「はぁ…」

森山は学校のパンフレットを見て溜息を吐いた。

「なんで、海常にしたんだろ…」

森山は以前から海常高校のことは知っていた。バスケ部も古豪と言われており、気になってもいた。だが結局決め手になったのは、あの夢だった。

(……あのとき助けてくれた男の子も来てたらマジで怖いよな…予知夢、とか?)

「はっ…」

森山は自分の考えに、酷く嫌気が差した。女々しすぎる、女は好きだが女々しいのはいただけない、森山はパンフレットを握り潰した。
もう卒業かと、受験を通り越して、しんみりとしてしまう。

森山は、の顔を思い浮かべた。年を取って、気付いたら忘れてるんだろうか、そんな事を思って、森山は物悲しい気分になった。

(名残惜しい…っていうんだろうな…)

森山は、刻一刻と迫る別れに、寂しさを感じていることを信じたくなかった。

(あの人とどうにかなりたい訳じゃないんだ…)



**



受験について不安に感じていたのも束の間、気付けば試験を受け、合格発表の日を迎えていた。自己採点では、合格していても良い点数だった。とはいえ、もしもということがある。期待と不安が入り交じった感情を抱えながら、森山は電車に揺られていた。
このネット社会で、発表は掲示板でのみ。心の中で、ネットでも公開しろよ、と悪態を吐いた。

揺れる電車。ほんの少し暑い車内で、森山はすっと瞼を閉じた。何となく、またあの夢を見る気がしていた。


『森山、』
『おう、笠松どうした…』
『勝とうな』
『当たり前だろ』
『おう、』

自分よりほんの少し低い位置にある顔を見ると、男は森山を見上げ、にかっと笑った。


ふわふわとした意識の中、目的地を告げるアナウンスが聞こえた。重い瞼を開き、溜息を吐いた。

(またあの夢か……学校にあいつ居たら、マジで怖いな…)

電車を降り、改札を通った。一度試験で来たことのある道だ。来たのはその一度だけ。学校説明会には出席しなかった。それでも試験日には迷わずに教室にたどり着くことができた。まるで慣れた道を歩くような感覚だった。
森山はふと助けて貰ったことのある少年を思い出した。身長はあまり変わらなかった気がするのに、夢の中では少し下の位置にあった男の顔、そして鮮やかな青いユニフォーム、決意に満ちた表情、森山は全てを鮮明に思い出せることに、酷く不安になった。
夢とはこんなにはっきりと覚えているものだろうかと。 まるで実際にあったことのように思い出せる夢に、森山はほんの少し寒気がした。




学校に近づくに連れ、学生が増えてきた。張り出された紙に書かれた番号を辿る。ぽつぽつと番号が飛ぶ。どきどきと心臓が主張する。心臓が口から出てくるのではないかと錯覚してしまうほどに、全身に振動が伝わる。

(あった…)

森山はほっとした。
そして、当初の目的を果たし、森山は周りを見回した。見知った顔はない。夢で見た、背の高い男、声の大きい男、金髪の男、そして森山を助けた笠松という男、その全員がいないことを確かめ、森山はほっと胸をなで下ろした。

「…………そう、だよな……気にしすぎだ…」

森山はそう呟き、生徒が群がる掲示板から離れた。その後ろ、その森山を見ていた男がいた。

「あいつ……」
「笠松どうかしたか?」

友人に声を掛けられ、笠松ははっとした。

「あ?ああ……なんかちょっと前に轢かれそうになってた奴助けただろ?」
「あー…あったな」
「そいつがいてさ、」
「声掛けるか?」
「いや、また会うだろ。入学の資料貰ってたみたいだし」
「そうだな、もう行こうぜ」
「おう」



**



森山は保健室の前にいた。急いで報告する必要はないと思いながらも、高校から帰るその足で中学にやってきた。
よし、と意を決して森山はドアを開けた。

「っ…」

森山は動けなくなった。思考までもが固まった。
その光景を一度も見たことがない、などというほど純情ではなく、寧ろ自分自身もしたことのある行為だった。
唇と唇が合わさり、水音がいやらしく響いていた。はいつもと変わらず、椅子に腰掛けた状態だ。そんなの首に、女の腕が絡みつく。は森山に気付き、まずいところを見られたとすぐに視線を逸らした。
とんとん、とその場には相応しくない様子で、は女の腕を叩いた。まるで子供にするようなその行動は、がこの行為に対して何らの感情も持っていないのだということを示唆していた。
女も森山の存在に気づき、から離れた。二人の唇は唾液の糸で繋がれていた。

森山は脳が沸騰するのではないかと言うほどの怒りを感じた。同時に、女性に対してこんなにも激しく攻撃的な感情を抱くことに戸惑った。森山は無類の女好き、フェミニスト、それが森山に対する周りの認識であり、そして本人の認識だった。森山は泣きたくなった。もう引き返せないところまで、感情が高ぶっていることに気付いてしまった。

(ああ、好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ)


      どうしようもなく


は、森山の顔を見て己の心に波紋が広がるのを感じた。呆然と立ちつくす様が余りにも心許なくて、抱きしめたくなった。それをぐっと押さえ込み、は立ち上がった。

「上原先生、仕事に戻らないと、ですね」
「え?あ、そうね、ごめんなさい」

が、子供に言い聞かすようにそう促すと、上原ははっとして、そそくさと逃げるように保健室を後にした。
上原が出て行ったのを見て、森山は口を開いた。

「精神衛生上、よろしくないと思う」
「まったくもって、その通りだと思います」

は苦笑いでそう言った。

「保健室はラブホじゃねぇよ…」
「知ってる。避けられなくて。えへ」
「えへじゃないだろ」

森山は震える手を誤魔化すように、の頭に手刀を落とした。生徒のそんな行為に怒ることをせず、避けることもせず、はそれを受け入れた。

「うん、私も、今回のことについては本当に私が悪いと自覚してます」

そう言って、は両腕を上げて降参のポーズを取った。森山は溜息を吐いた。目撃したのが自分でなければ、今頃たいへんな噂になっているはずだと、森山は呆れ果てた。

「で、何か用だったの?」
「………あー…うん」

森山は視線を彷徨わせた。口を突き出して、照れくさそうに森山はぼそりと呟いた。

「受かった。高校…」
「本当!?おめでとぉ!」

間髪入れずには歓喜の声を上げた。それに森山はぎょっとした。

「なんだよ、大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。良かったね」
「……おぅ…」

にっこりと笑うの様子に、森山はたじろいだ。

「そういや、受験終わったら、寝れるようになってきたかも…」
「森山君って、意外とナイーブだね」

森山は目を見開いた。

「え?」
「ん?どうした?」
「あ、いや、なんでも、ない…」

(デジャブ?)

既視感を感じた。どこかで以前、同じ事を言われたような。






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