「は?」
「ああ、遅れるって」
日向がリコに尋ね、リコがそれに答えた。一行は既に海常高校の校門前に来ていた。
「ふぅん、やっぱ黄瀬と会いたい、とかかな」
小金井がそう言う。
「なんか…笠松さんのファンだとか言ってたわよ」
リコは、「凄いテンションで」と付け加えた。そんなが思い浮かばない一同は一様に首を傾げた。必死に頭の中でその図を想像しようと躍起になったが、やはり無理だった。
「……つーか、黄瀬のことはどうでもいいのな」
日向がぽつりと呟いた。黒子と知り合いなら当然黄瀬とも仲が良いはずで、そもそものことを切り出したのは彼なのだ。
だが黄瀬よりも海常の主将に会いたいとはどういうことか、皆が感じた疑問だった。
「別に特別仲良かったわけではないです。……先輩が、先輩でなければ、きっと逃げ出していたと思います」
「どういうこと?」
「癖の強い人が多かったので」
「お前含め、な」
火神が赤い目をこすりながら言った。そこにいた全員が「確かに」と納得した。
**
「遅れましたー」
「あら、結構早かったのね」
試合が始まっていると思って急いで走ってきただったが、試合はまだ始まっていなかった。
海常の部員がてきぱきと試合の準備をしている。
「ん?これ、どういう時間?試合の用意されてなかったの?」
そうだとしたら海常の監督はとても失礼な人だと思った。が尋ねると、リコは浮かれた声を出した。その様子には疑問に思った。リコはさらに笑みを深くした。
「火神くんがリング壊しちゃってね」
リコが今まであったことを話し、は頷いた。
「なるほど」
リコを見ていた視線を上げ、は笠松の姿を探した。すると見知ったわんこと目があった。どんどんと目が見開かれていく。はそれを他人事の様に見ていた。
準備を手伝っているらしい。近くにいた黒子に黄瀬は叫んだ。にもその声が聞こえた。
「なん、え?黒子っち!なんで、さんいるんスか!?」
「ああ、黄瀬君が帰った後、誠凛で見つかったんです」
「なにそれ!俺に連絡してよ!」
「うっせーぞ!黄瀬!働け!」
笠松が黄瀬に蹴りを入れた。は目をカッと見開いた。部外者だとは知りつつ駈けていった。
「ちょ、くん!?」
リコが走り出したを呼んだ。それを聞き流し、は一目散に駈けていく。
「お、久しぶりです!これ、よかったら貰ってやってください!」
「お、おお…いつもすまないな」
「いえいえいえいえ」
は手をぶんぶんと振った。笠松は顔を上げてを見た。は興奮した様子で、紙袋を笠松に差し出した。まるでバレンタインに勇気を振り絞ってチョコを渡す女子だ。
笠松は素直に紙袋を受け取った。の顔が明るくなる。
近くで見ていた火神は目をまん丸にした。まるで突然未確認生命体が現れたかの様な目でを見た。事実の表情は未確認生命体並にレアなものだった。
いち早く我に返った黄瀬が声を張り上げた。
「え?え?笠松先輩知り合いっスか?」
そのただならぬ様子に、笠松は少し引きながら黄瀬の質問に答える。
「ああ、新人戦の時、毎回差し入れくれて…お前とも知り合いなのか?」
「帝光でマッサージとか、色々お世話になったっス」
「ふーん」
黄瀬の返答に、笠松は興味なさそうに答える。
「笠松さんだったら、タダでしますよ!結構腕に自信はあります!」
は笠松ににじり寄った。笠松はじりじりと後退する。周りの部員達は物珍しそうにその様子を傍観していた。
「俺もしてくださいっス」
「涼太君は有料で」
「さん、俺の扱い酷いっス!」
黄瀬は得意の泣き真似で、ぐずった。
「酷くなーい。笠松さんはファンで、涼太君は可愛い後輩だもん。扱いが違うのは当たり前ー」
「………それはよろこんでも良いっスか?」
「いいんじゃない?」
ぱっと顔を上げ、純粋無垢な顔でを見上げた。その表情に、
(こういう時の涼太くんは可愛いんだけどな…)
と、は黄瀬の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める様は本当に犬のようだ。
だがの中では黄瀬は「狐」なのではないかという、疑惑もあった。狐とは「女狐」と称される類のものだ。どちらにせよイヌ科である。
「あとで、アドレス教えてくださいって言ったら…」
「別に教えるけど」
は黄瀬の申し出に快く応じた。黄瀬は不思議そうな顔をしたが、すぐににっこりと笑った。
(憎めないんだよな…どうしようもないくらいバカだけど…)
テストの度に苦労させられたことが思い出される。
**
「何貰ったんスか?」
黄瀬は笠松の持つ紙袋を覗き込んだ。笠松は乱暴に紙袋から取り出した。タッパーに紙が貼ってあった。
そこには丁寧な字が並んでいた。
「レモンの砂糖漬け…皆で食べてくださいって、……良いのか?これ。…あいつ誠凛のマネジかなんかだろ?」
敵に塩を送るようなことをして大丈夫なのか、と笠松はの好意に恐縮していた。
「多分、あの人部員じゃないっスよ」
「そうなのか?普通に選手でもおかしくない体格してんのにな」
「スポーツするの嫌いなんですって。見るのは好きって言ってましたけど」
「ふーん…」
勿体ないと思うと同時に、笠松は選手でなくて良かったと安堵した。先ほどのの素早い動きに驚異を感じていた。
(運動神経は良さそうだしな…体格じゃ勝てねぇ…まぁ、負ける気はないけど…)
「てーか、仲良かったのに連絡先知らなかったのかよ」
黄瀬はその言葉を気にした様子もなく、うーん、と明るい声を出した。
「あの人、そういう人なんスよ。中学のバスケ部の先輩にあの人と同じクラスの人いたんスけど。二年の時は結構仲良くて、ご飯も一緒に食べてたけど、クラス変わると疎遠になったって」
んーと伸びをして、体をほぐしながら黄瀬は答える。表情は明るい。
「すぐに友達とか作っちゃうし、そのとき、一番近い友達を大事にするから、友好関係とかどんどん上書きされるみたいス。浅く広くタイプっスよ。俺もスけど」
(俺と違うところは、相手に気を持たせちゃうところだ)
と、黄瀬は心の中で付け加えた。
「だから、ちょっと意外でした」
「あ?」
黄瀬は明らかに笠松に視線を送った。笠松はその視線を受け止めながら、黄瀬の言葉の続きを待った。
「先輩にこうやって差し入れとか。あの人、器用に人と付き合うけど、誰かに本気になるとか無いと思うんスよね。だから、意外でした」
「君、何してんの?」
リコは恐る恐る聞いた。はリコを見て、首を捻った。
「え?デッサン…カメラとかは、駄目だろ?だから、絵に描いて、笠松さんの勇姿を残そうと思って…」
「あんたはどっちの味方なの!」
「うーん…」
はどちらの応援もしていなかった。
ただ笠松の応援はしていた。しかし笠松が誠凛の選手であっても、どこの選手であっても、は笠松の応援をしたので、どちらの応援と言われると答えづらい。
「悩まないで欲しかった…」
リコは頭を抱えた。その様子には苦笑してコートの中を見た。
「うーん、サポートはするけど、心まで売った覚えは無いからなぁ…」
「売った、って…まぁ、良いわ。黒子くんが言うには、頼まれた仕事は手を抜かないって聞いてるから」
「うん、ちゃんとすることはするよ!」
**
第2Q。
は相変わらず、どちらも応援せずにいた。にとって勝ち負けはあまり重要なことでなかった。いかに面白いか、それだけだ。勝敗については、当事者達が気にすれば良い。はあくまでも部外者の体で居た。
(それにしても試合しながらよく喋るな…)
と関係ないことを思いながら試合を眺めていた。の目には黄瀬が焦っているように見えた。
それよりも何よりも、の目には笠松たちが思うようにプレーできていないように見えた。
新人大会のときは二年中心、つまり笠松と同じ学年の選手が中心に試合を組み立てていた。しかし黄瀬を入れたメンバーでの試合にはまだ慣れていないようだ。
だが、それは誠凛も同じ。
強い人が入るのは良い刺激にもなるが、下手をすればチームに不協和音を生じさせることもある。
(黄瀬や火神が入って、吉と出るか、凶と出るか…)
「くん?」
「ん?なんでもないよ。あれが、策?」
黒子が黄瀬のマークに付いた。それを指さすとリコは頷いた。
黄瀬は黒子のプレースタイルにこそ尊敬しているが、実力では絶対的に自分の方が上だと思っている。そこでこの策だ。黄瀬のプライドをも利用した、えげつないもの。
それに黄瀬はまんまと引っかかった。外から見ていても、その焦りを感じられる。帝光では決してあり得ない試合展開だ。
(あの焦りが悪い方に転ばなければいいけど…)
はそう思いながら試合を見ていた。そしてその予感は的中する。
「あっ!!?」
黄瀬の声、打撲音。
は立ち上がった。ふらりと黒子の体が揺れる。は黒子を抱きとめる。
「大丈夫、傷は深くない。脳震とうだと思う…意識ある?」
「あります…」
大丈夫と咄嗟に言ったが、脳震とうは油断できない症状だ。は焦る気持ちを抑え、冷静さを保とうと必死だ。
頭を揺らさないようにベンチまで運ぶ。包帯を巻く。
「氷貰ってきて、海常の人に聞いて」
近くにいた部員にそう言って、は黒子に向き直った。
「いくつか質問するよ。それに答えてね」
「はい…」
「君の名前は?」
「黒子テツヤ」
「今日何日?」「通ってる学校は?」「ここがどこか分かる?」「相手チームはどこかな」「今何してる?」「どうしてこうなったか覚えてる?」「第1Qでの出来事で覚えてることある?」「今のスコアは?」「100-5は?」「そこからさらに−5すると?」「次に言うこと覚えてね、犬、バスケ、学校、私は何て言った?」「さっき言った3つのワードはあとでまた聞くから、覚えててね」「これ、何本に見える?」
は次々と黒子に質問を投げかける。それに黒子はしっかりとした口調で答えていく。
「意識消失はなかったし、今も意識しっかりしてる、脈拍、呼吸も正常。軽度だと思う…」
「本当!?」
「うん、今のところはね。でも、脳震とうは、軽度でも危険を伴う。あとで症状が出ることもあるし、もし注意力が散漫になったり、頭痛が続くとか、めまいが続くようであれば、すぐに病院に行くこと」
黄瀬が罪悪感を孕んだ視線を黒子に向けていた。そして黄瀬はそばにいたに視線を移した。は笑みを作った。大丈夫だと伝えるためだ。黄瀬は少し表情をゆるめる。
はリコに再び向き合い、言葉を続けた。
「あと、今日は絶対安静。脳のダメージが回復する前にまた脳震とうを起こせば、……次は死ぬかもしれない。バスケなんて激しいスポーツをさせるわけにはいかないよ」
「………………分かったわ」
は、リコを納得させられても黒子はきっと出ると言い張るだろうと踏んでいた。
普通は一度でも脳震とうを起こしたら、危険を背負ったことになる。すぐにでも精密検査が必要だ。だがには黒子の脳が見えていた。黒子の脳に異常はない。それにもし異常があっても、は医療とは違う分野で黒子を治すことができる。
だから多少我が儘を聞いてやるつもりだった。
「相田さんの信じるこのチームはこんなことでは諦めないんだよね?」
「当たり前よ!」
**
結局最後までの勘は当たり、黒子が試合に出て誠凛が勝利した。
試合終了後、挨拶をしてから黄瀬の姿が消えた。心配ではあった。しかし一人にしておいた方が良さそうだと思い、はそのまま誠凛のメンバーと共にいた。
「じゃあ次はI・H本番すね」
笠松がそう言うと、日向は訳の分からない言葉を吐いた。笠松は疑問符を浮かべたが、深くは聞かなかった。
「黄瀬君…アドレス教えるって言ってたのに…」
「俺から伝えましょうか?」
のつぶやきに笠松が答えた。一瞬、は何を言われたのか理解できずに固まった。すぐに正気を取り戻し、叫んだ。
「え!?良いんですか!?」
「別に、良いすけど…」
が笠松に迫ったので、笠松は引いた。
「じゃあお願いします。ついでに、笠松さんのも教えてください。メール回数は自重するんで!」
「え?あ、ああ…良いけど」
(っしゃ
!!)
心の中でガッツポーズをして、は笠松のアドレスをゲットした。
「、俺たちが勝ったときより嬉しそうだな…」
「そうね…」
**
「なんか意外だったわ」
「なにが?」
厚さ十pはある肉と格闘しているメンバーを傍観しながら、はリコの言葉に耳を傾けた。
「だって、あんな風に、助けてくれるなんて思わなかった」
「私…俺は、勝ち負けに興味ないだけ。面白い試合だったら、わくわくする試合だったら、勝っても負けても、俺は好きだな。別に君らに興味がない訳じゃないんだ」
「そっか」
リコは満足そうに頷いた。その表情に、はこれ以上言う必要もないと、言葉を飲み込んだ。誠凛のバスケは好きだ。見ててわくわくするし、応援し甲斐がある。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ…まぁ、公式戦はベンチは入れないから、見てるしかできないけど…」
「うん、それでも良いわ。よろしく」
「うん…」
差し出されたリコの手を、は握った。後ろでは、一人、また一人と脱落していた。
「帰ったら、マッサージしようか」
「そうね、お願いするわ」
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