森山はもういい加減にしろと、叫びたい気持ちになった。何度も繰り返し見る夢。高校生の自分、大学生の自分、そして社会人になった自分、一生分の人生を見せられているようだ。時間軸はバラバラで、しかし出てくるのはいつも同じだ。森山を助けた笠松という男、黄瀬という男、小堀という男、早川という男、そしてだ。夢には多くの人が出てくるが、個人として認識できるのは少ない。森山は、それが妙にリアルで嫌だった。
森山はどこか一線引いたところで人と関わる傾向にあった。本当に心を許せるのはほんの数人だ。だから、そういう森山の心理を映すかのように、夢の中の登場人物はその数名と、その他大勢だった。



夢の中では、森山は「」と呼んだ。

「どうかしましたか?森山さん」

は夢の中で森山を「森山さん」と呼んだ。

「いや、呼んでみただけ」
「なんか、恋人みたい…」

冗談っぽく頬を染めて、は森山を見た。

「馬鹿言え!」
「分かってますよ、森山さんは可愛い女の子が良いんですよね」
「よく、……分かってるじゃないか…」

胸が痛かった。きりきりと痛んだ。それに目の奥が重かった。しかしその痛みが、悲しみが自分の物ではないと、何となく森山には分かった。

緩やかに意識が浮上する。夢と現実の狭間、意識が交錯する。
好きだ、ぽつりとそう思った。それが、森山自身の感情か、夢の中の森山が感じたものか、ない交ぜになって、森山は嗚咽した。

「ふぅっ……」

涙がこぼれた。彼は好きだったのだ。そして、見ていることしかできなかったのだ、ただの夢なのに、森山はそう直感した。
余りにも似通っていた。同じだった。



**



何の問題もなく、粛々と卒業式が行われる。最近問題になっているという国歌斉唱も、全員が立って歌われた。

「4月になったら俺ら高校生だなぁ!」

クラスメイトが森山の肩を抱き、希望に満ちた声で言った。森山はどこか照れくさく、その男を引き離した。

「近い、離れろ」
「森山は相変わらずだなぁ」
「そうだ、俺の肩を抱いて良いのは可愛い女の子だけだ」

男子はぎゃはははと下品な笑い声を上げた。森山にとってそれは不快ということはなく、馬鹿を言い合える楽しい空間だった。

「離ればなれだけど、また遊ぼうな!」

森山はその友人の言葉に、そっと思った、「きっと、もうそんなことはない」と。高校生活の中でまた仲の良い友人を作り、そしてその友人達との日常で埋め尽くされる日々。中学の友人にかまける余裕などきっともう無いのだと。そうして、どんどん思い出になっていく。
   そうやって、あの人のことも、色褪せた思い出になるんだろう、などと考えてしまった。恥ずかしくなって、盛り上がるクラスメイトを横目に、窓の外を見つめた。
森山は、それで良いような気もした。夢の話ではないが、傍にいて、伝えられない想いをずっと抱えるくらいなら、いっそ良い思い出だったと、笑い話にしたい。そう思った。



**



「卒業おめでとう」

はそう言った。彼はいつもと変わらない。この空間が変わったことなど無い。この空間だけが切り取られたように、外界からの影響を受けない。まるで人のいない神社のようだと、森山は思っていた。

「遅かったね…もう卒業生は誰も学校に残ってないんじゃない?」

森山を見ていた視線が、書類に落とされる。もう、日は沈みかけていた。赤い光がの顔を赤く染めていた。本当は、式が終わってすぐに保健室に来た。この部屋にはひっきりなしに生徒が出入りしていたので、森山は教室へ引き返した。そうして、一人、また一人と学校を後にする中、森山は机に突っ伏してぼんやりと項垂れていた。
こんな所では眠れない。森山はぼんやりとした意識の中で、そう思った。夢と現実の瀬戸際、風景が霞みがかり、グラウンドから聞こえる練習の声は、ぼんやりと耳を素通りしていく。

(あの人の傍ならすぐに寝れるのに…)

そんなことを思って目を閉じた。そうして気が付いたら、世界が真っ赤に染まっていた。

「またどこかで寝てたんだろ」

からかうように呟かれた言葉に、じんわりと侵される気がした。森山はの横顔を見た。いつものどうでも良い話がペラペラとの口から吐き出されていく。書類に目を通しながら、は器用に話をつらつらと続けた。森山はそれをぼんやりと聞いていた。耳には届いている、だが頭には入ってこない。森山はの口元をじっと見つめた。

触れたい

ぽつりと浮かんだ思いを振り払うように、卒業証書の筒を握りしめた。

(違う、違う違う違う違う違う、だって、)

心の中で否定し続けた。この人は男で、教師で、倍も年齢が違って、いけ好かない奴で、………      森山は理由を探した。駄目な理由を探して、見つけて、反復して、そして、

「森山くん?」

は何も言わない森山を訝しんで顔を上げた。の視界が陰る。ふわりと思春期とは思えない優しい香りがの鼻孔をくすぐった。あ、触れる、目を瞑る暇もなく、黒い瞳孔の奥、深く見つめてしまった。愛情、欲望、焦り、戸惑い、それらが見受けられて、は以前上原からされたときのように避けずに受け入れてしまった。

たっぷりと触れ合った体温が名残惜しそうに離れていった。は呆然とした。

      次は、俺を選んでよ

脳が一瞬で沸騰した。は、彷徨った瞳を森山に移した。ぶわりと頬が熱くなるのを感じて、視線を落とした。


森山は俯いて、口を押さえていた。
森山は自分の行動に狼狽えた。なんてことをしてしまったのだと、床を見た。何かを言わなければ、冗談だと笑い飛ばさなければ、そう思い、森山はを見た。森山はの顔を見て、ぞわりと体が粟立つのを感じた。

あ、だめだ   、落ちる感覚、腑に落ちて、駄目な理由が全て吹っ飛んで、それでも、それでも、それでも好きなのだと、好き、などと綺麗事ではない感情を理解してしまい、森山は体がふわりと浮くような感覚を覚えた。上も下も分からない。

(なんで、そんな顔してんだよ…!上原とキスしてるときは平然としてたろ!何だって、なんだってそんな、)

森山は心の中でを責め立てた。の頬を染めて呆然と森山を見る、その表情があまりにもあどけなくて、森山は引き返せないと自覚するしかなかった。

「あ、…えっと…森山くん、さ…」

気まずげには森山の顔の付近に視線を彷徨わせた。

「冗談にする?しない?」

は伺うように、森山の顔を覗き込んだ。あくまでも、は答えを相手に任せる。狡い質問だと思いながら、森山に残酷な二択を迫った。
森山は咄嗟に口を開いた。

「し、」

(たい)

冗談にしてしまえたら、どんなにか楽だろう、森山はそんなことを考えた。これから、もっと良い人が現れて、もっと普通の恋をして、普通の家庭を築ける、そんなチャンスこれからどれほどあるのか、理性がそう諭す。

「しない…」

散々考えて、森山はそう答えた。

「バカだなぁ…」

は苦笑した。

「こんなおじさんの何が良かったんだか」

そう言うと、森山は口をまごつかせた。は彼の葛藤と戸惑いを感じた。

「森山君、猶予期間をあげようか」
「え…」

森山は、思わず声を零した。

「君はこれから高校生だ」
「う、ん…そうだけど…」

は森山の返答に、頷いた。

「いっぱい楽しみなさい。勉強して、部活を真剣にして、彼女を作って、セックスして、そうやって、学生生活を楽しみなさい」
「それって、遠回しに断られてる?」

森山は震える声で、言葉を遮った。
は目をかすかに見開いた。そういう喰い付き方をされるとは思っていなかったのだ。森山はに断って欲しいと感じている、はそう思っていた。

「ううん、浮気しても良いよって、話」
「…………期間は?」

森山は、ぼんやりとした思考でに尋ねた。

「君の、20歳の誕生日」
「……………分かった…」

森山はほっとすると同時に、もやもやとした感情を感じていた。





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