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というか、私って昔からこうだった。昔っていうのは人間の頃からだ。年季が入っている。要はしたくないことを後回しにするタイプ。尻が重いんだわ。特にこんな世界の行く末が掛かった事案に関しては。
誰だって関わりたくないと思う。私だってそうだ。

私に無駄に力があるのがいけない。

自慢ではない。過ぎた力は身を亡ぼすって、昔からよく言う。まさにそれだ。
出来るんだったらやれよ、ってみんな言うんだろうけど、でも出来るからって、やりたいわけではないと思うのだ。それに出来るからやってたんじゃ、私の場合は世界が何個か滅びることになる。もしくは人類が滅びた世界が何個か出来上がる。ことが否定できない。

ぐるぐると考えていると疲れた。デュークを追って来たのが、ここ「水と黄砂の街マンタイク」である。
私の体が人ではなく灼熱の大地が熱くもなく眩しくもないからと言って、じゃあ快適かと問われると、そうでもない。やはり変に体力を奪われる気がする。ここはまだオアシスがあるからマシだが。
はぁとため息をついて、家の影に隠れる。
ヤンキー座りをしている私は、今の格好も相まって完全に不審者だ。仕方がない。顔を合わせられない人がそこかしこに居るのだから、

折角来たのだが、彼の姿はそこにはなかった。もう既に砂漠に入ったようだ。<猛きもの>にでも会いに来たのだろう。
『彼のことを、よろしくお願いします』というエルシフルの遺言を一応は慮らなければ。
でも砂漠越えはできればしたくない。そもそも私は今疲れている。
徹夜で請け負った仕事を片付け、取引先に暫くお休みをする旨を伝えると、次の次の分まで納品してくれとせがまれた。そしてそれを叶えるために、来る日も来る日も魔物を狩っては加工し、加工が終われば魔物を狩った。
お休みとは言ったが、休日ではないのだ。世界を救う息子を遠巻きながら支えるためにお仕事するんですよ!これから!
それに、

デュークと話すの苦手なんだよー。やりたくないんだよー。わかるかなー。やるけれども。

熱い風を感じながら私は顔を上げた。すると見慣れた黒髪を見つけた。

「ユーリ?」

その呟きは独り言のつもりだった。しかしシュヴァーン、今はレイヴンといった方が良いかもしれない、が振り向いた。
一瞬視線が交錯したように思えた。私の顔は仮面が隠しているため、目が合ったと感じたのは私だけだっただろう。それでも彼はこちらをずっと見ていた。私は彼の本翡翠の目を見て、確かに狼狽えていた。
この姿で会うのは二度目だ。もう慣れよう。平常心だ、吸ってー、吐いてー。

ダメだ。全然駄目だ。

そんな他人みたいな、実際他人だ、そんな目で見られたら、なんだか色々な感情が渦巻く。
その目が見る全てのものを私に塗り替えて、その口が奏でる全ての音を私のものにしたい、彼の拾う音全てを支配して、彼の温もりも優しさも哀しみも絶望も全て、全て共有したい。どろっどろに甘やかして、傷つけて突き放して、それでもって力いっぱい抱きしめたい。

「おっさん?」

先程から黙ったままのレイヴンを訝しく思い、ユーリは彼の名を呼んだ。汗で張り付く髪を鬱陶しそうに掻き分けながらユーリはレイヴンの視線の先、私を捉えた。

手を振ると、ユーリは怪訝な顔をした。漆黒のマントを羽織り、顔には仮面がついている。これがまさか自分の親だとは思わないだろうし、思いたくないだろう。ラピードは私の事が分かったのか、尻尾を振ってくれている。
私は仕方なく、大声を出さずに会話できる距離まで近づこうとした。すると小さな少年が声を上げた。その声に先程まで私を凝視していた面々が少年に目を向けた。

「なんだ、カロル。このへんてこ知り合いか?」

ユーリは事も無げにそう尋ねたが、このへんてこな奴はあんたの親だ。

「えっと…もしかして、黒の死神?」

ああ、確かにそう呼ばれることもある。私としては、黒の死神だなんて、ある人物を思い出してしまうから勘弁してほしい。私は仮面の中で苦笑した。

「まぁ、そう呼ばれることもあるよね。通り名って自分で決められないし。それにしてもユーリ酷いよ、親の顔忘れるなんて…ぷんぷん!」
「いや、顔見えてねぇし。ぷんぷん口で言ってるし」
「気配的な何かで察知してほしかった!ラピードは気付いてくれたのに!」
「なんでこんな所にいるんだよ…」
「オールスルー!?」

私は少し落ち込んだ。彼のスルー能力を磨いたのは恐らく私だ。こんなところで後悔することになろうとは。
ラピードが慰めてくれてる。近くに寄ってきたので、腰を下ろして引き締まった体躯を撫でる。エステリーゼの視線が痛い。何だっけ?

「で、なんでこんな所にいるんだよ」

呆れ顔でユーリは髪をかき上げた。

「我が息子ながらなんたる色気。ムンム…ごめんなさい友人に会いに来たんだけど、いなくてさ!酷いよね〜」
「あんたがそんなんだから逃げたんだろ」
「予想外に厳しいツッコミ!」

沈黙が流れた。

「あ〜うん、いや、なんか旅してて一所に留まってる奴じゃなくてさ」

皆の冷たい視線に射抜かれ、私は声のトーンを下げた。にも関わらず面々は私に向けて胡散臭いと言わんばかりの視線を投げ掛けてくる。私は立ち上がり、居住まいを正した。おちゃらけキャラでも良いのだが、茶化してばかりも疲れる。私はシュヴァーンほど器用ではない。

「そういやさ、ユーリ、なんか騎士団辞めた時みたいね」

その瞬間ユーリの目が見開かれた。
目が荒んでいるのが、ぱっと見で分かってしまった。

「疲れが出てんだろ…」

ユーリはすぐに冷静さを取り戻したようで、声にも焦りや動揺はなかった。実際怪しんだのはレイヴン一人だったのだが、そのレイヴンもそのことについて言及するつもりはないらしい。傍観を決め込んでいる。元々それほど他人に興味のあるタイプでもなかったし。命令でもなければ、こんなパーティに参加したくはないだろう。

「一人で考えすぎちゃだめよ。君には仲間がいるんだから…。一人の頭で考えたことなんか碌なことないよ」
「ああ、そうだな」

ユーリは自嘲の表情をした。
碌でもないことだという自覚はあったのか。原作では悪い奴を殺って何が悪い、という風だったので、少しは私の存在も彼に影響を与えたのかもしれない。

「じゃあ、私は先に行くよ」

私は彼らに背を向けた。とりあえずはデュークだ。
それに、この中学生か高校生みたいな集団のノリについて行けないよ、おばさんだもの。

「母さん、」

ユーリが去ろうとした私を呼び止めた。
心が揺さぶられる。彼が母と呼ぶ度に私はマリアを思い出す。彼が本来ずっと呼ぶはずだったのは、私ではないのだ。
私はくるりと振り返った。ユーリと真正面から向き合う。

「あんたなんでそんな格好してんだよ。黒の死神ってなんだ?それを答えてから行け」

ユーリは先程と変わりなかった。相変わらず呆れたような態度で私にそう言った。

「マントが好きだからだよ」
「んなこったろうと思った」

苦笑いしたユーリは、すぐに申し訳なさそうな顔をした。私はユーリに慰められたのだと知り、少し気恥ずかしかった。恐らく彼の先日の行いをそれとなく仄めかした時に気づいたのだろう。私が彼の行動を自分のせいだと思っていることを。

「俺が選んだ道だ。誰も悪くない…俺が背負っていく。まぁ、時々支えてもらうことになるかもしれねぇけど…」
「そうだね」

『誰かを守るために剣を振るう』というユーリとの約束は破られてしまったなと思った。気に入らない人間を、その度に消していくのだとしたら、私なんかは周りに誰も残らなさそうだ。それはあまりにも身勝手だ。ユーリはそういう子供っぽさがいつまでも抜けない気がする。その上で力を付けたものだから手が負えない。
私も口を出せるほど良い人生を送っていないので、とやかく言えない。いや、言うか、言った方が良いのだろうか、それならば今だろうか?

「あんた、この砂漠を横断したことってある?」

ユーリの後ろから声が聞こえた。考えに浸っていた私はほんの少しドキリとした。
今は口を噤もう。この状況で言っても反発されるかもしれない。まだ本人の中で消化されていなさそうだ。

「聞いてる?」

肩口程の長さの茶色の髪をもつ少女。天才少女、リタ・モルディオ。もう少し早く生まれてきてくれれば、アレクセイと手を取り合っていたかもしれない。いや、ヘルメスが居たのだし、彼女でも変わりないか。

「まぁ、あるけど…とりあえず肌は一切露出しないようにして行った方が良い、かな。日中は尋常でなく肌が焼けて痛いし、夜は寒いから。それと、うぅん、水だけじゃなくて塩分も摂らないとだめよ?とか?」

少なくとも、このクリティア族みたいな恰好は論外だ。名前が思い出せない。ゲームでは特に言及されていなかったが、どうなの?その露出。実際にあれで砂漠に出たら火傷で大変なことになりそうだ。

「そちらの年長さんは知らないの?砂漠越えの極意みたいなの…」

私がレイヴンに話題を振ると、彼はもごもごと口ごもり、最終的には曖昧に言葉を濁してしまった。しかしエステリーゼの「知ってるんです?」という鬼気迫る様子で尋ねられた質問にレイヴンは浅く頷いた。いや、頷かされたといった方が良い。押しが強い。

「極意というか、砂漠越えの経験があるだけよ?」

おずおずとレイヴンは言葉を紡いだ。彼女は相当焦っているらしく、かなり前のめりだ。逆にその勢いにレイヴンは仰け反っている。

「じゃあ、安心ですね」
「そんな単純なことではないと思うけど」
「ジュディス…」

ほっとしたような顔をしたエステルに、ジュディスは厳しい表情でそう言った。その言葉にリタも同調する。
確かに彼らは騎士並に戦えはするものの、騎士のように訓練をしていない素人集団だ。少なくともかつての私の隊の人間だったなら問題なく砂漠を超えられただろう。
それ以外は知らないが。現状どんな訓練をしているのかも分からないのだし。

ここはそう易々と越えられるような場所ではない。それでも行くのだろうな、と何となく思った。
私も様子を見よう。あの執政官のことはすっかり忘れていたのでどうしようもなかったが、さすがに二度も人殺しを容認できない。記憶は飛び飛びだが、謎にキュモールがどこで死んだかも覚えている。結構インパクトがあったのだ。あの死に方は無いなと、当時も思った。

そんなことを考えていると、いつの間にか目の前で一段と白熱していた。

「そうよ!砂漠は経験者がいたって危険なものは危険なの」

言い聞かせる様な声音だったが、反対を譲る気はないらしい。頑張れ。私は止めておいた方が良いと思う。
しばらく掛かりそうな議論に私は見切りをつけて、今度こそ本当にその場をあとにしようとした。

「ねぇ、お姉さんはどちらに行くんだい?」

レイヴンが輪から抜け出して、声をかけてきた。驚いて少し飛び上がってしまったかも。挙動不審になる。あー、う〜、と言葉が出ない。ぱちぱちと目を瞬かせて、レイヴンは覗き込んでくる。

「…なんか、あっちの方…?」


***


やっとのことで出た言葉が、あれは無いと思うのだ。私は空を仰いだ。
とりあえずお姉さんという年ではない、ということは言っておくべきだった。そういう問題でもないか。
多分レイヴンのキャラは、飄々としてて凄く不躾に懐に入り込んで情報を聞き出すという感じなのだろう。昔からそういう所、器用な男だった。そしてしっかり人と向き合おうとすると不器用なとこが、私は好きだった。

じゃない、そういう話ではない。
そんな男がたじろいで、「ああ、そうなの」と言ったきり、どう話を切り出そうかと、黙ってしまったのだ。

今生一番気まずかったような気がする。

「はぁ」

とため息をついて、コゴール砂漠の少し入ったところで、私はエルピスを呼んだ。
まだ幼い始祖の隷長だ。人魔戦争の折、一匹で岩陰に隠れて震えていたところを助けた子だ。と簡単に言ってしまえない紆余曲折があったのだが、いまは割愛する。
彼女は鳥を模した姿をしているので、移動の際は乗せてもらっている。完全に一人用といったところだ。全身はほぼ真っ白で、尾の付け根辺りから若草色の優しいグラデーションになっている。目も…緑だ。
バウル同様、まだ話すことはできない。

「暑いのにごめんねぇ」

と言うと、エルピスがきゅうんと鳴いた。大丈夫まかせて、の意だ。頼りになる。芯のしっかりした優しい子なのである。

デュークの気配を探るが、<猛きもの>の岩場にはいないようだ。もう話は済んだのかもしれない。それならそうと、さっさと砂漠を抜けてくれればよいものを、未だにこの辺りに居るようなのだ。迷惑極まりない。

そういえば、もし今後あのパーティで過ごすとして。
最初は一緒に過ごすの嫌だと思っていたが…よく考えると、同じパーティでもないのに、行く先々で会うとか、余程怪しい。いやでも親が同じパーティなのも過保護すぎるだろうか。

いずれにせよ、共闘することもある。考えておく必要があるだろう。
レイヴンがいるので、行動には気を付けないと。
となると、剣術は「」の動きを覚えているだろうし見せられない、魔術も魔導器を使わない特殊なものなので見せられない。え、これなんて縛りプレイ…
…一応その可能性を考えて、この姿では鎌で戦っている。ところからの「死神」なのだが。それにしても身のこなしで勘ぐられそうだ。というか、死んだことになっているので、別にバレるとかではないのだけれど。目を付けられるのを避けたい。万に一つも関係者だと思われたくない。

「うん?これ積んでないか…?」

とりあえず、武醒魔導器は見せないようにするのが良いだろう。魔導器の反応がおかしければバレるが、そうでもなければ只の人間に詳しいことは分かるまい。ジュディスにはエアルの流れであやしまれそうだから、話を付けておくとして。それ以前に私の魔導器は騎士団時代に使っていたものを流用しているので、見るものが見れば分かってしまう。主にレイヴンが。アレクセイもそうそうバッティンクしないだろうが、目敏いので要注意。
武器は投げナイフとかにしておこう。どうせパーティバランス的に後衛不足なのだ。あまり前に出なくても不自然ではない筈。あれ、エステルって剣、というかレイピア?で戦っていたように記憶しているが、回復要因ということは中衛だったろうか。レイヴンは弓だし、リタは完全後衛。あとあの金髪少女だ。あまり覚えていないが、前衛ではなさそう。ん?微妙だな。

無い頭を使うと疲れる。何故私がプレイヤーでもないのに、パーティバランスを考えているんだか。

「あ、デュークやっと見つけたよ〜」





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