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「じゃあ、出発だね!」

ヨームゲンの入り口。これからの行動を確認しあい、カロルが声を上げた。とりあえずは皆マンタイクに戻り、そこからカドスの喉笛、ノードポリカだ。私もそれに倣おう。

「おう。なんだ、母さんも付いてきてくれるのか」
「戻るところは一緒でしょ」
「これで、帰りは少し楽できそうね」

リタが事も無げに言う。

「…頼りにされても困るんだけど…」

一人経験者が増えても変わらないと思うのだ。この大人数だし。

「あの、クロ」
「はい?」

おずおずとエステルが私を呼ぶ。向き合うが、中々話し始めない。ラピードが尻尾でぺしりと彼女の足を叩く。攻撃にも使うその尻尾は痛いと思うのだ。凝視していると、ラピードは加減をしている、と言わんばかりの顔をした。

「えっと、あの、お願いがあるんです…」
「何でしょう?」
「…クロは砂漠越え、できるんですよね?」
「…まぁ…」

そりゃあ砂漠の真ん中で倒れてるこれだけの人間をヨームゲンまで連れてきたのだ。わざわざ確認することでもないだろうに。

「私をフェローのところに連れていってくださいませんか!?」

あまりの大声に、私は仰け反った。

「でもあんたさっき…」

リタは苦しそうな顔をした。今後の方針については今しがた決めたばかり。フェローは後、ということで纏まったのだ。リタは余程会わせたくないのだろう。先延ばしにして有耶無耶にしたいのかもしれないが、彼女にそれが通用するとは思えない。
エステルは否定するように胸の前で両の手を振った。

「今じゃ、ないんです。その、都合の良いときで…」
「仕事の話ですか?私ただ働きはしないですよ」
「はい!勿論です」

エステルは顔を上げて、ホッとしたように笑った。

「じゃあ契約書、これ、サイン貰えます?」
「あ、はい!」

バインダーに乗った契約書をマントから取り出す。
カロルが声を上げた。

「おわ。どこから出してんの!?」
「何のために私がこんな鬱陶しいマント着けてると思ってたの…この前マンタイクで言ったこと、本気にしてたわね?はためかないわよ」

右腕を開くと、マントの中身が見えただろう。裏側にはぎっしりと武器、旅に必要な物資、契約書その他諸々。とんとんと軽く飛ぶと、マントがずしんずしんと重たげに動く。マンタイクでは確かマントが好きだから〜とか適当なことを言ったのだ。

「うわぁ…」

反応は三者三様だ。凄いと目を煌めかせる者、納得したようなもの、引く者。

「はい、これ、中身確認してもらって、ここにサイン、お願いします」

さらさらと内容を書いていく。大体の必要物資と私の人件費、等々。そして私の契約印。トントンとサイン欄を叩く。エステルは頷いて、バインダーを受け取った。

「見ても良い?」

カロルの言葉に、エステルは私を見る。私は見られても問題ないので、手でどうぞと促す。

「はい、良いですよ」

カロルにも見えるようにバインダーを下げる。

「え」
「何か変です?」

エステルは、中身はちゃんと読んだ筈と首をかしげて契約書を見直す。

「こんなに取るの…?」
「高くないと思うけど。友人割引済よ?」
「おっさんも見ていいの?」

ひょこりとレイヴンが顔を出す。

「どうぞ。隠すようなことは書いてないわ」

と、そこで私の癖字を見られても大丈夫だろうかと不安になった。だがいまさら撤回もできまい。15年も前のこと、覚えていないか。

「ふむ…」

とみんなで囲んで見る。

「ぼったくりじゃない?」
「相場が分からないわ」

リタの言葉をジュディスが窘める。
そして皆がレイヴンの顔を見る。天を射る矢の幹部の意見を聞こうというのだ。

「高くはないんじゃない?素人抱えて砂漠越え、しかも相手があの化け物…っと、始祖の隷長だっけ?、でしょ?」

頼られるのに照れたのか、幾分か早口でレイヴンは説明した。化け物、と言ってからジュディスの微かな剣呑な空気を読んでか、言い直した。なおもカロルは食い下がる。

「だけどさ…」
「それに、黒の死神と言えば、これまでにもそれなりに任務請けてるでしょ?ほかのギルドが嫌がるようなのばっか。加えて成功率はほぼ100%って言うし。新興ギルドと違って、実績があって信頼度も高い。おっさんは妥当だと思うけど?」

今度は穏やかにカロルを説得するように話す。態度はいつものように緩い。首の後ろに手を当て、ゆらゆらと足を動かす。落ち着きの無いのも演技だろうか。
それにしても、声が良いんだよなぁ…と仮面の中で聞き入る。

「実績…」
「これから頑張んなきゃな。カロルせんせ」
「うん!」

ユーリはカロルの背を軽く叩いて激励。そして私に目を向けた。

「で?母さんはどのポジション担ってくれんだ?」
「武器の持ち合わせがないわ」

と両手を上げる。前衛をできるほどの装備がないことを訴える。

「私は彼らを守ろうと思う」

ユーリたちが途中で助けたという夫婦を見る。

「この暑さで人のことまで守って戦えないでしょ」
「あの…我々お金は…」

先ほどのやり取りを聞いていたのだろう。

「たまたま同じ道で帰るだけですから、お金取ったりしません。安心してください。それに、別に来たくて来たわけではないのでしょう?大変な目に遭いましたね」
「…有難うございます…」

二人は感謝を述べた。多少ユーリ達に嫌味を混ぜて言ったのだが、気付いてくれただろうか。

「涙は家族と再会できた時まで持っておいてください。涙も貴重な水分ですから」
「ええ、そうですね…」

と、夫婦は感極まったように頷いた。


***


「きゃ」

エステルが身を縮みこませた。戦闘中、私の投げたクナイがエステルの鼻先を掠めるぎりぎりを通った。

「ちょ!あんた」
「リタ!余所見すんな!エステル!回復はなしだ!」

ユーリは私の意図に気付き、フォローを入れてくれた。私の腕で人に当てることが万に一つもないという信頼もあっただろう。

「すみません!」
「え〜…回復おっさんだけ?」
「バリバリ働けよ!」
「ぼ、ぼくも頑張る!」

確かに回復要因が少なすぎる。仕方ないか。詠唱、は得意じゃないんだけど。

「えー…と、回復だよ〜みんな頑張れ〜ナース!」

こんな感じで良かっただろうか。唱えずとも魔術が使えるのに、わざわざ口に出すのは気恥ずかしい。思わず適当なことを言った。まぁ、レイヴンも適当なのだし、一人くらい増えても問題ないだろう。



「あー、終わり〜」

カロルが声を上げた。周りに魔物の影はない。一段落出来そうだ。
やることが多すぎて、結構しんどい。夫婦の様子を見て戦いながら言葉を掛けて、そして戦闘のフォローに回復。
ほっと一息ついた。リタが早足で駈けてくる。面倒事が始まりそうだ。

「適当詠唱その2!どうなってんのよ、もう」

と、リタは指さして文句。

「え〜発動したら良くない?ねぇ」
「そうよ〜」

レイヴンに振ると、ひょこひょこと体をゆすって一緒に抗議してくれる。
可愛すぎないか。30過ぎた男がすることか!髪の毛ぴょんぴょんするし、だぼっとした服が絶妙に愛らしいフォルムを実現している、そして仕草が幼女。惚れた弱み、ではない筈だ。頭を撫でてやりたい。本当にしたら表情がスンと真顔になりそうで怖いのでしない。

「そういう問題じゃないわ!魔術っていうのはね…」
「簡単には組むのは3つの項目。どんな種類のどのような要素を使うか、そして位置を決めて、どんな反応を起こすか、を術式に込める」

指折り説明する。リタは釈然としないという顔を崩さない。

「回復します、みんな、がんばれ、ほら三つ。ちゃんと入っているよ〜」

折りたたんだ指を一つずつ開いていく。

「なんか納得できないわ」
「あら、良いじゃない。ちゃんと届いたんだし。全回復じゃない。体調良いわ」
「…確かに…まぁ、」

不貞腐れた様子だ。だが、そんな悠長に話している時間はない。水分補給だ。各々サボテンから水を汲み、飲む。少し塩味がする。変わった植物だ。アイスプラントみたい。
砂漠を越えると言っても、実は飲んだことが無かった。水分を必要としないカラダなので。
水分補給を終えたのか、エステルが私のところにやって来た。

「あの…私も、エアルを乱さないように魔術使えるようになりますか?」
「うーん、それは私じゃなくて専門家に聞いて。はい、バトンタッチ」
「え!?ちょっと!」

エステルをリタに押し付ける。何でもかんでも私に聞いてこられると困る。そもそも、そんなこと私に言われても知らないのだ。魔導器関係は門外漢。
リタが頭を捻っている内に、私は夫婦に話しに行く。彼らは私たちに気を遣ってか少し離れたところに居る。できればもっと密着していてもらった方が良いのだが。
体調について質問し、脈を測る。大丈夫そうだ。マンタイクにはオアシスがあるが、それでも暑い街には違いない。暑さには比較的強いのだろう。

「有難うございます…なんとお礼をしたら良いか…」
「いえ、人として当然のことですよ。お気になさらず」

私の耳は夫婦と話していても、向こうの会話をキャッチする。

「なんかクロってノリがレイヴンに似てるよね」
「どっちも胡散臭いってか?」
「うーん、そこまでは言ってないんだけど…」

親に向かって胡散臭いはないと思うのだ。
否定はしない。そりゃ、どちらも隠したいことがあるのだから、道化るしかないのだ。似もする。

「胡散臭いと言えば、デュークもそうだよな」
「不思議な雰囲気の方ですよね」
「…物は言いようね…」
「男前なのじゃ」

ユーリの言葉に女子たちが思い思いのことを言う。

「パティちゃんは男前が好きね」

レイヴンは当たり障りのない適当な話題に合わせる。正体を知っているので、核心に触れそうな事柄には乗らない。それでも話に交じらないと不自然なのだ。良い塩梅のところで話に入るものだ、と感心してしまう。

「ボクは冷たい人だと思ったけどな。ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいのに」

それは同意する、と話の輪には入らず心の中で思った。

「ま、今回はいきなり大勢で押し掛けたから、向こうも戸惑ったんだろうよ。俺が話の腰折っちまったってのもあるし」

チラリとユーリは私を見た。しっしっ、と手を振る。もう怒ってないぞ、と。

「失礼なことも言ったしね」
「あら、誰?そんなこと言ったの」

カロルの言に、リタはとぼける。

「リタが言うんだ…」
「たぁ!」
「…って、あいた!ちょ、ぶたないでよ」

リタとカロルは姉弟みたいだ。姉に虐げられる弟。割とよくある構図だ。
そろそろ会話を切り上げさせて出発しよう。太陽の位置を確認して、ユーリたちの方へ向かう。

「元気ねぇ…」

呆れながら近づく。わいわいきゃいきゃいと。遠足か!こんな砂漠の真ん中で。

「で、どうなの?」
「私?」

ジュディスが私に振る。話は聞いていたのだろうと。

「昔馴染みなんでしょ?」
「いつもあんな感じかな。人間離れしてるよねぇ」
「ふぅん」

聞いておいて、適当な返事だ。

「彼、ずっとヨームゲンの街に住んでいるのかしら?」
「どうなんだろうねぇ、ずっとってことはない気がするけど」

レイヴンは左上を向いて言う。人は物を思い出すとき、そちらを見るらしいので、これまでのことを思い出しているのだろう。

「デュークもそうだけど、ヨームゲンの街自体も不思議な街だよな」
「不思議だけど、きっと長閑で住み心地が良いのじゃ」

この中に、あんな長閑な街に住める人はいないと思う、と私は思った。結界の外に出て旅をするアグレッシブな御一行だ。パティは本気で言っているのだろうか。

「休憩は十分そうね、行きましょう」

全員の水分補給を確認し、息の乱れも整えたところで声を掛ける。
この辺りは岩場もあり、盛り上がった所も多い。まだ早い時間ということもあって影がある。太陽が真上に来さえしなければ、太陽の光で熱せられていない場所で休憩もできる。その間に出来るだけ進み、日中は辛うじて残っているオアシスでやり過ごす。うろうろしなければ、数日で戻れるだろう。


***


「とうちゃーく」
「やっと帰ってきた。砂漠はもうこりごりだわ」
「そうだね…帰りは早かったけど」
「流石経験者が居ると違うな」

リタが脱力した声で言う。すぐにカロルが反応し、ユーリも口を開く。感謝されてんだか、馬鹿にされてんだか。

「あんたらが魔物に突っ込んでいくからじゃないの?」
「というか、接敵すくなかったですね」

皆口数が多い。街に着いてほっとしたのだろう。
魔物の件なら、私だろう。野生は勘が良いから、私の存在を警戒したのだ。

「私かな」
「そうなんです?」
「このマント忌避剤焚いてるからね。よっぽど鈍感な奴しか来なかったんじゃない?」

と、適当なことを言っておく。

「あ、それって、ギルド・ファブリカンの商品だよね!?」
「ん?ああ、そうね」

と和やかに会話していると、やけに声の良い、しかし台無しな発声方法で叫ぶ男が居た。

「キュモール…!」

あれがキュモールか。声質的には好みだ。顔だって悪くないし、センスは好みではないが、晒すだけあって、みすぼらしい肉体ではない。
いや、そんな現実逃避をしている場合ではない。
今晩か、と私はユーリの顔を窺い見た。勿論首は動かしていないので、仮面をしていればバレることはないだろう。
主人公らしからぬ荒んだ目。レイヴン辺りは気付いていそうだ。

「急いては事を仕損じるよ」

前のめりになっていたメンバーを、レイヴンが制した。
砂漠の時も思ったが、彼は結構若者たちを導く言葉を言ったりする。大抵は茶化した言い方をするが、今みたいに静かに窘めることもある。天を射る矢の一員として、あまり無関心でもいられない、ということか。

「なんか因縁ありな相手なの?」
「まぁな」

ユーリは視線をあの男、キュモールから一切外さない。じっと注視している。私の質問にも、ぞんざいな答えだったし。

「まさにこれ貴族なりって感じね」
「そんな人ばかりでは…」

エステルが弁明の言葉を発する。勿論そんな人ばかりでないのは私も知っている。実際にそこに居たのだから。それに傲慢で不遜な中から真っ当な人間も生まれる。キャナリとか。
と、そこまで思いを巡らせて、自ら地雷を踏んだことに気付いた。ちりりと胸が痛む。

「下町の一般論よ」

エステルは黙り込んだ。辛い思い出に引きずられて言葉がきつくなってしまった。反省だ。

「貴族がどうかは今は良いんじゃない?放っておけないのでしょ?」
「え、あ、はい…」

ジュディスは良いお姉さんだ。彼女が傍に居れば安心だろう。この年で、これだけ悟っているのは、きっと彼女の生い立ち故なのだ。感心ばかりしていられない。
エステルは、もう少し足元を見るべきだった。灯台下暗しとはよく言ったもの。外の世界も大切だが、もっと近く、下町にも目を向けてほしい。あそこは帝都にありながら、未だに潤わない。

どうするかを話し始めたので、私はその輪を抜けた。
指笛を鳴らすと、鳩がばさばさと音を立てて私の肩に降り立った。鳩、たぶん鳩。少し違うのかもしれない。ような生き物だ。犬もラピードのように男前だったりするし、馬車も引いているのは馬モドキだ。多少は誤差の範囲内なのだろう。
飼い慣らしたそれに、フレン宛の手紙を託す。

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