病院の廊下。
「お疲れ様です」
「うん…」
薄暗いそこで、私はじっとベンチに腰掛けていた。宗像が隣に座る。
「怪我は……いえ、愚問でしたね…」
宗像は申し訳なさそうに目を伏せた。
「うん」
焼け爛れた肌は今は元通りだ。私の中にいる暁は太陽神、その中でも日の出を司る神だ。力は再生。怪我は全て暁が治してくれる。
だが痛みの記憶は消えない。強烈な痛みに何度か気を失い掛けたが、鳴神の電気信号によって意識を保っていた。なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか。釈然としない。絶対に文句を言ってやる。
「あの……すみませんでした…」
伏見だ。ストレインに元に戻してもらってきたようだ。
久しぶりに見た19歳の伏見。怪我はあらかた治してやったが、酷くやつれて見えた。瞳にはいまだ生気が戻っていない。そんな伏見にどう声を掛けて良いのか分からず、私は大丈夫だと微笑んだ。つもりだ。
「…………別に…仕事だから…」
「………そう、ですか…」
あのときセプター4の面々は戸惑っていた。宗像ですら伏見の姿に驚きを隠せないようだった。八田のこととなると人が変わったようになるのは知っていたが、あれほどまでとは。縋るように地を掻きむしった指は血まみれで、爪も所々割れていた。
「あの…美咲は…」
「ヴァイスマン偏差からすると、王になったことは間違いないでしょうね」
宗像は静かにそう言った。いつもと変わらぬ姿なのに、表情はどこか苦々しく見えた。
「そうですか…」
そう言うのがやっとだった。伏見は項垂れた。
「室長、…」
淡島が声を潜めて現れた。廊下が暗いからか、どいつもこいつも気持ちが落ち込んで見えた。
「ええ、……分かりました。行きます」
淡島は伏見の姿を見て、口を開いた。
「伏見、大変だったわね…」
「………いえ………」
俯いたままだ。淡島も彼の今の心境を読みとったのか、咎めなかった。
「では、行きます」
そういっていつものように綺麗に会釈して立ち去ろうとした。
「あの…!」
伏見が顔を上げて二人を呼び止めた。彼らは立ち止まり、振り向いた。
「…………ご迷惑を……ご心配を…おかけ、しました…」
たどたどしいが、気持ちがこもった言葉だった。二人は目を見開いた。お互い顔を見合わせ、しかし伏見に向き合ってねぎらいの言葉を述べた。
「目は覚めてないけど、部屋、中入れるよ」
病室に促すと、無言で部屋に入った。足つきは少しおぼつかない。
「伏見くんはさ、王が嫌いなの?」
白い病室で、私は隣に座る伏見猿比古に尋ねた。伏見は応えなかったが、私もそれ以上何も言わなかった。俯いたままの彼の顔は見えない。
規則正しい呼吸音を響かせながら眠る八田。あの頃を思い出した。あの時もこうやって、病室で一人眠る彼を毎日のように見舞っていたのだ。あの時と違うことと言えば、彼の精神世界が今は壊れていないと言うこと、私がその世界を修復するために彼の手を握っていないこと。
「嫌いです。どいつもこいつも、……」
先ほどの質問の答えらしかった。その続きは出てこないようだ。
「王になっても、美咲くんは、君が好きで仕方なくて、でもそれを上手く伝えられないただのバカだと思う。つーか、あいつらだっておしっこするし、うんこだってする。普通の人間だよ」
不思議そうにこちらを見た彼の顔は迷子の幼子のようだ。
「……そもそも、同じ物を見ている気でいるのがおかしい」
ゆっくりと伏見は八田を見た。夕日に照らされた病室は、赤く染まっていく。
「たとえばさ、真っ赤な夕日を見て、君は何を思う?綺麗って思うかな、不気味だって思うかな。それとも、…何も感じない?同じ物を見たって、一人一人感じ方は違う」
無言だ。最初に部署の説明をしたときのことを思い出した。聞いていないわけではない。私は話を続けた。
「全く同じ物を感じられない。それならさ、その人のことを100%理解できる、なんてあり得ないって思わない?それは、普通の人だって同じだよ」
伏見はこくりと頷いた。
「どうしたって、埋まらない溝ってあると思う。でも、それを限りなく0に近づける方法はある」
「方、法…」
縋り付くような目。
「そう。簡単だよ。お話をする。それだけ。人は言葉を使って、言葉で色々な物を共有してきた」
「うん…」
「もし、美咲くんが君に『俺の何が分かるんだ』って言ったら、『お前が伝えようとしてないのに伝わるかボケ』って言ってやればいいよ。教えてって、素直になってみ」
「うん…」
伏見は俯いたまま、涙ながらに頷いた。彼のジーンズにシミが出来ていく。声を上げずに、静かに涙を流す彼の背をそっと撫でた。
***
「あの、すみません…」
伏見は袖口で涙を拭いながら、ぽつりと呟いた。
「何が?」
「……取り乱したり、泣いたり、」
「いや、構わんよ、…まぁ、時と場合によるけどねぇ」
ぎこちなくはあったが、伏見はふっと笑った。
「浜谷室長…、」
「ん?」
「…………吠舞羅への、報告なんですけど…俺からさせてもらっても良いですか?」
伏見と視線を合わせる。その目には光が宿っていた。彼は何かを乗り越えようとしている。
「……良いよ。行っておいで」
は快く伏見を送り出した。
彼はかなり静かな青年だが、それでも一人になった病室はしんと静まり返っていた。しばらく八田の顔を見ていたが、どうも昔を思い出していけない。
暖房の熱がさらに記憶を呼び起こす。重苦しい空気が溜まっているような気がした。換気しようと立ち上がる。窓を開けると春の匂いが混じった風が入ってきた。今日は二月下旬の気候だそうだが、季節は確実に進んでいるらしい。暖かな日差し、夏が少し恋しくなった。夏が好きだなんて思ったこともないのに。
「…」
か細い声。私は振り向いた。
「おはよう、美咲くん」
「……おはよ…」
気怠げだ。
「、」
「ん?」
「ありがとう…」
ばつが悪そうに、八田はそっぽを向いて呟いた。
「何が?」
思い当たることはあった。しかし今更だ。苦笑混じりに聞いた。
「………色々だよ」
ぶっきらぼうに返されてしまった。
「……いまさらだなぁ、と思って。どれに対しての礼?」
「……お前が、居なかったら、俺は、……猿比古を、殺してたのかな…」
涙混じりの声。
「さぁ……?」
「……猿まで、失ったら、おれ、俺は…」
八田は目を見開いた。その目からは涙がこぼれている。
これは狂気だ。
依存などとそんな普遍化された言葉などで表してはならない。それほどに強い想い。そのいっそ真っ直ぐで純粋すぎる気持ちが痛々しく、そして愛しかった。
「………うぉっ…」
唐突に八田がしがみついてきた。ぐりぐりと肩口に顔を擦り付け、涙を流す。驚くほど温かい。思わず眠くなった。心地良い。
「う、うぅ…」
八田は子供のように泣きじゃくった。泣いて、泣いて泣いて泣いて、涙が枯れるのではないかと思うほど泣いて。
「俺、猿が傍にいないと、やっぱ…だめだ…」
ぽつりと呟いた。
怒られた犬のようだ。しょぼんと肩を落とす。
「大丈夫、大丈夫、なんとかなるよ」
背をゆっくりと撫でる。開けた窓からは容赦なく冷たい空気が入ってくる。しかし寒くはなく、心地良かった。
**
「珍しいお客さんやな…」
「………お久しぶりです…」
午前0時。一応深夜も開店しているが、客はいない。先ほど伏見がすれ違った女性二人が最後だったらしい。明日も平日、11時がピークだったようだ。
草薙は嫌な顔一つせず、伏見を招き入れた。
「どうぞ、」
カウンターに促す。伏見は無言で座った。いつも座っていた場所、カウンター席の一番端。そういえば、いつもこの席から美咲を見ていたな、と遠い記憶のように想った。
カタン、と置かれたグラス。綺麗な泡がしゅわしゅわと生まれては消える。
「……俺、まだ未成年…」
「分かっとる。スパークリングジュースや。ノンアルコール」
伏見は眉を顰めてから、こくりと飲んだ。クリスマスに八田と飲んだシャンメリーと違い、甘く美味しい。
「で、?こないなとこに来るなんて…なんかあったんか?」
優しい声。草薙は伏見の会った中で誰よりも大人だった。だからこそ子供の自分を認めるのが嫌で、反発ばかりしていた。
改めて店内に目を向けると、落ち着いた雰囲気の店内は、伏見の好みの内装だった。あれほどここに来るのが億劫だったのに、記憶は当てにならない。そう思うと何かが吹っ切れた気がした。
「美咲が……次の赤の王に、選ばれました……」
「………さよか…」
思ったよりも反応が薄くて伏見は拍子抜けした。バーカウンターに立つ男が取り乱す所なんて見たことがない。必死に内面を探ろうとするが、のように心の中が見られるわけではない。結局サングラスに邪魔をされて、表情さえ読めなかった。
「……あんさんは大丈夫か」
かっと血が上った。
「…アンタは…!アンタ、はそうやって、いつも人の心配して…」
「…………性分やなぁ。こればっかりは、しゃぁないわ」
伏見は溜息を吐いた。
ああそうだ。悔しかったのだ。助けて貰うことはあれど、助けることができない。そんな自分が不甲斐なかった。今更ながらに、自分がこの場所に馴染んでいたことを知った。
「損な、性分ですね…」
「そやなぁ…」
嫌みのつもりだったが、するりとかわされた。舌打ちは不思議と出なかった。
「……俺なら、…大丈夫です。頼れる上司がいるんで」
素直にそう言えたことに、伏見自身驚いた。
「そうか…」
草薙はやはり、落ち着いた雰囲気でそう呟いた。心なしか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか、と伏見は草薙の心情を探ったが、やはり分からなかった。
「こんにちはー」
「お、その上司やで」
「……あんたら、知り合いだったんすか…」
じと目で草薙を見ると、彼は微笑んだ。
「……さっきの、言わないでくださいよ…」
真剣な顔で草薙を見た。しかし草薙は笑みを濃くして、あっけらかんと言い放つ。
「なんでなん。ええやん」
「だめですからね!」
「え、何の話でしょう…」
は状況が読めずに、一人立ち尽くしていた。
「あー、それがな、聞いたってぇな、こいつ」
「ちょっ!ばか!言うな!」
ここのマスターほんまに口軽いねんて。
***
伏見が病室にはいると、八田は窓の外を見ていた。その姿が、伏見には神聖な物に見えた。侵してはいけない領域。しかしすぐにその考えを打ち払った。
が言った言葉を思い出していた。八田は八田で、王だろうが王でなかろうが、変わらないただの人間。
「美咲…」
「………猿…名前で呼ぶなって言ってんだろうが」
憑き物が落ちたように、八田は静かだった。いや伏見に対して苛烈な怒りを持っていないだけだ。拗ねたように口を尖らせて文句を言う。まるで中学生の頃に戻ったようだった。
「そんなこと、室長の家じゃ一回も言わなかったろ」
「……そうだっけか…」
「美咲って、ショタコン?」
「ちげぇ!」
顔を赤くして、八田は伏見に食って掛かる。その柔いがなり声が心地良かった。ふっと体が軽くなる気がした。
「美咲、……」
「なんだよ…」
伏見は真っ直ぐに八田を見た。からかいも罵倒もない、真剣な眼差しに八田はたじろいだ。久しく見ていなかった顔。
「俺をお前のクランズマンにしてくれ」
八田は、ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
「は、……おま…何言ってるか分かってんのか」
「お前より分かってるよ」
八田は冗談かと思った。しかし伏見の目にからかいの色はない。真っ直ぐだ。ちりちりと鳩尾のあたりが疼く。焦燥だ。
「俺は、……俺はお前と対等でいたい…お前の、傍で、お前と…だから…」
「………美咲は分かってない」
八田は傷ついた表情をした。その顔を見て伏見はぐっと口を引き結び、そして口を開いた。
「俺はお前の全てが欲しいんだよ。全部だ。全部欲しい」
「な、に言って…」
伏見の感情などいつも読めない。だがいつも以上に何を考えているのか八田は分からず、焦りだけが八田を襲う。
「お前の能力も、お前の今も、未来も、お前の頭から、足先まで、髪の毛一本一本すらも、全部全部全部全部だ………!他の奴がお前の力持ってて、俺だけが持ってないなんて、絶対嫌だ。虫唾が走る。そんなことになったら、次は、次こそは絶対にお前を殺す。俺はお前を殺して俺も死ぬ。そしたら、ずっと一緒だろぅ、みさきぃ…」
縋るような視線。言っていることは恐ろしいことなのに、八田には彼が迷子の子供のようにも見えた。
「猿比古…」
「引いたか?引いたんだろ、あ?俺は昔からそう思ってたんだよ。お前が俺は友達だって、思ってた!そのときからぁ!俺はずっとお前のことそういう目で見てたんだよぉ……!」
伏見は八田の髪を掴んだ。自分の元に引き寄せ、その琥珀色の目を、べろりと舐めた。そして呆気なく伏見は八田を解放した。八田は突然のことに呆気に取られた。
「まぁ、俺も今回のことで多少の譲歩は身につけたつもりだ。他の奴にその力を与えてやるのは、………別に許してやらないこともない。けど、そいつが持ってて俺が持ってないのは、………許せない…」
「お前って、」
八田は固かった表情を崩した。ふっと息を吐き、伏見の物言いに呆れかえった。
「ほんと素直じゃねぇのな。つまり、俺と一緒だな」
「はぁ?」
「俺だって、お前のことただの友達なんて思ったことねぇよ」
八田は伏見の手を取った。突然のことに伏見はどう返して良いか分からず硬直した。八田の熱が体温の低い伏見の手をじわじわと熱くする。
「そんな柔な関係じゃなかったろ?」
にやりと笑う。伏見は脱力した。ほかほかと顔が熱い。
「…………お前って、………開き直ると、ほんと、………格好良すぎる。マジ、美咲になら俺の処女やっても良い」
「お前な…………じゃあ俺の童貞捧げてやるよ。処女は、………ちょっと無理だけど…」
「………………何、お前非処女なの?」
八田は目をそらした。
「いや、無言って、無言って、嘘だろ、マジで?誰、そいつ」
伏見は帯刀していたサーベルの柄を握り、ゆっくりと抜刀した。
「なんでおま…抜刀すんな!譲歩はどうした!譲歩は!」
「できる譲歩なんて限られてるだろ。本当にバカだなぁみぃさぁきぃ……!!」
以前のようにねちっこい物言いで伏見は八田の名を呼んだ。握った手を離そうとするが、はずれない。
「何やってんの…」
はどえらいタイミングで入ってきてしまったと後悔した。ドアをノックするところからやり直させて欲しい、そう思った。
「おい、、こいつ止めてくれ………!」
「はぁ?」
八田は伏見からできるだけ離れようと仰け反っている。手は握られていて逃げられない。
「かくかくしかじかで、アレだよ、俺が非処女って話…」
「あんたがほいほい自分の体売るからそうなるんでしょうが」
「いや、だってあれは生活費稼ぐのに必死で…」
「もう、あんたら本当に面倒くさいな。ラブラブなんだから良いでしょ、処女か非処女かなんて」
「いや、大問題ですよ」
「ちょっと待て、ラブラブって何だよ!」
伏見は大まじめで答えた。以前セプター4のメンバーに聞いた伏見の印象、伏見に伝えていない部分、それがこれだ。
『八田美咲のこととなると、まじでキモい』
『八田美咲が関わると、いや、本当にキモ、いえ、キショい』
『八田くんのことになると、少々、……いえ、かなり狂気じみていると言いますか…』
『八田美咲のことになると、』
エトセトラ。
「お前こそ童貞か!こだわんな!いちいち彼女の前歴なんて考えてたら、付き合えないでしょうが!まったく!このあんぽんたん共がぁぁぁぁ!そのクソみたいな性格が善人になるまで殴ってやろうかぁぁ!!」
丸椅子を持ち上げた。そしてそれを頭上で振りかぶりながら二人に迫った。
「すみませんでしたー!!」
伏見はばっと手を離し、サーベルを鞘に収めた。
「分かれば良いのよ、分かれば。ったく、面倒くせぇな、あんたら」
**
「もしもし?浜谷です」
「よぅ、」
と相変わらず言葉少なだ。
「話聞いた?」
「……………ああ、宗像から電話があった」
「そっか…」
連絡先を知っていたところが妙に彼らしい。どんな話をしたのか、気になるところだ。
「八田は、どうだ?」
「今のところ大丈夫。なんだろ、君と同じ力を持って、王になったからか、少し大人びた気がする、かな」
八田の様子を思い出した。苛烈な熱を持ちながら、凛とした勇ましさのようなものがあった。元々彼はそうなのだ。誰よりも仲間思いであり、いざとなれば矢面に立ち、先陣に立てる勇ましさを持っている。
「ほら、自分が親になんてなれるのか心配してたお母さんが、いざお腹大きくなると、ぐんと母親らしく力強くなる感じ」
「その例えしかなかったのか……」
「的を射てるでしょ」
「まぁ…」
渋々といった風だ。我ながら上手い例えだったと思うのだが。
「君は、いつ帰ってくる?というか、彼の墓の件は、……いつ言うの?」
言葉少なな男が黙り込んだ。何を考えているのか、顔が見えないと分からない。
「……少し待ってくれ」
「……いつまでも待ちますよ。私が生きてて動ける限りは」
「いつもすまねぇな…」
「……すまないと思ってるんなら、私に何もさせないでよね」
電話越しに吐息が聞こえた。
「何笑ってんだよぉ…」
周防が余りにもおかしそうに笑うもんだから、私は思わず口を尖らせた。
「…いや、お前、結構人に頼られるの好きだろ…」
「……君がそう思うのなら、そうなんだろうけど…釈然としない…」
「だから、甘えられちまうんだよ。文句言いながらも結局放り出したりしねぇだろ」
よく喋る。これくらい吠舞羅の連中にも語りかけてやれば、違う未来があったかもしれないのに、と思わざるを得ない。彼が饒舌なのは宗像と私にくらいだ。櫛名アンナは語らずとも察するので、これまた例外といえようが…。
「………面倒くさがりでしょぅ、私って…」
とんとんと、机を中指で打つ。考え事をするときの癖だ。
「だから…一つ放り出すと、全部どうでもよくなっちゃいそう…私の周り、何もなくなっちゃうんだろうなぁ、とか思ったりなんかして…」
「理由付けが好きだな…」
苦笑混じりに言われた。どう言い返せばよいか分からず、私は口を閉じた。
「お前のそれは草薙のバカと一緒だ。単に性分なんだろ…」
「何それ…お人好しってこと?」
「ああ…そうだな…」
思わず笑みが零れた。周防の言葉は真っ直ぐだ。間違ったことを言わない、いや間違っていたとしても全て彼の本心なのだ。だから信用できる。
「それは、貶してんの?それとも褒めてる?」
「お前はどう思うんだ」
「じゃあ、褒められてると思っときます」
すぱっと言い切ると、電話越しの吐息が震えた。
「良い性格してんな…」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ」
数日が経った。八田も退院した。が、まだ二人とも家にいる。なんでなん…。
「本当に犯人が捕まって良かったですね。ですが、まだ大元が、ええ、大元が分からない以上は、安全とも言えません。え、うちで?滅相もない。伏見くんより強い人でないと、守れないですよね。それに犯人があなたと同じ能力を持っているかもしれないのなら、われわれでは手も足も出ませんよ」
と押し切られたのだ。宗像が話す後ろで道明寺と日高はウケているし、他の面々は俯いて私の方を一向に見ない。淡島も申し訳なさそうに私を見ているので、もうどうしようもなかった。四面楚歌だ。私に味方は居なかった。あげく上条に相談すると、
「浜谷さん以上の適任はいないと思われますが、いえ、これは私の主観です失礼致しました」
などと言われては、もうどうしようもなかった。
「どうしたんですか」
私がうんうん唸っていると、伏見はそう聞いた。こうやって関わろうとしてくれるようになって、私は大層嬉しい。彼の中で色々と整理が付いたらしい。今なら、「あいつ、根は優しいんだ」という言葉にも納得できる。多分。八田美咲が関わりさえしなければ。
「いや、何でもない…」
仕事中に考え事など、集中しなければ。
「……お祓いとかできないんですか、」
私が見ていた資料を伏見が覗き込んだ。原因は分かったので、あとは解決策を探るだけとなっていた。“”を良く思っていなかった血縁者から“”を守るというウズメの思念が、山内家の血縁を襲っていたのだ。
「うーん…難しい、というか私はできない」
椅子の背に身を任せ、伸びをした。八方塞がりである。
「……あれは霊じゃないし、なぁ…」
はふぅ、と伸びした体を元の位置に戻した。
「ただの思念、でしたっけ」
「そう、たとえるなら…自分の想いのたけを綴った日記やポエムと一緒。日記とかポエムは自分の気持ちだけど、それらが自分で善悪とか、その他諸々を判断することってできないでしょ?」
「まぁ、……そうですね…」
伏見が考え込むように視線を泳がせた。
「あれ、わかりにくかった?」
「いえ、分かりました…」
はっきりとしない答え方だ。
「…………日記とかつけてんの?それともポエムの方?」
「………日記は付けてますけど」
言いにくそうに言った言葉に、私は感動した。
「凄い…!私、続かないんよねぇ…三日坊主どころか、二日目はもう、だめ」
「そういうツッコミ方か…」
「え、見せてーとか言った方が良かった?」
「いえ…」
即答した。どんな内容か気になる。
「けどさ、日記とかって、本人なら書き換えたりできんじゃん?」
八田がぽつりと言った。一瞬思考が止まった。伏見は呆れたように溜息を吐いた。が、私は捨て置けない意見だと思った。
「いや、日記云々は物のたとえだろ…………浜谷さん?」
「やってみる価値はあると思う……!たまには役に立つね!」
「たまにってなんだよ!たまにって!折角コーヒー淹れたのに…いらねぇんだな!」
「いるいるいります!」
お盆ごと取り上げられたコーヒーに手を伸ばすと、あっさりとコーヒーカップを差し出してくれた。湯気立つコーヒー。やはり人に淹れてもらったほうが美味しい。
「けど、本人って言ったって………」
伏見がそんな馬鹿な、という顔をするので、思わず凝視してしまった。本人なんて伏見しかいない。なぜなら彼は彼女の生まれ変わりなのだから。
「……………なんで二人して俺を見るんです」
「…………いや、同じ魂持ってたらいけるかなって…」
「俺が彼女の生まれ変わりって言う確証は無いでしょう」
「………………私は、……ほぼ100%ありだと思ってる」
と力一杯言う。二人とも無言だ。私は首を傾げた。
「あれ、証拠とか聞かないの?」
「……弱気なあんたが百パーっつぅんなら、そうなんでしょ」
あっさりと答えられてしまった。
「………あんまり信頼されても困るなぁ…って、私弱気?」
八田を見ると、うんうんと頷いているものだから、私は二の句を紡げなかった。
**
「こんにちはー」
「こんにちは…ご無沙汰してます」
山内家で飲んだときに道明寺から聞いていたが、確かに秋山はやつれて見える。
「あ、これ、つまらない物ですが」
「え?あの……どうして…」
「……いや、なんか君が大変みたいって聞いたから…」
「……わざわざすみません…紅茶飲みます?」
疲れた顔で秋山は微笑んだ。相当来ているみたいだ。大丈夫だろうか…。
「お久しぶりです。浜谷室長、コーヒー飲みますか?」
「加茂くん…」
相当キているらしい…。真面目な加茂が冗談を言う日が来るなんて。ここのコーヒーは激マズで有名(?)なのだ。それを薦めてくるとは…。
「………コーヒーは結構です。用事終わったらすぐ帰りますんで。伏見くん待たせてるし。ありがとう」
「そうですか…伏見さん…」
ふらふらとした足取りで、加茂は席に戻った。もしかしたら、少しでもデスクを離れたかったのかもしれない。
「おや、どうかしましたか?」
宗像が入ってきた瞬間、今まで雑談していた面々がさっと引いていった。てきぱきと仕事をこなしていく。宗像の影響力には舌を巻く。そんな彼に先輩と言われるのは少し心苦しい。
「何かご用で?」
「宗像くんって、女の人の着物の着付けもできる?」
「……ええ、まぁ…」
「え、今の間は何?」
「……いえ、思い出したくない過去を、少し思い出してしまいまして」
にっこりと宗像は答えた。これ以上聞いては行けない気がした。ははは、と笑って誤魔化した。
「伏見くん、できるって!」
外で待っていた伏見に大声を出すと、伏見はのっそりと現れた。喜んで良いものか、気まずい空気が執務室に流れた。
「室長、できないって言って下さっても結構ですよ。過去を思い出してしまうでしょう」
と伏見は饒舌だ。久々に聞いたカタカナ敬語に笑ってしまった。
「着付けというのは、彼にですか、」
「うん、そうです」
宗像は私の持参した着物を手にとって、再びにっこりと笑みを見せた。その笑みを見て伏見の顔が引きつった。
「それは、腕が鳴りますねぇ」
「よろしくお願いします」
伏見はばっと私の顔を見た。助けてくれと目が言っている。しかし提案者は私、勿論助けてやることはない。
「……浜谷室長…」
「……ほら、仕事仕事!」
「………辞めたい…」
伏見は宗像の部屋に引きずられていった。合掌した。君のことは忘れないよ。事態を把握できないセプター4は、呆然と伏見を見ていた。
しばらくして、伏見が宗像と共に現れた。
「わぁ!伏見くん、美人ー…あ、カツラ一応持ってきたんだけど、いらないかな…」
女性らしく見えるようにと、カツラと化粧道具を持ってきたのだが、必要ないくらいだ。女顔ではないが、女装という域を逸している。
「………つけてください…」
自分の普段の顔、普段の髪型で女装というのがとてつもなく嫌らしい。日高は完全に爆笑だし、榎本と加茂は笑いを必死に堪えているが限界が近い。秋山はなぜか慈愛に満ちた顔をしていた。他のメンバーは、今日は休みだ。惜しいことをした。あとで写真を見せてあげよう。と私は端末で激写した。
「この、格好は、絶対にしないといけなかったんですか」
「うん。まぁ、半分は私が楽しいからだけど」
伏見の顔が酷く歪んだ。カツラを着けて撫でつけると、さらに女性らしくなった。元が美人だから、その辺の女よりも綺麗だ。
「……化粧は、下手にしない方が良いかな…」
「…………できるんならして下さい」
「ちゃんって、メイクしてたっけ、」
「一応流石にこの年ですっぴんはないよ…でも、上手くない。しょうがない、助っ人呼ぶか…」
上条に頼んでメイクをして貰うと、どこからどう見ても身長の高い美しい女性になってしまった。
「うーん、女として私はどうすればいいのかな…とりあえずエスコートしようか」
「室長…それ完全男ポジションの意見です…」
「………ぶふ…」
「榎本、後で覚えておけよ」
「ひぃ…」
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