生まれ変わり、それはどの世界にもあり得ることではない。
概念すらない世界、概念だけがある世界、概念も事実もある世界、様々だ。そしてその様相も様々だ。
全く違う人物に生まれ変わる場合、殆ど変わらぬ姿で全く違う人生を生きる場合、殆ど変わらぬ姿で殆ど変わらぬ人生を生き直すかのように生きる場合、
そう、様々だ。
ジリリリリリリ、と大きな音を立てて、目覚ましが鳴った。朝ご飯の準備をしていたは優雅に目覚ましを止めた。目覚ましより早く起きることは珍しくない。目覚ましなどなくとも、は寝坊することなどないのだ。
は、人でない。
は人でないと同時に人だった。人であり、木々であり、ライオンであり、大気であり、そして、そうであるがゆえに、個々の「何か」になり得なかった。
は自分のことを「世界の子」と称する。
世界が生み出した世界の子。それは連綿と続く連鎖。生物が子孫を残し、そしてその子孫が子を残すように、たちは世界を後世へと引き継ぐ。
が見たり経験したことは、が世界として成就したときに、世界が発展する「可能性」となる。
朝ご飯を食べ終わり、はテレビをつけた。おは朝が占いの結果をテンション高く発表する。
この世界が黒子のバスケの平行世界だと気付いたのは、八年ほど前だ。何も知らずに、はこの世界で普通に生活していた。
にとって、二度目の黒バス世界。この世界がそうなのだと気付いたとき、様々な記憶が一瞬にして蘇った。愛しさと、哀しさと。大切だった人を失くすのは、何度経験しても慣れないものだ。
胸を締め付けられる痛みを感じ、は、にっこりと笑って見せた。笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、そう言い聞かせ、口角を上げた。鏡の中の自分が微笑むのが、まるで他人事のようで、は苦笑した。
「いってきます」
はそう言って家を出た。今日から、は新しい学校へ行くことになっている。
中学の養護教諭、それが今のの肩書きだ。
人に交ざり、人として生きる、それがが選んだ道だ。
**
「やぁ、くん、久しぶりだねぇ」
初老の男性が、に駆け寄ってきた。
「どうも、ご無沙汰してます。高橋先生」
「いやぁ、そんなかしこまらないでくれ」
高橋と呼ばれた男はくしゃりと皺を寄せて、愛嬌のある笑みを見せた。
「さぁ、こっちが保健室だ」
「はい」
はいつまで経っても子供のような仕草をする高橋の様子に苦笑した。
「結構綺麗な学校ですね」
はキョロキョロと周りを見回した。
「ああ、去年改装工事をしてね」
「そうでしたか。古い学校だと聞いていたので、ビクビクしてたん……」
は、言葉を切った。正しくは、詰まった。
「どうかしたかね?」
高橋はの顔を覗き込んだ。の視線の先には何もなかった。高橋は首を傾げた。
「あ…」
の口から吐息が零れた。叫びたいような衝動を押しとどめる。
緑がかったサラサラの髪、切れ長の瞳、仄かな柔軟剤の香りに混じって、独特の彼自身の匂い。
俺さ、割とのこと好きだった。もし、いつか俺とまた会うことがあったら、
『次は俺を選んでよ』
甘い声で呟いた声が耳元で聞こえた気がした。は呆然と立ちつくした。
「くん?」
「いえ、何でもありません…実は昨日緊張で眠れなくて…」
「ええ?そうなの?くんって分からないね。自信満々に見えて、結構繊細だよねぇ」
高橋はからからと笑った。はそれににこやかに応える。
の知るよりも無邪気な顔で同級生とじゃれる少年、には目もくれずに、通り過ぎていった。
(そっか、まだ中学生なんだ…)
あの時は一つ上だったのに、とは苦笑した。
「くん!」
50を過ぎているとは思えぬ軽快なステップでの前に出て、高橋は腕を広げた。
「ここが君の城!」
「城て…」
にっこりと笑った高橋は、豪快に保健室のドアを開いた。
「じゃあ、これから、頼むね」
「はい…」
高橋はに手を差し出した。はすかさず彼の手を取り、ぐっと握りこんだ。保健室、今日からの仕事場だ。高橋は校長、忙しい身なので、早々に自室に戻っていった。はすぐには落ち着かずに、備品をチェックしていく。机をなぞり、今日からよろしくと話しかけた。そして椅子に腰掛けた。座り心地は余り良くない。きしりとの体重で椅子が軋んだ。
「私、ショタじゃねぇし…」
は一人きりの保健室でぽつりと呟いた。一瞬すれ違った森山を思い出し、変な気持ちになったのは事実だ。それが以前出会った森山に対してなのか、今日出会った中学生の森山に対してかは分からなかったが。
(てか、ショタってそもそも何歳くらいのことを言うんだ…?)
中学生をショタと分類してよいものか、はそんなことを考えながら、現実から逃避した。半ズボンが似合う少年というには成熟しすぎているような気もする。視覚の暴力だ。だから、
「違うんだって…私は違う…!」
(断じてショタじゃない……!)
「先生」
「はぃ!?」
は見事に声を裏返らせ、勢いよく振り返った。そこにいたのは美人な女性だ。絶対に独身だというようなオーラが出ている。所帯持ちには見えない手のかけよう、つまりはケバい、我が儘そう。
だが、は自分が女性に関してだけ言えば趣味が悪いことを知っていた。
(好みだ…)
は、今は男として生活している。「として」と言うと、少しニュアンスが異なる。
は正に男だ。彼は人ではなく、性別も無い。姿を自由に変えられる。
それでもは元々女性だった。女として生まれ、女として生き、女として死んだ。だから、いくら性別の概念が無くなったからと言っても、は自分は「女」だと思っている。何度男の姿かたちで男として振舞って生きようとも。
とはいえ、女性と恋をし、女性を娶り、女性を抱いて、人の一生分を過ごしたことも多々ある。は脱人をしてから、どこかそういった観念が緩かった。つまり両刀だ。
「今日、全校集会があるの。先生の紹介もあるから、これから来てもらえるかしら」
女教師は、にそう告げた。は愕然とした。
「あ、はい」
にこやかに返事をしながら、内心酷く緊張していた。目立つことは苦手だ。人前で話すという行為は、何百年と生きても変わらず、億劫だった。
は保健室に鍵を閉め、ドアに掛かっているプレートを「外出中」にした。
「私、上原佳奈子と言います。三年生の数学を教えてるの」
「そうなんですか。三年生だと受験ですねぇ…大変でしょう」
「そうね、人生に関わることだから、すごく遣り甲斐はあるのだけれど…」
は世間話をしながら、必死に何を言おうか考えていた。何か面白い話をした方が良いのか、ありきたりなことを言っておこうか、と考え込んだ。それを外には出さず、相変わらずにこやかに上原と向き合った。
「そうですか。ところで、この学校はどうですか?」
「どう、とは?」
「あー…まぁ、実際に過ごせば分かるんでしょうけど、……心づもりが欲しいというか…何か問題があるとか、」
は言いにくそうに、上原に尋ねた。上原は少しの間の後、口を開いた。
「まぁ、不安にもなりますよね。前任の先生がああいう辞め方すると…」
「そうですね…」
「生徒は良い子ばっかりですよ」
上原はにっこりと笑った。はその言葉がどこまで本当のことか測りかねていた。いっそ少し悪い子も居ますが、良い子も多いですよ、と言ってくれた方が説得力がある。あまりにも教科書通りの発言には余計に不安を呷られたのだった。
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