猛暑日2






一番近いバス停を目指して家の外へ出た。このバス停は屋根も椅子も無い、ただバス停のポールが立っているだけだ。バスは見事に一時間に一本。しかも遅れたり時間ピッタリに来たり、と気まぐれなバスだ。

「暑い…」
「暑いって言うとさらに暑く感じるよ」

シャツにデニム地のショートパンツを履いた沖田くんは、暑そうに私のさしている日傘の影になんとか入ろうとしている。少し傘を傾けると、傘の影に沖田くんの顔が入り、彼はふにゃりと力無く笑った。
チリチリと日光に焼かれる。今なら丸焼きの豚の気分が分かるかもしれない、そんな日差しだった。

「…溶ける」
「はい、これ飲んで。本当に熱中症になっちゃう」

か細い声で、沖田くんは頷いた。もう普通の声を出す元気もなさそうだ。帰りは夕方頃にしよう。少しは涼しくなっていることを願いながら。
沖田くんは無言で水筒を受け取った。礼儀正しい彼だが、今は礼も出来ない程バテているようだ。特に気にしないが。

「それにしても遅いですね」
「そうだね。道混んでるのかもしれないね」

持っていた扇子で扇いでやるが、ぬるい風が行くだけであまり効果は無いだろう。頬が少し赤い。頬に手を当てると少し熱が篭っているようだった。

さんの手、気持ち良い…」
「そう?」

話すのも体力を消耗する。彼は静かにこくりと頷いた。彼の頬を伝う汗が、私の手のひらを濡らす。
私の肌は一年を通して大体同じ体温になるようになっている。夏は冷たく、冬は暖かい。そういえば沖田くん、冬は私にくっついて離れなかった。猫のようだ。

あまり彼をこの時代の便利な生活に慣れさすのも怖いが、そうは言ってもこの暑さは尋常ではない。日傘を傾けて空を見上げると、真っ青な空が広がっているのが見えた。
停留所に着いてから、もう20分が経とうとしていた。彼もいい加減暑さに吹っ切れたのか、疲れた顔をしながらも悪態を吐いていた。

「本当に…バカなの?全然来ないんですけど。もう20分近く待ってるんだけど」

そう言い切ると、ぜぇぜぇと息を荒くした。水筒を手渡すと、彼はごくごくとポカリスエットで喉を潤した。お茶だと心配だったので、スポーツ飲料を入れてきたのだ。

「まぁまぁ…田舎のバスなんてこんなもんだよ…」

沖田くんが飲み終わり、差し出してきた水筒を受け取り、鞄に入れながら言う。

「これが秋とかなら僕だってこんなに言いませんよ」

汗がポタポタと地面に吸い込まれていく。見ているだけで暑そうだ。タオルで伝う汗を拭いてやるが、際限なく流れる汗に、作業が追いつけそうもなかった。
一応日傘は差しているが、確かに暑いかもしれない。人間ではない私にとってはそれほど苦痛でもなかったが、人間だった頃は私もこうやっていたなぁ、と懐かしんだ。

「もう無理…」
「もうすぐ来るよ」

これも何度目になるか分からないくらい繰り返したやり取りだった。流石に私の身体も冷気を纏っている訳ではなかったので、暑いだろうとは思うのだが、彼は私の身体に凭れ掛かってきた。目を開けているのさえ億劫になったのか、彼は目を閉じていた。

「あ、来たよ」

私がバスの到着を伝えると、うっすらと目を開いた。今年は車を買おう。私もジンも歩くのが好きなため、家にはほとんど使われていない自転車が二台あるだけだったが、これからは必要になりそうだ。
私はこの世界に来る前に一度免許を取っている。すぐに免許は取れるだろう。

「はぁ…暑い…」

がっくりと項垂れて、暑い、暑いとうわ言のように呟く沖田くんは痛々しくて見ていられなかった。そんな事よりも、彼がバスの運転手と一戦交えるような状態になるのではないかという事の方が私には気がかりだった。

「バスの中も、図書館も涼しいから、気を確かにね。運転手さんに殴りかかっちゃ駄目だよ」
「…分かってますよ」

爽やかな好青年ぶっているが、沖田くんは結構血気盛んと言いますか、やんちゃ、というと可愛いが、そう、ヤンキーみたいな!そういう危なさを持っている。
私は不本意そうな顔をした沖田君の横顔を見ながら、静かに溜息をこぼした。
ぷしゅぅ…とバスのドアが開き、涼しい風が流れてくる。太陽の下にいた私たちには少し肌寒かった。

「はい、上着。この温度差は身体に毒だから」
「ありがとうございます」

冷房の効いた車内にいるからか、先程より幾分元気なように見えた。私も上着を羽織る。袖を通し終わると、横から視線を感じた。

「なに?」

じぃ、とみてくる沖田君の視線に気付き、私は沖田くんのほうを向いた。

「いえ、なんていうか、さんって普段しっかりしてるのに、方向音痴だったり、時々子供っぽいことしたりしますよね」
「何が言いたいの?」

彼の真意がわからず聞き返すと、沖田くんはふわりと笑った。

「え?いえ、別に…かわいいなぁって思っただけです」

この顔でこういうことサラッと言うんだからと、少し呆れ気味に溜息が零れた。

「…沖田くんって女の人にモテるでしょ」
「まぁ、それなりにですけど」

じと目で沖田くんを見ると、彼は更ににっこりと笑って見せた。
黙ってれば美形だし、にっこり笑えば人懐っこい感じするし、ふんわり笑えば優しそうに見える。というか、顔が良ければ中身がどうであれ良い印象を受けるものだ。

私だって、一応数回分の人生を送っているわけで。それなりの経験も積んできている。能力もあるから、彼とうまくやっていると思う。しかし普通の女子には荷が重い男だ。
千鶴ちゃん、よくこんな男と…。まぁ、そういうルートを選べばの話だけど。結構千鶴ちゃん男気あるもんね。千鶴ちゃんなら誰だってメロメロだよ。

私もだけど。

正直誰にも渡さねぇって位には千鶴ちゃん好きだ。嫁に欲しい。男だったら断然新八さんだけど。新八さんルートがないのが不思議でならない。
ぶっちゃけ千鶴ちゃん、風間さんと一緒になったら色々と綺麗に収まると思うんだけどなぁ…大事にしてくれそうだし。
とかそんな事考えてる私ってやっぱりダメだなぁ。人の恋路に何とやらだ。

まぁ、沖田くんとそういう関係になる気なんてないけどね。と、ひとまずそこで思考を止めて、寄りかかって寝ている沖田くんのぬくもりを感じながら、彼の寝顔を見た。
こうしてると、可愛くて良いんだけどなぁ。と、再び溜息を吐いた。

バスから降りた沖田くんが再び駄々をこねるのは数分後の事だった。



おまけ



「暑い…」
「もう直ぐそこだから」

バス停から2分ほどのところに図書館はある。そこまでは坂と階段が待ち構えている。

「もう、無理。汗かくの嫌だ」

「それ以上文句言ったらここでお尻ペンペンするからね。ほら、早くズボン脱げよ」

腕を組んで沖田くんにそう言うと、彼は目を細めて悪いことを考えるような表情をした。そういう表情も嫌いじゃないんだけど、もう少し、なんていうか、こう…苦しんでる感じの顔見たい。少し嫌そうな顔とかすっごく好きなんだけど。こういうのが変態って言われちゃうのかなぁ

さんって変態ですよね。というか隠さなくなりましたよね」
「私はいたって善良なスケベです」

と思います。

「善良じゃないでしょ、それは」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。さぁ行こうか」



BACK    NEXT