打ち上げ花火
ここはきっと地元の人も知らない場所だ。周りには人っ子一人いない。
ベンチに腰掛けて空を見る。花火は静かに見たい派である。空に咲く大輪の花を、ただじっと見つめていたい。どん、どんと腹に響くその感覚だけを追っていたい。
ゆるやかに過ぎる時間。開いては散り、また咲いたと思ったら散る花。さらさらと落ちていく。最後は白い靄が残るのみ。
鎮魂の意味合いを持つ、この夏の花火は別れを連想させる。去年も一昨年も台風で無くなってしまった花火大会。沖田くんと見る始めての花火。光に照らされる沖田くんの横顔を盗み見た。首筋に汗が伝うが気にする様子は無い。真っ直ぐ花火を見ていた。
もう直ぐ9時だ。ピタリと止んだ音。静寂が戻る。
「そろそろ帰ります?」
「ううん、まだ。まだ上がるよ」
立ち上がった沖田くんの後ろで、大きく上がった花火。流れるような動作で彼は後ろを振り返った。
「いつも、最後は少し間が空くんだよ」
ヤケクソみたいに次から次へと上がる花火。休みなしに上がる花火、散り様もしっかりと見ることは出来ないほどだ。
しばらくするとその音も止んだ。すぅ、と花火の煙が空を流れていく。
「凄かったですね…」
「うん」
ため息のように零れた感嘆の言葉は、返事を待っていたのか分からないが、短く同意の意を示した。
それ以上語るつもりもないのか、彼は黙ったままだった。私はその後姿を見ながら立ち上がり、隣に置いてあった鞄を取った。
「家に帰って、カキ氷食べよっか、シロップいっぱい買ってきたよ。苺、檸檬、ブルーハワイ…」
指を折りながら、シロップの種類を数えていく。
「あ、ブルーハワイは舌が青くなっちゃうね」
「また、見に来れるのかな…」
彼がこちらに来てから三年の年月が流れた。三年と、半年の時間が過ぎた。しかし彼とこうして花火を見るのは、これが初めてだ。
私がこの世界に来て6年。ジンと二人で過ごした3年と、沖田くんと過ごしてきた3年。もうすぐ彼と過ごした時間のほうが長くなる。それなのに私が見た花火は、これで4度目。この2年は雨で、中止。やっと見れた3年目の夏。
彼も、同様の思いを持っているのかもしれない。
これが最後かもしれない。
考えないようにしていた。ただ漠然と不安になることがあって、その度私は大丈夫、大丈夫、と言い聞かせた。別れがいつ来ても、大丈夫。だって私はこれからもっとたくさんの別れを経験するんだ。誰よりも多く。
その代わり誰よりも多くたくさんの人と出会えるから。だから大丈夫だって、そう根拠もなく言い聞かせて、納得した気になってる。
「分からないんです」
そう言った沖田くんに私は何も言うことが出来ず、ただ彼の言葉を待っていた。
「帰りたい、そう思っているのが、普通なんです…僕の、居場所はここじゃない…!」
時折見せる表情で、何となく分かってしまっていた。彼は別れを惜しんでいる。帰りたいと思いながら、帰りたくないとも思っている。楽しく談笑しているときも、一心に刀を振るっているときでさえ、ふと彼の表情が翳る。
沖田くんは頭を振った。帰りたくない自分を必死に否定している。
「でも、それなのに、僕は、貴方の、傍にいたい。離れたく、ない…。離れたくないです…!!」
振り絞るように言って、そして沖田くんは私の身体に縋った。
「沖田くん…」
抱きかかえるべきか悩んで、手を彷徨わせた。引き止めるわけにはいかない。結局どうすることもできずに手を下ろした。
「好き、なんです。さんのこと。ううん…もっと、ずっと、想ってる」
返事が出来なかった。
「迷惑?この気持ちは、さんには…迷惑ですか?」
沖田くんは一歩下がった。離れた熱が寂しい。気温は高いはずなのに、寒かった。彼の熱に追い縋りそうになって、踏みとどまった。
真剣な彼の目を直視できずに、私は目を逸らした。安易に答えてはいけない。唇を引き結んだ。
沖田くんが、こくりと唾を飲み込んだのが聞こえた。呼吸音が少し乱れている。必死に落ち着かせようとしているのが分かった。
だから咄嗟に体が動いてしまった。彼の姿が痛ましくて、そして愛しかった。期待させてしまうことは理解していた。
「さ…ん…」
ぽろぽろと落ちる涙が、服にしみを作っていく。ああ、なんて綺麗なんだろう。なんて綺麗な涙なんだろう。
そうだ、これは、一生懸命に生きている人が流す涙だ。懸命に生きる、人が流せる涙だ。
この想いに私の想いは、釣り合うのだろうか。彼のように限り有る生を懸命に生きている彼の想いと、ただ延々と続く生を貪って生きている、惰弱な生活を送る、私の想いと。何より怖かった。彼は死ぬ。確実に私よりも先に。
その後私はどうするんだろう。その後私はどうなってしまうのだろう。
「ごめん。まだ、自分の気持ち、分かんない…ちゃんと、応えられなくて、ごめんね」
「はぃ…」
もう少しだけこのままで、と彼は涙を零した。
帰り道は、終始無言だった。手だけは、しっかりと繋いでいたけれど。
雰囲気が出るから、と着た浴衣。淡い緑色の浴衣、今は後姿しか見えない。
彼の目と同じ緑色。
下駄がアスファルトの砂利を踏み荒らす。その音がやけに鼓膜に響いた。
沖田くんは、家に着くとそのまま部屋に篭ってしまった。
「ちゃん、おかえり」
「うん、ただいま。カキ氷、明日にしよっか。沖田くん疲れちゃったみたい」
「うん」
明日、沖田くんと3人でカキ氷を食べよう。それからしっかりと話そう。
「ちゃんも疲れたの?もう寝る?」
「うん、寝る。今日は、一緒に寝てもいい?」
ジンとは一回も目を合わせなかった。合わせられなかった。親に密会がバレるような、そんな心持ちだった。いや、まさにそうだ。
「うん、良いよ、寝よう」
しっかりと、手を握り締めてくれるジンの手は、少しだけ冷たかった。沖田くんの手は酷く熱かったから。
次の日、沖田くんは居なくなっていた。布団に少しのぬくもりを残して。
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