君に会いに行くから



「帰っちゃったね」

呆然と立ち尽くす、私の後ろからジンは現れた。

「そうだね」

相槌を適当に打つ。

「ご飯、食べよっか」
「うん」


布団を片付け、朝ごはんを食べて、昼ごはんも食べて、他愛無い話をジンとして。余りにも普通の日常だ。沖田くんにお弁当を作る必要も無くて、時間がいつもより余って居るような気がしたくらい。

晩御飯の後に、「はい」と渡されたキンキンに冷えた瓶のソーダ。プルタブをあけるとプシュと音がした。口に含むと、必要以上に口内でピチピチと跳ねて正直不愉快だった。
沖田くんなら、ここで僕は冷酒!と手を上げて、まるでどこかの店員に言うように私に注文しただろう。冷蔵庫で眠る酒はたくさんある。私もそれほど飲むほうではないし、ジンに至っては全く飲まない。

それでもやがて無くなるのだろう。そして彼が居たことなど、この家は忘れてしまうのだ。どんなに同じシャンプーを使っても、同じボディーソープで洗っても、消えない沖田くん特有の匂い。 沖田くんの着ていた服、 沖田くんの使っていた布団、コップ、皿、数え切れない、沖田くんの残骸。

「…元の生活に戻っただけだよ」

クーラーも扇風機も着いていない部屋で、ぼんやりと風鈴がかすかに揺れるのを見ていた。 ジンは正座をして熱いお茶を飲むようにグラスを持って、 リンゴジュースを飲んでいた。

「静かになったね」

そのグラスを机に置いて、静かにジンはそう言った。

「そうだね」

私は相変わらず適当に返事をした。

「あのね、ちゃん」

グラスに半分以上残っているソーダを見て、飲むの面倒くさいなと思っていると、ジンがいつもと変わらぬ口調で私の名を呼んだ。

「ん〜?」
ちゃんと総ちゃんは、あんなにベタベタしてたのに、くっついてなかったとか驚きなんだけど」

思わず飲んでいたソーダを吹き出してしまう。急いでティッシュで口を拭う。

「え?あぅ?なん…?え?」

突然のことに私はテンパってしまい、口から出るのは言葉になっていない音の羅列。

ちゃんのことならなんでも分かるよ」

ジンはにっこりと笑う。こいつ、私の記憶を覗き見したな…絶対した、これは、明らかに!

ちゃん、行動早いよね」
「うぐ…」

昼頃に沖田くんの事を岡さんに報告に行ったのだ。そのときに、沖田くんの刀を取ってきた。ついでに私に合う刀を岡さんに選んでもらおうとしたが、貴女に売る刀はありません!と言われてしまった。それもこれも、沖田くんを追いかけるためだった。あとは着物を手に入れるだけだ。

「行くの?」
「うん。 ちゃんと返事しないと。それに、ね。一晩考えたら、呆気なく答えが出ちゃったもんだから…」

岡さんの、言葉のお陰っていうのもあるんだけど。

「ジン、寂しい?」
「ううん。大丈夫だよ」

にっこりと笑って見せた、ジンの表情は確かにいつもと変わらない。

「すぐ、出て行くわけじゃないよ。これから沖田くん探さないと」

沖田くんの気配を追って、沖田くんのいる世界を探して。見つかったら今度は糸引っ張って道を作らないと。異世界に行くというのも、そんなに簡単なことではない。

「まかせて、もう準備万端だから」
「へ?」

はい、と今朝岡さんのところから取ってきた刀を渡される。ありがとうと受け取ってはみたものの、訳が分からずジンの顔を凝視する。

「総ちゃんに、糸、付けてあったんだ」
「へ、へぇ…」

いつの間に…

ちゃんが朝起きてるのに、僕が起きてなかったことある?」
「…ありません…」

珍しく今日は私の方が起きるの先だったな、と思っていた。

「それはなんで?」
「道、作ってた、から?」

ジンは首を傾げて、私よりずいぶん低い位置から見上げてくる。

「せいかーい」

ジンが両手を上げて、ジャンプすると何処から出てきたのか白い花が舞い散る。盛大なパフォーマンス。

「じゃぁ、僕からのプレゼントだよ」

ジンが指を鳴らすと、私は一瞬で着物姿になった。

元々、私の姿は一定ではない。肉体も着ているものも。
私たちは、風でもあり、風ではなく、木々であり、木々ではなく、人でもあり、人ではない。
そして、君が風だったなら私は風、君が木々だったなら私は木々、君が人であるならば、私は人。
そんなこんなで、こうやって姿かたちを帰る事は造作も無いのだ。私は人間的習慣が染み付いているので、普通に着替えるが。

「に、してもさ、この柄はなくない?」
「え?似合ってるよ!」

黒地に白い牡丹のまわりを真っ赤な蝶が舞う。何処のヤクザ?目立ちすぎなんだけど。京の町の人々が避けて歩くのが目に浮かぶ。

「いや、でも…」
「似合ってるよ!」

ジンの無言の圧力。無言の微笑み。

「…………はい…」

結局押し切られてしまった。ジンの何が怖いって、これが全部「腹黒いから」じゃないことだ。全部純粋な親切心。それが一番怖い。

「じゃぁ、いってらっしゃい」

うわ、今の言い方「笑ってこ●えて」のダ●ツの旅みたいな言い…か…た…

「へ…?い、今から?!行動早すぎ…!!ちょ!!ジン、なんか身体が引っ張られてるんだけどぉぉぉぉぉ!!」

身体が下に下に引っ張られる。床板が抜けるんじゃないかと思うほどだ。

「強制転送するから。それに、善は急げっていうじゃない」

ぐっ☆じゃねぇよ!ウィンクいらねぇ!親指立てんな!真っ黒な人一人がすり抜けられる大きさの穴が開く。ドラ●もんの通り抜けフープのようだ。じゃねぇ。あ、床抜けた。咄嗟に何かを掴もうと、手を伸ばす。しかし虚しく空を切り、浮遊感が身体を襲う。全身が粟立つ。

「これって…なんかデジャブゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

そこは、なんか青一色でした。

「空ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

いやいやいやいや。待って。私は一度これを経験している。以前ワン●ースの世界に降り立った…いや落とされたときのようだ。
あれってさ、でもワンピースの世界だったから海に落ちて、キャラとバッタリあれ?みたいなそういうアレだったけど!そういう感じの出会いだったけど、この時代でそれやったら明らかに…もう、絶対確実に死亡フラグだろぉぉぉぉぉ!!江戸時代に空島はないんだぞぉぉぉぉぉぉぉ!!

何の言い訳も出来ない。

薄桜鬼は確かに鬼とかいて、ちょっと普通じゃない?みたいな感じだけど、これはないよね。これキャラに見つかる前に何とかしないと…!!

いや、その前に着地だ。


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