た。
そして再び爆笑された。
「んん、もう、あはははは」
誰も利用者のいない図書館は、騒がしくしても咎める者がいない。パソコンはバックのものと繋がっており、どちらで仕事をしても良いようになっている。しかし一人は必ず窓口にいなければならないので、二人体制の今、一人でぽつんと仕事をしなければならない。そんなこともあって、人のいない図書館は意外と賑やかにやっている。
たまに職員が訪ねてくるが、適当に欲しい書物を漁っていくので、こちらまで仕事が回ってくることは無い。自由な職場だ。
「精霊王に咎められちゃったんだ。あ、王子だっけ」
「いや、どっちでも良いですけど」
「近くで見てどうだった?」
「まつ毛も金髪でした」
「テンパってたと言う割に、ちゃんと見てるじゃない」
犬山は呆れたように言った。
「まぁ…それなりには」
「それにしても、心操くんは、よく貴女を慕っているのね」
「…そんなことはないと思いますけど…私が彼の"個性"を余り気にしない能天気だからじゃないですか?」
まさか彼女にの能力について教えるわけにもいかない。心操にも秘密にして欲しいと伝えてある。の父も念を押したようだ。
「ちゃんが能天気なタイプだとは思わないけど、…そんな能天気が嬉しいっていう子もいるから」
「…そうですよね」
「大事にしてあげてね」
普段より一際穏やかな声で犬山は言った。は真意を測りかねた顔をした。
「思春期の子は繊細だから。何かあったら相談してね。ま、ちゃんはすぐに相談してくれるよね」
「一人で決められませんから」
「それで良いのよ」
「有難うございます」
犬山は教員免許も持っている。生徒が傷つくことが無いようにと心配しているのだ。
は良くも悪くも隠し事ができない。本人に傷つける意図がなくても、些細な言葉で心を痛める子もいるのだ。は犬山の意図を察し、気を引き締めた。
先程のような安易なことを言ってはならない。
「程々にね」
「はい?」
「ちゃん今必要以上に気負ったでしょう」
は応えないが、その無言こそが肯定だった。
「正解はないのよ。気を付けていたって、ダメなときはダメなの。それは私もだし、どの教師だってそうだもの。だけど、それでちゃんが生徒の話を聞いてあげなくなっちゃったら、それはそれで生徒にとっては可哀想なことなのよ」
じぃと、聞いていると、犬山は微笑んだ。
「ちゃんに救われてる子がいるってことよ」
「それなら…良いんですけど…」
***
放課後、は夏用の飾り付けを引っ張り出していた。
図書館の装飾も仕事の一つだ。季節感を出したり、特設コーナーを設けたり。
そろそろ梅雨も終わり、夏本番になる。
毎年同じでは味気ない、かといって全て作り変えるとなると大変な作業となる。使えるものは使い、新しくするものは、作り変える。その構想を練るために、チェック作業をするのだ。机に広げて、一つずつ取り出していると、見知った顔が近付いてきた。
「あの…」
「はい、」
ヒーロー科は忙しい。にも拘らず、こんなに会うことがあるだろうか。轟は目的を持ってやってきたのだと、鋭くないでも分かった。
「え、と、…」
「先輩呼んできましょうか?」
レファレンスなら、犬山の方が適任だ。は立ち上がろうとしたが、轟は手を制した。
「本、じゃないんですけど…相談、…というか…」
私に?わざわざ?とは疑問に思った。
「聞きたいことがあって」
「ええ、まぁ…私で良ければ…」
机に広げた諸々をひと所にまとめ、隣の席に促す。向かいの席は、直ぐには片付けられないほど散乱している。それに隣の方が距離が近い。話しやすいだろう。
轟は座ったはいいが、中々話し始めない。じっと見つめているのも緊張するだろうと、は作業を再開した。
「えっと、」
「はい」
手を止めて向き合う。
「……作業したままの方が話しやすいですか」
彼はこくりと頷いた。は再び作業に戻る。
「この間の、事件知ってますか」
「事件、というと、…ヒーロー殺しの件ですかね、」
はシャーペンのお尻を顎に当てて、考える。
小さな物から大きな物まで毎日事件は起こっている。それこそヒーローが関われば、小さな案件でもニュースになったりする。その中でわざわざ聞いてくるのだから、この事件なのだ。これまでに何人か、この件で話をしに来た生徒がいた。
雄英にあって、ヒーロー殺しを正しいと言い切ってしまう罪悪感。逆に正しくないと言うと、それはそれで面白みがないのだ。真面目だなぁ、なんて揶揄されたり。数日は皆ディベートよろしく話し合っていたようだ。しかし、この話は円滑な学生生活を送るにあたって、いつまでも取り上げる話題ではないと判断したのか、今や誰も言い出さない。
それでもあの男が灯した火種は、心の中で未だに燻っているらしい。その頃からぽつりぽつりと相談に来る生徒が出始めた。
彼もその一人らしい。
「図書館員は、本来図書などに基づいて正式に事実と認められたことしか答えてはいけないんです。もしくは複数の見解が認められるものに関しては、そのいずれの意見も偏りなく伝えるべきなんです。でも、轟くんが聞いているのは、そういうことではないんですよね?」
「…はい」
「私個人の意見です。正しいかどうかは分からないです」
「はい」
幾度となく答えた話だが、それでもそれを焼き増しして伝えるのは違うような気がする。と、は真剣に新しい気持ちで考えた。
「…私は、彼の行動に賛同できません」
「なぜ」
決められた問答だ。
「ヒーローって、敵と戦うだけじゃない、ですよね。災害救助もある、軽犯罪の取り締まりだって仕事だし。それに、たとえ敵が現れた現場であっても、避難誘導してくれるヒーローだっているし。そういう存在がいるってだけで、私たちは安心できます」
現に、ヒーロー殺しが街を騒がせているとき、と母親はレストランでそんなヒーローに助けられた。華々しい戦績は無いが、コツコツと人々の信頼を得ている。
爆発音が至る所でしていた。何が起こったのか分からず混乱が起こって、二次被害が出たかもしれない。そんな中彼らが現れたのは、やはり戦う術のない民間人にとっては、間違いなく救いの存在だった。
「いつ起こるか分からない事件事故災害のために、みんな訓練してるだろうし。轟君だって、雄英でそのために今勉強してるよね。他の科の人より長く時間取られてる。プロになれば急な呼び出しもあるだろうし、自分の時間も家族との時間だって取れないかも。仕事だから当たり前だなんて、私には思えない」
作業をしながらと言いながらも、にはそんな器用なことはできない。持っているだけになったペンをふりふりと振る。それをじっと見つめ、考えをまとめる。
「それを、自分の言い分を通すために殺すなんて、自分勝手にも程がある。友人同士とか家族とかにあのヒーロー苦手、とか言うくらいなら、表現の自由だと思いますけど…というのが私の意見です」
そもそもはオールマイトが真のヒーローだとは思わない。この話のややこしいところは、オールマイトを「真のヒーロー」と信じてやまない人が多いということだ。妙な説得力が付いてしまったのだろう。と、は踏んでいる。つまりはオールマイトが正しいヒーローの姿だと認めるかという話と、ヒーローが腐敗しているかどうか、そしてそれを過激な方法で世直しすべき、もしくはしても良いと考えるか。その三点を同じ土俵で論じているのだ。
「とはいえ、彼の言い分としては、ヒーローってのが腐敗してきてるって話ですけど、」
「みたいです」
「不真面目なヒーローもいるかもしれません。でも、そんな人を炙り出すために、今現在この時点で、誰かを恐怖に陥れても良いんでしょうか」
ふるふると彼は首を振った。
「ヒーローは皆を助けてくれる存在、だと仮定して……えっと、私ヒーロー論は分からないので」
「それで合ってると思います」
轟が同意したので、は頷いた。
「殺されたヒーローたちは、誰の助けにもならなかったんでしょうか…」
は轟の目を見た。彼はぐっと唇を引き結んだ。ふるふると首を振った。
「きっと誰かにとっての良きヒーローだったんじゃないかって、思います。小さなことでも良い、名が売れてなくたって、もしかしたらこの先その人だからこそ助けられた人がいるかもしれない。それをあの男は奪ったんです」
「そうやって言ってもらうと、確かにそうだって分かる、けど、でも間違ったことは言ってないって言う人の話を聞くと、分からなくなります。絶対に間違ってるって思いながら、どこかしら肯定できることがある、そんな風に思うのも、」
辛い、と絞り出すように言った。
「俺の友達の……お兄さんが、被害にあって、それで、ヒーロー続けられないって、そんなの、……そんなの、」
轟は震える声で詰まりながらも、必死に言葉を紡ぐ。それ以上言葉を出せなくなって、彼は俯いた。膝の上で握りしめられた手は震えている。
は驚いた。最初会ったときは鋭い目をして誰も寄せ付けない雰囲気だった彼。次に会うと何か吹っ切れた様子で、そんな彼は刺がなくなり急激に形を柔らかくしたように思っていた。浮世離れしていて、一人でふわふわしているように思っていたのだ。しかし友人のためにここまで感情を露にしている。
「多分、ですけど、」
「はい」
「細かく、ヒーロー殺しの言い分を分けた方が良いです」
「分ける?」
「はい。まず、みんなオールマイトが好きなんですよね。だからきっとヒーロー殺しが慕う様は賛成なんだと思います」
紙にオールマイトを書き、ハートを散らす。そして全体を円で囲む。
「そして、きっと私腹を肥やしているヒーローもいるのかも、っていうのは、何となく感じてて、それも賛成できるんだと思うんです」
ヒーローの在り方、とオールマイトの横に書き加える。
「ヒーローの数は飛躍的に増えましたから。何をしてるのか分からない人も結構いますよね。真面目な仕事をしていてもヒール役っぽいヒーローもいますし、アイドルっぽい売り出し方してる人もいて、そこは賛否両論で、だからまぁ、理解できるって人も多いと思います」
悪い?フハイ?と両矢印を書き込み、それを三角で囲む。
「では、彼の行い、つまり人を殺すこと、粛正、…でしたっけ?はどうか、ということです」
世直し?と書き込み、書いた文字をペン先でとんとんと叩く。
「ほかの二つは、きっと普通にみんな考えていることで、きっと特別ではないんです。問題はこれです」
「……普通に、殺人はだめだと思う、んですけど、なんで賛同する人が居るんですか」
「そこですよね。多分自分はヒーローじゃないから殺される対象ではない、っていうのと、ヒーローが…ん?、人、ではあるんですけど、キャラクター?みたいな感覚になってる、と言いますか、つまり、多分ですけど他人事なんじゃないかと思います。ゲームとか、ドラマの中の登場人物、とか、生身っぽくない、みたいな」
さらに轟が首をかしげる。
「テレビの中の人!とか!」
「えっ、と、」
「あー、だめか、んー、と、ね。オールマイトに会って、あ、この人実在したんだ、みたいな感覚」
「……何となく」
何となくだけど通じたー、とはほっとした。
「殺されたヒーロー達に何か恨みがあった訳じゃないと思うんです。たぶんどうでも良いんですよ、その人が死んでも、自分の生活が変わるわけじゃないから」
轟は悲しい顔をした。
「冷たい言い方だったね…」
「いえ、」
「死には三つの視点があるのだそうですよ。三人称の死、一人称の死、二人称の死」
「何となく分かります」
と言うので、説明は割愛した。
「きっと三人称の死なんだと思います。自分が死ぬわけでもなく、大切な人が死ぬわけでもない。その他大勢の中の一人が死んでも心は張り裂けない。それが人です、と私は思ってます。じゃなきゃ世界はいつも悲しみに溢れてると思うから。そういうもんなんだと、思います。勿論、だからといって推奨したり囃し立てたりすることじゃないんです。だってその人にだって、二人称になりうる大切な人がいるんですから」
「はい……」
「ただ、この世の中に不平不満を持っている人が多くて、誰かのせいにしたくて堪らない、なんて。…閉塞感、って言うのかなぁ、それを誰でも良いから壊してくれ!って願う人は、少数派ではないと思います。自分では壊せないですから」
簡単な人の絵を描いて、吹き出しにぐるぐるマーク。矢印、破壊と書いて、文字の周りをギザギザと装飾する。
「それを、ヒーロー殺しが代弁した、……」
「んじゃないかなぁ?、という、私の意見です。まぁ、あれです、それを実行するかしないかの、その一線?は大きいです」
「そう、ですね…殺したいほど憎い奴がいても、だからといって殺したりしないですよね…」
エンデヴァーのことだろうか、と背筋がうすら寒くなる。
「うん、みんな我慢してる。何かがおかしいと思っても、理不尽だと感じても、」
破壊の字をバッテンする。
「我慢して、悔しくて泣いて、もがいて、そうやって生きてると思うんです」
「先生もそうですか」
「あははは、……そうだね、生きるのはしんどいよね。息をするだけでも大変」
シャーペンを投げて、背もたれに身を任せる。
「でも、大変だけど、人を傷つけて、我を通して、ってしても、何も変わらないと思うんです。きっとそういう乱暴な方法には、みんな付いていけない。だからオールマイトがみんな好きなんでしょ。あんなに頑張ってる人がいる、だから自分も頑張ろう、って思うんじゃないかなぁ…」
そのせいで辛い思いをする人も居るのだろうけど、は心の中で付け加えた。ナンバーワンヒーローは孤独だ。頑なだ。あの地位に居続けるために、彼の犠牲にしたものは、きっととても大きい。そしてこれからも失い続ける。
「だからヒーロー殺しは、一番尊敬するヒーローを持ち上げるばかりに、きっと最も遠いところに行っちゃったんだね……」
ぽつりと呟くように言った言葉に、轟は唾を飲み込んだ。
「…ありがとうございます」
「いえいえ、」
がばりと姿勢を戻す。
「この件で話をしに来たのは君だけじゃないよ。みんなよく考えてると思う。考えるのは良いことです。直ぐに否定したり肯定したりしないって言うのは、大事なことだと思います」
「そう、ですよね」
「参考になったかは分からないですが」
「いえ、自分の中で、整理がつきました」
「それなら良かったです」
ぺこりとお辞儀をして、轟は去っていった。
真面目な青年、はそう思った。しかし芯の強さ、いや頑固さは父親譲りらしい。
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