ただぼんやりと火神がもの凄い量の肉を口に入れていく様を見ていた。リスのように頬を膨らませて、美味しそうに食う。あれほどの量を生身の人間が最後まで美味しそうに食べられるものだろうか。ふとテレビに出ればそれだけで稼げそうだと、そんなことを思った。
「くんって、不思議よね」
「え、そう?」
「うん」
リコはの疑問符に即答した。あまりにも当たり前の様に答えられたので、は苦笑いをした。
「どこが、」
「どこが……同い年には思えない…かな。馬鹿なことをよくしてるけど、なんだか、落ち着いて見えるのよね」
そこは致し方ない。今更高校生のように振舞えない。はこれまで何百年と生きてきた。人の人生を4回分ほど生きている。そもそも死んだときでさえ高校生ということは無かったのだ。さらには女だったので、男子高校生と一緒ということも無理だ。出来ないこともないのだが。唯一弄られなかったのがこの性格なので、高校生を演じるのは気恥ずかしい。
「実は俺、不老不死なんだ」
はぽつりと呟いた。
「そういうことを冷静に言っちゃう辺り」
リコはふっと笑った。も口元に笑みを浮かべた。
「よく言われる」
は入店時に出された水を呷った。
「ん?」
「どうかした?くん」
火神のステーキがあと何口かになった頃、黒子が席を立った。勿論他の者は気づいていない。黒子が振り向き、目があった。ペコリとお辞儀をしてから黒子は外へ出た。
「いや、何でもないよ」
には黒子が店を離れてどこかに行くのが気配で分かった。一緒にいるのは黄瀬のようだ。
「まぁ、いいか…」
リコは目を瞬かせた。
「ごちそうさん」
火神がそう言って、ふくれたお腹をさすった。リコの掛け声で帰ることになった。そして店を出たところで黒子がいないことに皆が気づいた。
「………相田さん、落ち着いて」
どうどうとはリコを落ち着けさせようとするが、彼女は怒りを抑えられないでいた。
「これが落ち着いてられる?」
「………テツヤくんだって、悪気があった訳じゃないんだろうし…」
先ほど黄瀬の気配があったので、黄瀬と一緒にいるだろうことは分かっていた。は今黒子がどこにいるのか、気配を辿れば分かる。だが話をさせてやりたかった。黒子にも、黄瀬にも。
「悪気があったら、……うふふ」
「相田さん…」
「、いつものことだ…」
日向がの肩を叩き、諦めたように言った。
「あ、そうなんだ…………俺、あっち探してくるね」
「ああ、悪いな。こんなことまでさせちまって」
「いいよ。俺が勝手に付いてきたんだし」
そう言っては火神の歩いていった方へ向かった。
日が落ちていく。それを見ていた。これから彼らはキセキを倒していくのだろう。青峰のことを思い出し、は感傷に浸った。青峰とは他のキセキと少し関係性が違った。
『さん、俺、バスケ好きなのか分からなくなった。アンタなら、俺を満足させてくれる。なぁ、そうだろ?』
青峰は言った。どこを見ているのか分からない。の方を見なかった。最初から青峰はに期待などしていなかった。それが分かってしまったから、は何も言えず何もできなかった。ごめん、そう言って青峰はに背を向けた。
「そりゃ、できるだろうけどさ…私はどうすればよかったんだろ…」
は呟いた。人の反応速度を簡単に超えられるのだ。青峰を満足させられるバスケはできるだろう。しかしそれでどうなるというのだ。結局そのあとはどん詰まり、先延ばしにするだけだった。それに、そんなカタチで彼の傍に居たかったわけじゃない。
しばらく歩いていると、ストバスをしている三人を見つけた。
はおもむろに携帯をポケットから出して、リコに電話をした。
「テツヤくんたち見つけたよ。これから戻るね」
パタンと携帯を閉じ、は黒子達に近づいた。
「相田さんが怒ってたよ」
「あ、さん。すみませんっス。俺が黒子っち連れて来ちゃって」
黄瀬がそう言って申し訳なさそうな顔をした。どこまでが本気か分からない。
「俺は良いけど…相田さんぶちキレてたよテツヤくん」
「そうですか…すみません」
に謝ったところでリコの怒りは収まらない。
「逆エビ固めするって言ってたよ」
「ああ、そういえば、言ってたな…」
「え…」
と火神の言葉に黒子は表情を変えた。一見無表情の様に見えるが、その実結構感情豊かだ。
「相田さんって、そういう冗談は言わないから、多分本当にされるんだろうね。ご愁傷様です」
にっこりと笑いかけると黒子が焦りだした。
「あ、の…さん…」
「どんまい!」
元気よく言うと、黒子はふて腐れた様な顔をした。が黒子が離れていくのを知って、止めなかったことを分かっているからだ。
「本当にごめんなさいっス!」
責められる黒子を見かねて黄瀬がフォローをするが、断らずに付いてきたのは彼だ。自分でもそれが分かっているので、遠い目をしながらも首を振った。
「いえ、……黄瀬君ばかり責められません…」
「……うぅ…でもごめんなさい」
「大丈夫ですから」
黒子はべそをかく黄瀬の頭を、体を伸ばして撫でた。
「僕たちはそろそろ行かないと行けないので…」
「あ、はいっス」
黄瀬は鞄を肩にかけ、上着を手に取った。
「じゃあ、また」
「はいっス!俺、黒子っちとバスケできて良かったっス…!」
「そうですね…」
は彼らの様子をじっと見ていた。己の高校生時代を思い出し、こんな風だったかと懐かしんだ。
「じゃあ、まぁ、行くか」
火神がそう言って公園を出た。
「さんは、いつも僕を見つけてくれますね」
ぽつりと黒子が呟いた。
「まぁ、生きてる限り気配はあるからね」
何でもないようにが答えると、黒子はくすりと笑った。今日は試合に勝ったからか機嫌が良いようだ。
「そんなこと言うのは、さんだけですよ」
「確かに…こいつ、存在感ねぇ…ですし」
「気配には敏感でね」
「へ、ぇ…」
火神はを凝視した。は含みのある返事に疑問を感じた。
「なに?」
「いや、アンタって何者なんだろう、と思って…」
は僅かに目を見開いた。
「何者、かぁ…」
それは自身が何度も問い続けた問いだ。はぼんやりとその疑問を反復した。何者か、人ではない、生き物ではない、無機物でもない、ならば、何か。
「ふわっ………!な、なんで尻を撫でるんだよ!……ですか!」
律儀に火神は敬語を付け加えて叫んだ。は自分の手を眺めた。無意識だ。というか反射的に手が出た。の手は火神の尻を撫でていた。
「いや、撫でて欲しそうだったから…」
「どんなだ…!」
「うーん…」
はうーんと考え込んだ。そのとき火神の体が跳ねた。
「うわ!なにすんだ、黒子!」
「いえ、さんがやみつきになるお尻ってどんなだろうと思って…」
「お前なぁ!」
黒子も火神の尻を撫でたようで、がみがみと火神は黒子を咎める。
「さんは良くて、僕はこんなに責められるんですね」
しれっと言った黒子の言葉に火神が固まった。顔が真っ赤に染まる。
「そ、別に…、いや、俺はいつもこの人にも怒ってんだろ!」
「火神君、顔が真っ赤です」
「ち、え、う」
言葉にならない声を上げ、火神はわなわなと震えた。
「君ら、仲良いね」
「良くねぇ!……です!」
が笑うと、火神は真っ赤な顔で反論した。
**
「さー、マッサージしましょー」
「お、おう…………」
は明るい声で言ったのに、帰ってきた声はどうにも引き気味だった。は元気よく上げた腕を気まずげに下ろした。
「そんなに緊張しないでくださいぃ…」
「いや、だって…」
と言って日向は黒子を見た。は日向の視線を追いかけ、黒子の目とかち合った。
「冗談ですよ」
黒子は焦ることもなく、けろっと言った。
「お前の冗談は分かりにくいんだよ!」
小金井や日向が声を荒げるが、黒子は気にした様子はない。
「そうですか?」
「何を言ったの、テツヤくん…私にもキャラってもんがあるからさ…」
は頭を抱えた。
「たいしたことじゃないです」
その割には皆が緊張した面持ちで居るのはなぜだろうか、とは苦い顔になった。
「じゃあ、まぁ…日向くん、と黒子くん、火神くんはじっくりします」
「え!?火神と黒子はともかく、俺もか!?」
に名を呼ばれ、日向は驚いた声を上げた。
「膝がくってなってたでしょ」
「う……」
日向は図星だ、と顔を歪めた。
**
時間がかかるであろう火神を一番最後に回し、他のメンバーのマッサージを終えた。そして火神をマットの上にうつ伏せに寝かせ、は施術し始めた。
「意外だ」
火神は開口一番そう言った。
「…何が」
が相槌を打つと、火神は顔をに向けて言った。
「いや、だって、すっっっっっっげぇ普通だから」
「どういうのを期待してたの…?しようか、っていうかするしうへへ」
「ちょっ!冗談だから!」
火神の腰をいやらしく撫でる。は首筋まで手を沿わせ、首筋をくすぐった。火神は身を縮こまらせて耐える。はくすりと笑い、手を引いた。
「自分の仕事はするよ」
「そ、そうか…」
火神はほっとしたように体の力を抜いた。
「眠いんなら、寝てても良いよ。勝手に転がすから」
「お…う………」
目がとろんとしたものになったのに気づき、はそう言った。火神は曖昧に相槌を打った。
「なぁ」
「ん?」
眠いためいつもより幾分か甘い声で火神はに声をかけた。は一瞬手を止めたが、すぐに再開した。
「黄瀬がこの前、一番下っ端って言ってたけど、他のヤツはもっと強いのか?」
火神はずっと気になっていたことを聞いた。黒子は滅多に話そうとしない。黄瀬との会話を聞いて、何かがあったことを察した火神はむやみに聞けないでいた。その点ならと思ったのだ。
は話し始めた。
「そうだね…大輝…青峰は、……強い、というか、圧倒的」
「他は」
「緑間くんは、どこからでもシュート入れられるよ」
「へぇ…」
「まぁ…それだけじゃないけどね」
「他」
「敦くんは…うん、凄いディフェンス!」
「適当すぎんだろ…」
どう凄いのかを口で表すのは難しい。は一生懸命答えたつもりだったが、火神は納得しなかった。
「見れば分かるよー…っていうか、凄い必殺技とかじゃないんだって。ほら、今度は仰向け」
「うす」
「いや、必殺技、か?いやいや、それ以上にあの子達は…うーん、やってることはみんなと同じでも凄いの」
多分、と心の中で付け足した。緑間は完全に必殺技くさい。が、他の面々はというと、プレーの一つ一つのクオリティが飛びぬけているといった印象だ。
「…………そっか…」
火神はそう呟いたきり、しばらく黙った。なにかを考えているのか、眉間にしわがよっている。
「先輩ってさ、」
「ん?」
は、今度は自分のことを聞かれるのかと意外に思った。
「なんで、キセキの連中から離れたんだ?」
「なんで…………」
何を聞きたいのか、測りかねていた。
「いや、黒子が言ってたから…突然消えたんだって」
「別に意味はないよ?」
は意識して離れたわけではなかった。ある一人を除いては。そのことが自身引っかかりはしたが、全体としては特に意味があってしたことではなかった。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや…」
火神は言いにくそうに口ごもった。は溜息を吐いた。そして口を開いた。
「自然消滅、うん、これがしっくりくる」
「しぜんしょうめつ…」
火神はその言葉を確かめるように反復する。
「アド変のときに、べつに連絡取らなくて良いかなって、思う人いない?」
「う〜…」
唸る火神には苦笑した。男の子はそういうことが無いのかもしれないと思うと、微笑ましかったのだ。
女には微妙な距離感がある。だから友達と、準友達と、そうでないがある程度の知り合いと、知り合い、そういった区分がされていた。
「無いか…。本当にね、別に特別仲が良かった訳じゃないんだ」
「けど、……黒子も、黄瀬も、アンタのこと気にしてただろ。いや、言いたくなきゃ別にいいんだけどよ…」
火神の中には明確に一人の人物のことが頭の中にあった。彼の兄貴分のことだ。だからにももしかしたらそんな理由があるのかもしれないと思った。
確かに黄瀬は懐いていたし、黒子とは気が合った。だがずっと友達で居られるほど仲が良かった実感は無かったのだ。
「私がいなくても彼らは勝つよ。私が卒業してからも、マッサージに来ることもあったけど、多分黒子くんが…違和感を感じ始めたくらいから、彼らは私の所に来なくなった。実際黄瀬君だって、来なくなったんだよ?」
火神はじっと聞いていた。はさらに続ける。
「わた…俺がいなくても、彼らの生活に何の不便もなく、何の変化もない。話をすれば楽しい、でも、特別一緒にいたいって思うような関係でもなかったんだと思う…俺の方だって、新しい生活があったし、そっちを大切にしたかった」
にとっては、自分から離れたというよりは皆に飽きられたのだという認識があった。
「それが答えだよ」
「そっか…」
火神は優しい声を出した。は思わず笑みを零した。
「…………火神くんは優しいね」
「はぁ!?」
「気にかけてくれたんでしょ?」
「そんなんじゃ………」
火神は顔を真っ赤にした。
「でも、青峰君とは特別に仲が良かったじゃないですか」
「うおぉ!?」
黒子がすっと寝転がっている火神の前に現れた。火神は声を上げ、体が大きくびくついた。
も、内心酷く驚いていた。
(真剣に話しすぎて気配に気を配るの忘れてた……!)
「………………おま…いつから…」
火神が、まだ鼓動を早打ちしながら、たどたどしく聞いた。黒子はあっけらかんと言い放った。
「火神君が話を始めたくらいからです……。さんがボクのことに気付かないなんて、珍しいですね」
「ま、あ…ね…」
(気付かれてた…)
「青峰?って、いや…さっきの話に出た…」
「青峰は、帝光のエースだった男だよ」
「へぇ…」
は早口で答える。火神はその様子にひっかかりを覚えた。
「東京の高校だから、近く対戦すると思う」
「彼、どこ行ったんでしたっけ…?」
「テツヤくん」
知っていて黒子はに尋ねた。はその意図を理解し、黒子を見た。
「知ってるんでしょ?」
追い打ちをかけるように、黒子はに言った。
「桐皇…」
は唇を尖らせて、ぽつりと呟いた。
「さんは、本命には奥手なんですね」
「…なんか、聞いちゃならねぇことを聞いた気が…」
「気のせいですよ、火神くん」
(本命…?青峰って男だよな…まじでバイなんだなこの人…)
何度でも言う。は変身していて体は男でも、元は女である。
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