お友達を作ろう。






「総司ーかまえー」

道場に土足で入ってきた風太(苗字は知らない)、近所に住んでいる糞ガキである。以前、悪戯で道場にまきびしを置き、私の足に怪我をさせた張本人だ。小学2年生のやんちゃなお年頃ではあるので、仕方ないともいえる。これから私たち大人が教えていけばいいのだ。だが沖田くんにはそんなことは関係がないようで、

「口の利き方には気を付けた方がいいよ?」

と、刀を手入れしながら、今にも斬りかかりそうな黒い笑みでにっこりと少年にそう言った。

「風坊、謝っとけ、このお兄ちゃんは私よりも怖いよ。しかも容赦ないよ多分」
「やだなぁ、僕だってこんな小さな子どもに本気なんて出しませんよ」

まだ手入れの途中だし、とぼそりと言ったのが聞こえたが、私は何も言わなかった。恐らく手入れが終わっていたら容赦なく叩き込んでいたに違いない。

「で、何して遊ぶの?」
「え?」

沖田くんは刀を鞘に収め、そっと床に置いてから風太に尋ねた。風太は驚いたような声を出し、目を見開いた。

「遊んでくれんの?」
「そのために来たんじゃないの?」

よいしょと立ち上がり、沖田くんは靴を履いた。風太はその彼の背中を追いかけ、元気よく道場を出て行った。

「あ、風太くんだっけ?床拭いときなよ。岡さんに殺されるよ?」
「は?」

そう言うと同時に、風太に向かって竹刀が振り下ろされた。木刀でなかっただけマシだろうが、それでも防具なしで受けた本気の太刀は痛かったのだろう。少年の目には涙が溜まっていき、暫くは我慢していたようだったが、溜まった涙がボロボロと零れ落ちていく。
本当に容赦がないのは岡さんだったようで、年端も行かぬ少年に対して何らの慈悲もなく、冷たい視線で少年を射抜いた。

「まったく…遊ぶのはここを綺麗にしてからですよ」

竹刀を所定の位置に戻して、岡さんは去って行った。今は鍔を作成しているらしい。日本刀をつくるのには、何人かの職人が必要らしいのだが、彼は全工程を一人で行うのだそうだ。変態だ。

「まぁ、手伝ってあげてもいいけど」

岡さんが完全に工房に入ったのを確認して、沖田くんぽそりと言う。風太はこくりと頷いて、沖田くんに付いていった。少年はこうやって、良いことといけないことを学んでいくのかな、と私は完全に傍観を決め込んで様子を見守っていた。

私は小さい子どもが喚くのが嫌いだ。泣けば何もかも万事解決だと思っている節がある、そこがどうも苦手だった。
しかし沖田くんは少年の涙を乱暴ではあったが拭ってやり、しかも一緒に床を掃除してやるようだ。意外と沖田くんは面倒見が良いのかもしれない、と感心していたのだが。如何せん、彼は乱暴だ。
水を汲んできたのはいいが、絞り方が悪いと殴り、拭き方がなっていないと殴った。ひゃー、と私は心の中で声を上げてしまった。親が知ったら、苦情が来るかもしれない。

「沖田くんって、男前だよね…」
「何してるんですか、さんも手伝ってください」
「あー…うん。わかった」

大雑把なのは男所帯にいたからだろうか。それならば私はどうしたって、彼の居た場所には馴染めないだろうと、ぼんやりと思った。


***


「で、何するの?」

掃除が一段落して、沖田くんは再び質問した。

「けったしよ!けった!」
「けった?」
「けったも知らねぇの!?だっせ!」

風太は相変わらず学習をしない。自業自得なのだが、散々先ほど殴られていることを思うと、少し同情する。

「沖田くん…相手は子ども、ね、子ども、」

簿記簿記と拳を鳴らして、殴るウォーミングアップをする沖田の肩を叩く。

「い、やだなぁ。僕が子ども相手に本気になるわけないでしょ」

そう言いながら沖田くんの表情は複雑そうだ。
そういえば私も風太くんくらいの年の時には、自分の知っているものは皆等しく知っているものなのだと思っていた。そしてそれを決して疑うことは無かったな、と懐かしく思った。

「けったって言うのは、缶けりみたいなもんだよ」
「かん蹴り?」
「あー…そっか、うーん…かくれんぼみたいな感じ?」

江戸時代に缶はないのだから、缶蹴りを知らないのは当たり前か、と私は妙に納得してしまった。ジェネレーションギャップだなぁ。

「それって、三人でやって楽しいですか?」
「え?私、滅茶苦茶見てる気満々だったんだけど…いや、別に参加してもいいけどさ」

それにしても2、3人でする遊びではないような気がしてきた。私はどうしてやるのが一番風太にとって良いことなのかを考えていたが、沖田くんは、

「とりあえず、もう少し友達作ったら?」

と言い切ってしまった。
確かに風太少年が同じ年代の子と一緒にいるのは見たことがなかった。

「友達くらいいるよ!」
「ふぅん」
「なんだよ!それ…!いるって言ってんだろ!」

風太は沖田くんに食って掛かる。沖田くんに口で勝とうなんて、百年掛かっても無理なような気がする。

「じゃぁ、連れてきなよ」

風太はぐっと流れそうになった涙を堪えて、沖田くんを睨みつけた。

「…総司もいつも一人だろ!」

彼のその言葉にうわぁとも、あちゃーとも心の中で思ってしまった。それは触れられたくないところだったかもしれない。
私はどうフォローを入れたらいいのか分からず、行く末を見守る事にした。沖田くんの瞳は驚くほど冷めていて、何を考えているのか分からない。まるで初めて出会った頃の沖田くんみたいだ。この視線をたかだか7歳児が受け止められるのだろうか。心配になってきた。

ここに岡さんかジンが居れば、何か言ったのかもしれないが、生憎今、二人は不在だ。いや、二人がいたら事は悪化したかもしれない。あの二人は常にブレず唯我独尊だ。
私がおろおろとしていると、沖田くんは風太の襟元を持って猫のように吊り上げた。

「君って、本当に馬鹿だよね」

そう言って、彼はそのまま雑木林を進んでいった。
一応人が歩けるようになっている、岡さんの家と外界(と言うと失礼かもしれないが)を繋ぐ道であったが、風太の体は草やら何やらがぶつかって痛そうだった。扱いが酷いなと思ったが、何か考えがありそうなので、とりあえず何も言わずに付いて行くことを決意した。

ずんずんと進んでいって、着いた先は小学校だった。以前、散歩ついでに色々とこの辺を説明して回ったのを覚えていたのだろう。きゃいきゃいと、若々しい声が聞こえる。学校自体は休みだったが、遊びに来ている子どもが居るのだろう。

風太はもはや何も言う気力が無いのか、ぐったりとしている。ぼろぼろだ。マジで親にバレたら訴訟物かもしれない。こっそり記憶を消しておくか…。
更に沖田くんはずんずんと進んでいき、元気に遊ぶ子どもたちの傍まで寄っていった。不審者だと騒がれたらどうしよう。

「やぁ、君たち」
「あれー?お姉ちゃんの彼氏?」
「こんにちはー」
「こんにちはー」

しまった、否定するタイミング逃した。
幸運にも時々近所で挨拶をしてくれる子どもたちだったようで。私の顔を覚えてくれていたのか、騒がれることはなかった。沖田くん否定しないの?彼氏通じてないのか?

「この子と遊んでやってくれないかな」

沖田くんが、そう言ってボロボロの風太を差し出すと、子どもたちはわいわいと騒ぎ始めた。

「あ、1組に転校してきた子や」
「ほんまや」
「ぼろぼろや」
「ほんまや」

学校とは無縁の生活を続けてきたためか、とても微笑ましい光景だった。

「なんか、上から目線の子ちゃうん?」

にこにこと子どもたちの様子を見ていたのだが、その言葉で私は現実に引き戻された。子どもは残酷だ。本当に残酷だ。私はその言葉に引いてしまった。

「風太くんは恥ずかしがりやなんだよ、きっと」

ナイスフォローだ、沖田くん!目、笑ってないけどな!マジ、風太くんボロボロだけどな!
何となく再び和やかな空気になった時だった。

「多分風太くんはツンデレなんやと思う」

ツインテールの愛くるしい少女がボソリと言った言葉に場の空気が凍った。沖田くん、フォローはまかせた!目で合図すると沖田くんは溜息をついた。

「…そういえば、皆何して遊んでたの?鬼ごっこ?」
「色々!」

沖田くんがそう聞くと、少年が元気良く手を挙げた。

「風太くん、けったしたいんだって」
「ほな、けったしよー!」

そう言って沖田くんが風太くんの頭を撫でると、風太くんは彼の袴の裾をちょいちょいと引っ張って、
何かをごにょごにょと言って、子どもたちと共に走っていった。

「風太くん「ありがとう」、なんて可愛いところあんね」

風太くんが沖田くんに呟いたその声は小さかったけれど、私にはきっちりと聞こえていた。

「そうですね」
「良いお兄ちゃんだね、沖田くん」

私がそう言うと、沖田くんは一瞬意外そうな顔をして、そしてにやりと笑った。

「惚れ直しました?」
「そうだね。私が沖田くんに惚れてない期間なんて元々ないんだけど」

私の返しに、少し不本意そうな顔をして、沖田くんはそっぽを向いてしまった。

さんって、タラシですよね」
「それを沖田くんが言っちゃうんだ」







おまけ。


家に帰ると、ジンが寂しかったと抱きついてきて、そのまま寝てしまった。
ソファに腰掛けたところだったので、今日はここで夜を過ごすことになりそうだ。ご飯はツインテールの祥子ちゃんのお家で、ご馳走になってしまった。
結局私も沖田くんも参加する事になり、割と汚れたので風呂に入りたかったのだが。明日になりそうだ。

「…何ていいますか、ばかすか殴りすぎじゃないかとおもうのですが。」

お茶を啜る沖田くんにそう言うと、彼は逡巡したように宙を見たが、暫くして口を開いた。

「…風太って、」
「うん?」

なおも言うのを躊躇うような素振りを見せる。はくはくと口を開閉して、その後再び話し始めた。

「…目元がなんか…土方さんに似てるんですよね…」
「うん」
「まさか、本人は殴れませんから、………つい」
「へぇ」

にやりと笑う沖田くんの顔は凶悪極まりなかった。

「そういえばさん、関西弁…?喋れるんですね」
「一応地元民だからね。子どもには同じ喋り方の方がいいと思って」
「ああ、子供って、そういうの気にしますもんね」
「うん?うん。そうだね?」

何か思い当たることでもあったのだろうか。確かに変わった子ではあるけれども。もしかして風太くんの言った言葉を気にしているのだろうか。なんて。




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